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8巻
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◇◇◇◇◇◇
翌日。ルミナは、温室の手入れをしていた。
アシュトの手伝いをしているのだが、昨日のことが頭にこびりついて離れない。
ネコミミが萎れてしまっているのを見たアシュトは、ルミナに聞く。
「おい、どうしたんだ?」
「……なんでもない」
「なんでもないなら、ネコミミが萎れたりしないだろ。尻尾も元気がないし……何かあったんなら話してみろよ」
「……みゃう」
ルミナは顔を上げ、アシュトを見る。
アシュトは、柔らかな笑みを浮かべて手を拭き、ルミナの頭を優しく撫でる。
甘えたい――ルミナは本能に抗えず、アシュトのお腹に頭を擦りつけ、ポツポツ言う。
「きのう、あのハイエルフの家に行った……」
「エルミナか?」
「うん。白いお酒造ってた。あたいは寝てたんだけど、起きたらいなくて……帰ろうとしたら躓いて、箱に入っていた灰をひっくり返して、お酒が灰まみれになっちゃった」
「…………」
「あたい、何も言わずに帰ってきちゃった……」
「……そっか」
アシュトは、昨夜のことを思い出す。
メージュの手伝いをしたエルミナは酒に誘われ、そのまま飲み会に行った。エレインとシレーヌに担がれて帰り、そのまま寝てしまったはず。おそらく、エルミナはまだ知らないだろう。
「じゃあ、一緒に謝ろうな。大丈夫、きっと許してくれる」
「みゃう……」
エルミナは謝れば許してくれる。そう思い、アシュトはルミナを優しく撫でた。
◇◇◇◇◇◇
「ごめんにゃさい……」
「エルミナ、許してやってくれ。悪気はなかったんだ」
「あー……大丈夫。私も鍋のこと忘れて飲み会行っちゃったし……ほら、大丈夫だから。ね?」
「みゃあぅ」
ルミナは素直に謝り、エルミナは許した。というか、最初から怒っていなかった。
アシュト、エルミナ、ルミナの三人は、後片付けのためにエルミナの実験所に向かう。
実験所に到着しドアを開けると、アシュトは渋い顔をする。
「きったねぇ……この間片付けたばかりなのにな。こりゃ足をぶつけても仕方ないな」
「う、うっさいわね。あれから掃除はちゃんとしてるわよ‼」
「ウソつけ」
「みゃう」
「むぅぅ……とにかく、片付け手伝ってよ‼」
暖炉の近くに行くと、確かに木箱が転がり、灰が落ちていた。
火は消え、鍋の中に灰が――
「あらら、灰まみれ――え」
エルミナの表情が凍り付いた。真顔になり、鍋を見つめている。
「エルミナ?」
「みゃう?」
「み、見て……うそ、なんで」
アシュトとルミナが鍋を覗き込む。
「え……」
「みゃ……」
鍋の中の乳白色の酒は、透明な上澄みと白いアクが分離していた。
「と、透明……だよな?」
「な、なんで……る、ルミナ、灰を入れたって言ったわよね?」
「う、うん」
「……それしか考えられないわ」
エルミナは、震える手で鍋を掴み、白いアクを丁寧に取り除く。
鍋には、透明な液体だけが残った。
「の、飲んでみるわ」
「お、俺もくれ」
コップに透明な酒を入れ、乾杯もせずに二人は匂いを嗅ぎ、ゆっくりと飲む。
「――っ‼」
「――っ‼ う、うまい……まろやかで上品な味わいだ。辛みもあるけどそこまでじゃない。しかも、完全な酒……すごい、すごいぞ‼」
エルミナは酒を飲み干し、ルミナを思い切り抱きしめた。
「みゃう⁉」
「ありがとう……ルミナ、ありがとう‼」
「え、え」
「灰だったのよ……ルミナのおかげで、ようやくお酒が完成したわ‼」
「みゃあ……そ、そうか」
「ん~……やっぱりこの子、私の妹にする‼」
「みゃっ⁉ は、離れろ‼ あたいに姉はいない‼」
この日、『エルミナのコメ酒』は、一応の完成をした。
第六章 ディミトリとアドナエルの戦い
「ヘイヘイ‼ 久しぶりダゼ、アシュトチャンYO‼」
エルミナのコメ酒が偶然完成した数日後。
天使族の上位種である熾天使族のアドナエルが、白ワインの瓶を片手に俺の家にやってきた。
「げっ……あ、アドナエル」
「オイオイ今『げっ』って言わなかった? さすがのオレも傷つくゼェ~? エィィンジェル‼」
「ご、ごめん」
だって喋り方とテンションがうっとおしいから……とはいえない。
後ろにいた秘書のイオフィエルが静かに頭を下げる。なんかすっごく久しぶり。
純白の髪に青い瞳の男性アドナエルは、黙っていればダンディなおじさんに見える。
白いスーツで、シャツの胸元は大きく開き、意外にも分厚い胸板が見える。腹筋も割れているような気がした。首には金のチェーンをしているし、お洒落な格好だ。
イオフィエルは、ショートカットにスレンダーな体型の美女だ。希薄な雰囲気があり、触れれば折れてしまうような儚さを感じる。秘書というだけあって佇まいも穏やか。二人きりになると会話が弾まず緊張してしまうタイプだな。
