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第三章 地歴の国アールマティ

温泉へ

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 さて、これでもかと『麺』を堪能した俺とリーンベルは、エルサたちと合流。そのまま夜まで自由行動になった。
 
「夜は、もっとおいしい『鍋』の店に連れて行くよ」
「本当ですか!?」
「うわっ!? あ、ああ……き、期待しててよ」

 豹変するエルサに驚く玄徳。最近、エルサは鍋好きっての前に押し出すようになったな。
 すると、眼を輝かせて玄徳に近づくエルサを見て、愛沙がムッとする。

「はいはい。エルサ、玄徳が困ってるわよ」
「え? あ……すす、すみません玄徳さん!!」
「い、いや大丈夫。あはは……エルサって鍋好きなんだね」
「うう、実は旅を始めてから、好きになりまして」
「じゃあ、期待するといいよ」
「はい!!」

 俺もちょっと期待。ご当地鍋って言えばいいのか、その地方でしか食べられない鍋とかもあるよな。
 と、先ほどから黙っているリーンベルを見る。

「おい、どうした」
「……た、食べ過ぎたのかお腹いっぱいで」
「そ、そうか? さすがにラーメン四杯は厳しかったか」
「だ、大丈夫。うう……でも、もう今は食べ歩きしたくない」
「あ、ああ……なんかすまん」
『きゅるる~』

 食わせすぎだぞ、とムサシに耳を甘噛みされた。
 さて、これからどうするか……そう考えていると、愛沙が言う。

「あのさ、自由行動もいいけど、みんなで『温泉』行かない? 女子の町もだけど、岩月って温泉地でもあるから、いろんな町に温泉あるのよ」
「おんせん……えっと、大きなお風呂でしたっけ」
「私もその程度の知識しかない」

 エルサとリーンベルはいまいちピンと来ていないが、俺にはわかる。
 すると玄徳が言う。

「じゃあ、温泉でゆっくりしようか。愛沙、そっちは任せていい?」
「いいよ。ふふん、それとも『混浴』に行く? 貸し切り温泉ならみんなで行けるかもよ」
「ば、馬鹿。からかうなよ」
「「こんよく?」」
「…………」

 エルサとリーンベルはわかっていない。ま、俺は知らないフリをした。

「とにかく、そっちの二人は任せた。レクス、観光客用の男性浴場あるから、そっち行こう」
「おう。案内よろしく」

 俺と玄徳が歩き出すと、後ろから声が。

「あの、愛沙さん。こんよく?……って何ですか?」
「お風呂の一種……だよね」
「ふふん、混浴って言うのは~……ごにょごにょ」

 最後まで聞こえなかったが……エルサとリーンベルの驚き声だけは聞こえてきたのだった。

 ◇◇◇◇◇◇

 さて、温泉だ。
 異世界系漫画とかでは、風呂シーンでヒロインが乱入したり、羞恥心ゼロのヒロインが主人公に抱きついたりしてサービスしたり、コミックスで『アレ』が解禁されてそれ目当てで買う読者のおかげで売り上げアップしたり……って、俺は何を考えているんだ。

「ここ、観光客用の温泉施設なんだ」
「でかい……」

 木造のお寺みたいな建物だ。
 硫黄の香りもするし……何というか温泉地っぽい。
 さっそく中へ。受付で支払いを済ませて脱衣所へ。

「おお、雰囲気あるな」
「運がいいね。僕たち以外にお客はいないみたいだ」
『きゅるる~』

 脱衣所。木製のロッカーに網籠が置いてある。木札を差すタイプのロッカーもあるし、昔ながらの温泉って感じだ。残念ながら牛乳の自販機はないけど。
 服を脱ぎ、手拭いを持って浴場内へ。

「おお~……」

 広い。
 大きな浴槽、洗い場があり、露天風呂に通じるドアがある。
 サウナとかはないみたいだけど、温泉の香りがすごい。

『きゅるる~!!』
「あ、おいムサシ!!」

 ムサシ、誰もいないのをいいことに、いきなり浴槽に飛び込んだ。

『ぐるるる!!』
「ってバカ!! 勝手に『水属性アニマ』に変わるな!!」

 ムサシ、勝手に水属性の陸走形態へ。浴槽に青いシャチがプカプカ浮いているような絵面になってしまった。
 玄徳が「あはは」と笑い、俺はムサシを無理やり紋章に入れる。
 やや騒がしくなったが、俺と玄徳は洗い場で身体を洗い、いきなり露天風呂へ。
 
「おお、すげえ」

 さっきから驚きっぱなしだな、俺。
 露天風呂は岩造りで、内湯と同じくらい広い。
 竹っぽい仕切りで囲い、雨除けの屋根にはランプが吊るしてある。夜はきっと、星空を眺めながら、ランプの明かりだけで周りを照らすんだろうな。
 さっそく露天風呂を堪能する。

