手乗りドラゴンと行く追放公爵令息の冒険譚

序章 手乗りドラゴン

授かったのは、手乗りドラゴン

　ぼくの名前はレクス。レクス・ドラグネイズ。
　この広い世界……『ライラット』に存在する帝国リューグベルン。ドラグネイズ公爵家の次男に生まれた『転生者』だ。まあ、転生者ってのはぼくが勝手に呼んでるだけ。

　ぼくには、前世の記憶がある。
　生まれつき病弱で、子供の頃から入退院を繰り返してきた。医者じゃないから病名はわからないけど、身体の中に悪い腫瘍がいっぱいあって、強い薬で症状を抑えるのが精一杯だったらしい。
　なので、立つのもやっとだったし、走り回るなんてこともできなかった。
　
　ずっと入院生活だったぼくは、本を読むくらいしかやることはなかった。
　ファンタジーやロマンス小説、いつかやってみたいとサバイバルの知識や、釣りとかキャンプとかの本を読んで空想に浸るのが唯一の楽しみだった。
　でも……そんな生活も長くは続かない。
　とうとう、ぼくも命の終わりが見えた。
　苦しい、辛い……傍には両親がいてくれた。ぼくの手を掴んで泣いているのが見えた。
　ずっと迷惑かけっぱなしでごめんと言いたかったけど、声が出なかった。
　とても眠くなり……ぼくは、日本人としての生を終えた。

　目覚めると、ぼくの目の前に『神様』がいた。
　姿は覚えていないけど、その存在はぼくに『新しい人生を、そして一つ願いを叶えてあげる』って言った。
　新しい人生……よくわからなかったけど、ぼくは一つだけお願いをした。
　『両親をどうか幸せにしてください』と。そう願うと、神様は驚いていた。

　そして神様は言った。
　『その願いを叶えてあげる。新しい人生を楽しむといい。きみができなかったことを、思い切り楽しんでくれ』って言った。
　そして、目が覚めると……ぼくは『レクス・ドラグネイズ』になっていた。
　生まれたばかりの赤ちゃんだ。意識はあるが、身体が思うように動かない。
　ぼくは、新しい人生を手に入れた。
　レクス・ドラグネイズ。神様が用意してくれた、新しい人生。

『きみの誰かを想う心は清く美しい。レクス……きみに、神の祝福を』

　そんな声を聞いたような気がした。
　赤ちゃんの姿のぼくは、すぐに眠くなった。
　そして夢を見た……ぼくの両親が、新しい命を授かり、幸せいっぱいに赤ん坊を抱っこしている。病弱だったぼくの写真に、「あなたのお兄ちゃん」と報告している。
　その夢を見て、ぼくは泣いた。
　レクスとしてのぼくは泣いた。夜泣きと思われたのか、ドラグネイズ公爵家の乳母が抱っこして、優しく揺らしてくれる。
　
　両親へ……ぼくはまた生まれました。
　レクス・ドラグネイズとして、新たな人生を。
　この記憶がいつまであるのかわからない。でも……ぼくはまた、生きる。
　今度こそ、幸せな人生を。

　◇◇◇◇◇◇
　
「レクス。いよいよ明日だ」
「はい。父上」

　リューグベルン帝国首都ハウゼン。ドラグネイズ公爵家の屋敷にて。
　夕食時、ぼくは父上から明日行われる『竜誕の儀』についてもう何度目かわからない説明を受けた。
　
「お前も、兄のような立派な『竜滅士』となり、リューグベルンのために尽くすように」
「はい」
「安心しろレクス。ドラゴンを手に入れたら、オレが使い方を教えてやる」
「はい、兄上」

