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涙が奏でる哀歌・嘆きの魔王トリステッツァ③/魔剣と疫病

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 スヴァルト、ロセの二人は無言で歩いてた。
 が、ユノの家から数キロ離れたところで急に立ち止まる。すぐ後ろを歩いていたロセは、スヴァルトの大きな背中にぶつかってしまった。

「わぷっ」
「…………」
「い、いきなり止まらないでよぉ」

 鼻をさするロセ。だが、スヴァルトは無視。

「スヴァルト?」
「…………なんだ、この違和感」
「……敵?」
「いや、わから「『発熱の病フィーヴァー』」

 次の瞬間、氷よりも冷たい『触手のような手』が、スヴァルトとロセの頬に触れた。
 驚愕する二人。だが、同時に物凄い倦怠感が全身を駆け巡り、ふらりと膝をついてしまう。
 そして、目の前にいたのは。

「く、きゃきゃ、キャキャキャキャキャキャ!!」
「「───ッ!!」」

 真新しい、金属製の車椅子に乗る『女』だった。
 身体には包帯が巻かれ、四肢がない。
 腕の代わりに背中から触手が生え、車椅子が下半身に固定されていた。
 顔には包帯が巻かれ、左目部分と口しか見えない。真っ黒で痛んだ長髪が、雪風になびいて揺れていた。

「て、テメェ……っ、っぐ」
「ぅ……あたま、痛ぁ」

 魔界貴族公爵『疫病』のネルガルが、二人の前にいた。
 ネルガルが言う。

「苦しィ? 熱……すごいでしょォォ? 寒いからぁ───……あっためて、あげた、ノォ」

 『発熱の病フィーヴァー』。
 あらゆる疫病を操るネルガルにとって、高熱を引き起こす病など朝飯前。
 それだけじゃない。自身に『死が一歩手前の病エルフェ・ルメンダ』を使用し、命の灯を消しかけ、気配そのものを希薄化してスヴァルトたちに接近した。
 すると、二人の目の前で車椅子が変形……八本脚となり、さらに腰部分に二本の『剣』が現れた。
 ネルガルは、触手でその剣を抜く。

「───魔剣」
「ま、魔剣……だと?」
「ほ、報告にあったわねぇ……学園を襲った魔界貴族が、持っていた……聖剣を参考に作った、魔族の武器」

 ネルガルは、真っ白な刀身の細長く湾曲した二本の魔剣を器用に振る。

「『魔剣アルビノ・シタール』……ありがとぉ、ササライ様ぁぁ」
「さ、ササライ……? 忘却の魔王だと?」
「ぼ、忘却の魔王が、嘆きの魔王の『手番』で、協力するの……?」
「うふふふふふふふふっ」

 ネルガルは、シタールをクルクル振り回して遊ぶ。
 まるで、初めてオモチャを買ってもらった子供のように。

「じゃぁぁ……刻んであげるゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
「「っ!!」」

 高熱に冒された身体を奮い立たせ、スヴァルトとロセは聖剣を抜いた。

 ◇◇◇◇◇

 ロイは『狩人形態ハンターフォーム』に転換コンバートし、スヴァルトたちの元へ急いでいた。
 同時に、万象眼で視たオオワシのチャンネルを切り替えつつ周囲を確認すると。

「───クソッ」
『どうした?』
「エレノアたちが戦っている。あの、骨みたいな敵と!!」
『トリステッツァめ、追い込みを始めたか。配下の侯爵級を全て失ったのだから仕方あるまい』
「他の魔界貴族は?」
『……トリステッツァは、一度敗北寸前まで追い詰められている。侯爵級が全滅し、トリステッツァも殺されかけた。弱い魔王の下に付く魔界貴族は、そういない。恐らくだが、伯爵級以下の魔界貴族は奴の下にいないだろう。もしいるなら、アイスウエストとコールドイーストの町に、魔界貴族が常駐しているはずだ』
「幸運なんだが、そうじゃないんだか」
『運が良かった。このレイピアーゼ王国が、町二つと王都が一つしかない国というのも、配下の少ないトリステッツァにはちょうどよかったんだろう』
「侯爵級は全滅、残りは二人まで追い詰められたけどな」
『ああ。だが───ネルガルは、トリステッツァと共に、当時最強と言われた『炎聖剣』の使い手から生き延びた魔王だ。あの時、トリステッツァは本来の実力の半分以下で、万全な状態の七聖剣士五人を相手にしたのだからな』
「…………お前、詳しいな」
『まぁ、いろいろな』