「久しぶりだけど……なんか用事?」
「フフン。報告だゼェ~?」
アドナエルは大げさに驚き、両手をひらひらさせゲラゲラ笑う。リアクションがデカい。
そして、イオフィエルが言う。
「アシュト様。アシュト様のお作りになられた入浴剤と保湿クリーム、並びにセントウ酒は、天使族の町ヘイブンで大人気商品となっております。アドナエル・カンパニー独占販売ですので、当社の利益は……くくく」
「なにその笑い……でもよかった」
アルォエクリームと、浴場で使ってるセントウを使った入浴剤のことか。
ちなみに、天空都市ヘイブンではアルォエが自生しないらしい。地上にしか生えない薬草がけっこうあり、ここでは当たり前の薬草が天空では貴重品だったりする。
「天空都市ヘイブンか……どんなところだろう」
「オウオウ、天空の大都市に興味がおありかい? ウチのボスもアシュトチャンに会いたがってたぜぇ~?」
「……ぼす?」
俺が首を傾げると、イオフィエルがキリッとした表情で言う。
「神話七龍の一体である『天龍アーカーシュ』様の眷属であり、熾天使族の族長、そして天空都市ヘイブンの市長でもあるお方……我らのボス『大天使ミカエル』様です」
へぇ。これまで、神話七龍の眷属には会ってきた。
『夜龍ニュクス』の眷属、ルシファーとディアーナ。
『海龍アマツミカボシ』の眷属、ロザミア。
俺も『緑龍ムルシエラゴ』の――つまりシエラ様の眷属……あのいたずらお姉さん、優しいし頼りになるけど、この世界に『緑』をもたらした偉大なる存在なんだよなぁ。
『天龍アーカーシュ』は、この世界に『空』を作ったって言われてるけど。
「そのミカエルさん? まさかここに来たりは……」
「さぁ? あのお方もお忙しいので……ですが、あなたにお会いしたいと仰っていました。セントウ酒のお礼を言いたいと」
「そ、そうか……別にいらないって言っといて。取引だし、礼を言われるようなことじゃないし」
「かしこまりました」
お偉いさんと交流するのはしんどいからな。大都市の市長って枠はルシファーだけで十分だよ。
「わ、話題を変えよう。そういえばさ、天使族のマッサージ店が盛況みたいだ。ハイエルフ女子や悪魔族たちも、仕事終わりによく利用している」
「オウオウ、そりゃよかったゼェ~」
「そこでアシュト様。実は本日、私どもからの提案を聞いていただきたく思いまして」
「は、はい?」
イオフィエルは、転移魔法で数枚の羊皮紙を手元へ。そしてそれらを俺の前に並べる。
「これは……」
「転移魔法陣の設置計画、そして『天空都市ヘイブン』への通行許可です。まずはこちらの書類をご覧ください」
そこに記されていたのは、なかなか面白い話だった。
転移魔法陣を村に設置。この村から天空都市ヘイブンまで魔法陣で繋ぎ、いつでも自由に転移可能にするという。魔法陣設置の狙いは、ハイエルフや悪魔族の観光のため。
「村の施設は確かに立派です。大浴場、図書館、どれも天空都市ヘイブンにはないものばかり……ですが、天空都市ヘイブンにしかないものもあります。飲食店やカフェ、洋装店、アクセサリーショップ……もちろん、美容関係の品も多くあります」
この村には美女が多い。マッサージ店や浴場でその美しさはさらに磨かれていると言っても過言ではない。そんな彼女たちに提供したいのが、大都市でのお買い物や観光だという。この村にはないお店で手軽にお買い物ができるように、転移魔法陣を設置したいとのこと。
「もちろん、技術流出への対策は万全にさせていただきます。安全面などもありますので、そちらは別紙に記載し、ディアーナ様へお送りします。どうかご検討を」
つまり、アドナエルたちは、この村の女性に『娯楽』を提供したいんだ。
のんびりするにはこの村は最適だ。
畑仕事を終え、風呂に入って酒を飲む。たまの休みにはのんびり釣りでもしながらアスレチックガーデンで汗を流す……そんな感じだ。でも、買い物やゆっくりお茶なんかしたい日もあるだろう。
「うん、検討するよ」
「ありがとうございます」
すごいな、これ。アドナエルの同業者――闇悪魔族のディミトリが知ったら悔しがるぞ。
「クククククッ、ディミトリ商会の会長さんの悔しがる姿が浮かぶゼェ~?」
アドナエルも同じことを思ったらしい。そしてまた、イオフィエルが話し始める。
「転移魔法陣の設置にはいろいろ制限があるのです。短距離転移なら問題ありませんし、個人が転移魔法を使用することも大丈夫。ですが、誰でも使用可能な魔法陣を常時発動させるとなると、各種方面の許可や、魔力申請などがあるので大変なのです」
「魔力申請?」
「はい。転移魔法陣も魔力で起動していますので、魔法陣を発動させる魔法師が必要なのですよ。私どもの場合ですと、ミカエル様が発動させています」
「へぇ~……すごい魔力量なんだな」
「はい。天使の中では間違いなく最大量ですね」
