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第七章

『暴喰』の魔人テュポーン

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 アースガルズ王国、リグヴェータ邸。
 王国の貴族街の一等地にある豪邸だ。庭があり、なんと池まである。王都の貴族街で庭付きの屋敷を構える貴族は、アースガルズ王国に五家しかない公爵家だけだ。
 いくら貴族でも、召喚学園のイチ生徒が所有していい物件ではない。背後にサンバルト、そして辺境伯爵の父母が見えたような気がした。 
 馬車から降り、アルフェンは屋敷を見上げる。

「俺の買った屋敷の五倍はあるな……」
「そういえば、お前も屋敷を買ったのか」
「ええ。今度、兄さんを招待します」
「ああ。ありがとう」

 キリアスは、幼少期のころとは別人のようにアルフェンに優しくなった。
 暴言や罵倒は消え、優しく、兄らしく接してくる。
 馬車を下りると門が開き、使用人が出てきた。
 キリアスは招待状を見せる。

「キリアス・リグヴェータ、アルフェン・リグヴェータだ。姉上に招待された。挨拶をしたい」
「ようこそいらっしゃいました。キリアス様、アルフェン様。さっそくご案内いたします」

 使用人もすでにいた。
 案内されて家の中へ。

「わぁ……金持ちっぽいなぁ」
「オレと兄上、姉上の報酬をつぎ込んだからな。問題は、維持費……姉上、父上と母上に支援を頼んだみたいだけど」
「…………」

 恐らく、その支援金はアルフェンの魔人討伐報酬だろう。
 この家の維持費が、自分の稼いだ金から出されている。そう考えたアルフェンは急激に帰りたくなった。
 だが、今さらもう遅い。
 案内されたのは庭。茶会の準備がされており、けっこうな数の貴族が集まっていた。
 中心にいるのは、リリーシャ。しかもなぜかサンバルトまでいる。

「姉上」
「ちょ、キリアス兄さん」

 キリアスは、何の迷いもなくリリーシャの元へ。
 貴族たちの視線が一気に突き刺さる。視線は、キリアスよりもアルフェンに集中していた。
 弟なのだから声を掛けるのに不思議はない。でも、アルフェンはなるべく目立ちたくなかった。
 だが、もう遅い。
 真紅のドレスで着飾ったリリーシャは、にこやかな笑みを浮かべて二人の元へ。

「ようこそ。私の屋敷へ」
「姉上。招待いただき感謝します」
(……いや、キリアス兄さんも金出したんだし、私の屋敷とか招待とかおかしくね?)

 ボソリと呟くアルフェン。だが、リリーシャは聞こえていたのか、アルフェンの頭をそっと掴み、柔らかな胸に押し付けるように抱きしめた。

「うわっ……おい、放せよ」
「今日、今だけは余計なことを言うな」
「は?」
「貴様。リグヴェータ家のことなどどうでもいいのだろう? だったら、余計なことを言わずに、その辺に生えている雑草のようにしていろ。貴様目当ての女も来ているが無視しろ、いいな」
「……わかったから放せよ」

 アルフェンは、リリーシャの胸から解放された。
 周囲の貴族たちは温かな眼差しで二人を見ていた。そして、貴族の若い男たちがリリーシャとアルフェンを取り囲む。

「いやぁ、仲良し姉弟ですね……羨ましい」
「ええ。自慢の弟ですの。ふふ、どうも恥ずかしがり屋で」
「ははは。あなたのような美しい姉の胸に抱かれ、照れない男はいませんよ。たとえ弟であろうともね。なぁ、アルフェンくん?」
「…………ははは」

 アルフェンは、苦労して笑みを浮かべた。
 リリーシャの言うことなど聞く必要はない。だが、なんとなく笑ってしまった。
 ウィルの言うように、中途半端な対応をするからこうなっている。
 ようやく解放されたアルフェンは、十七歳ほどの少女と話をしているダオームの元へ。別に用があったわけではない。リリーシャを囲う貴族たちから逃れた先にいたのがダオームだ。
 すると、少女がアルフェンを見て笑みを浮かべた。

「あら、あなたがダオーム様の弟君であるアルフェン・リグヴェータ様?」
「テレーゼ。こいつはいい。姉上の元へ」
「駄目ですわ。未来の弟なのですから、挨拶はしないと。初めまして。テレーゼ・メイズと申します」
「あ、ああ。どうも……」