「っふ、うぅぅ~……っはぁ」
 
 オヤジくさいとか言うなよ?
 肩まで湯に浸かると……じんわりと、ややとろみのある湯が身体に纏わりつく。

「いい湯だねぇ」
「ああ……なんか、溶けそう」
「あはは。ところで、さっきのムサシだけど……」
「ああ。俺のムサシ、属性と形態を切り替えることができるんだ」
「へえ~……はぁぁ」

 なんか温泉のが大事なのか、適当な返しだった。
 まあ、竜滅士とかドラグネイズ公爵家とか関係ないし、別にいいけど。
 あ……そうだ。せっかくだし聞いてみるか。

「なあ、玄徳……」
「ん~……」
「実はさ、リーンベルはたぶん、アールマティ王国までしか同行できないんだ。その後はリューグベルン帝国に戻る……で、お前と愛沙、よかったら俺たちと一緒に旅しないか?」
「……旅?」

 と、玄徳が俺を見る。

「ああ。あんまり大所帯は嫌だけど……お前と愛沙なら、きっと楽しく冒険できると思う」
「……外の世界か。考えたことなかったな」
「そうなのか?」
「うん。退魔士は岩月を守るための戦士だからね。外の世界に出るなんて……」
「……で、どうだ?」
「面白そうだ。僕の符術をさらに鍛えることができるかも。愛沙は……行きたいかどうか、わからないけど」
「お前が行くなら、一緒に行くんじゃないか?」
「そうかな……えっと、ハルワタート王国から来たんだよね。だったら、次は『炎砂の国アシャ」だね。砂漠地帯だけど……大丈夫?」
「さ、砂漠か……」

 まあ、ありそうな気はしていた。
 でも……すごく行ってみたい気がする。

「すぐには返事をできないけど、愛沙と話してみる。はは、四人で旅をしたら楽しそうだよね」
「ああ、わかった」

 のぼせそうになったので、俺と玄徳は湯舟から上がるのだった。

 ◇◇◇◇◇◇

 さて、女子と合流し、夜まで自由時間になった。
 宿に戻ろうとしたところ……なんと、愛沙に呼ばれ、こっそり外で会うことに。
 呼び出されたのは、町の少し外れにある公園だ。
 到着するなり、愛沙は言う。

「あのさ、レクス……実はお願いあるんだ」
「お、おお」

 びっくりした……まさか愛の告白でもされるんじゃないか……なーんて思っちゃいない。
 ま、なんとなく予感はしていた。

「実は、リーンベルにお願いされたの。自分は岩月での旅が終わったら帰らなくちゃいけない。もしよかったら、二人の旅の手助けしてあげて……って」
「あー……リーンベル、気を遣わせちまったな」

 近くのベンチに座り、話の続きをする。

「……私さ、実家を出て玄徳とコンビ組んで退魔士やってるけど、実家とは縁を切ったわけじゃないから、定期的な連絡したり、たまに顔出ししてるんだ。玄徳の趙家と違って、うちは大らかな感じだから」

 趙……玄徳、趙玄徳って名前なのか。いやそんなことはいい。

「やっぱりうちも体面があって、趙家を半追放された玄徳と、蓬家でまだ期待されている私……やっぱり、一緒にいるのは、実家でも面白くないみたい」
「…………」
「家に戻るたび、よく言われるの。早く戻ってこいとか、追放されたやつと一緒にいるな、って……怒鳴るんじゃなくて諭すような言い方するからずるいよね」
「……お前はどう思ってるんだ?」
「……家は大事。でも、玄徳も大事」
「愛沙。お前……玄徳に手を貸すのは同情からか? 幼馴染が追放されて、可哀想だからコンビ組んでるのか?」
「……それは」

 そうだとしたら、残酷だ。
 同情……玄徳も、そんなものは望まない。

「お前の頼み事って、玄徳を旅に連れて行けってことか?」
「…………」
「玄徳が俺たちと一緒にいれば、自分はもう必要ないってことか?」
「……それは」
「言い方悪いよな。ごめん……でもそれ、玄徳が決めることだ。愛沙、お前の都合で決めることじゃない」
「…………」

 愛沙は黙りこむ。
 俺は立ち上がった。

「温泉でさ、玄徳を旅に誘ったんだ」
「え……?」
「俺とエルサ、玄徳と愛沙……四人で旅をしたら、きっと楽しいだろうな、って」
「……あ」
「俺も、エルサも、きっとそう思ってる。でも……答えを出すのはお前だ」
「…………」

 俺は軽く手を振り、その場から離れるのだった。
 愛沙がどんな表情をしているのか……それは、今は見ない方がいい気がした。
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