俺とどっちが上かな、なーんて。
俺の場合、量とかよくわからないからな。シエラ様曰く『残りの人生全て魔力放出に捧げても魔力が尽きることない』ってことだし……まぁ冗談だろうけど。
「とりあえず、ディアーナと相談してみる」
「よろしくお願いいたします」
「頼むゼ‼ クククッ、今日はいい気分だァ~。アシュトチャン、一緒に風呂でも入ろうゼェ~?」
「遠慮します」
「エィィィィンジェルッ‼」
天空都市ヘイブンかぁ……俺も行ってみたいな。
◇◇◇◇◇◇
アドナエルがアシュトに天空都市の話をした数日後。話を聞いたディミトリが唸っていた。
「ムムム……アドナエル社長め。またまたワタクシを置いて、アシュト村長に取り入ろうとするとは‼」
ディミトリは、アドナエルのことを嫌って──は、いない。
憎い商売敵と思っているが、自分と同世代であれだけの経営手腕を持つアドナエルを、尊敬……とまではいかないものの、評価はしていた。だが、許せないこともある。
アシュトに……緑龍の村に目を付けたのは、ディミトリが最初だ。
「クゥゥゥッ……出し抜きたい。なんとかアドナエル社長を出し抜いて、アシュト村長とワタクシの間に入るのは不可能だと思わせたい‼」
「あの、会長。お店で騒がないでくれますか?」
ディミトリの娘であるリザベルがため息を吐いた。
ここは『ディミトリの館・緑龍の村支店』であり、今はカーフィー専門店だ。店長はリザベル。
いろいろな魔道具を並べたり、入れ替えをしたりしてみたが、一番の売れ筋がカーフィーだとわかり、経営方針を大幅に変更した。おかげで、カーフィーの売れ行きは順調。カーフィーの種類も百を超え、魔界都市ベルゼブブにある専門店と遜色ない品ぞろえである。
「アシュト村長はアドナエル社長と仲良しですからねぇ。古い友人である会長のことなんて、もう忘れているのではありませんか?」
「ノォォォォォ‼ り、リザベル、そういうことを言わないでくれますかネェ⁉」
「事実ですから」
「事実じゃありませェェェン‼ ええい、アドナエル社長がアシュト村長との距離を詰めるなら……ワタクシはさらに、その先を行くまで‼ では失礼‼」
ディミトリは、風の如き速さで店を出ていった。
◇◇◇◇◇◇
ディミトリの手には、一本の高級ワインがあった。
魔界都市ベルゼブブにあるディミトリ商会本店の地下には大金庫があり、社長と、社長夫人しか開けることが許されない。商会とっておきの品物が収められている宝箱のような金庫である。
そこから持ち出した、ディミトリ秘蔵の一本。それが、千年に一度しか実を付けない『サウザンマスカット』から精製された、とっておきのワインである。
「ククク……これをアシュト村長に‼ そうすれば、アドナエル社長のことなど吹っ飛び、ワタクシの方に戻って来てくれるはず‼」
いつの間にか、寝取られた恋人を取り戻すような思考になっているディミトリ。本人も気付いていない。
今、アシュトは薬院にいる。軽快なステップで薬院へ向かい、ドアをノックしようとした瞬間。
『いやぁ、悪いな……ほんとにいいのか?』
『モチのロンだゼェ~? この「水晶メロン」は、千年に一度しか収穫されない、希少なメロンなのヨゥ‼ ウチの分と、アシュト村長の分と、二個収穫できたゼェ~』
『いい香り……うん、ありがたく頂戴するよ。何かお礼できればいいけど』
『気にしなさんナ‼ 今後とも御贔屓に――』
「ちょぉっと待ったァァァァァッ‼」
耐えきれず、ディミトリは薬院に飛び込んだ。
驚くアシュト。そしてアドナエル。机の上には、キラキラした水晶のようなメロンが置いてある。
「グヌヌヌヌヌッ……アドナエル社長‼ 抜け駆けとは許せませんネェ‼」
「抜け駆けェ? フフゥン、オレはアシュトチャンに贈り物しに来ただけだゼェ? そういうディミトリ会長サンこそ、その手にある高級ワインは何だァァイ?」
「いや、これはその……ええい‼ そうです贈り物ですアナタと同じ考えです‼ ですが、何度でも言います‼ この村に目を付けたのはワタクシが最初‼ 二番手なら二番手なりの礼儀というモノがあるのでは⁉」
「はっ……確かに礼儀はある。だが……ディミトリ会長サン、アンタのところとオレのところ、どちらが先に『経営権』を勝ち取るのか、常にバトルで決めてきたはずダゼェ⁉ 一つの町で互いに店を出し合い、売り上げがいい店の勝利となる‼ 負けた方は……オサラバ、さ」
「ぬ、ぬ……た、確かに。ですが、ここでそれを言いだすということは、負けた方は緑龍の村から撤退せねばならない……」
「オウよ。居心地がよくてついつい『経営バトル』をしなかったが……そろそろ決めないとナァ?」
「…………面白い」
ディミトリはワインを置き、スーツの襟を直し、はめていた手袋をアドナエルに投げた。
「アドナエル社長‼ 決闘です‼」
「オウよ‼ 緑龍の村での経営権を賭け……バトルだぜェ‼」