 どうやら、ダオームの婚約者らしい。
 長く緩めの金髪が似合う少女だった。ダオームとの仲も良さそうだ。
 ダオームを見ると、チッと軽い舌打ちをして紹介する。

「オレの婚約者だ……もういいか?」
「ええ、邪魔してすみません。ではテレーゼ義姉さん・・・・、茶会をお楽しみください」
「まぁ」
「くっ……」

 テレーゼは喜び、アルフェンはダオームに向けて軽く舌を出した。これくらいの嫌味はいいだろう。
 そして、ようやく茶会が開催される。
 ワイングラスが配られ、リリーシャが(なぜか隣にサンバルトがいる)グラスを掲げた。

「今日はお集まりいただきありがとうございます」

 アルフェンは、リリーシャの挨拶を聞きながら欠伸した。
 周りを見ると、リリーシャの美貌に男たちが酔っているように見える。確かに、リリーシャはスタイルもよく、『アースガルズ召喚学園で一番の美女』と言われている。
 アルフェンは全く興味がなかった。正直、さっさと帰りたい。

「それでは、お茶会を心ゆくまでお楽しみください」

 挨拶が終わり、茶会が始まった。
 すると、リリーシャの同級である貴族が、リリーシャたちに群がる。
 爵位の高い貴族がプレゼントを渡したり、有名な商家の長男が花束を渡したり……中には指輪を渡し求婚している者もいた。驚くべきことに、王子であるサンバルトの目の前でだ。
 だが、リリーシャばかりではない。

「あ、あの……アルフェン様でいらっしゃいますか?」
「え、ああ。はい」
「宜しければ、あちらでお茶でもいかが?」

 可愛いらしいリスみたいな女の子が、お茶を誘いに来た。
 女の子のいう『あちら』には円卓があり、貴族女子たちが優雅にお茶を飲んでいる。そして男はいない……アルフェンは、嫌そうな顔をしないのに精一杯だった。

「え、ええと……」
「アースガルズ王国の新たな英雄、『愚者フール』の称号を持つS級召喚士様のお話、ぜひお聞きしたいですわ」
「あ、あはは……」

 アルフェンは曖昧に笑うことしかできなかった。
 同世代で、話したことのない女の子と円卓に付くなど厳しい。フェニアやサフィーがいれば違ったのだろうが、ここは敵地並みに味方がいない。キリアスはキリアスで女性に囲まれている。
 お菓子を食べて時間を過ごそう。そう考えていたアルフェンは実に甘かった。
 すると、リスみたいな女の子はアルフェンの腕を取る。

「さ、こちらへ」
「あ、いや……」
「ふふ、照れないでくださいな。さ、こちらへ」

 アルフェンは、リスみたいな女の子に引っ張られ───。

「ん……なんだ君は? 迷子かい?」

 と、使用人の男性が小さな女の子に声をかけているのが聞こえた。
 何気なく視線を送ると───。

「おなか、すいたの」

 そこにいたのは、褐色肌にツノの生えた十四歳くらいの少女だった。
 アルフェンは凍り付いた。

「なっ……な、なんで」

 そして、使用人が女の子の肩に触れようとした。

「さぁ、どうやって入ったか知らないがここは立ち入り禁止───」
「駄目だ!! 離れろぉぉぉぉぉっ!!」

 アルフェンが叫んだ。
 だが、遅かった。

「あー……」
「え」
「んっ」

 少女の右手が『巨大な口』となり、使用人を丸呑みしたのだ。
 アルフェンが叫んだことで、注目を浴びていた。
 だから、この場にいる全員が目撃した。

「んー……おいしい。にんげんって美味」

 目の前にいる少女が、人間ではないことに。
 
「おいしいの、いっぱい……あのおばさん、うそ言わなかった」

 少女の気配が変わり、両腕が巨大な『口』となった。
 凍り付く空気の中、アルフェンだけが動いた。

「『獣の一撃ジャガーブレイク』!!」
 
 アルフェンの右手が巨大化。少女に激突した。
 少女は吹っ飛び屋敷の壁を破壊。アルフェンは叫んだ。

「全員、逃げろ!! こいつは魔人だ!!」

 ようやく、硬直が解け───貴族たちは一斉に逃げ出した。
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