聖剣が最強の世界で、少年は弓に愛される~封印された魔王がくれた力で聖剣士たちを援護します~

さとう

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炎の迷宮『業火灰燼』④/空間を超えて

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 魔界貴族侯爵、『断鋏』のシュリンプ。
 彼女の仕事はダンジョンの管理。というか、パレットアイズの部下である魔界貴族たちの仕事のほぼ全ては、ダンジョンの管理とパレットアイズの世話であった。
 男爵、子爵、伯爵は侯爵の指示でダンジョンに来る聖剣士の相手や、パレットアイズの世話。公爵は侯爵に指示を出す総合的な役割。
 シュリンプは現在、『業火灰燼』に入ってきた聖剣士たちを、ダンジョンの管理人室で眺めていた。
 
「ふ~ん……七聖剣士が二人に、そこそこ強い聖剣士が二人、雑魚がそこそこ……本格的な攻略じゃない、様子見ってところね」

 いつもなら、魔獣を配置して戦わせ、どこかで見ているパレットアイズを楽しませる。
 だが、今日は違う。公爵である『討滅』のクリスベノワから指示があり、『パレットアイズを楽しませつつ、聖剣士を始末しろ』とのことだ。
 どうやら、パレットアイズがササライに対抗しているらしい。シュリンプには詳しいことはわからないが……とりあえず、『バブルコーティング』の筒を意図的に少なくしてみた。

「ん~……何人かは間に合わず、火だるまになると思ったんだけど」

 現在、ダンジョンに侵入している聖剣士たちは、迷わずに進んでいる。
 罠の数も増やし、魔獣の強さも上げているのだが、誰も死なない。
 引率の聖剣士は、人間の中でも上位の強さだ。
 ただ殺すだけなら簡単だが、それではパレットアイズを楽しませられない。

「さ~て、どうしよっかなぁ?」

 シュリンプは、ニコニコしながら、この『業火灰燼』に現れるはずのない魔獣を召喚した。

 ◇◇◇◇◇

「さて、そろそろ戦闘にも慣れて来ただろう。今日はここまでだ」

 カレリナがそう言い、エレノアは炎聖剣を鞘に納めた。
 たった今まで、『火炎毛虫』を斬りまくっていた。真っ赤に燃える毛虫が至る所に現れ、カレリナとミコリッテだけでは処理できず、エレノアとユノも積極的に戦闘に参加していた。
 
「あ、終わりですか?」
「ようやくキモイの慣れたのに」

 二人が倒した火炎毛虫は、合計で七十を超えている。
 これには、カレリナとミコリッテも驚いた。
 最初に油断し、危機に落ちたのが嘘のようだ。
 火炎毛虫の吐く火炎をエレノアは無視して切り刻み、ユノは剣の切っ先を凍らせて火炎毛虫を突き刺す。氷はこの『業火灰燼』で長くは持たず溶けてしまうので、切っ先だけを限界まで凍らせ、強度を保たせる戦法だ。
 エレノアは隙が消え、ユノは魔力操作が格段に上がった。

「才能ですかねぇ……」
「そうだな。やれやれ、若いねぇ」

 正直、二人がここまでやるとは思わなかった。
 まずはダンジョンに慣れてもらい、カレリナとミコリッテの補助のもとで魔獣と戦わせることが今日の目的だったのだが、すでに二人は慣れている。
 とりあえず、今日は退却。明日から本格的なダンジョン攻略ができそうだ。

「この調子なら、六十日以内にダンジョン攻略はできるだろうな」
「で、ですね。あぁ~……よかったぁ」
「馬鹿者。まだ安心するのは早いぞ」
「あ、はぁ~い」

 気を抜くミコリッテを叱るカレリナ。
 エレノアは、ユノと一緒にカレリナとミコリッテの元へ。

「カレリナさん、ミコリッテさん。あたしとユノ、まだいけますけど……」
「もうちょいやりたい」
「駄目だ。消耗が少ないとはいえ、今日の目的はダンジョンに慣れることだ。ダンジョンの構造と、ダンジョンの魔獣に慣れるのに数日かかると思っていたが……これなら、明日から本格的な攻略が始められそうだ」
「明日から、本格的な攻略……なんか楽しみかも!!」
「わくわく」

