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魔界貴族公爵クリスベノワの『討滅城』⑤/制限の裏側

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 クリスベノワは、『討滅城』の制御室でダンジョンの操作をしていた。
 基本的に、ダンジョンの操作は管理者である魔界貴族の魔力によって行われる。ダンジョンが燃えるのも、渦潮も、竜巻が発生するのも全て、管理者である侯爵級の力によるものだ。
 そして、公爵級であるクリスベノワの魔力は、ダンジョン管理者であった四人の侯爵級の合計魔力数の、軽く四十倍。
 文字通り、侯爵級とはケタが違った。

「ふむ……次の『制限』は」

 『制限』
 これこそ、クリスベノワの魔界貴族公爵としての能力。あらゆる事象に『制限』をかけることが可能な力。
 直接戦闘よりダンジョンなどの閉鎖空間でこそ生きる能力。パレットアイズの部下として間違いなく最強の力を持つ、魔界で四人しかいない公爵級、『四魔公爵』の一人に相応しい男であった。
 クリスベノワは、立派な顎髭を弄りながら、スコープバットの映像を見る。
 同時に二十以上の映像が写されているが、クリスベノワは全て把握していた。

「む……?」

 そこで、クリスベノワは一瞬だけ見た。
 エントランスホールには二階層へ続く階段と、七つの部屋へ通じるドアがある。
 そのうち、開いたのは三つ。エントランスホールで待機している子供の聖剣士たちが、「あっちのドアには何が~」や「行ってみたい~」と話しているのが聞こえていた。
 そして、ほんの一瞬───瞬きほどの時間。全員の注意がドアから外れた隙に、ドアは少しだけ開き、音もなく閉じた。

「…………?」

 見間違い、だろうか。
 スコープバットには何も映っていない。気配も感じない。

「あの先は確か……」

 クリスベノワがかけた『制限』……一階層は、まだ甘い制限ばかりだ。
 すると、別のチームが『制限』に引っかかるのを感じた。
 ユノのチームが、ドアの先にある通路を進み、奥の部屋の前で立ち止まっている。

「『右利きの者のみ入ること可能』だって。みんな、右利き?」

 ユノが聞くと、二人を除いたメンバーが挙手。
 二人には待機命令を出し、ユノはドアを開けた。
 その部屋は広く、物置なのか木箱が山ほど積まれている。が……木箱の間に、白を基調に金色の装飾が施された大きな宝箱が置いてあった。

「おお、財宝……ん?」

 宝箱には、『水属性二名、風属性三名が触れることで開錠』と書かれていた。

「属性……聖剣? わたし水。風の人、三人いる? あと水ひとり」

 だが、風属性は二人しかいない。火属性、雷属性、水属性の聖剣が多かった。

「むぅ……こういう場合もあるし、属性はバランスよくしないとね」

 結局、宝箱は諦めることになった。
 何人かが名残惜しそうにしているが、開かないので仕方ない。

「制限、めんどくさい」

 そう言い、ユノはエントランスホールに引き返した。

 ◇◇◇◇◇◇

 サリオス、エレノア、ユノのチームは、再びエントランスホールに集合した。
 
「エントランスホールにあるドア、ぜーんぶ通路の先に部屋があるだけね」

 エレノアが物足りなそうに言う。
 そう、七つのドアを開け、その先を全て調べたが……ほんの数体の魔獣しか出なかった。しかも、通路の先には部屋があり、『制限』付きの宝箱があるだけ。
 ロイも、部屋の隅で気配を消しながらウンウン頷く。

「宝箱、開けられたのは一つか……」

 サリオスの収納空間には、宝箱の財宝が入っている。
 金貨数百枚、白金貨、宝石やアクセサリーなど、売ればかなりの金額になる。
 王族であるサリオスが金に目がくらむことはないので、保管し、提出することになった。

「やっぱり、これ」

 ユノが指さしたのは、二階層への階段。
 サリオスは「うーん」と唸る。

「百名か……」

 現在の聖剣レジェンディア学園の全校生徒人数は、一年生百名、二年生九十名、三年生七十名だ。事情により退学する生徒がかなり多いのが、この学園の特徴でもある。

「しかも、二年生と三年生は半数が学園にいないし……とりあえず、人数を報告して、増員してもらうしかないな」

 この日、何の成果もあげられないまま、エレノアたちはダンジョンを出た。
 
 ◇◇◇◇◇◇
 
 ダンジョンを出たロイは、あのボロい湯屋へ向かっていた。

「参ったな……」
『人数制限か。そういえば、クリスベノワの能力は『制限』だったな……』
「お前、忘れてたのかよ」
『馬鹿者。我輩とて、全ての魔界貴族を知っているわけじゃない。我輩が封じられてから昇格した者も多いだろうしな』
「ふーん」

