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女主人の憂鬱
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「あ~~~……退屈ねぇ」
「そりゃ、お客さん来ませんから」
いつものように公爵家で仕事を終え、町にある喫茶店の女主人となったアデリーナ。忙しすぎるのも嫌だが、暇すぎるのも嫌だった。つまり……全くお客様が来ない今の状況は、最悪だった。
カウンター席に座り、自分用に入れたコーヒー、自分で作ったサンドイッチを食べる。
「あ~おいしい。料理の腕も、コーヒーを淹れる腕も上がったのに、自分とエリにしか披露できないってのも面白くないわぁ」
「アディ、いっそ……お店、やめちゃいます?」
「えー?」
「だって、公爵家で仕事を終えて、毎日毎日外に出て……今は怪しまれていませんけど、そのうち『男ができた』とか『散財してる』とか言われますよ」
「だって、お屋敷の中すっごく暇なんだもん」
「気持ちはわかりますけど、お客の来ない喫茶店のマスターなんて、時間の無駄では?」
「…………」
確かにその通りだ。
でも、アデリーナは店を閉めるつもりはない。
あの、この店唯一のお客様が、『また来る』と言ったから。
また来て、店がなかったら……そう考えると、こうして待つ時間も、悪くない。
「それに、そろそろ旦那様が領地からお戻りになります。さすがに、結婚して一度も挨拶しないのはマズいですし、しばらくはお屋敷にいた方がいいのでは?」
「そ、そうだけどさぁ……うぅ」
アデリーナはコーヒーを一気に飲み、カウンターにトンと置く。
「おかわり」
「はいは「───やってるか」
と───店のドアが開き、久しぶりのお客がやってきた。
やってきたのは、アデリーナの待ち人。
「あ、お客さん!!」
「久しぶりだな、マスター……なんだ、口元がコーヒーで汚れてるぞ?」
「っ!?」
「ふふ、やはりお前は笑わせてくれる」
「……意地悪ですね」
アデリーナはハンカチで顔をぬぐい、エリと交換するようにカウンターへ立った。
さっそく、とびきり苦いコーヒーを淹れる。
「お食事は?」
「……肉が食べたい。昼がまだなんだ」
「はーい。じゃあ、ステーキ焼いていい?」
「ああ、任せる」
アデリーナは、鼻歌を口ずさみながらステーキの準備に取り掛かる。
そして、男性客ことカルセインは、そんなアデリーナを眺めていた。
「ふんふんふ~ん……お肉にスパイス、赤ワイン~……フライパンあっためて~、油を引いて」
「…………」
「ん、なぁに?」
「いや、楽しそうだな」
「ふふ、久しぶりのお客様だからね。嬉しいのよ」
「……そうか」
ジュワァ!! と、フライパンの上でステーキが焼ける。
アデリーナは、ステーキを焼きながら聞いてみた。
「そういえば、奥さんとは?」
「あー……その、まだ話せていない」
「えぇ? あれから一ヶ月くらい経ったのに!?」
「仕事で、遠方に行ってた……帰ってきたのも今日、しかもたった今だ」
「そうなんだ」
ステーキをひっくり返し、裏も焼く。
「そういうお前は? 旦那とはうまくいってるのか?」
「あー……ぜーんぜん。というか、会話もしてないわ」
「会話も?」
「ええ。忙しい人でねぇ……」
「そうか……人のことは言えんが、お前も大変だな」
「そうね。でも、いたらいたで、きっと感心なんて持たないでしょうけど、ね」
ステーキにワインをかけると、一気に燃え上がる。
余分な脂が全て飛び、いい色のステーキが皿へ盛られた。
カルセインの前にステーキが出され、さっそく食べ始める。
「……ん、うまいな」
「でしょ? えへへ、嬉しいな」
「ふ……この腕前なら、旦那も喜ぶだろう」
と───旦那、旦那というたびに、カルセインの胸には小さな瘤のような物が脈動したような気がした。言いたくない。旦那と言いたくないと、警告しているようだ。
カルセインは水を一気に飲み、小さく息を吐く。
「おいしいのはわかるけど、ゆっくり食べなよ」
「あ、ああ」
「ふふ。あなた、面白いわね」
「…………」
マスターはクスっと笑った。
なぜか直視できず、カルセインは顔を反らしてしまう。
マスターは食後のコーヒーを淹れ、自分用とカルセイン用を出す。
カルセインは、なんとなく聞いてみた。
「……夫のことで悩んでいるなら、いつでも力になるぞ」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。たぶん無理だから」
「……」
「あなたも、私のことより奥さんのこと、心配しなさいよ」
「……そうだな」
カルセインは立ち上がり、金貨を数枚置く。
「あ、おつり」
「いい。美味いステーキにはそれだけの価値がある……また来る」
カルセインは、店を出た。
マスター……アデリーナはその背中を見送り、小さく息を吐いた。
「なんか、放っておけないのよねぇ」
「アディ。そろそろ片付けて、屋敷に戻らないと」
「ええ。そうね」
急いで片付けをして、アデリーナは公爵家へ戻った。
◇◇◇◇◇
カルセインは、屋敷へ向かう馬車の中にいた。
すると、王城から来た使者が手紙を渡す。差出人は、騎士副団長だ。
「……進路変更。屋敷ではなく、城へ向かえ」
「かしこまりました」
「チッ、帰った早々に仕事か。今日も屋敷へ帰れんな」