 ミコリッテがクスっと笑い、近くにあった『バブルコーティング』の筒から泡をなじませる。

「ふふ、頼もしい。さ、ユノさん、そろそろコーティングを───……ぶぁがっ!?」

 次の瞬間───……バブルコーティングの筒が燃え上がり、巨大な『猿』が出現。真っ赤に燃える拳でミコリッテを殴り飛ばした。

「「え」」
「───ミコリッテ……ッ!!」

 カレリナは、収納から赤い大剣を取り出し構えた。
 真っ赤な『猿』が拳を振りかぶり、大剣を盾にしたカレリナを殴り飛ばしたのだ。

「ぐ、っが……!?」
「か……か、カレリナさん!!」
「逃げろ!! こいつは『業火灰燼』の核を守護する最終ボス、『地獄魔猿じごくまえん』だ!! 私が押さえるから、ミコリッテを連れて逃げろ!!」

 最初に動いたのは、ユノだった。
 ミコリッテの元へ走り、抱き上げる。

「……ぅ」
「ミコリッテさん、だいじょ……」

 顔の骨が、砕けていた。
 全くの無防備な状態で、顔面に燃える拳を叩きこまれたのだ。
 顔の骨が砕け、右目が飛び出し潰れ、顔の半分が重度の火傷を負っている。髪も半分以上が燃え、頭皮が爛れていた。
 ユノは真っ蒼になり、首をブンブン振って『氷聖剣』を掴む。
 エレノアが炎を無効化できるように、ユノは氷を無効化できる。ユノは自分の両手を凍らせ、ミコリッテの火傷部分を素手で押さえる。

「に、げ……」
「喋らないで。エレノア、ミコリッテさんを」
「……でも、カレリナさんが」
「全員死ぬ。カレリナさんが戦ってる意味、考えて」
「……ッ、わか」

 だが、そうはいかなかった。
 現在、エレノアたちがいる空間は遺跡の空き部屋のような場所。入口は一つだけで、窓もないし、バブルコーティングは地獄魔猿に壊された。
 
『キキキキキキッ!!』
「なっ」

 カレリナの相手をしていた地獄魔猿は、なんとカレリナを躱して入口に陣取ったのである。
 そして、四人を馬鹿にするように両手をパンパン叩き、両手の拳を叩きつける。
 まるで───……『ここから先に進みたければ、自分を倒せ』と言っているようだ。

「くっ……バブルコーティングが、あと二分もしないうちに消える」
「倒すしか、ない……ですね」
「エレノア嬢!?」
「ユノ、ミコリッテさんをお願い。ここは……あたしとカレリナさんで、この猿野郎を倒す!!」

 エレノアは剣を抜き、メラメラ燃える戦意を地獄魔猿に叩きつけた。

 ◇◇◇◇◇

 ロイは、ダンジョンの制御室に向かって進んでいた。
 ダンジョンの雑用だろうか、魔族が何人もいる。全員、魔界貴族の男爵級や子爵級ばかりだ。
 ロイはステルスローブで身を隠しながら進み、心臓を狙った確実な狙撃で魔界貴族を仕留めていく。

