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9巻
9-1
しおりを挟む第一章 森散歩での出会い
魔境オーベルシュタインの片隅で、緑龍の村の村長として日々働いている俺、アシュト。
この前村に、世界を創った『神話七龍』が同窓会をするために集合してしまい、準備に追われて大変だった。
けど一緒に宴会を楽しんだり、空を飛べる龍たちに普通は行けないような場所に連れていってもらったりで、かなり貴重な体験ができた。
◇◇◇◇◇◇
それからしばらく経った、ある晴れた日の朝。
俺はのんびり村を散歩し、村の入口にやってきた。
村の入口は門番である木の巨人フンババと、同じく木人のベヨーテが守り、村の顔になっている。
村の入口は馬車が並んで通れるくらい広い。クジャタ運搬車が引く大型荷車が通れるように広げたんだ。
クジャタはほぼ牛だけど、普通の牛じゃない。体が紫色で斑模様があり、ねじれた大きな角が左右に一本ずつ、加えてユニコーンみたいな角が額から一本生えている。
といっても、そんなクジャタが引く運搬車は、まだハイエルフの里しか開通していないが。
でも、クジャタ運搬車に乗ってくるハイエルフはかなり多い。緑龍の村を見学したり、ハイエルフの里からこの村に移住して働いている娘の様子を見に来たり……少し考えたが、休憩用のカフェとかあればいいかも。
今はワーウルフ族の村とエルダードワーフの故郷へ続く街道を整備している。そしたら人の出入りはさらに多くなり、居住希望者も増えるだろう。そんなことを考えながら、フンババたちに挨拶した。
「おはよう。フンババ、ベヨーテ。お、ハイピクシーたちもいたのか」
『アシュト、おっはよー』
フンババの周りを、花の妖精であるハイピクシーのフィルとベル、他にもたくさんのハイピクシーたちが飛んでいた。
俺が挨拶すると、ハイピクシーたちは俺の周囲をぐるぐる回る。しばし妖精たちと戯れていると、木の小人である植木人のウッドを乗せたフェンリルのシロが走ってくる。
それを追いかけるようにして、頭に葉っぱを生やした幼女、マンドレイクとアルラウネの二人も走ってきた。
「まんどれーいく」
「あるらうねー」
『アシュト、アシュト‼』
『きゃんきゃんっ‼』
「なんだなんだ。大集合だな」
マンドレイクとアルラウネは俺にじゃれつき、ウッドとシロは俺の周囲をぐるぐる回る。
村の入口はいっきに騒がしくなり……
『モオォォォォォォォォォオッ‼』
「おっわぁ⁉ び、びっくりした……クジャタか」
いきなり雄叫びを上げたのは、巨牛クジャタだ。専用の牛具をつけ、巨大な荷車を引いている。
そうか。今日はクジャタは、ハイエルフの里との定期便か。これからハイエルフの里へ向かい、夕方にもう一便向かうんだ。
クジャタを見送ると、フィルがふよよ~っと俺の前に。
『ねぇアシュト、今日はヒマ?』
「ん、まぁな。フレキくんたちが薬院にいるし、俺は休みだ」
ちなみにフレキくんはワーウルフ族の少年で、俺の弟子として薬師の勉強をしている。
『じゃあ、みんなでお散歩に行こう‼ フンババもベヨーテもずっとここにいるし、たまには森に出かけようよ‼』
フィルに言われて気付いた。そういえば、フンババやベヨーテは休んでいるのか? 朝から晩まで村の入口を守っているけど……
そうだ、こいつらにも意思がある。なら、休みたいとか、遊びたいとか、あるはずだ。
「そうだな。よし、フンババ、ベヨーテも一緒に出かけるか。門番は他の住人……ほら、サラマンダーとか龍騎士とかに任せて、たまにはのんびりしよう」
『アシュト、イイノ?』と、尋ねてくるフンババ。
「ああ、フンババ。ベヨーテもな」
『ヤレヤレ……カイヌシニハサカラエネェゼ』とか言いつつ、ベヨーテはちょっと嬉しそうだった。