 暗い路地裏を進み、ボロい湯屋へ到着。
 受付の老婆は、以前見た時と同じように座っていた。まるで置物のように気配が希薄なので、本物の置物かと思うと。

「銅貨三枚。手拭い付きで五枚だよ」
「じゃあ五枚で」
「まいど。フフフ……また来てくれたね。残念だけど、あの可愛いお嬢ちゃんは来てないよ」
「いや、期待してないです……来ても困るし」

 恐らく、今頃は聖剣騎士団の天幕で、人数制限について話しているだろう。
 ロイは服を脱ぎ浴場へ。身体を洗い、浴槽へ入った。
 受付の老婆に許可をもらい、デスゲイズは浴場の隅に立てかけてある。

「はぁ~……あ~、どうしようかな」
『何がだ?』
「あの制限だよ。男じゃないとダメ、女じゃないとダメ、人数制限とか、こればかりはどうしようもない。どうにかして裏を掻きたいな」
『そうだな……隠し通路さえわかればな」
「わかれば行けるのか?」
『わからん。だが、あそこにはクリスベノワに仕える魔界貴族もいるはず。そいつらが通る通路に『制限』は掛けられていないはずだ。つまり、制御室に入れれば』
「…………それができれば?」
『苦労はしない、だな』
「だよな……」
『つまり、地道に援護しつつ進むか、手掛かりのない裏口を探すか……』
「どっちにしろ時間が必よ「ロイ」───……まさか」

 嫌な予感がして振り返ると、そこにいたのはユノだった。
 唖然としているエレノアもいる。ユノは手拭いを腰に巻き上半身裸で、エレノアは手拭いで胸を押さえているが、隠しているわけではないので、見えてはいけないものまでチラチラ見えていた。

「ロイ、また来てた」
「な、な、な……」
「ゆゆ、ユノ……え、エレノア? おま、なんで」
「会議、必要なことだけ言ってすぐに抜けてきた。ここ、いいところだしエレノアと一緒に」
「───ッっひ」

 ぎゃぁぁぁぁ!! と、エレノアの叫びが響き渡り、エレノアはユノの後ろに隠れてしまった。

「ろろ、ロイの馬鹿!! このスケベ!!」
「ちち、違う!! ってか、お前たちが入ってきたんだろうが!?」
「こっち見んな!! ってかユノ、隠しなさいよ!!」
「ロイならいいよ」
「駄目!! ロイあっち向け!!」

 ユノをジロジロ見ていると思われたのか、ロイは慌てて目を反らし湯船へ。
 
「エレノア、お風呂入ろう」
「……俺、上がる」
「だめ。エレノア、身体洗おう」
「……ロイ、こっち見たら殺す」

 二人は洗い場で身体を洗い始めた。

「…………」

 ごしごし洗う音、水音が響く。
 すぐ近くで、同級生の女の子が身体を洗っているのだ。健全な男子であるロイにはきつい。
 すると、身体を洗ったユノがロイの傍に来ようとしたので、エレノアが無理やり引っ張り、ロイの反対側から湯船へ。

「……こっち見ないでね」
「わ、わかってるって」
「これでエレノアも一緒だね」
「「…………」」

 ロイとエレノアは無言になり、ユノの純粋さにため息を吐くのだった。
 ユノは、エレノアに腕を掴まれているのでロイの傍に来れない。仕方なくその場で言う。

「ロイ。今日のダンジョンのお話、聞く?」
「あ、ああ」
「あのね、今日は───……」

 内容は、ロイが見たのとほぼ同じ内容だった。
 人数制限から始まり、聖剣の属性による制限や、右利き左利きの制限など、様々だ。

「めんどくさい」
「なるほどな……」
「とりあえず、二階層へ進むために、増員するみたい。ほんと、参ったわ……」

 エレノアはようやく落ちいついたのか、湯船で両腕をグイーっと伸ばす。

「増員して、攻略再開は明後日以降になるみたい。あーあ、敵は雑魚なのに、制限がほんとにめんどくさい……」
「でも、仕方ない」
「そうね。ねえロイ、あんたもダンジョン入りなさいよ」
「まあ、入れたらな」
「ふふっ」

 事情を知っているエレノアはクスっと笑った。
 ユノは、風呂が気持ちいいのか「ほわー」と蕩けている。

「とりあえず、明日は休み。ダンジョンから魔獣があふれ出るまで、三十日以上あるし……確実に攻略したいわね。ユノ、明日は殿下も誘って、ララベル先輩とロセ先輩に特訓してもらいましょっか」
「うん」
「よーし、なんかやる気出てきた!!」

 そして、エレノアはザバッと立ち上がり拳をギュッと握る。

「うおっ……」
「エレノア、丸見え」
「え、あ」

 浴場ということを忘れて立ち上がってしまい、ロイは鼻血を噴き出し、エレノアは羞恥で絶叫するのだった。
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