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久しぶりの狩り

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「───……ん」

 パレットアイズの襲撃から一ヵ月が経過。
 トラビア王国は日常を取り戻し、学園も無事再開……今では、パレットアイズの『魔王聖域アビス』を『聖剣士が見せてくれたひと時の夢』だなんて言う人もいた。
 今日は学園が休日。ロイは久しぶりに、一人で狩りを楽しんでいた。
 いつも行く王都郊外の森ではなく、かつて『地のダンジョン』があった近くの森に来ている。
 この森は木々が高く、上から狙撃するには絶好の場所だ。しかも、現れる動物も大型が多く、狩りのしがいがある。
 ロイは、『万象眼』で上空を飛んでいた鷹を捉え、視覚を共有。

「……約四キロ、北東の方向にデカいクマがいるな。腹空かしてるのか、シカを二頭殺して、頭をボリボリ食ってる……うわ、ツノを嚙み砕いてるし」

 万象眼を解除。ロイは枝から枝に飛び移り、二分ほどでクマから二キロほど離れた場所へ。
 魔力操作による身体強化は、狩りの時だけ人類最強レベルにまで発揮される。
 ロイは、魔力により視力を強化。
 木々の間を抜け、約二キロ先にいる獲物を見た。
 座り込み、シカの腸をガツガツ食べている。この森のボスなのか、他の動物は恐れているのか近くには生物の気配がない。
 すると、クマの傍で震えるコジカがいた……喰われていたのは、このコジカの親のようだ。

「…………」

 ロイの眼がスッと細くなり、矢筒から矢を抜く。
 すると、クマがシカをほぼ完食───コジカをギロッと睨んだ。
 震え、動けないコジカ。
 大口を開け、デザートと言わんばかりにコジカに接近するクマ。

「───シュッ」

 ロイの口から小さく息が吐きだされ、矢が放たれた。
 矢は木々の間、枝と枝の間をすり抜け、コジカに襲い掛かったクマの口に侵入。そのまま延髄を破壊し、後頭部から矢が飛び出した。
 ぎゅるん、と、クマの目がひっくり返る。そして、そのまま倒れた。

「……よし」

 ロイは狩りを終え、クマに接近。
 コジカがまだ震えていた。ロイが近づいても逃げない。
 ロイは、コジカの頭を撫でた。

「仇は取ったぞ。これから、強く生きろよ」
『キュゥン……』

 コジカは、ロイに少しだけ甘えるように頭を擦りつけ、森へ消えていった。
 
『動物にも甘いことだ』
「いいだろ、別に。ほら、解体するぞ」

 ロイは矢筒からオリハルコン製の鏃を取り出し、鏃の先で器用にクマの解体を始める。刃物は持てないし使えない。だが、鏃をうまく利用して解体する術を身に付けていた。
 ロープで吊るし、皮を剥ぎ、内臓を抜き、肉を捌く。たった一人だが、身体強化された肉体で全く苦ではないようだ。どうやら解体も狩りの一部らしいと、デスゲイズは適当に思った。
 肉を捌き、内臓を細かく切って並べておく。

『その内臓、食うのか?』
「俺は食わない。こいつ、森のボスみたいだし、こいつに食われた動物や魔獣がたくさんいたみたいだ。だから、今度はこいつが食われて、森の生物たちの糧となる番だ」
『お優しいことで……うーん、優しいのか?』
「ま、俺は少しだけもらっていくよ」

 ロイは、肉を抗菌用の布で包んでカバンに入れ、近くの木に飛び乗った。
 すると、森の動物たちが何匹も現れ、肉を食べ始めたのだ。

「な?」
『なるほどな』

 ロイは森の入口に戻り、予め作っておいた竈に火を点ける。
 そして、肉を切り分け焼き始めた。

『お前、どうして狩りをするたびに森で焼いて食うんだ?』
「ばかお前、狩ったばかりの肉を自分で捌いて、その場で焼いて食うのは死ぬほどうまいんだぞ? 味付けは塩コショウのみだけど、どんな高級肉店で食う焼肉よりもうまい」
『ふぅん』

 熊肉は硬く、やや筋っぽかった……が、ロイにとって最高の昼食になった。

 ◇◇◇◇◇◇

 お腹がいっぱいになり、ホクホク顔で帰路へつく。
 トラビア王国まで相乗り馬車で向かう。大きな幌付き馬車の荷台には、若いカップルと壮年の男性、老夫婦、分厚いコートを着てフードを被った若い女性がいた。
 すると、老夫婦の男性がコートの女性に聞く。

「あんさん、レイピアーゼ王国から来たのかい?」
「ええ。よくわかりましたね」
「ふふ、この国でそんな分厚いコートを着ているのは、雪国から来たモンだけさね」
「ははは、確かに。私は行商人で、レイピアーゼ王国の特産品を、売りに来たんですよ」
「ほほう! レイピアーゼ王国の特産品といえば……雪中オニタケ、雪カニ、スノウベアの毛皮……ええと」
「よくご存じで。ちなみに、今言ったのは全部ありますよ」