『あの~……なんでワイまで?』
「別にいいだろ。たまには散歩でも」
『はぁ……』
身体を切り離して五メートルほどの長さになったムカデの魔獣、センティを連れて、俺たちは森を散歩している。
俺、マンドレイク、アルラウネはフンババの頭の上に、ベヨーテはセンティに乗り、ハイピクシーたちは揃って飛んで、ウッドはシロに乗って走っていた。
『ら~ららら~ららららら~♪ ららららら~ららららら~ん♪』
『『『『『ら~ららら~ららららら~♪ ららららら~ららららら~ん♪』』』』』
妖精たちの歌声が響く。柔らかい風に乗り、フィルたちの声が森にこだまする。
俺はマンドレイクとアルラウネを抱きしめながら風を感じていた。
『あ、お花みっけ‼』
『きゃんきゃんっ‼』
『ヤッホーッ‼ アシュト、アシュト、ミテミテ‼』
『アシュト、オラ、キモチイイ』
『クァァ……ネムクナッテキタゼ』
「まんどれーいく」
「あるらうねー」
みんな、思い思いに喋りながら散歩を楽しんでいる。
妖精たちは花が咲いているとそこに向かい、ウッドは根っこを伸ばして枝に括りつけてブラブラしてる。
フンババはのんびり歩き、ベヨーテはセンティの背中で寝転がる。マンドレイクとアルラウネは俺の膝から動こうとしない。
平和な散歩だな。はぁ……お弁当持ってくればよかった。
『あれ? ねぇアシュト、誰かいるよ?』
「ん? 本当だ」
フィルが指さす方向には、確かに誰かいる。近付くと、フィルが言った『誰か』の正体がわかった。
「…………」
「あ、こんにちは~……えっと」
反射で挨拶をしてしまったが、目の前にいるのは『人』ではなかった。えーと、上半身は裸なので……女性ということがわかります。
いやだけど、その下半身が……『蜘蛛』みたいになっているんだ。腰から下が蜘蛛。黒い身体、大きな八本の脚。
蜘蛛だ。獣人じゃない『蟲人』だ。
初めて見た……故郷のビッグバロッグ王国でも、そんなに見たことないぞ。確か、蟲人の国がどこかにあるとは聞いたことあるけど。
蜘蛛女さんは俺を見て、フンババ、センティ、ベヨーテ、ウッド、シロ、そしてハイピクシーたちを一瞥。
「……まさか、噂の人間か?」
お、喋った。それに、言葉が通じるみたいだ。
警戒してるようだけど……俺は気付いた。この女性、お腹と脚に怪我をしてる。八本脚のうち一本がなくなり、蜘蛛の下半身の腹部分から緑色の液体が流れている。
俺は迷わずフンババの頭の上から飛び降り、女性に向かい──
「それ以上近付くな‼」
俺が側に行く前に、蜘蛛女さんがそう叫ぶ。
「いや、怪我してるじゃないですか‼ 診せて」
「やめろ。人間にどうこうできるものではない。それに、この程度問題ない……っつ」
いつの間にかベヨーテが背後にいて、手から棘を出して俺を守っていた。もしこの蜘蛛女さんが動けば、手から棘を発射していただろう。
「強がらないで。いいから診せて」
俺はベヨーテを手で制しながら言った。
『……チッ』
ベヨーテは面白くなさそうだ。
「悪いなベヨーテ」
『フン……ワルイガケイカイハスルゼ』
俺はいつも持ち歩いているスライム試験管から、ハイエルフの秘薬を取り出す。
魔法で水を出して試験管に注ぎ、ハケで蜘蛛女さんの腹の傷に塗る。消失した脚の一本の断裂部にも薄く塗り、治療は終わった。
「よし。後は乾かして……」
「もう結構。だが、だいぶ楽になった……礼を言う」
蜘蛛女さんが頭を下げた。
「は、はい。あの、よかったら俺の村に来ませんか? 治療はまだ……」
「もう結構。私も帰らねばならん。大事な仕事が残っているのでな」
蜘蛛女さんは身体を起こし、七本の脚を動かして歩きだした。だが、ふいに立ち止まり、くるっと振り返る……いや、上半身裸だからおっぱい揺れたよ。
「正式な礼は後日。今はまだその時ではないのでな」
