手乗りドラゴンと行く異世界ゆるり旅  落ちこぼれ公爵令息ともふもふ竜の絆の物語

さとう

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第四章 炎砂の国アシャ

フリーナ・セレコックス

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「……何よ、人の顔ジロジロ見て」
「あ、いや」

 フリーナ。エルサの妹で、エルサに嫉妬して無実の罪を着せ、通っていた学園、実家、そして間接的にだがリューグベルン帝国から追放した原因。
 旅が楽しいせいでもあるが、俺はエルサの事情を深く知らない。というか……あまり重い話は旅に似合わないので、あえて聞かなかった。
 でも、今目の前にいるのは、セレコックス伯爵家の令嬢……つまり、エルサ妹。
 まさか、俺の目の前に現れるとは。

「ね、ねえ……あなた、私の護衛なのよね? この状況、なんとかしなさいよ」
「護衛というか、簡単に話をして帰るつもりだったけどな」

 フリーナは少し怯え、俺の傍に来て袖を掴む。
 周りをキョロキョロするが、森しかない。
 
「ここ、ドルグワントの森林地帯だよな……」

 アシャの領土。半分が砂地で半分が森林、中央に大オアシスがあり、そこにアシャ本国があるって話だ。シャクラに案内任せていたから地図とか見なかったけど、ドルグワントの森近くを進んでいたなんてな。
 と、いうか。

「暑い……かなり蒸すな」
「うう、こんな上着着てられないわ……」

 俺、フリーナはマントを脱ぐ。
 そういえば、聞いたことがある。

「待った。素肌は見せるなよ。こういう森には、人の血を吸う虫とか、触るとヤバい系の植物とかあるらしいからな」
「え、なにそれ嫌!! うう、スカート……サンダルしかないわ」

 フリーナは短いスカートにサンダルだ。
 俺はアイテムボックスから新品のズボンと長靴を出す。

「これ履いてろ」
「ええ? こ、この私にこんな、使い古したような具足を?」
「言っとくけど新品な。それと、今までどういう扱い受けて育ったのか知らんけど、我儘言ったりして困らせるなよ」
「はああ!? なにああなた、私はセレコックス伯爵家の『聖女』なのよ!?」
「聖女ね。セレコックス伯爵って確か、優秀な『聖女』がいたはずだけど……それ、お前のことだったのか」
「……ッ!!」

 フリーナはギリっと歯を食いしばり俺を睨む。
 ちょっとだけエルサのことに触れてみたが、なんだか根深そうな怨念を感じた。

「何よ……あなたも、私とお姉様を比較するの!? 優秀だからって、何でもできるからって、人を見下すような目で見て!! 私は私よ!! あんなのいなくたって、私が!!」
「だから、エルサをハメて追い出したのか」
「……え」
「セレコックス伯爵家の令嬢が、姉をハメて婚約者を寝取り、実家から追い出したって話は有名だもんな」
「な、な……あ、あなた」

 あんまり使いたくなかったし、こういうやり方嫌いだけど……正直、エルサをはめたことに関しては許せないし、こいつはある意味で「ざまあ」される側だ。
 俺はアイテムボックスから、紋章の施された指輪を見せる。

「なに……え、こ、これ!? ど、ドラグネイズ公爵家の紋章!? あなた、まさか」
「俺は竜滅士。ドラグネイズ公爵家の直系……(だった)……貴族の爵位で言えば、俺の方が立場は上だな」
「う……」

 シャルネが「これ持ってると便利だよ。ドラグネイズ公爵家の後ろ盾ね」と言ってハルワタート王国でくれた、ドラグネイズ公爵家の紋章が刻まれた指輪だ。
 まあ、あくまで「ドラグネイズ公爵家が背後にいる」ってだけで、脅しくらいしか価値のない行為だけどな。
 フリーナは、急に大人しくなってしまう。

「……わ、私を、どうするの?」
「いや別に。思ったこと言っただけだし、エルサは今楽しそうに旅してるしな」
「え? お姉様が……旅?」
「……まあ、話してもいいか。でもその前に」