互いに顔を合わせ火花が散る。完全に置いてきぼりのアシュトは、ポツリと言った。
「えーと……とりあえず、ここ薬院だから静かにしてくれ」
◇◇◇◇◇◇
数日後。緑龍の村にある、お客様を迎える来賓邸でディミトリとアドナエルは向かい合っていた。
事情を聞いたアシュトは、とりあえず二人に勝負をさせることに。
隣にはエルミナがいて、アシュトに耳打ちする。
「で、どうすんの? 負けた方、店を畳むの?」
「そこまでさせないよ。とりあえず勝負させるだけだ」
アシュトとしても、どちらかが村を去るなんて悲しい結果は望んでいない。
アシュトは成り行きで二人に審判を任されたので、バトルについて説明する。
「えー……勝負の内容は、今日、男湯と女湯で出される『スペシャルドリンク』の数で決定する」
男湯、女湯にて、本日限定で『スペシャルドリンク』を無償で出す。中身は、ディミトリ商会は『ブドウ果実水』、アドナエル・カンパニーは『メロン果実水』だ。贔屓がないように、勝負を知るのはここにいるアシュト、エルミナ、ディミトリ、アドナエル、リザベル、イオフィエルだけ。
集計は、浴場で働く銀猫族にやってもらう。当然、ここに不正はない。
「まぁ、勝負してるなんて俺たち以外知らないよな」
「そうね。で、これがドリンク? もらいっ」
エルミナが、テーブルに置いてある『ブドウ果実水』を手に取り、飲んでみた。
「……ん⁉ んんん、うんまぁぁぁぁっ⁉ なにこのブドウ水、めっちゃ美味い‼ ブドウの酸味、甘味が絶妙に絡み合って、すっきりした喉越しがなんとも言えないわ‼ これ、風呂上がりに飲むのに最適‼ おかわり‼」
「ククク……」
ディミトリがニヤニヤ笑い、ソファで足を組み替える。アドナエルはギリギリ歯ぎしりをした。
「じゃあこっちも……」
エルミナは『メロン果実水』に手を伸ばし、ゴクゴク飲む。
「ん、これは──あ、ぁぁぁ⁉ おいしい‼ 甘いけど飲みやすい‼ メロンの上品な甘みが溶けて全身に染みわたるぅ‼ 甘いだけじゃない。わずかな酸味が喉を刺激して、もっともっと飲みたくなるわ‼ おかわり‼」
「フフゥン……」
「ギギギギ……ッ」
ディミトリがハンカチを噛んでいた。
「お前はさっきから何を言ってるんだ……でも、確かにどっちも美味いな」
アシュトも、ブドウとメロンの果実水を飲んで感想を口にした。
勝負は今から十二時間。勝負のためだけに、村民浴場の開放時間を少し遅らせた。
アシュトは、部屋の壁際にいた銀猫族のオードリーを呼んで、「じゃあ浴場をオープンして」と言う。オードリーはダッシュで来賓邸を出た。
「じゃ、勝負開始」
十二時間後に、全ての決着がつく。
一時間後。アシュトは読書の手を止め、二人を見た。
一応、審判なので十二時間はこの部屋にいないといけない。読みたい本はたくさんあるし、退屈ではなかったが、エルミナは早々に飽きたのかアシュトの肩を枕にしてグースカ寝ていた。
「なぁ、ディミトリにアドナエル……負けた方は、店を畳むのか?」
「はい。それが決まりですので」
「オォウ。当然」
「悪いけど、店は畳ませないぞ。ディミトリのカーフィー店がなくなると困るし、アドナエルのマッサージ店がなくなるとミュディたちが泣く。二人を納得させるために勝負は許可したけど、店を閉めるのはダメだ」
「「…………」」
「なぁ。喧嘩するなとは言わないけど……もっと仲良くできないのか? そんな嫌わなくても」
「……別に、嫌ってはいません」
ディミトリが、アドナエルをチラッと見て言う。
「認めたくはありませんが、アドナエル社長の経営手腕は素晴らしいと思います。エエ、そこは認めましょう。ワタクシに匹敵すると」
「フン……それはこっちのセリフだゼ。ディミトリ会長……あのルシファー市長以外に、オレの敵になる悪魔がいるとは思いもしなかったゼ」
「フン‼ ですが、実際の売り上げでは、我がディミトリ商会のが上ですけどネェ‼」
「ハァァァァン⁉ 寝言は寝て言いな‼ 今期の売り上げは我が社のが上‼ マッサージ、美容品ともに緑龍の村の目玉になってるしナァァ‼ カーフィー? そんなもんすぐ飽きられるゼェ‼」
「何ィィ⁉ アナタ、カーフィーがアシュト村長の大好物だと知らないのですかネェ⁉ 聞きましたかアシュト村長‼ アドナエル社長はアシュト村長の大好きなカーフィーがお嫌いですって‼」
「ノンノンノン‼ ディミトリ商会サマの口車に乗っちゃノウだぜアシュト村長ヨォ‼ 相変わらず口が汚ネェ会長さんダゼェ‼」
「「グヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌッッ‼」」
顔を突き合わせ、ディミトリとアドナエルは睨み合う。
すると、アシュトは「ぷっ」と噴き出した。
「いや……ははっ、似た者同士だな、お前たち」
「「ハァ⁉」」
「勝負の行方も面白くなりそうだ。さーて、美味い果実水でも飲みながら待ちますかね」