微笑み、蜘蛛女さんは去っていく。
「へ? あ、いや。気にしなくていいですよ」
そう言って別れたけど……なんともまぁ不思議な出会いだった。獣人や亜人は村にいるけど、蟲人はいないから。
正直な意見としては安静にしてほしいけど、そうもいかないんだろう。
「……さて、帰るか」
この時は、まだわからなかった。
この蜘蛛女さんとの出会いが……面倒事の引き金になるということが。
◇◇◇◇◇◇
「下半身が蜘蛛……ああ、『蜘蛛族』ね。交流はないけど知ってるわ」
「蜘蛛族……」
「ええ。上半身はヒト、下半身が蜘蛛の種族よ。お尻から出る糸は粘着性がある狩猟用の糸、柔らかい織物で使う糸、剛性のある強靱な糸と、用途によっていろいろ出せるみたいね」
「へぇ~……」
「私も何度か会ったことあるけど、無愛想な連中ばっかりよ」
と、清酒を完成させたのに引き払うつもりのない研究室でエルミナが言う。エルミナはハイエルフで、俺の妻の一人だ。
しかし……相変わらず汚い部屋だ。だが、ネズミのニックたちからは好評らしい。エルミナがこの部屋を引き払わない理由も、ニックたちに清酒の元になる乳白色の酒を造るためみたいだ。
まあ、それなら別にいいかな。
ちなみにフンババたちと散歩中に出会った蜘蛛女さんのことをエルミナに聞いた理由は、本人に言うとキレるから言わないが、この村で最高齢だからだ。
「ま、気にしなくていいんじゃない? このオーベルシュタイン領土には数百数千の種族が住んでるんだし」
エルミナはふいに頷くと立ち上がって言う。
「ね、アシュト。天気もいいし散歩でもしない?」
「そうだな。まだ時間あるし、釣りでもしに行くか?」
「お、いいわね‼」
蜘蛛族か……蟲人っていろんな種類がいるんだな。
ま、俺の人生は長い。これからもいろんな出会いがある。あの蜘蛛女さんも、お礼はまたって言ってたし……怪我の具合が気になるけど、また会える気がする。
◇◇◇◇◇◇
ある日、村に久しぶりの来客があった。
村長である俺が村の入口に向かうと、そこには初めて見る種族の人たちがいた。
護衛にデーモンオーガのディアムドさんと俺の妹で魔法師のシェリーを連れていくと、五人の女性がいた。
「初めまして。我々は『蛇女族』の上位種である『石蛇女族』。私は代表を務めるメドゥサと申します」
「は、初めまして。緑龍の村で村長をしています。アシュトと申します」
驚いた……上半身は人間で、下半身は蛇の女性だ。
メドゥサと名乗った女性と握手……えっと、胸を隠してほしい。マーメイド族みたいに上半身裸が普通なのだろうか。
シェリーが半眼で俺を見るが……どうしろってのよ。まさか「あの、胸を隠してください」なんて俺が言えるわけないだろ。ディアムドさんも何も言わないし。
「え、えーと……と、とりあえず、来訪の目的をお聞きします。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます。アシュト村長」
メドゥサさんと護衛らしきゴルゴーンたちは頭を下げる。
俺は上半身裸をスルーした。もういい、話を聞いてお引き取り願うのが一番だ。
来賓邸に案内したはいいが、メドゥサさんたちはソファに座れなかった。腰から下が太い蛇みたいになっているから仕方ない。なので、ソファをどかして床で我慢してもらう。
村で採れた紅茶を出すと、ほんわりと微笑んだ。
「美味しい……さすが、噂の村ですね。農作物やお酒や金属製品が生産され、他種族との交流が盛んに行われている緑龍の村。村長は人間で、その人望に惹かれ多くの種族が集まったとお聞きしますが……なるほど、納得ですね」
「い、いやぁ……あはは」
美人に褒められるのは悪い気がしない。
胸を見ないように笑うと、なぜか背後のシェリーが俺の頭を軽く小突いた……何怒ってんの?