 ここはドルグワントの森……安全な場所を探さなくては。

 ◇◇◇◇◇

 ムサシを召喚し、風属性の陸走形態へ。
 オオカミなら鼻も利くと考え、「安全な場所」とお願いして探してもらう。

『スンスンスン……』
「ムサシ、いけるか? ドルグワントのいないところ、危険の少なそうな匂いのするところだ」
『ぐるるる……』
「あ、あなたのドラゴン……さっきと姿違うわね」
「まあ、こういう仕様なんでな」

 適当に言う。
 というか……ドルグワントの森はかなり歩きにくい。
 整備されているわけでもないし、獣道もない場所をただ進む。
 気温と湿度が高く、服が肌に張り付いて気持ち悪いし、とにかく喉が渇く。
 エルサがいるから水は大丈夫……なんて考えていたが、魔力の節約のためにデカい樽で水を買っておいてよかった。

「ほれ、水」
「あ、ありがと……ふう」
「……疲れたか?」
「別に、平気よ」

 フリーナは汗ダラダラで、足も少し震えている。
 するとムサシがフリーナの背後に周り、股から頭を突っ込んで一気に持ち上げ、自分の背中に乗せた。

「うきゃあ!? あ、あれ……なんか涼しい」
「いいな、俺も俺も」
『ぐるる』

 俺もムサシの背中へ。 
 なんか涼しいのは、ムサシが『風』を発生させ、俺たちの周りを涼しくしていた。
 俺はムサシを撫でる。

「ありがとな、ムサシ」
『がるる』
「……その、ありがと」
『がる』

 フリーナもお礼を言い、ムサシの背をそっと撫でた。
 さて、獣道すらない森をムサシが進む。俺とフリーナは背中に乗っているので、会話する余裕もできた。

「なあ、なんでエルサを嵌めたんだ?」

 ド直球……まあ、細々と面倒くさい話するより、単刀直入に斬り込んだ方がいいや。
 フリーナはビクッとして、恐る恐る言う。

「……そ、それを聞いてどうするの。ど、ドラグネイズ公爵家に……言うの?」
「あー……いや、そんなことしない。というか……」

 まあいいか。
 俺はフリーナに、ドラグネイズ公爵家を追放されたことを説明する。
 すると、フリーナは俺の背中をべしっと叩いた。

「何よ!! じゃああなた、ただの平民じゃない!! 公爵家の紋章が刻まれた指輪なんて見せられて本気で驚いたわ!!」
「これ、妹がくれたんだよ。見せるだけでビビるってな。ははは、実験成功だ」
「ぐぬぬ……!! でも、ドラグネイズ公爵家の後ろ盾あるのに変わりないのよね」
「そう言うけど、俺は追放……まあ、家を出た身だ。権力とか使うつもりないし、お前がエルサをあれこれしたことに対して告げ口しようなんて思ってない。純粋に、ただの興味だ」
「…………」

 フリーナは少し黙り、俺の背中を軽く叩いた。

「……あなた、お姉様と一緒に旅をしてるのよね?」
「ああ」
「お姉様、家に未練はありそう?」
「ないな。俺との旅をすごく楽しんでいるし、実家の話なんて聞いたこともない」
「……そっか」

 そう黙り込むと、フリーナはポツリと話し始めた。

「お姉様は、頭がよくて、美人で、優しくて、魔法の才能もすごくて……特に、水魔法と治癒魔法に関しては、セレコックス伯爵家始まって以来の天才って言われてた」

 それはアミュアやシャルネも言ってたな……エルサ、やっぱりすごいんだな。

「それに対して私は……魔法の才能はいまいち、成績も普通。誇れるものなんて何もない。家にいればいつも、お姉様を称賛する声ばかり聞いてたわ」
「……ふーん」

 なんだかモヤモヤする内容だ。まあ……俺も、他人事じゃないのかもな。

「最悪だったのは、お姉様は私にも優しかったこと」
「最悪? それのどこが最悪なんだよ」
「お姉様が私を気にすることで、お父様やお母様が『エルサの時間を奪うな』って私を叱るのよ。何度も何度も『お姉様、私に構わないで』って言ってるのに、お姉様はしつこく私に構う……そんなお姉様が、私は大嫌いだったわ」
「……それはエルサの優しさだ。お前が嫌うことないだろうが」
「私からすれば、お姉様なんて消えてなくなればいいって毎日思ってたけどね」