アシュトはのんびり、読んでいた本の続きを読み始めた。
翌日。ルミナは、温室の手入れをしていた。
アシュトの手伝いをしているのだが、昨日のことが頭にこびりついて離れない。
ネコミミが萎れてしまっているのを見たアシュトは、ルミナに聞く。
「おい、どうしたんだ?」
「……なんでもない」
「なんでもないなら、ネコミミが萎れたりしないだろ。尻尾も元気がないし……何かあったんなら話してみろよ」
「……みゃう」
ルミナは顔を上げ、アシュトを見る。
アシュトは、柔らかな笑みを浮かべて手を拭き、ルミナの頭を優しく撫でる。
甘えたい――ルミナは本能に抗えず、アシュトのお腹に頭を擦りつけ、ポツポツ言う。
「きのう、あのハイエルフの家に行った……」
「エルミナか?」
「うん。白いお酒造ってた。あたいは寝てたんだけど、起きたらいなくて……帰ろうとしたら躓いて、箱に入っていた灰をひっくり返して、お酒が灰まみれになっちゃった」
「…………」
「あたい、何も言わずに帰ってきちゃった……」
「……そっか」
アシュトは、昨夜のことを思い出す。
メージュの手伝いをしたエルミナは酒に誘われ、そのまま飲み会に行った。エレインとシレーヌに担がれて帰り、そのまま寝てしまったはず。おそらく、エルミナはまだ知らないだろう。
「じゃあ、一緒に謝ろうな。大丈夫、きっと許してくれる」
「みゃう……」
エルミナは謝れば許してくれる。そう思い、アシュトはルミナを優しく撫でた。
◇◇◇◇◇◇
「ごめんにゃさい……」
「エルミナ、許してやってくれ。悪気はなかったんだ」
「あー……大丈夫。私も鍋のこと忘れて飲み会行っちゃったし……ほら、大丈夫だから。ね?」
「みゃあぅ」
ルミナは素直に謝り、エルミナは許した。というか、最初から怒っていなかった。
アシュト、エルミナ、ルミナの三人は、後片付けのためにエルミナの実験所に向かう。
実験所に到着しドアを開けると、アシュトは渋い顔をする。
「きったねぇ……この間片付けたばかりなのにな。こりゃ足をぶつけても仕方ないな」
「う、うっさいわね。あれから掃除はちゃんとしてるわよ‼」
「ウソつけ」
「みゃう」
「むぅぅ……とにかく、片付け手伝ってよ‼」
暖炉の近くに行くと、確かに木箱が転がり、灰が落ちていた。
火は消え、鍋の中に灰が――
「あらら、灰まみれ――え」
エルミナの表情が凍り付いた。真顔になり、鍋を見つめている。
「エルミナ?」
「みゃう?」
「み、見て……うそ、なんで」
アシュトとルミナが鍋を覗き込む。
「え……」
「みゃ……」
鍋の中の乳白色の酒は、透明な上澄みと白いアクが分離していた。
「と、透明……だよな?」
「な、なんで……る、ルミナ、灰を入れたって言ったわよね?」
「う、うん」
「……それしか考えられないわ」
エルミナは、震える手で鍋を掴み、白いアクを丁寧に取り除く。
鍋には、透明な液体だけが残った。
「の、飲んでみるわ」
「お、俺もくれ」
コップに透明な酒を入れ、乾杯もせずに二人は匂いを嗅ぎ、ゆっくりと飲む。
「――っ‼」
「――っ‼ う、うまい……まろやかで上品な味わいだ。辛みもあるけどそこまでじゃない。しかも、完全な酒……すごい、すごいぞ‼」
エルミナは酒を飲み干し、ルミナを思い切り抱きしめた。
「みゃう⁉」
「ありがとう……ルミナ、ありがとう‼」
「え、え」
「灰だったのよ……ルミナのおかげで、ようやくお酒が完成したわ‼」
「みゃあ……そ、そうか」
「ん~……やっぱりこの子、私の妹にする‼」
「みゃっ⁉ は、離れろ‼ あたいに姉はいない‼」
この日、『エルミナのコメ酒』は、一応の完成をした。
第六章 ディミトリとアドナエルの戦い
「ヘイヘイ‼ 久しぶりダゼ、アシュトチャンYO‼」
エルミナのコメ酒が偶然完成した数日後。
天使族の上位種である熾天使族のアドナエルが、白ワインの瓶を片手に俺の家にやってきた。
「げっ……あ、アドナエル」
「オイオイ今『げっ』って言わなかった? さすがのオレも傷つくゼェ~? エィィンジェル‼」
「ご、ごめん」
だって喋り方とテンションがうっとおしいから……とはいえない。
後ろにいた秘書のイオフィエルが静かに頭を下げる。なんかすっごく久しぶり。
純白の髪に青い瞳の男性アドナエルは、黙っていればダンディなおじさんに見える。
白いスーツで、シャツの胸元は大きく開き、意外にも分厚い胸板が見える。腹筋も割れているような気がした。首には金のチェーンをしているし、お洒落な格好だ。
イオフィエルは、ショートカットにスレンダーな体型の美女だ。希薄な雰囲気があり、触れれば折れてしまうような儚さを感じる。秘書というだけあって佇まいも穏やか。二人きりになると会話が弾まず緊張してしまうタイプだな。
「久しぶりだけど……なんか用事?」
「フフン。報告だゼェ~?」
アドナエルは大げさに驚き、両手をひらひらさせゲラゲラ笑う。リアクションがデカい。
