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ユノの父親

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 カラスがレイピアーゼ王国に落下する少し前、ユノはマリアと共に、エレノアとは反対方向の外壁から、迫りくる黒い『病魔』を魔法で迎撃していた。
 マリアは、聖剣士たちに向かって叫ぶ。

「いいか、あの『病魔』に近づくなよ!! 触れただけで病に侵されるぞ!!」
「……びょうま?」

 ユノが首を傾げると、マリアは言う。

「あれは、『嘆きの魔王』の眷属による疫病攻撃だ。あの黒い生物が国内に侵入すると爆発し、疫病を撒き散らす……それだけは、絶対に阻止しなければ」
「じゃあ、魔法」
「ああ。ユノ、使える魔法をありったけ出せ」
「うん」

 ユノは氷聖剣フリズスキャルヴを抜き、城壁の上に立つ。
 
「第一階梯魔法、『アイスランス』」

 剣を振ると、氷の槍が出現し、飛んで行く。
 迫るのは漆黒の蛇、クマ、兎などの動物から、さまざまな魔獣たち。
 魔獣は、動物を餌として捕食するケースが多いが、目的が同じなのか、魔獣と動物が並んでレイピアーゼ王国に向かって走って来る。
 すでに門は硬く閉ざされ、城壁から魔法による攻撃が始まっていた。

「魔力が尽きた者は下がれ!! 回復薬は十分に用意してある。魔力を回復させ、再び攻撃に参加しろ!!」

 魔力回復薬。
 聖剣士の魔力を回復させることができる、特殊な薬。
 過去に、治療に特化した聖剣士が開発した薬品だ。ちなみに、回復薬発祥の地は、このレイピアーゼ王国である。
 ユノも魔法を撃ち続け、魔力が尽き始めてきた。冷や汗を流しているのをマリアが見ると。

「ユノ、下がれ。回復薬を飲んで休憩だ」
「でも」
「いいから。っと……回復薬の在庫がなくなったな。ユノ、向こうの倉庫で回復薬をもらってくれ」
「う、うん」

 マリアに言われ、ユノは下がった。
 そして、言われた場所で回復薬をもらおうと、倉庫へ向かう。
 回復薬の入った木箱をいくつも抱えて運んでいたのは、大きなクマのような男だった。

「お疲れさん、ユノ。さぁ、回復薬を飲め。疲れが取れるぞ」
「お、おとうさん!!」

 そこにいたのは───……ユノの養父であるベアルドだった。
 身長は二メートル近くあり、筋骨隆々。顔は髭モジャで、雪焼けしているのか肌が浅黒い。だが、ニッコリ笑う姿は、どこか愛嬌を感じさせた。
 
「おとうさん、なんでここに?」
「たまたま資材の搬入で来ててな。聖剣士たちが重そうに木箱を運んでいたから、ちょっと手伝ってやったのよ」
「おとうさん……」

 ムキッ!! と、ギチギチに詰まった腕の筋肉を見せつける。片手で木箱を軽々と担ぐ姿は、まるでクマのようにしか見えない。
 そして、その大きな手でユノの頭をそっと撫でた。

「頑張ってるなぁ、ユノ」
「……うん」
「終わったら、うまい飯でも食いに行こう。さっき聞いたが、友達もいるんだろう? 一緒に連れて来い」
「うん。あとおとうさん、わたしも言いたいことあるから」
「お、おう」

 ちょっとだけユノがムスッとしているのを、ベアルドはすぐに気づいた。
 すると───……上空から、一羽のカラスが落下。
 レイピアーゼ王国のど真ん中に落ち、国中に『疫病』が広がり始めた。

 ◇◇◇◇◇◇

 『疫病』が始まった数日後。
 ロイは一人、宿のソファでだらりとしていた。

「…………」
『ロイ、何を腑抜けている』
「……倒せなかった」
『仕方あるまい。まぁ……今のお前では、ネルガルの核を破壊することはできないとは思っていたしな』
「なっ」

 ロイは、テーブルに置いてあったデスゲイズ(木刀)を掴んで顔を寄せる。

「お前、知ってたなら」
『いい経験にはなった。倒すことはできなくても、負けることはないと思っていたからな。いいかロイ、パレットアイズの部下である魔界貴族のことは全て忘れろ。ここからが本当の、魔族との戦いだ』
「…………」

 ロイはデスゲイズをテーブルに置く。

「くそっ……どうする。『魔喰矢グロトネリア』が通じないと、他の『暴食』の矢も通じない。近づいて『色欲』の矢を打ち込もうとすれば全部叩き落される……」
『お前では無理、ということだな。忘れたか? お前は、聖剣士の援護をするために弓を選んだのだろう? 戦いはエレノア、ユノに任せ、援護に徹しろ。恐らくだが……エレノアの攻撃なら、ネルガルの核を破壊できるかもしれん』
「エレノアが?」
『ああ。奴はまだ未熟だが、炎聖剣フェニキアを徐々に使いこなし始めている』
「…………」