 と、女性は背負っていたカバンからではなく……なんと、収納から荷物を出した。
 収納を使えるということは。

「あんた、聖剣士かね!」
「ええ。女の一人旅ではいろいろと危険があるので」

 ここで、女性はコートを脱ぎ、被っていたフードを脱いだ。

「おお……」
「ちょっと!」

 若いカップルの男性が見惚れるほど、女性は美しかった。
 薄水色の長い髪は背中の中ほどまで伸び、セーターを着て、その胸部は大きく盛り上がっている。顔立ちはキリっとした美女で、どこか勝気な吊り目をしていた。
 そして、収納から細長い剣を出し、自分の隣に置く。

『レイピアか。ユノと同じだな』

 デスゲイズが言う。
 女性は、収納から真っ白なカニや、白いキノコを取り出した。

「雪カニは銀貨三枚、雪中オニタケは銀貨一枚。スノウベアの毛皮もありますが、いかがです?」
「おおお! 婆さん、銀貨、銀貨!」
「おじいさん! まったく、みっともない」

 老男性は、老婦人から銀貨をもらい、雪カニを買っていた。
 なんとなく眺めていると、女性はロイを見てにっこり笑う。

「少年。きみもどうかな?」
「え? あー……カニ、美味しそうですね」
「だろう? 焼いてよし、煮てよし、生でもいける。レイピア-ゼ王国の清流にしか住まない貴重なカニだ。市場にもあまり流通しない、レアな食材だよ」
「い、いいな。カニ……」

 ごくりと喉を鳴らす……が、今のロイは手持ちが少ない。
 狩りに出るだけだったので、乗合馬車賃と湯屋で払うお金しかない。

「お金、今ないんですよね……肉ならあるけど」
「肉?」
「はい、これ」

 鞄からクマ肉を出す。
 女性は怪訝な顔をして顔を近づけ、驚愕した。

「こ、これ……ディノベアーの肉じゃないか。これ、まさかキミが?」
「ディノベアー? ええと、これは俺が森で狩ったクマですけど」
「なんと……討伐レートAの魔獣を、キミが一人で」
「は、はい」
「これはこちらから頼まねばな。少年、この肉と雪カニ、雪中オニタケを交換しないか? そうだな……スノウカリブーの肉も付けよう」

 女性は収納からカニ、きのこ、肉の包みを取り出す。
 当然、ロイの答えは決まっていた。

「ぜひお願いします!!」
「よし、交渉成立だ」

 ロイは、寮に戻ってオルカの部屋で鍋会をやろうと考えていた。

 ◇◇◇◇◇◇

 トラビア王国に到着し、乗合い馬車から降りた。
 女性の後に馬車から降りると、女性はロイに聞く。

「少年。この辺で、商売ができるエリアはあるかな?」
「商売ですか? えーっと、あっちが商業区画ですね。確か……露店エリア? ってところがあって、商業ギルドに申請すれば、借りることができます? だったかな」

 オルカから聞いた情報をそのまま伝えると、女性は頷いた。

「あと……旅の汗を流したい。湯屋を知ってるか?」
「はい。あー……誰もいない、ボロッちいところと、豪華で立派なところ、どっちがいいですか?」
「…………?」

 女性は首を傾げた。そして、なぜかクスっと笑う。

「じゃあ、誰もいないところで」
「わかりました。案内します」

 ロイと女性は歩き出す。
 女性は、ロイを見て言った。

「きみ、聖剣レジェンディア学園の生徒だね?」
「……わかります?」
「ああ、その剣を見ればね」
「……木刀ですけど」
 
 ロイは苦笑し、デスゲイズを振り回す。
 ボロ湯屋に到着すると、女性は建物を見て「おおー……」と唸る。

「あの、あっちにでっかいのありますけど」
「いや、ここでいい。少年、案内ありがとう」
「いえ。では、ごゆっくり」

 ロイも風呂に入ってから寮に戻りたかったが、女性を優先した。
 そのまま向かいの湯屋へ行こうとすると、ボロ湯屋から人が出てきた。

「あ、ロイ」
「ロイ」
「ん? あ、エレノアにユノ。なんだお前ら、ここ気に入りすぎだろ」
「うるさいわね。ふふん、今回はあんたにいい思いさせないんだから。残念だったわね」
「べ、別に期待してないからな」
「どうかしらねー?」
 
 エレノアがロイをからかっていると、ユノが言った。

「───義姉さん」
「「え?」」
「……ユノ」

 ロイが案内してきた行商人の女性とユノ。
 互いに見つめ合い、ピクリとも動かなかった。
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