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公爵領にて
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公爵領へ到着したカルセインは、さっそく執務に取り掛かる。
少しイライラしているカルセインに、文官でカルセインの代わりに公爵領を治めていた、四十代後半でスキンヘッドのシモンズが汗を流す。
「あ、あの。団長……何かあったんですかい?」
「別に」
シモンズは、汗でテカテカしている頭をハンカチで拭く。
シモンズはカルセインの部下にして、戦斧を振るえば一騎当千の実力を持つ戦士である。だが、外見とは裏腹に繊細で、計算や先の先を読むのに長けていることから、公爵領を任せていた。
領内の視察にもよく出て、外見からは想像できないくらい優しく、子供たちからも人気がある。だが……今は、イライラしているカルセインに、冷や汗が止まらない。
カルセインは、領地内の状況をまとめた書類を読みつつ言う。
「シモンズ。お前に領地を任せて正解だった……礼を言う」
「そ、そんな。あっしはあっしにできることをやっただけでさぁ」
「謙遜するな。戦士としてはもちろん、文官としても信頼している。そうだな……そろそろ休暇を取るか? ずっと領地を任せきりだったし、妻と娘を連れて旅行にでも行くといい」
「だ、団長……」
シモンズは、カルセインの優しい笑みと言葉に感動していた。
確かに、仕事が忙しく、あまり家に帰れていない。
ちなみにシモンズは、領主邸ではなく、領主邸敷地内にある使用人邸の一つを借りて家族と住んでいた。領主邸は領主が住む館。真面目なシモンズは、ここに住むことをよしとしていない。
そういった生真面目さも、信頼できる理由の一つだ。
柔らかい空気になったおかげで、シモンズも少し余裕が出てきた。
「そういや、団長も新婚でしたね。奥さんも連れて来てるんですかい?」
───……再び、空気が凍り付いた。
◇◇◇◇◇◇
「───はぁ」
カルセインは、執務室の窓を開けてパイプをふかしていた。
窓からは、新緑の香りの風が吹き、カルセインの髪を優しく撫でる……子供の頃から変わらない故郷の風に、カルセインは目を閉じた。
だが……眼を閉じると、浮かぶのは。
「……妻、か」
未だに、顔も知らない妻だ。
ハイゼン王国からの贈り物ということで受けた縁談。
カルセインは、女に興味はなかった。
ほったらかしだった領地や、戦いの残務処理が忙しく、縁談の手紙を確認して返事をするのが億劫だったので、ハイゼン王国からの贈り物である《妻》をもらったにすぎない。おかげで、縁談の話や手紙を確認する手間が省けた……その程度の認識だ。
だが、たまたま見つけた喫茶店のマスターに言われた言葉が、引っかかっていた。
《あなたも、奥さんのことを大事にしなさいよ?》
マスター。
あの女主人も、何かを抱えているのだろうか。
自分に共感した、あの女主人。
不思議と、自分の顔も知らない妻より、そちらのが気になってしまった。
「……馬鹿か、俺は」
カルセインは首を振り、パイプの灰を捨てた。
さて───カルセインの妻は、何をしているのだろうか。
いずれは、跡継ぎも必要だ。いつまでも顔を知らないわけにはいかないし、向こうも同じように考えているだろう。領地から戻った後、正式に挨拶をしなければならない。
「妻、か」
再び、呟く。
女性。
今まで、異性に関心を持ったことはない。
パーティなどで寄ってくる女性には社交辞令で挨拶。騎士団にも女性騎士はいるが、カルセインの部下には一人もいない。
正直、妻といわれても何をどうすればいいのか、カルセインにはわからない。
使用人も男ばかりだし、まさかメイドに聞くわけにもいかない。
どうすればいいのか。
「───また、女主人に聞くか」
カルセインは、もう一度パイプに火を点けた。
窓から入る風を浴びながら、カルセインは女主人の淹れる苦いコーヒーを思い出した。
少しイライラしているカルセインに、文官でカルセインの代わりに公爵領を治めていた、四十代後半でスキンヘッドのシモンズが汗を流す。
「あ、あの。団長……何かあったんですかい?」
「別に」
シモンズは、汗でテカテカしている頭をハンカチで拭く。
シモンズはカルセインの部下にして、戦斧を振るえば一騎当千の実力を持つ戦士である。だが、外見とは裏腹に繊細で、計算や先の先を読むのに長けていることから、公爵領を任せていた。
領内の視察にもよく出て、外見からは想像できないくらい優しく、子供たちからも人気がある。だが……今は、イライラしているカルセインに、冷や汗が止まらない。
カルセインは、領地内の状況をまとめた書類を読みつつ言う。
「シモンズ。お前に領地を任せて正解だった……礼を言う」
「そ、そんな。あっしはあっしにできることをやっただけでさぁ」
「謙遜するな。戦士としてはもちろん、文官としても信頼している。そうだな……そろそろ休暇を取るか? ずっと領地を任せきりだったし、妻と娘を連れて旅行にでも行くといい」
「だ、団長……」
シモンズは、カルセインの優しい笑みと言葉に感動していた。
確かに、仕事が忙しく、あまり家に帰れていない。
ちなみにシモンズは、領主邸ではなく、領主邸敷地内にある使用人邸の一つを借りて家族と住んでいた。領主邸は領主が住む館。真面目なシモンズは、ここに住むことをよしとしていない。
そういった生真面目さも、信頼できる理由の一つだ。
柔らかい空気になったおかげで、シモンズも少し余裕が出てきた。
「そういや、団長も新婚でしたね。奥さんも連れて来てるんですかい?」
───……再び、空気が凍り付いた。
◇◇◇◇◇◇
「───はぁ」
カルセインは、執務室の窓を開けてパイプをふかしていた。
窓からは、新緑の香りの風が吹き、カルセインの髪を優しく撫でる……子供の頃から変わらない故郷の風に、カルセインは目を閉じた。
だが……眼を閉じると、浮かぶのは。
「……妻、か」
未だに、顔も知らない妻だ。
ハイゼン王国からの贈り物ということで受けた縁談。
カルセインは、女に興味はなかった。
ほったらかしだった領地や、戦いの残務処理が忙しく、縁談の手紙を確認して返事をするのが億劫だったので、ハイゼン王国からの贈り物である《妻》をもらったにすぎない。おかげで、縁談の話や手紙を確認する手間が省けた……その程度の認識だ。
だが、たまたま見つけた喫茶店のマスターに言われた言葉が、引っかかっていた。
《あなたも、奥さんのことを大事にしなさいよ?》
マスター。
あの女主人も、何かを抱えているのだろうか。
自分に共感した、あの女主人。
不思議と、自分の顔も知らない妻より、そちらのが気になってしまった。
「……馬鹿か、俺は」
カルセインは首を振り、パイプの灰を捨てた。
さて───カルセインの妻は、何をしているのだろうか。
いずれは、跡継ぎも必要だ。いつまでも顔を知らないわけにはいかないし、向こうも同じように考えているだろう。領地から戻った後、正式に挨拶をしなければならない。
「妻、か」
再び、呟く。
女性。
今まで、異性に関心を持ったことはない。
パーティなどで寄ってくる女性には社交辞令で挨拶。騎士団にも女性騎士はいるが、カルセインの部下には一人もいない。
正直、妻といわれても何をどうすればいいのか、カルセインにはわからない。
使用人も男ばかりだし、まさかメイドに聞くわけにもいかない。
どうすればいいのか。
「───また、女主人に聞くか」
カルセインは、もう一度パイプに火を点けた。
窓から入る風を浴びながら、カルセインは女主人の淹れる苦いコーヒーを思い出した。
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