そして、イオフィエルが言う。
「アシュト様。アシュト様のお作りになられた入浴剤と保湿クリーム、並びにセントウ酒は、天使族の町ヘイブンで大人気商品となっております。アドナエル・カンパニー独占販売ですので、当社の利益は……くくく」
「なにその笑い……でもよかった」
アルォエクリームと、浴場で使ってるセントウを使った入浴剤のことか。
ちなみに、天空都市ヘイブンではアルォエが自生しないらしい。地上にしか生えない薬草がけっこうあり、ここでは当たり前の薬草が天空では貴重品だったりする。
「天空都市ヘイブンか……どんなところだろう」
「オウオウ、天空の大都市に興味がおありかい? ウチのボスもアシュトチャンに会いたがってたぜぇ~?」
「……ぼす?」
俺が首を傾げると、イオフィエルがキリッとした表情で言う。
「神話七龍の一体である『天龍アーカーシュ』様の眷属であり、熾天使族の族長、そして天空都市ヘイブンの市長でもあるお方……我らのボス『大天使ミカエル』様です」
へぇ。これまで、神話七龍の眷属には会ってきた。
『夜龍ニュクス』の眷属、ルシファーとディアーナ。
『海龍アマツミカボシ』の眷属、ロザミア。
俺も『緑龍ムルシエラゴ』の――つまりシエラ様の眷属……あのいたずらお姉さん、優しいし頼りになるけど、この世界に『緑』をもたらした偉大なる存在なんだよなぁ。
『天龍アーカーシュ』は、この世界に『空』を作ったって言われてるけど。
「そのミカエルさん? まさかここに来たりは……」
「さぁ? あのお方もお忙しいので……ですが、あなたにお会いしたいと仰っていました。セントウ酒のお礼を言いたいと」
「そ、そうか……別にいらないって言っといて。取引だし、礼を言われるようなことじゃないし」
「かしこまりました」
お偉いさんと交流するのはしんどいからな。大都市の市長って枠はルシファーだけで十分だよ。
「わ、話題を変えよう。そういえばさ、天使族のマッサージ店が盛況みたいだ。ハイエルフ女子や悪魔族たちも、仕事終わりによく利用している」
「オウオウ、そりゃよかったゼェ~」
「そこでアシュト様。実は本日、私どもからの提案を聞いていただきたく思いまして」
「は、はい?」
イオフィエルは、転移魔法で数枚の羊皮紙を手元へ。そしてそれらを俺の前に並べる。
「これは……」
「転移魔法陣の設置計画、そして『天空都市ヘイブン』への通行許可です。まずはこちらの書類をご覧ください」
そこに記されていたのは、なかなか面白い話だった。
転移魔法陣を村に設置。この村から天空都市ヘイブンまで魔法陣で繋ぎ、いつでも自由に転移可能にするという。魔法陣設置の狙いは、ハイエルフや悪魔族の観光のため。
「村の施設は確かに立派です。大浴場、図書館、どれも天空都市ヘイブンにはないものばかり……ですが、天空都市ヘイブンにしかないものもあります。飲食店やカフェ、洋装店、アクセサリーショップ……もちろん、美容関係の品も多くあります」
この村には美女が多い。マッサージ店や浴場でその美しさはさらに磨かれていると言っても過言ではない。そんな彼女たちに提供したいのが、大都市でのお買い物や観光だという。この村にはないお店で手軽にお買い物ができるように、転移魔法陣を設置したいとのこと。
「もちろん、技術流出への対策は万全にさせていただきます。安全面などもありますので、そちらは別紙に記載し、ディアーナ様へお送りします。どうかご検討を」
つまり、アドナエルたちは、この村の女性に『娯楽』を提供したいんだ。
のんびりするにはこの村は最適だ。
畑仕事を終え、風呂に入って酒を飲む。たまの休みにはのんびり釣りでもしながらアスレチックガーデンで汗を流す……そんな感じだ。でも、買い物やゆっくりお茶なんかしたい日もあるだろう。
「うん、検討するよ」
「ありがとうございます」
すごいな、これ。アドナエルの同業者――闇悪魔族のディミトリが知ったら悔しがるぞ。
「クククククッ、ディミトリ商会の会長さんの悔しがる姿が浮かぶゼェ~?」
アドナエルも同じことを思ったらしい。そしてまた、イオフィエルが話し始める。
「転移魔法陣の設置にはいろいろ制限があるのです。短距離転移なら問題ありませんし、個人が転移魔法を使用することも大丈夫。ですが、誰でも使用可能な魔法陣を常時発動させるとなると、各種方面の許可や、魔力申請などがあるので大変なのです」
「魔力申請?」
「はい。転移魔法陣も魔力で起動していますので、魔法陣を発動させる魔法師が必要なのですよ。私どもの場合ですと、ミカエル様が発動させています」
「へぇ~……すごい魔力量なんだな」
「はい。天使の中では間違いなく最大量ですね」
俺とどっちが上かな、なーんて。
俺の場合、量とかよくわからないからな。シエラ様曰く『残りの人生全て魔力放出に捧げても魔力が尽きることない』ってことだし……まぁ冗談だろうけど。