「灰も残らないってのは便利だよな……死体を見つけて『おい死んでるぞ、侵入者だ!』ってならないし」

 食料だろうか、積み重なった木箱の上で弓を構えるロイ。
 放たれた矢は、ダンジョンの配置魔獣である上級魔族『オーガ』の心臓を貫通した。

『……油断するな。近いぞ』
「……制御室か」

 そして、到着したのは、魔族の文字で『ダンジョン制御室』と書かれた大きな扉だ。
 すると、男爵級の男がドアをノックする。

「シェリンプ様。食事をお持ちしました」
『はぁ~い』
『チャンスだ』
「ああ」

 ドアが開くと同時に、ロイは気配を消して男爵級のすぐ後ろを通って室内へ滑り込んだ。

『……とんでもないな』

 ゴキブリよりも希薄な気配だった。恐ろしいほど完璧な隠形……男爵級は全く気付かず、制御室内にいるシェリンプも気付いていない。
 食事を置いた男爵級が部屋を出た。
 
「…………」
「ふんふんふ~ん……♪」

 魔界貴族侯爵、『断鋏』のシェリンプ。
 無防備に背中を見せ、空中に浮かぶ画面を見てニコニコしている。
 ほんの十メートルもない距離にいるロイに、全く気付いていない。
 そして、ロイも全く揺らがない。魔界貴族侯爵、ベルーガより遥か格上の魔族を前にしているのに、ゴキブリよりも希薄な気配でシェリンプを見ていた。
 デスゲイズは、ロイの隠形に恐ろしさすら感じていた。

「さぁ、どう凌ぐかな~?」
(───……ッ!!)

 何を見ているのか?
 ロイがシェリンプの見ている『空中投影魔法』の画像を見て、ギョッとする。
 そこにいたのは、地獄魔猿に襲われるエレノア、カレリナ。そして怪我人を抱きかかえるユノ、倒れた女騎士だ。

「あと一分、ふふふ……火だるまが三人、地獄魔猿に殺される聖剣士が一人。パレットアイズ様は楽しんでもらえるかしらぁ~?」
「───」
『な、ロイ、まさか』

 ロイは、背中の矢筒に手を伸ばす。

「大罪権能『暴食グラトニー』装填」

 現れたのは、魔隼グリフォンのような、鷹の頭蓋骨を模した黒い鏃の矢。
 『魔喰矢グロトネリア』とは違う形状の矢がロイの手元に現れ、迷わず番える。
 狙いは、シェリンプの背中───そして、迷わず放たれた。

『キュィィィィィィィィン!!』

 放たれた矢が鳴いた瞬間、消えた。
 
 ◇◇◇◇◇

『キキキィィィィッ!!』
「ぐ、っがぁぁ!!」

 聖剣を盾にしたが、地獄魔猿の燃える拳を受けてカレリナは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
 そして、地獄魔猿はエレノアに向き直る。

『キッキッキ……』
「何よ、あたしなんて敵じゃないって? でもね……あたしにだって、聖剣士としての意地があんのよ!! あんたなんかに負けてやらないんだから!!」

 エレノアは剣を構え、自分が出せる限界までの炎を刀身に乗せる。
 狙いは心臓。渾身の突きを食らわせる。

「ティラユール流剣術、『疾風突きゲイルスピア』!!」
『キキキキキキッ───っぎぇ!?』
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ、え?」

 エレノアの突きが突き刺さる瞬間、地獄魔猿の胸に巨大な穴が空いた。
 エレノアは見た。自分の突きが当たる直前……どこからか現れた『矢』が、地獄魔猿の心臓を破壊したのを。
 現れた矢は、心臓を破壊すると同時に消えてしまった。

「……矢、って、まさか」
「ま、まさか……ひ、一突きで」
「あ」
「炎聖剣の力を、引き出せたのだな……ふふ、大したものだ。さぁ、まずはバブルコーティング、そしてここから脱出だ」
「え、えっと」
「エレノア、すごい……」
「…………」

 間違いなく、ロイ。
 だが、ロイのことを言うわけにはいかず、エレノアは適当に頷いてこの場を後にした。

 ◇◇◇◇◇

『……馬鹿が』

 ロイが放ったのは、『時空矢アイオーン
 あらゆるモノを食う『暴食グラトニー』の力で精製した矢。
 何をしたのか? 『時空矢アイオーン』は、目標までの距離を・・・・・・・・食ったのだ・・・・・
 つまり、123456789という順番を無視し、1からいきなり100に飛んだ。距離を食う矢を放ったのだ。
 全ては、エレノアを救うために。
 たとえ───自分が、どうなろうと。

「…………邪魔をするのは、だぁれ?」

 ロイの前には、柔らかな笑みを浮かべるシェリンプがいた。
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