上 下
481 / 511
日常編㉒

第638話、エルミナと海と釣り(後編)

しおりを挟む
 さて、広い桟橋を歩いて進む。
 というか……桟橋、長すぎだろ。数キロはあるぞ。
 もちろん、エルミナは先端付近まで行くつもりのようだ。奥に行けば行くほど、大物が釣れるとか。
 俺としては、帰るのめんどくさいから、入口付近でいいんだけどね。
 
「わぁ~……」

 すると、ココロが海を見て目を輝かせていた。

「ココロ、海は初めてなんだよな」
「はい。エルフは森からあまり出ませんし、学園に通ってた頃も海に行きませんでしたし……」
「そっか。じゃあ、これからも来るといいよ」
「はい!」

 うれしそうにはしゃぐココロは、子供にしか見えなかった。
 まぁ……俺よりも年上なんだけどね。
 すると、ルミナが。

「みゃう。エビ」
「エビ? おお、エビ……って、エビでっか!? おま、エビでっかいぞ!? なんだそれ!?」
「そこでジャンプしたから捕まえた」

 ルミナは、両手で抱えられるサイズのエビを俺に見せてきた。
 さっきのカニといい、サイズが半端ない。ルミナの上半身くらいの大きさだが、ルミナは片手で背中を掴んで俺に見せてくる。
 海面から飛び跳ねた瞬間を捕まえたとか。いやはやすごいな。

「みゃう。食べたいぞ」
「喰いごたえありそうだな……」
「ちょっとそこ!! エビなんてどうでもいいでしょ。ほら、行くわよ!!」

 エルミナの気合がすごい。
 仕方なくエビを逃がし、桟橋の先端を目指して歩くこと十分。
 ようやく先端に到着。先端から手前は円形の広場になっており、東屋があった。ここに荷物を置くと、エルミナはさっそく釣竿を準備。
 俺たちに『リール』の使い方を説明した。
 リールは何となくわかったけど、気になることがある。

「なあエルミナ……餌はないのか?」

 釣りと言えば餌だが、あるのは疑似餌だけだ。
 キラキラした疑似餌に針が付いており、針を結ぶ糸にも、いくつもの小さな張りが付いている。

「これ、サビキっていう仕掛けね。ほらこの小さな針、ただの針じゃないのわかる?」
「にゃう、エビみたい」

 そう、枝分かれした糸の先に、針に紛れて赤い紙が付いている。まるで小さなエビのようだ。

「疑似餌を泳がせて糸を巻くと、疑似餌が小エビを追っているように見えるのよ。そして、小エビを狙って大きな魚が食らいつくってわけ。今回は餌なしでやるわよ。じゃ、そういうことで!」

 エルミナは飛び出して行った……動きが早い。
 俺たちも釣りを……と、その前に。

「みゃうー……お腹へったぞ」
「にゃあ、お弁当」
「うん。ココロ、まずは朝食にしようか。みんな釣りに夢中で、東屋には誰もいないし、ここで食おう」
「はい!」
「にゃあ、お茶淹れるー」
「おい、弁当」

 まずは腹ごしらえ……ミュアちゃんの持って来たバスケットを開けると、色とりどりのサンドイッチが入っていた。これはうまそうだ。
 ちなみにこのサンドイッチ。シルメリアさんじゃなくてミュアちゃんが作ったらしい。なんともまぁ、成長したことで……しかも、すっごくおいしい。
 食後にお茶を飲み、ようやく俺たちは腰を上げた。

「よし、みんなで釣りを楽しむか」
「にゃうー!」
「みゃあ」
「はいっ! えへへ、楽しみです」

 さて、いっぱい釣るぞ!!

 ◇◇◇◇◇◇

 さて、さっそく釣りを開始。

「それにしてもこの竿、すごいな……今まで使ってた竹竿とは素材が違うぞ」
「私、釣りのこと詳しくないですけど、この竿すっごく軽いです」
「にゃあ、引いてるー」

 と、ミュアちゃんの竿がクイクイ引いていた。
 竿を投げ、ゆっくりリールを巻いていただけなのに。
 竿をくいっと上げ、ゆっくりとリールを回してもらうと……見えた。

「お、釣れてるよ」
「にゃあ! おさかないっぱい!」

 小さな針に、中くらいの魚が三匹かかっていた。
 確か……アジェだったかな。焼いてもサシミにしても美味い、マーメイド族がよく送ってくれる魚だ。
 針から外し、バケツに入れると元気よく泳ぎ出す。