「とりあえず、ディアーナと相談してみる」
「よろしくお願いいたします」
「頼むゼ‼ クククッ、今日はいい気分だァ~。アシュトチャン、一緒に風呂でも入ろうゼェ~?」
「遠慮します」
「エィィィィンジェルッ‼」
天空都市ヘイブンかぁ……俺も行ってみたいな。
◇◇◇◇◇◇
アドナエルがアシュトに天空都市の話をした数日後。話を聞いたディミトリが唸っていた。
「ムムム……アドナエル社長め。またまたワタクシを置いて、アシュト村長に取り入ろうとするとは‼」
ディミトリは、アドナエルのことを嫌って──は、いない。
憎い商売敵と思っているが、自分と同世代であれだけの経営手腕を持つアドナエルを、尊敬……とまではいかないものの、評価はしていた。だが、許せないこともある。
アシュトに……緑龍の村に目を付けたのは、ディミトリが最初だ。
「クゥゥゥッ……出し抜きたい。なんとかアドナエル社長を出し抜いて、アシュト村長とワタクシの間に入るのは不可能だと思わせたい‼」
「あの、会長。お店で騒がないでくれますか?」
ディミトリの娘であるリザベルがため息を吐いた。
ここは『ディミトリの館・緑龍の村支店』であり、今はカーフィー専門店だ。店長はリザベル。
いろいろな魔道具を並べたり、入れ替えをしたりしてみたが、一番の売れ筋がカーフィーだとわかり、経営方針を大幅に変更した。おかげで、カーフィーの売れ行きは順調。カーフィーの種類も百を超え、魔界都市ベルゼブブにある専門店と遜色ない品ぞろえである。
「アシュト村長はアドナエル社長と仲良しですからねぇ。古い友人である会長のことなんて、もう忘れているのではありませんか?」
「ノォォォォォ‼ り、リザベル、そういうことを言わないでくれますかネェ⁉」
「事実ですから」
「事実じゃありませェェェン‼ ええい、アドナエル社長がアシュト村長との距離を詰めるなら……ワタクシはさらに、その先を行くまで‼ では失礼‼」
ディミトリは、風の如き速さで店を出ていった。
◇◇◇◇◇◇
ディミトリの手には、一本の高級ワインがあった。
魔界都市ベルゼブブにあるディミトリ商会本店の地下には大金庫があり、社長と、社長夫人しか開けることが許されない。商会とっておきの品物が収められている宝箱のような金庫である。
そこから持ち出した、ディミトリ秘蔵の一本。それが、千年に一度しか実を付けない『サウザンマスカット』から精製された、とっておきのワインである。
「ククク……これをアシュト村長に‼ そうすれば、アドナエル社長のことなど吹っ飛び、ワタクシの方に戻って来てくれるはず‼」
いつの間にか、寝取られた恋人を取り戻すような思考になっているディミトリ。本人も気付いていない。
今、アシュトは薬院にいる。軽快なステップで薬院へ向かい、ドアをノックしようとした瞬間。
『いやぁ、悪いな……ほんとにいいのか?』
『モチのロンだゼェ~? この「水晶メロン」は、千年に一度しか収穫されない、希少なメロンなのヨゥ‼ ウチの分と、アシュト村長の分と、二個収穫できたゼェ~』
『いい香り……うん、ありがたく頂戴するよ。何かお礼できればいいけど』
『気にしなさんナ‼ 今後とも御贔屓に――』
「ちょぉっと待ったァァァァァッ‼」
耐えきれず、ディミトリは薬院に飛び込んだ。
驚くアシュト。そしてアドナエル。机の上には、キラキラした水晶のようなメロンが置いてある。
「グヌヌヌヌヌッ……アドナエル社長‼ 抜け駆けとは許せませんネェ‼」
「抜け駆けェ? フフゥン、オレはアシュトチャンに贈り物しに来ただけだゼェ? そういうディミトリ会長サンこそ、その手にある高級ワインは何だァァイ?」
「いや、これはその……ええい‼ そうです贈り物ですアナタと同じ考えです‼ ですが、何度でも言います‼ この村に目を付けたのはワタクシが最初‼ 二番手なら二番手なりの礼儀というモノがあるのでは⁉」
「はっ……確かに礼儀はある。だが……ディミトリ会長サン、アンタのところとオレのところ、どちらが先に『経営権』を勝ち取るのか、常にバトルで決めてきたはずダゼェ⁉ 一つの町で互いに店を出し合い、売り上げがいい店の勝利となる‼ 負けた方は……オサラバ、さ」
「ぬ、ぬ……た、確かに。ですが、ここでそれを言いだすということは、負けた方は緑龍の村から撤退せねばならない……」
「オウよ。居心地がよくてついつい『経営バトル』をしなかったが……そろそろ決めないとナァ?」
「…………面白い」
ディミトリはワインを置き、スーツの襟を直し、はめていた手袋をアドナエルに投げた。
「アドナエル社長‼ 決闘です‼」
「オウよ‼ 緑龍の村での経営権を賭け……バトルだぜェ‼」
互いに顔を合わせ火花が散る。完全に置いてきぼりのアシュトは、ポツリと言った。
「えーと……とりあえず、ここ薬院だから静かにしてくれ」
◇◇◇◇◇◇