　ぼくの兄フリードリヒ。兄はリューグベルン最強の『竜滅士』である。
　竜滅士……それは、ドラゴンを使役する者の名前。
　騎士や兵士が剣を、魔法師が魔法を、弓士が弓を持つように、竜滅士は『ドラゴン』を使う。
　この世界ライラットは広大だが、この竜滅士がいるからリューグベルン帝国は最強なのだ。
　竜滅士の数はそれほど多くないが……竜滅士発祥の生家であるドラグネイズ公爵家のドラゴンは、他の追随を許さぬほど授かるドラゴンが強い。
　ドラグネイズの分家であるいくつかの貴族も、明日の『竜誕の儀』に参加するのだ。

「もう、お兄様もお父様も、わたしのこと忘れているのかしら」
「おお、シャルネ。忘れるわけがないだろう？」
「ははは、拗ねるな拗ねるな。わが妹よ」

　父と兄が、拗ねた妹のシャルネを慰める。
　そう、明日はぼくと一緒に『竜誕の儀』に挑む。

「ああそうだ。聞いていると思うが……明日は分家のゼリュース子爵家の長女も来る」
「ゼリュース……あ、アミュアお姉様ですか！！」

　アミュア……ぼくと同い年で、幼馴染の女の子だ。
　ずっと『竜誕の儀』を楽しみにしていたっけ。

「レクス。シャルネ……明日、ドラゴンを授かると同時に、お前たちは『竜滅士』の世界に足を踏み入れることになる。いいか……覚悟をしておくように」
「「はい」」

　竜滅士……父上、兄上の仕事。
　そして、今はもういない母上の。

「お兄様、明日が楽しみですわね！！」
「うん、そうだね」

　ぼくは、少しだけ楽しみで……そして、少しだけ不安を感じるのだった。
　
　◇◇◇◇◇◇

　翌日。
　ぼくとシャルネは正装に着替え、ドラグネイズ公爵家が所有する帝国郊外の『ドラグネイズ竜誕場』へとやってきた。ドラグネイズ公爵家が所有する儀式場であり、ここでドラゴンを授かるのだ。
　儀式場には、すでにゼリュース子爵家の馬車が止まっていた。
　そこで、ゼリュース子爵が父に一礼する。

「公爵閣下。お久しぶりでございます」
「うむ。アドラーズ、元気そうで何よりだ。そして、久しいなアミュア」
「はっ、お久しぶりでございます」

　赤い髪をなびかせ一礼するのは、ぼくの幼馴染であるアミュア。
　久しぶりに会ったけど……成長したなあ。
　すると、シャルネが父上をチラチラ見た。父上は察したのか言う。

「アドラーズ。儀式の確認をする……こっちへ。レクス、シャルネ、アミュアを頼む」

　なるほど、久しぶりに子供たちだけで時間を作ってくれたのか。
　すると、アミュアは息を吐く。

「久しぶり、レクスにシャルネ」
「アミュアお姉様！！　お久しぶりです！！」
「久しぶり。元気そうで何より」
「……レクス。あんた、相変わらず落ち着いてるわね」
「そうかな？」

　まあ、ぼくは一度死んでいる。
　ずっとベッドの上で生活していたし、大声出したり走り回るなんてこともしたことがないまま成長した。異世界の文字を覚えたり、書斎の本ばかり読んでいたから、手のかからない子供なんて言われていたっけ。
　
「お姉様、いよいよですわね！！」
「ええ。竜誕の儀……私たちが『竜滅士』として新たに生まれる日」
「……うん。ぼくも楽しみだよ」
「……あのさレクス。何度も言うけど、その『ぼく』っていうのやめなさいよ。ガキっぽいわ」
「そうかな。じゃあ……俺？」
「それでいい。これからはそうしなさい」
「わかったよ」
「……はあ。全く」

　アミュアは呆れていた。
　そんなに怒らせるようなことだったかな？
　そして、しばらくすると儀式の準備が整った。
　ドラグネイズ公爵家の専属魔法師が、一族秘伝の魔法を発動させる。すると、地面に大きな魔法陣が浮かぶ。

「では……アミュア、前に」
「はい！！」

　アミュアは魔法陣の前に立つ。
　そして、父であるアドラーズ子爵がアミュアに向けてナイフを向ける。
　アミュアは頷くと……指先を、小さく切った。
　血が魔法陣に落ちると、魔法陣が真っ赤に輝く。