「にゃあぁ……おさかな」
「今日の晩ごはんだね」
「にゃぅぅぅ」

 ミュアちゃんは嬉しいのか、俺に抱きついて頭をぐりぐり押し付けてきた。可愛いので頭を撫でてネコミミを揉んでいると、今度はルミナがかかった。

「きた」
「よし、竿を立てて、ゆっくりリールを回して」
「みゃう……こうか?」

 リールを回すと、魚が見えてきた。
 ミュアちゃんよりも大きなアジェが一匹だ。ルミナ用のバケツに入れると、ルミナはアジェをジーっと見る。

「……うまそう」
「今日の晩ごはんだな」
「みゃう」
「わわわ!? せせ、先生!!」
「お、今度はココロか」

 ココロもかかった、が……こっちは引きが強い。
 俺は網を用意し、ココロは苦労しながらリールを巻く……そして、見えてきた。
 でかい。そして黒い。これは確か……。

「ブラックダイヤ、だな」
「ぶ、ぶらっく……だいや?」
「ああ。海の宝石って呼ばれている、黒いサカナだ。これはサシミが絶品なんだ」
「おおー……えへへ、すっごく嬉しいです」
「うん。今日、帰ったら銀猫たちに調理してもらおう」
「はい!」
「にゃああ、おいしそう」
「みゃうう、黒い……」
『ミャァァ!』

 ネコたちも興奮しているな。
 と───ここで、俺の竿にもアタリがきた。
 
「よし!!」

 竿を立てて、リールを慎重に巻いていく。なかなかの強い引きだ。
 くぅぅ……この感覚、これだから釣りは楽しい。
 そして、魚影が見えた。赤い、トゲトゲした魚だ。
 
「にゃう!」

 ミュアちゃんが網を海面に突っ込み、魚を掬う。
 釣れたのは、赤いトゲトゲした魚。素手で触ると危険なので、トングで摑み針を外す。

「これは、カサロクだね。サシミ、煮物が絶品なんだ」
「にゃぉぉ! すごい!」
「先生、すごいです! こんな大きな魚……」
「みゃぁぁ……煮物、うまそう」

 やばい、釣り楽しい。
 みんなは負けじと竿を振り、今夜のおかずを釣り始めるのだった。
 そういや……エルミナはどうなったかな?

 ◇◇◇◇◇◇

「っしゃぁ!!」
「!!」

 エルミナのすぐ隣で、幼馴染のハイエルフであるフィオルンが『イダナ』という大きな魚を釣り上げた。
 五十センチはある大物だ。フィオルンは、仕掛けからイダナを外し、エルミナに見せつける。

「ふふふ。今日はこいつを捌いてお刺身にするわ。エルミナ、あんたはどう?」
「くっ……まだよ」

 エルミナにはまだ大きなアタリはない。
 アシュトたちが釣っているような小物は何度かヒットしたが、すぐにリリースする。
 狙うのは大物だ。

「エルミナ、場所変わってあげよっか?」
「いい!! 私は私の場所で、最高の魚を釣ってやるわ!!」
「あっそ。じゃああたしは続きといきますか」

 フィオルンは再び竿を振る。
 すると、投げ入れてから数秒でヒットした。

「また来たっ!!」

 そして、今度はエルミナの竿にもアタリが……しかも、大きい。

「大物きたっ!! フィオルン、勝負っ!!」
「面白いっ!!」

 リールを巻き、二人が釣り上げたのは───。

 ◇◇◇◇◇◇

 その日の夜。
 釣った魚をシルメリアさんに調理してもらい、今日はミュアちゃんとルミナとココロも加えて、立食形式での夕食となった。
 釣り過ぎたので全部はうちで食えないので、銀猫たちに残りは寄付。
 ミュアちゃんとルミナは、魚の塩焼きを美味しそうに食べていた。

「にゃあ。おさかな美味しいー」
「みゃう。普段のさかなより美味い気がする」
「自分で釣った魚だしな」

 サシミを食べながら言うと、ミュアちゃんとルミナのネコミミがピコピコ動く。
 魚の煮物を食べていたシェリーが、周りを見ながら言った。

「あれ? お兄ちゃん、エルミナは?」
「ああ、あいつならバーでフィオルンさんと飲んでる。自分で釣った大物をサシミにして、二人で次の釣り計画を立てるんだって」

 何やら『勝負が~』とか『今回は引き分け~』みたいな話が聞こえてきたけどな。フィオルンさんも相当な釣り好きだし、エルミナとは気が良く合いそうだ。まぁ幼馴染らしいから仲良しだけど。
 俺は、魚の炊き込みご飯をもらって食べる。

「ん、うまい」
「ありがとうございます」

 シルメリアさんがお礼を言う……ああこれ、シルメリアさんが作ったんだ。
 ミュアちゃんたちも美味しそうに食べてるし、シルメリアさんも嬉しそうだ。

「ご主人様。また釣りに行くときは、私をお誘いください」
「あ、はい」
「あ、シルメリアずるいー! またわたしが行くもん」
「駄目です。今度は私です」
「にゃうー!!」
「みゃあ、やかましいぞ」
「あの、先生。私もまた行きたいです」

 とりあえず、海釣りはすごく楽しかった。
 今度はみんなを誘って行こうかな。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

聖女には拳がある

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:2,046pt お気に入り:128

婚約者様、あなたの浮気相手は私の親友ですけど大丈夫ですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,041pt お気に入り:31

最後に全ては噛み合った

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,876pt お気に入り:64

婚約者の義妹に結婚を大反対されています

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:55,913pt お気に入り:4,958

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。