上 下
3 / 62
第一章 シャドウ

追放

しおりを挟む
 シャドウは、十五歳になった。
 姉セレーナは貴族の通う『魔法学園』に入ることになり、その準備を進めている。
 妹シェリアも、今年はデビュタントで、来年は魔法学園へ入学だ。
 シャドウには関係がない。何故なら……もう間もなく、家を出るから。
 シャドウは、少ない荷物を部屋でまとめていた。
 カバン一つに入るほどの着替え、そして僅かな本だけ。
 あっという間に準備を終えると、数年ぶりに父親に呼び出された。

「シャドウ。お前をハーフィンクス家から追放する」
「……はい」
「道中、馬車で送ってやる。行きたいところはあるか?」
「……では、隣領の国境まで」
「わかった。そこまでは送ってやる……いいか、ハーフィンクス領地には近づくなよ」
「わかりました」

 話は終わった。
 これが、父と息子、最後の会話……シャドウは、特に何も感じなかった。
 最後の夜を部屋で過ごしているが、何も思わない。
 妹、姉も別れの挨拶もない。すでに二人はシャドウに興味を失っており、姉セレーナはロシュフォール王子との文通に夢中であった。
 興味を失われたことは、シャドウにとって幸運だった。
 おかげで、イジメられることがない。

「……最後の夜、か」

 堅いベッドで寝返りを打ち───……シャドウは眠りについた。

 ◇◇◇◇◇◇

 翌日。
 シャドウは荷物を持ち、部屋を出た。
 外には粗末な馬車が一台見える。食堂を覗くと。

「ね、お父様。私の杖、まだ届きませんの?」
「特注の素材を使ってるからね、もう少し待ってくれ」
「む~……わたしも早く欲しいな」
「ふふ、あなたはもう少し待ちなさい。ね、ジュリア」
「そうね。セレーナ、あなたもシェリアに自慢するんじゃありませんよ?」
「わかってるわ。お母様、お義母様」

 楽しそうな家族の会話。
 父ウォーレン、姉セレーナ、実母マリアンヌ。
 そして、第二婦人ジュリアと、その娘シェリア。
 シャドウの席はない。無能、欠陥品の烙印を押されてから、ずっと。

「…………さよなら」

 ぽつりとつぶやき、シャドウは屋敷を出た。
 馬車に乗ると、御者は無言で馬に鞭を打つ。
 馬車がゆっくり走り出し、クオルデン王国を後にした。
 王都を抜け、街道をゆっくり走り……シャドウは窓の外を見ながら欠伸をする。

「……国境の隣は、アルマス王国だったかな」

 クオルデン王国の隣にある小国アルマス。
 魔法師の質、数共にクオルデン王国には劣る。クオルデン王国の属国だ。
 もう、ハーフィンクスの性は名乗れない。一人のシャドウとして生きて行かねばならない。
 そのために、シャドウは勉強した。

「まず、アルマスの小さな村に行こう。村長に挨拶して、家を買って……」

 猛烈に眠くなってきたシャドウ。

「…………ぅ」

 シャドウは見た。
 御者が、シャドウに杖を向けていた。
 この眠気は───……御者の魔法。
 睡眠魔法……だが、この魔法は医療行為のみ使用が許可されている魔法。故意に人を眠らせるのは、たとえ貴族と言えど犯罪……そこまで思い、シャドウは意識を手放した。

 ◇◇◇◇◇◇

「───…………ぅ」

 目が覚めると、得体の知れない森にいた。
 ぼんやりした頭で首を振り、周囲を確認。
 見たことがない場所だった。身体を起こすと、頭がズキズキした。

「こ、こは……? あっ」

 荷物がない。
 着の身着のまま。シャドウは慌てて周囲を確認する。
 
「こ、国境なんかじゃ、ない……? な、なんで……まさか」
 
 シャドウは、嫌な予感しかしない。
 考えないようにしていた可能性を、口に出す。

「まさか、父上……ぼ、僕を……す、捨てたんじゃ」

 国境に送り、実家から追放。
 荷物を没収し、森に放置。
 この二つでは、全く意味が違う。
 森に捨てる。それは……『殺す』と同じ意味を持つ。

「そこまで、僕を……」

 絶望した。
 迷惑をかけているとは思っていた。でも……ここまでされるとは、思っていなかった。
 
「ああ、そうか……たとえ追放しても、僕の『ハーフィンクス家』の血は残る。下手に血を残したら、ハーフィンクス家の知らない場所で『魔法』を使う者がいると、バレてしまう……」

 だから、追放に見せかけ殺す。
 恐らく御者はグル。というか、間違いないだろう。

「くそ……何が欠陥品だよ、欠陥品に産んだのはそっちのくせに……!!」

 拳を強く握りしめる。だが……魔術回路のないシャドウは、魔力が循環することはない。
 ただ、胸の内側が熱っぽくなるだけ。どれだけ魔力があっても、魔術回路がないと体外には放出できないのである。
 そんな、怒りを滲ませていた時だった。

『ゴルルルルルル……』
「!!」

 シャドウはギョッとした。
 藪をかき分け、小屋ほどの大きさの『犬』が、ヨダレをダラダラ流し、シャドウを見て目をあからさまに歪めたのである。
 その目は、極上の食事を見つけた目。

「あ、あ……」

 死ぬ。
 シャドウは後退りするが、オオカミは口を開けた。

『ゴァアアアアアアアア!!』
「う、うぁぁぁぁぁぁっ!!」

 シャドウは逃げ出した。
 背中を見せて逃げ出した。

「熱っ」

 背中が燃えた。
 違う。オオカミの爪がシャドウの背中を引き裂いたのである。
 シャドウは地面を転がり、何が起きたのか考えた。
 地面が赤く染まり、それが自分の血だと理解できない。
 同時に、物凄く寒くなり、なぜか悲しくなった。

「ぅ、ぁ……」

 猛烈に眠くなってきた。
 ひたひたと、オオカミが近づいて来る。
 このまま、頭を噛み砕かれ、捕食される。
 死ぬ───……そう、思った。

「よっと。おうおう、ラッキーだな坊主……ふむ、怪我は酷い。だがまあ、死にはしない」

 幻聴が聞こえた。
 意識が飛びかけていた。目の前に、何かがいたのはわかった。
 両手で何かやっているのが、ぼんやり見えた。

「風遁、『神風の術』」
 
 そう、聞こえた時───シャドウの意識は闇に落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります

しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。 納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。 ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。 そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。 竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

伊賀忍者に転生して、親孝行する。

風猫(ふーにゃん)
キャラ文芸
 俺、朝霧疾風(ハヤテ)は、事故で亡くなった両親の通夜の晩、旧家の実家にある古い祠の前で、曽祖父の声を聞いた。親孝行をしたかったという俺の願いを叶えるために、戦国時代へ転移させてくれるという。そこには、亡くなった両親が待っていると。果たして、親孝行をしたいという願いは叶うのだろうか。  戦国時代の風習と文化を紐解きながら、歴史上の人物との邂逅もあります。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...