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第三章 地歴の国アールマティ

砂の国について

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 玄徳の兄貴から逃げた俺たちは宿屋に戻った。
 一階ロビーのカフェの椅子に座るなり、玄徳が謝る。

「ごめん。気分を害したよね……」
「いや、気にすんな。それより……今の、お前の兄貴だよな」
「うん。まあ、趙家の退魔士として期待されている兄だよ。もう、僕には関係ないけどね」
「……玄徳さん」

 エルサも心配そうだ。
 リーンベルはややイラついている。

「玄徳。次、あんな態度で来られたら、私キレるかも」
「で、できれば穏便に済ませて欲しいかな……」

 玄徳は苦笑する。そして、ため息を吐いた。

「岩月は趙家の総本山でもあるから、町中を歩けば趙家の関係者に会うか……ごめん。僕の案内はもうない方がいいかもしれないね」
「おいおい。そんなの俺たち気にしないぞ。まだ美味い麺屋教えてもらってないし」
『きゅいっ!!』
「……レクス。ごめん、ありがとうね」

 玄徳は笑った。どこか、悲しそうな笑みだった。

「さて。宿に戻ってきたけど……どこか出かけるって感じじゃないね」
「だな。どうする?」
「あの、じゃあ……わたしからいいですか?」

 と、エルサが挙手。
 そして、カバンから大量のパンフレットを広げた。
 俺はその一枚を手に取る。

「なになに……アシャ王国、砂漠の歩き方?」
「こっちは『オアシスグルメ!!』だね」
「これ、『砂漠に住む魔獣、美味しく食べれる?』だって。へんなの」

 エルサが出したのは、次の目的地である『アシャ王国』についてのパンフレットだった。

「炎砂の国アシャ。広大な砂漠の国……次の目的地の予習でもしませんか? リーンベルは行けないけど……一緒にお話しして、少しでも気分に浸れれば」
「エルサ……うん、ありがと」

 エルサはいつも優しいな。
 俺はパンフレットに視線を落とす。

「炎砂の国かあ……やっぱ暑いのかな?」
「僕が聞いた話だけど、アシャに踏み込んだ旅人は、ハルワタート王国へ行きたがるらしいよ」
「……それ暑いってことだよな」
「あはは。そういえば、岩月にアシャ王国の料理を出す店や、アシャ王国の工芸品とか売っているお店があったような……」

 考え込む玄徳。すると、エルサが一枚のパンフレットを見せてくれた。

「アシャ王国は確かに暑いですし、砂の魔獣が多く出るみたいです。でも、それ以上にダンジョンや遺跡が多くあり、冒険者にとっては憧れの地でもあるみたいですよ」
「へえ~……そういや、ハルワタート王国でもダンジョンに入れなかったし、挑戦してみるのも面白そうかもな」
「はい。それと、砂漠では『ラキューダ』っていう乗り物が必要になるみたいです。それと、肌を出すと火傷しちゃうので、身体を隠すローブとか……水は必須ですけど、わたしが魔法で出せるのでとりあえず心配はないです」

 そりゃ助かる。暑いときにはシャワーもできるだろうな。
 でも、ラクダ……いや、ラキューダか。

「レクスくん。ラキューダ、国境の町でレンタルできるみたい」

 リーンベルがパンフレットを見ながら言う。
 パンフレットのイラストには、なんともまあ可愛い馬みたいな生物が描かれていた。
 
「ラキューダは、砂漠で必須の生物です。本来は魔獣なんですけど、砂漠の過酷な環境に適応するために進化をして、人と共存することで生存率を上げることを知っているおかげで人懐っこいそうです!!」
「エルサ、詳しいな……パンフレットすごいと言えばいいのか」

 エルサはパンフレット片手に説明してくれる。

「そして、アシャは『激辛』の本場です!! 暑いとき、あえて大汗を流すことで、逆に身体を冷やすという……なので、町には激辛がいっぱい!!」
「お、おお」
「エルサ、すごい興奮だね」

 目がキラキラ輝いていた。
 激辛の本場か……辛いのは嫌いじゃないけど、胃が燃えそうなのはちょっと。
 すると、宿屋に見覚えのある人が入ってきた。

「あ……いた」
「愛沙。あれ? 泊りになるんじゃ」
「……んー、ちょっとね」

 愛沙だった。
 でも、どこか悲し気な表情をしている。
 俺で気付くんだし、玄徳やエルサ、リーンベルも当然気付く。
 愛沙は椅子に座り、俺たちの顔を一人ずつ見た……そして。