この日から約一ヶ月ほど、カルセインは屋敷に戻れず仕事に追われることになる。
「そりゃ、お客さん来ませんから」
いつものように公爵家で仕事を終え、町にある喫茶店の女主人となったアデリーナ。忙しすぎるのも嫌だが、暇すぎるのも嫌だった。つまり……全くお客様が来ない今の状況は、最悪だった。
カウンター席に座り、自分用に入れたコーヒー、自分で作ったサンドイッチを食べる。
「あ~おいしい。料理の腕も、コーヒーを淹れる腕も上がったのに、自分とエリにしか披露できないってのも面白くないわぁ」
「アディ、いっそ……お店、やめちゃいます?」
「えー?」
「だって、公爵家で仕事を終えて、毎日毎日外に出て……今は怪しまれていませんけど、そのうち『男ができた』とか『散財してる』とか言われますよ」
「だって、お屋敷の中すっごく暇なんだもん」
「気持ちはわかりますけど、お客の来ない喫茶店のマスターなんて、時間の無駄では?」
「…………」
確かにその通りだ。
でも、アデリーナは店を閉めるつもりはない。
あの、この店唯一のお客様が、『また来る』と言ったから。
また来て、店がなかったら……そう考えると、こうして待つ時間も、悪くない。
「それに、そろそろ旦那様が領地からお戻りになります。さすがに、結婚して一度も挨拶しないのはマズいですし、しばらくはお屋敷にいた方がいいのでは?」
「そ、そうだけどさぁ……うぅ」
アデリーナはコーヒーを一気に飲み、カウンターにトンと置く。
「おかわり」
「はいは「───やってるか」
と───店のドアが開き、久しぶりのお客がやってきた。
やってきたのは、アデリーナの待ち人。
「あ、お客さん!!」
「久しぶりだな、マスター……なんだ、口元がコーヒーで汚れてるぞ?」
「っ!?」
「ふふ、やはりお前は笑わせてくれる」
「……意地悪ですね」
アデリーナはハンカチで顔をぬぐい、エリと交換するようにカウンターへ立った。
さっそく、とびきり苦いコーヒーを淹れる。
「お食事は?」
「……肉が食べたい。昼がまだなんだ」
「はーい。じゃあ、ステーキ焼いていい?」
「ああ、任せる」
アデリーナは、鼻歌を口ずさみながらステーキの準備に取り掛かる。
そして、男性客ことカルセインは、そんなアデリーナを眺めていた。
「ふんふんふ~ん……お肉にスパイス、赤ワイン~……フライパンあっためて~、油を引いて」
「…………」
「ん、なぁに?」
「いや、楽しそうだな」
「ふふ、久しぶりのお客様だからね。嬉しいのよ」
「……そうか」
ジュワァ!! と、フライパンの上でステーキが焼ける。
アデリーナは、ステーキを焼きながら聞いてみた。
「そういえば、奥さんとは?」
「あー……その、まだ話せていない」
「えぇ? あれから一ヶ月くらい経ったのに!?」
「仕事で、遠方に行ってた……帰ってきたのも今日、しかもたった今だ」
「そうなんだ」
ステーキをひっくり返し、裏も焼く。
「そういうお前は? 旦那とはうまくいってるのか?」
「あー……ぜーんぜん。というか、会話もしてないわ」
「会話も?」
「ええ。忙しい人でねぇ……」
「そうか……人のことは言えんが、お前も大変だな」
「そうね。でも、いたらいたで、きっと感心なんて持たないでしょうけど、ね」
ステーキにワインをかけると、一気に燃え上がる。
余分な脂が全て飛び、いい色のステーキが皿へ盛られた。
カルセインの前にステーキが出され、さっそく食べ始める。
「……ん、うまいな」
「でしょ? えへへ、嬉しいな」
「ふ……この腕前なら、旦那も喜ぶだろう」
と───旦那、旦那というたびに、カルセインの胸には小さな瘤のような物が脈動したような気がした。言いたくない。旦那と言いたくないと、警告しているようだ。
カルセインは水を一気に飲み、小さく息を吐く。
「おいしいのはわかるけど、ゆっくり食べなよ」
「あ、ああ」
「ふふ。あなた、面白いわね」
「…………」
マスターはクスっと笑った。
なぜか直視できず、カルセインは顔を反らしてしまう。
マスターは食後のコーヒーを淹れ、自分用とカルセイン用を出す。
カルセインは、なんとなく聞いてみた。
「……夫のことで悩んでいるなら、いつでも力になるぞ」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。たぶん無理だから」
「……」
「あなたも、私のことより奥さんのこと、心配しなさいよ」
「……そうだな」
カルセインは立ち上がり、金貨を数枚置く。
「あ、おつり」
「いい。美味いステーキにはそれだけの価値がある……また来る」
カルセインは、店を出た。
マスター……アデリーナはその背中を見送り、小さく息を吐いた。
「なんか、放っておけないのよねぇ」
「アディ。そろそろ片付けて、屋敷に戻らないと」
「ええ。そうね」
急いで片付けをして、アデリーナは公爵家へ戻った。
◇◇◇◇◇
カルセインは、屋敷へ向かう馬車の中にいた。
すると、王城から来た使者が手紙を渡す。差出人は、騎士副団長だ。
「……進路変更。屋敷ではなく、城へ向かえ」
「かしこまりました」
「チッ、帰った早々に仕事か。今日も屋敷へ帰れんな」
この日から約一ヶ月ほど、カルセインは屋敷に戻れず仕事に追われることになる。
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