 ムサシはクンクン地面を嗅ぎながら進む。おかげで魔獣やドルグワントの気配はない。
 フリーナの話に集中できるのはいいことだ。

「そんな時、お姉様がリューグベルン帝国第一王子アスワン様の婚約者に選ばれたの。アスワン王子……イケメンで優しい素敵な人だったわ」
「……だった?」
「ええ。今思うと、それだけしかないのよ。中身のないことばかり言うし、いちいちキザったらしいし……お姉様が第一夫人で、私のこと第二夫人にするとかホザいてたし」

 そ、それはきついな……異世界の王子ってマヌケか最高のイケメンのどっちかしかいないような気がした。

「でも、本当は違った。お姉様が第一王子に嫁ぐなら、セレコックス伯爵家はもう安泰……私の嫁ぎ先を決める話になって、辺境のデマルト男爵家に嫁がせるって話になったの」
「デマルト男爵家? おいおい、たしかそれって」
「ええ。息子が急死して、老いた父親が再び爵位を得たの。もう七十近い高齢で、後継者を探している……その意味、わかる?」
「……」

 俺は何も言えなかった……が、フリーナは言う。

「つまり、私と七十のジジイの間に子を産ませて、その子をデマルト男爵家の後継にするんだって。その間、私はジジイの世話と、生まれた子供の世話の両方を押し付けられて、ね」
「…………」
「私の人生って何? 耄碌ジジイの世話しながら、望まない子供産んで、そいつの世話して残りの人生過ごせって? 絶望したわ……で、愛するお姉様はなんて言ったと思う? お姉様は『大丈夫だから』ってさ……なに? 大丈夫ってなに? その言葉を聞いて私は決めたの。お姉様を地獄に叩き落してやるってね」
「…………お前」
「ふん。あとはあなたも知ってる通りよ。王子を誘惑して、乗り換えさせて、お姉様に無実の罪を着せて実家を追放してやったわ。言っておくけど、後悔はしてないわ」
「…………」
「でも。お姉様がいなくなって、私が王子の婚約者になったはいいけど……アスワン王子は中身のない空っぽで、私は政務に追われて、『聖女』なんて言われても切り傷を治すくらいの魔法しか使えない。お父様やお母様は私のことを見て見ぬふりして、お姉様のことなんていなかったようにしてる。あはは……もう、わけわかんないわ。私の人生って、なんなの?」
「…………」
「これが私。フリーナ・セレコックスの人生。つまらないでしょ?」
「…………」

 重すぎて何を言えばいいのやら。
 こいつもこいつで苦労しているんだな。でも、部外者である俺があーだこーだ言っても軽いし、届かない。
 なので、一つだけ。

「フリーナ」
「馴れ馴れしいわね。なに?」
「お前、エルサに謝りたいか?」
「はあ?」
「やり直したいとかあるか?」
「あるわけないじゃない。それに、今さらもう戻れないし、私の人生もお先真っ暗よ」
「俺にはさ、エルサがただ『大丈夫だから』って言うとは思えないんだ。エルサなりに、何か考えての発言だったのかもしれないぞ」
「……はあ?」
「な、エルサと話をしてみないか? それに、その……人生って、そう捨てたもんじゃない。俺だっていろいろあったけど、今はとっても自由だしな」
「なにそれ。あはは、私にも家を捨てて旅でもしろって言うの?」
「それもありだな。全部捨ててさ、リュック一つで旅してみたらどうだ?」
「……馬鹿じゃないの」

 フリーナは、どこか迷っているような声で返事をするのだった。
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