「ごめん。私……やっぱり旅に同行できないや」

 ◇◇◇◇◇◇

 旅に同行できないと聞き、俺たちは黙りこむ。
 そして、明るい声で愛沙はリーンベルに言った。

「私、リューグベルン帝国に行くことになったの。ね、リーンベル。よかったらさ、一緒に行かない?」
「え、う、うん……いいけど」
「愛沙。どういうことだい?」

 と、玄徳は真剣な目で愛沙を見た。

「……蓬、趙、信、烈の四家が、才能ある若手を集めて『真星退魔士』っていう組織を結成したの。そして、私はその一員……蓬家の代表として、リューグベルン帝国に行くことになったのよ」
「四家が……? リューグベルン帝国に行くって、なんで」
「わからない。でも……岩月だけじゃなくて、リューグベルン帝国を含めた七国が戦士を集めているみたい。間違いなく、何かをするつもりだけど……」
「……愛沙さん。本当に、いいんですか?」

 エルサが、どこか苦しそうな愛沙に聞く。
 愛沙は笑っていた。でも、その笑みがどこか、辛そうに見えたのは俺だけじゃない。

「大丈夫……なんて、言っても信じないよね」
「愛沙さん……」
「私さ、レクスたちの旅に同行したかったな。今日、実家に帰ってさ、父上と母上に挨拶して、兄弟たちに稽古つけて、いつも通り過ごして……家族での夕食時に、レクスたちの旅に同行したいって言おうと思ってた」

 愛沙は決断したようだ。でも……やっぱり行けないのか。

「たぶん引き留められる。でも、私は行きたいって言おうと思ってた。ダメだって言われても行くつもりだった。せめて、自分で決めたことを、しっかり伝えてから旅立ちたかった。でも……やっぱり私、家族が大事だから……『真星退魔士』になれって言われて、断れなかった」
「「「…………」」」

 俺たちは黙りこむ。 
 ムサシも、愛沙をジッと見ていた。

「ごめんね。私、やっぱり家族の期待は裏切れない。みんなとの冒険と同じくらい、家族が大事だから」
「……それが、愛沙の答えなんだね」
「うん。ごめん、玄徳……」
「そっか。それを聞いて、僕も決心できたよ」
「……え?」

 愛沙が驚く。
 そして玄徳は、俺とエルサを見て頭を下げた。

「レクス、エルサ。ごめん!! 僕……やっぱり、キミたちの旅に同行できない」
「え、ちょ、玄徳、何言って」

 焦る愛沙。
 でも、俺とエルサは顔を見合わせ頷いた……なんとなく、そんな気がしていたのだ。

「僕は、愛沙と一緒に行くよ」
「げ、玄徳!?」
「愛沙。いろいろ考えたけど……やっぱり僕、キミと一緒に退魔士をやりたい。キミがいないとダメなんだ」
「あ、あう……」

 あ、愛の告白にしか聞こえないんだが。
 エルサは口を押えて目を見開き、リーンベルはポカンとしている。

「僕は『真星退魔士』とやらにはなれないけど、傍にいることはできる。愛沙……僕は、キミと行くよ」
「……い、いいの? 玄徳、旅をしたかったんじゃ」
「僕は、キミと一緒に旅をしたいんだ。それがかなわないなら、意味がない」
「え、えと……その」
「……最初は『キミの判断を尊重する』みたいな馬鹿なこと言ったけど、今はもう違う。愛沙、きみと一緒に退魔士をやる……それが僕の気持ち」
「……玄徳」

 これ、俺たち邪魔じゃないよな。
 するとリーンベルが恐る恐る挙手。

「あの……『真星退魔士』っていうのが何かわからないけど、リューグベルン帝国に行くなら、玄徳は私の付き人ってことで雇えるよ」
「本当かい!?」
「うん。愛沙、いろんな国が代表みたいな戦士を呼ぶんでしょ? だったら、リューグベルン帝国では『六滅竜』が出る可能性あるし……他の六滅竜も、付き人くらいはいるし、別に自然」
「リーンベル……ありがとう!!」

 玄徳は感謝していた。
 俺とエルサは顔を見合わせる。

「悪いなエルサ。また俺とムサシの二人と一匹旅になりそうだ」
「大丈夫です。ふふ、玄徳さんと愛沙さん……やっぱり、二人は一緒じゃないと!!」

 こうして、玄徳と愛沙、そしてリーンベル……五人の旅はここ岩月ことアールマティ王国で終わり。
 俺とエルサ、そしてムサシはアシャ王国へ、リーンベルたちはリューグベルン帝国に向かうことになった。

 ◇◇◇◇◇◇

 だが、俺たちはまだ気付いていなかった。
 このアールマティ王国に潜む悪意。そして、迫りくる脅威に。
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