話題を変えようと、俺はメドゥサさんに質問する。
「あの、無知で申し訳ない。『ゴルゴーン族』というのは?」
「オーベルシュタイン領土は広大です。知らないのもムリはありませんね。ヒトと蛇の特徴を持つ『蛇女族』は、上半身がヒトで下半身が蛇の特徴を持ちます。そのうち、我ら『ゴルゴーン族』は独自の『眼』を持つ種族なのです……このような」
「えっ……おぉっ」
メドゥサさんの両耳の後ろ辺りから二匹の蛇がにゅるっと現れた。蛇が口を開けると、そこにあったのは『眼球』だ。
メドゥサさんの後ろにいた護衛のゴルゴーンたちも同じように、両耳の後ろ辺りから二匹の蛇を出していた。
「普段は髪の中に隠しています。あまり見て気持ちのいいものではありませんし……」
「そ、そうですか……」
「この二匹の眼には特殊な力がありまして。とある条件下でこの瞳を見ると、見た者は石になってしまうのです」
「え……ま、マジですか?」
「ええ。ですがご安心ください。石になる条件は『互いに愛し合った者』というものですから。我らゴルゴーンたちは、愛する者を石に変えて側に置く風習があったのです。とうの昔に廃れた風習ですが」
ちょっと怖い。いや、かなり怖い……石ってマジ?
言葉に詰まっていると、メドゥサさんはクスッと笑う。
「ご安心を。今のゴルゴーンたちに石化させる力はありません。今は単なる飾りのようなものですので」
「あ、あはは……」
笑って誤魔化すが、世間話がとんだホラーになった……石化の瞳、怖い。
「うふふ。私どものことをわかっていただけたようなので、本題に入りますね」
メドゥサさんは紅茶を飲み干し、真剣な表情で言う。
「実は、我らゴルゴーン族と女郎蜘蛛族の長きにわたる抗争に決着がつき、和平交渉の儀を行うことになったのです。そこで、和平交渉の儀を、この緑龍の村で行わせていただきたいのです」
「……えっと、アラクネー?」
「はい。アラクネー族は我らゴルゴーンたちと長きにわたり争っていたのです。ですが、種族の減少に伴い、このままでは両種族とも共倒れの危機……そこで、私の代で和平を持ちかけたところ、あちらの族長も理解を示していただけました。ようやく、争いが終わったのです」
どうやら、俺の知らない戦いがあったらしい。
アラクネー族というのは、エルミナが言っていた蜘蛛族の上位種らしい。
ゴルゴーンたちと喧嘩してたけど、メドゥサさんが「もうやめよう。そんなことより繁殖だ‼」って言って喧嘩をやめさせたのだとか。
血で血を洗うような戦いもあったらしいけど、怖いから聞かないでおく。
「和平交渉の儀は、両種族に関係のない中立的な場所で行わなければなりません。そこで、今噂の緑龍の村ではどうかとなりまして……」
「なるほど……話はわかりました」
さて、どうするか。ぶっちゃけ面倒事はゴメンだが……喧嘩はよくないと思う。
種族の争いに終止符が打たれ、和平交渉をするためにこの村を使う。うーん……これは俺だけの問題じゃないな。
「……とりあえず、少し村で相談させてください。俺の一存だけじゃどうにも」
「わかりました。では、私どもはしばらくこの辺で野営を行いますので、三日後にお返事を」
「え、野営って……泊まっていけばいいじゃないですか。せっかくのお客様だし。それに、いいお酒もありますよ」
俺がそう言うと、メドゥサさんは驚いていた。
「では、お言葉に甘えて……ふふ、やはりこの村を選んで正解でした」
「は、はぁ。あ、そうだ……その、一つだけ条件が」
「はい?」
これだけは言わねば……子供たちの教育にも悪いし、男も多くいるしね。
「えっと、胸……隠してもらえますか?」
その後は、メドゥサさんたちを空き家に案内し、メイドとして銀猫族たちを派遣して食事と酒を振る舞った。
俺も同席し、村特産のセントウ酒やワインを出すと、メドゥサさんたちは大いに感動していた。
ちなみに、ミュディに頼んで胸を隠す布を作ってもらったからもう安心。ミュディというのは、幼馴染で俺の妻の一人だ。デザインを得意としている。
ゴルゴーン族はベッドで寝ずにとぐろを巻いて寝るようなので、空き家のベッドは撤去……種族が違うとやはりいろいろ違うな。
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