数日後。緑龍の村にある、お客様を迎える来賓邸でディミトリとアドナエルは向かい合っていた。
事情を聞いたアシュトは、とりあえず二人に勝負をさせることに。
隣にはエルミナがいて、アシュトに耳打ちする。
「で、どうすんの? 負けた方、店を畳むの?」
「そこまでさせないよ。とりあえず勝負させるだけだ」
アシュトとしても、どちらかが村を去るなんて悲しい結果は望んでいない。
アシュトは成り行きで二人に審判を任されたので、バトルについて説明する。
「えー……勝負の内容は、今日、男湯と女湯で出される『スペシャルドリンク』の数で決定する」
男湯、女湯にて、本日限定で『スペシャルドリンク』を無償で出す。中身は、ディミトリ商会は『ブドウ果実水』、アドナエル・カンパニーは『メロン果実水』だ。贔屓がないように、勝負を知るのはここにいるアシュト、エルミナ、ディミトリ、アドナエル、リザベル、イオフィエルだけ。
集計は、浴場で働く銀猫族にやってもらう。当然、ここに不正はない。
「まぁ、勝負してるなんて俺たち以外知らないよな」
「そうね。で、これがドリンク? もらいっ」
エルミナが、テーブルに置いてある『ブドウ果実水』を手に取り、飲んでみた。
「……ん⁉ んんん、うんまぁぁぁぁっ⁉ なにこのブドウ水、めっちゃ美味い‼ ブドウの酸味、甘味が絶妙に絡み合って、すっきりした喉越しがなんとも言えないわ‼ これ、風呂上がりに飲むのに最適‼ おかわり‼」
「ククク……」
ディミトリがニヤニヤ笑い、ソファで足を組み替える。アドナエルはギリギリ歯ぎしりをした。
「じゃあこっちも……」
エルミナは『メロン果実水』に手を伸ばし、ゴクゴク飲む。
「ん、これは──あ、ぁぁぁ⁉ おいしい‼ 甘いけど飲みやすい‼ メロンの上品な甘みが溶けて全身に染みわたるぅ‼ 甘いだけじゃない。わずかな酸味が喉を刺激して、もっともっと飲みたくなるわ‼ おかわり‼」
「フフゥン……」
「ギギギギ……ッ」
ディミトリがハンカチを噛んでいた。
「お前はさっきから何を言ってるんだ……でも、確かにどっちも美味いな」
アシュトも、ブドウとメロンの果実水を飲んで感想を口にした。
勝負は今から十二時間。勝負のためだけに、村民浴場の開放時間を少し遅らせた。
アシュトは、部屋の壁際にいた銀猫族のオードリーを呼んで、「じゃあ浴場をオープンして」と言う。オードリーはダッシュで来賓邸を出た。
「じゃ、勝負開始」
十二時間後に、全ての決着がつく。
一時間後。アシュトは読書の手を止め、二人を見た。
一応、審判なので十二時間はこの部屋にいないといけない。読みたい本はたくさんあるし、退屈ではなかったが、エルミナは早々に飽きたのかアシュトの肩を枕にしてグースカ寝ていた。
「なぁ、ディミトリにアドナエル……負けた方は、店を畳むのか?」
「はい。それが決まりですので」
「オォウ。当然」
「悪いけど、店は畳ませないぞ。ディミトリのカーフィー店がなくなると困るし、アドナエルのマッサージ店がなくなるとミュディたちが泣く。二人を納得させるために勝負は許可したけど、店を閉めるのはダメだ」
「「…………」」
「なぁ。喧嘩するなとは言わないけど……もっと仲良くできないのか? そんな嫌わなくても」
「……別に、嫌ってはいません」
ディミトリが、アドナエルをチラッと見て言う。
「認めたくはありませんが、アドナエル社長の経営手腕は素晴らしいと思います。エエ、そこは認めましょう。ワタクシに匹敵すると」
「フン……それはこっちのセリフだゼ。ディミトリ会長……あのルシファー市長以外に、オレの敵になる悪魔がいるとは思いもしなかったゼ」
「フン‼ ですが、実際の売り上げでは、我がディミトリ商会のが上ですけどネェ‼」
「ハァァァァン⁉ 寝言は寝て言いな‼ 今期の売り上げは我が社のが上‼ マッサージ、美容品ともに緑龍の村の目玉になってるしナァァ‼ カーフィー? そんなもんすぐ飽きられるゼェ‼」
「何ィィ⁉ アナタ、カーフィーがアシュト村長の大好物だと知らないのですかネェ⁉ 聞きましたかアシュト村長‼ アドナエル社長はアシュト村長の大好きなカーフィーがお嫌いですって‼」
「ノンノンノン‼ ディミトリ商会サマの口車に乗っちゃノウだぜアシュト村長ヨォ‼ 相変わらず口が汚ネェ会長さんダゼェ‼」
「「グヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌッッ‼」」
顔を突き合わせ、ディミトリとアドナエルは睨み合う。
すると、アシュトは「ぷっ」と噴き出した。
「いや……ははっ、似た者同士だな、お前たち」
「「ハァ⁉」」
「勝負の行方も面白くなりそうだ。さーて、美味い果実水でも飲みながら待ちますかね」
アシュトはのんびり、読んでいた本の続きを読み始めた。
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