 ロイは走る。
 エレノアたちの様子を上空のオオワシの眼で視るが……不思議と、負ける気がしない。
 ユノ、サリオス、エレノア。三人の動きが、これまでとは桁違いに洗練されている。
 何があったのかは知らないが、ヤバいのはスヴァルトたちだ。
 動きがおかしい。フラフラしながら、両手に剣を持つネルガルの猛攻に耐えている。

『様子はどうだ?』
「エレノアたちは問題ない。でも……先輩たちの動きがおかしい」
『……ネルガルは疫病を使う。おそらく、侵された・・・・な』
「…………っ」

 ロイは加速し、スヴァルトたちの元へ急いだ。

 ◇◇◇◇◇

 ネルガルは、金属の八本脚を器用に動かし、本物の蜘蛛のように高速移動する。
 左右にブレながら、緩急を付けながらの動き。
 熱で頭が回らないスヴァルトたちには、かなりきつい。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
「おいロセ、気張れ!!」

 大戦斧を盾のように構えるロセ。
 スヴァルトは、闇聖剣アンダンテを『鎖鎌形態』に変形。
 鎖を持ち、鎌を高速で回転させ、ネルガルの足元へ投げた。

「あぶなぁぁぁぃ……ッ!!」

 だが、グチャリとネルガルが微笑み、飛んできた鎌を蹴り飛ばした。
 脚に鎌を巻き付け動きを制限する作戦は失敗。
 ネルガルは、双剣をクロスさせてスヴァルトに斬りかかる。

「まっぷたぁぁぁぁ!!」
「っぐ!?」

 鋸剣で受けるが、足に力が入らず吹き飛ばされる。
 そして、吹っ飛ばされたスヴァルトにすぐ追いつき、連続で、叩きつけるように、乱暴に双剣を振る。
 ガンガンガンガン!! と、鋸剣で受けるが、スヴァルトは膝から崩れ落ち、立っていられない。

「へ……やるじゃねぇか」
「死ィィィィィィィ!!」
「がら空きだぜ」

 だが───スヴァルトを殺すために躍起になっていたせいか。
 大戦斧を振りかぶったロセが、ネルガルの背後から斧を振り下ろす。

「『地底ドワーフスラッシュ』!! ───……えっ」

 振り下ろした瞬間、ネルガルの後頭部に『一つ目』がギョロっと開き、背中から別の触手が生え、ロセの斧を挟みこむように止めた。
 本来、ロセの怪力をネルガルが受け止められるわけがない。
 だが───高熱でパワーダウンしたロセの斧なら、話は別。

「よわぁ……」
「しまっ」

 斧から手を離したネルガルの『三本目の手』が拳となり、ロセの腹に強烈なボディを叩きこんだ。

「ぐ、ブフっ……!?」
「ロセ!!」

 吐血。
 ロセは吹き飛び、地面を転がる。
 斧が地面を転がる。
 猛烈な痛みと熱で、ロセは立ち上がれない。
 スヴァルトから離れ、ネルガルは双剣でロセを斬ろうとする。
 が───刃がロセの身体に突き立てられようとした瞬間、スヴァルトが割り込んで双剣をその身で受けた。

「す、スヴァルト!!」
「い、っでぇぇなぁ……!!」

 血を吐きつつも、スヴァルトは笑う。
 そして、闇聖剣アンダンテを『爪』に変形させ、ネルガルの脚の一本を掴み、もぎ取った。

「アァ……なんてこと」
「一本んん……あと、七本!!」
「す、スヴァルト、スヴァルト!!」

 ネルガルが離れ、スヴァルトの腹、胸に刺さった剣も抜かれる。
 血が出るが、スヴァルトは倒れない。

「あー……い、っでぇ」
「ああ、血が……」
「ハーフとはいえ、ヴァンパイアだ。死にはしねぇよ。悪いと思ってんなら、あとでその乳たっぷり揉ませてくれや」
「ば、馬鹿!! ぅ……」

 二人は、息も絶え絶えだった。
 疫病のネルガル。その病が、二人を蝕む。

「フフゥ……もう少し、もう少し」

 ネルガルは、双剣にこびりついたスヴァルトの血を、長すぎる舌でぺろりと舐めた。
 そして、長い舌を生物のようにゆらゆら動かす。

「あなたたち、美味しく食べてあげる───……」

 ドバン!! と、ネルガルの舌が千切れ飛んだ。

「ブゲッ……!? ぁ、あぁ、あぁっがぁぁぁ!?」

 のたうち回るネルガル。
 何かが、飛んできた。

『───……間に合ったか』

 スヴァルトたちの後方に立っていたのは、弓を構えた『八咫烏』だった。
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