「ほう……『炎』か」

　父上が言う。
　ドラゴンには種類と属性があり、魔法陣が輝いた色で属性は判断できる。
　すると、魔法陣がさらに輝き、光が収束し───……そこに、巨大なドラゴンが現れた。

『ゴォォォォルルルル……！！』

　真っ赤な外殻を持つ、全長三メートルほどのドラゴンだ。
　意外に小さい。だが、これは幼体……これからどんどん大きくなる。

「これが、私のドラゴン……」
「アミュア。契約だ」
「は、はい！！」

　ドラゴンがアミュアに鼻先を向け、アミュアは手を向ける。
　すると、魔法陣が二人を包み、アミュアの右手に『紋章』が刻まれた。

「契約完了。さあ、名を呼べ」
「はい。この子は『烈火竜』……アグニベルド！！」

　契約が済むと、授かったドラゴンの『竜名』と名前がわかる。
　アミュアのドラゴン……『烈火竜』アグニベルド。すごいな、本当にファンタジーだ。
　アグニベルドは軽く鳴くと、アミュアの紋章に吸い込まれるように消えた。

「わあ……！！」
「これで、いつでも好きな時に『召喚』することができる。使い方は、ゆっくり教えていこう」
「はい！！　これで私も竜滅士に……！！」
「ああ。アミュア……よくやったぞ」

　アミュアは、子爵に撫でられて嬉しそうだった。
　そして次はシャルネの番。
　シャルネは指を切るときに少し泣きそうになっていたが、それ以外に問題はなかった。
　魔法陣が青く輝く……属性は『氷』のようだ。
　現れたのは、青い体毛を持つスタイリッシュな四足歩行のドラゴンだ。

「あなたの名前……『氷狼竜』フェンリス」
『ウォォォォォォン！！』

　フェンリスは鳴き、アミュアの手に吸い込まれる。
　そして、ぼくの番になった。

「レクス、楽しみにしてる」
「お兄様、がんばって！！」
「うん。行ってくるよ」

　ぼくは魔法陣の前に立ち、自分で指をナイフで切る。
　
「…………」

　正直───……不安だった。
　この儀式の原理とか、ドラゴンがどこからやってくるのかなんて理解できない。でも……ぼくの出生は神様が絡んでいるし、こういう神聖な儀式ではイレギュラーが……と考えていると。
　血に触れた魔法陣が輝きだす。
　色は……わからない。明滅が激しく、まるで暴走しているようだった。

「な、何だこれは……！！」
「レクス様！！」

　父上、アドラーズ子爵も驚いている。
　
「レクス！！」
「お、お兄様！！」

　アミュア、シャルネも同じように驚いていた。
　でも、ぼくは……ここで止めることはできない、そう思った。

　◇◇◇◇◇◇

「───きみに、神の祝福を」

　◇◇◇◇◇◇

「えっ」

　何かが聞こえた気がした。
　そして、魔法陣が一気に輝きを増し───……ぼくのドラゴンが現れた。
　光が消え、魔法陣も消え、周囲が静寂に包まれる。
　ドラゴンが現れた。だが、いない。そう思っていると。

『きゅう』
「えっ」

　ぼくの目の前に、小さく白いふわふわした鳥のヒナみたいな生物が浮かんでいた。
　真ん丸な鳥のヒナ。だが、尻尾もあるし、翼も生えている。ただ全身が体毛に包まれているので、ドラゴンには全く見えない。
　すると、魔法陣が輝き、ぼくの手に紋章が浮かぶ。

「……え？」

　名前も、竜名も浮かんでこない。
　全くわけがわからない。これがぼくのドラゴン？
　すると、白いふわふわした何かは、ぼくの紋章に飛び込み、消えた。

「…………えっ」

　こうして、ぼくの物語が始まる。
　竜滅士として、この白いふわふわしたドラゴンと過ごす日常、そして冒険が。