 ロイはソファに深く座り、軽く伸びをした。

「……なぁ、疫病」
『広がっている。エレノアの報告では、日に十人ちょうどの感染となっているな』
「十人……明日は自分と怯える毎日、か」
『今のところ、聖剣士に被害は出ていない。おそらく、聖剣士が感染するのは最後……まずは住人から、徐々に徐々に感染者を広げていくのだろうな』
「ふざけた真似しやがって……なぁ、どうすればいい?」
『ワクチンを作るしかない。トリステッツァの配下が持つワクチンサンプルを全て集め、完全なワクチンを作るしか解毒する方法はないな』
「……つまり、トリステッツァの配下である魔界貴族を倒せばいいのか」
『何度も言うが、パレットアイズの配下とはケタ違いの強さだぞ』
「わかってる」

 覚悟は決めた。が……ロイは言う。

「手が足りない。俺とエレノアとユノだけじゃ、厳しい……ロセ先輩、ララベル先輩、殿下の三人がいたらなあ」
『ないものねだりしても仕方ない。それより、ネルガル以外の敵も動く。魔界貴族侯爵がな』
「また侯爵級か……」
『ふん。そいつらからワクチンサンプルを奪い、始末しろ。恐らくだが、エレノアたちも同じような方針を城で聴いているはずだ』
「あ、そっか」

 ロイはポンと手を叩き、窓の外を眺めた。
 外は、雪が深々と降っていた。

 ◇◇◇◇◇◇

「───というわけで、ユノ、エレノア君を筆頭に、魔界貴族からワクチンサンプルを奪います」

 レイピアーゼ王城、会議室にて。
 マリアがそう発言すると、反対意見は出なかった。
 会議に参加しているのはユノ、エレノア。そしてマリアと、マリア率いるレイピアーゼ聖剣騎士団の部隊長たち。グレン、ケイモン、国王インヴェルノだ。
 マリアは、エレノアに確認する。

「エレノア君。最後に確認する……本当に、手を貸してくれるのかね?」
「もちろんです!! 魔界貴族なんて、あたしがブッた斬りますから!!」
「ふ……」

 マリアは微笑んだ。
 そして、インヴェルノが口を開く。

「レイピアーゼ王国の特性が幸いしたのか、魔界貴族の狙いは二つ。東のコールドイーストの街か、西のアイスウエストの街だな。ここに疫病をばら撒く可能性が高い───……いや、確定していると考えていい。まだ報告は来ていないが、恐らく……」

 インヴェルノが顔を伏せると同時に、伝令が入って来た。
 伝令はケイモンに耳打ちする。

「……父上の読み通り、でしたね。コールドイーストとアイスウエストが、侯爵級の襲撃を受けたようです。被害は……ゼロ。疫病をばら撒き、去ったようです」
「くっ……」
「ですが、朗報もあります。二つの街に魔界貴族が留まっています。どうやら、ワクチンサンプルをぶら下げ、常駐の聖剣士をからかっているようで……」
「おのれ……ッ」

 インヴェルノが怒りを露わにする。
 と──ユノが挙手。

「わたし、行く。魔界貴族を倒す」
「あたしも。時間ないならすぐに動かないとね」

 二人がそう言うと、グレンが「はっはっは!! 勇気ある少女たちだ!!」と笑う。マリアがグレンを軽く小突き、ユノに言った。

「わかった。ユノ、エレノア君をアイスウエストの街に派遣する。その間、治療系聖剣士たちは、全力で解毒の方法を探らせよう……ワクチン以外の解毒法を探さねばな」
「それは、ボクが指揮を取ろう。マリア、お前はユノたちに同行するんだ。グレン、悪いが……」
「帰らんぞ」
「……本気で言っているのか?」

 ケイモンが呆れたように言うが、グレンは笑った。

「婚約者様が命を賭けるんだ。我も男を見せねばな」
「だが、お前は次期国王だ。今なら疫病に侵されることなく国を出ることができる。そもそも、お前は無関係だからな」

 不思議なことに、この『病』はレイピアーゼ王国の住人しか発病しない、という特徴があった。
 だが、グレンは笑う。

「なぁに、剣術はからっきしだが、それ以外では役に立つ。本国に連絡し、我が国の治療系聖剣士を派遣させよう」
「グレン……」
「マリア。お前はお前の戦いを。我も、お前に恥じぬ男として、すべきことをする」
「……ああ、感謝する」

 エレノアは「か、カッコいい」と呟いていた。
 こうして、エレノアとユノ、マリアとその部下たちが、魔界貴族から『ワクチンを奪う』ためにアイスウエストの街へ向かうことになった。
 が、マリアは心配なのか、ポツリと言う。

「だが……魔界貴族が相手か。我々だけでは、かなり厳しいな」
「あ、それなら問題ないです」
「え?」

 エレノアは、自信満々に言った。

「あたしたちには、最強の『援護』が付いてますから!!」
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