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日常編㉑

第627話、エルミナの悩み

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 緑龍の村、大衆食堂『キツネ亭』の隅っこにある大きな円卓に、五人のハイエルフが座っていた。
 円卓の上には、エールのジョッキ、チーズや焼き魚、生野菜や刺身などのおつまみが並んでいる。野菜や刺身は乾燥が始まっており、もう長くこの席にいるのだとわかる。
 エルミナは、エールを一気に飲み干し、ジョッキをテーブルにドカンと置いた。

「最近、アシュトが構ってくれない!! レンゲ、おかわり!!」
「はいはーい。もう、エルミナってば飲みすぎだよ」
「いーのよ。はやくはやく!!」

 看板娘、妖狐族のレンゲが呆れたように尻尾を揺らす。
 すると、エールをグラスでちびちび飲んでいたルネアが言う。

「エルミナ、ヤケ酒」
「そーよ……ううう、アシュト、もう私に飽きちゃったのかな」
「そんなことないと思うけど」

 すると、メージュが突っ伏したエルミナの頭をポンポン撫でた。

「あの村長が、エルミナのこと嫌いになるわけないでしょ?」
「でもぉ~」
「あんたがそういうくらいだし、何かあったんでしょ?」
「うう、新婚メージュぅぅぅ……あんたはラブラブだからさぁ、うぅぅ、アシュトが、アシュトがぁ」
「もうめちゃくちゃね……レンゲ、お勘定」
「はいはーい」
「まだ飲むぅ~」
「駄目。ほら、帰るよ」

 シレーヌとエレインがエルミナの両脇を抱え、店を出た。
 エレインは言う。

「あの~、エルミナちゃん、しっかり歩いてほしいかな?」
「エレイン~……エレインのおうち泊まるぅ」
「あらら……エルミナちゃん、かわいい」

 シレーヌは、エルミナを軽く小突いた。

「この酔っ払い。エレインの家はあたしの家でもあるの。酔っ払いの相手なんかしたくないわ」

 シレーヌは、エレインと一緒に暮らしている。仲間内で一緒に住むことはハイエルフ同士で珍しくない。
 
「おうち帰りたくないぃぃ~……」
「あーもう、玄関前に放りだしておく?」
「じゃあ、うち来る?」

 と、ここでルネアが挙手。
 以前はメージュと二人暮らしだったが、メージュが結婚してランスローと暮らしているため、今は一人暮らしのルネア。シレーヌたちに一緒に住むよう誘われたが、気ままな一人暮らしを何百年か楽しむと決めていた。

「じゃ、うち行こっか」
「うぅぅ」

 こうして、エルミナはメージュの家へ。

 ◇◇◇◇◇◇

 メージュたちと別れ、エルミナはルネアの家へ。
 同じ造りの家が並ぶ、ハイエルフが使う建築法で建てられた家だ。この区画は、多くのハイエルフたちが住まう区画で、薬草畑や小さな川がいくつも流れており、木々が生い茂り自然も多かった。
 小さな薬草畑のある平屋で、部屋は三つしかないこじんまりした家だ。
 リビングとキッチン、ルネアの部屋、以前はメージュの部屋だった今は空き部屋だ。
 ルネアは、小さな深緑色のソファにエルミナを座らせ、水瓶から木のカップに水をくみ、エルミナに渡した。

「はい」
「ん~……」

 眠くなっているのか、眼が開いたり閉じたりしている。
 だが、水を一気に飲むとカッと目が開いた。

「あ~おいしい!! この一杯のために生きてるわぁ!!」
「エルミナ、オヤジくさい」
「うぐっ……あー、眼も醒めたし、久しぶりに二人でお話しよっか」
「別にいいけど、眠くないの?」
「ええ。ほらほら、お酒お酒」
「まだ飲むの?」

 と言いつつ、家にあった度数の弱い果実水を出す。
 おつまみは果物。脂っこいものや刺身ではない。
 ルネアは、カットしたフルーツを食べる。

「ね、ルネアはアシュトのこと好き?」
「ぶっ」

 噴き出しそうになった。
 何とか飲み込み、果実水を飲む。

「なに、いきなり」
「あんた、アシュトのこと好きでしょ? ふふふ、告白しないの?」
「まだしない。エルミナが子供産んだらする」
「子供ねぇ……頑張ってはいるけど、まだ誰も授かってないのよ」
「そうなの?」
「そう……そうなのよ!! 夫婦生活、少ないのよ!! そりゃ、アシュトは最近ずっとミュアやルミナと一緒に寝てるから、私たちのところには来ないけど……まぁ、私たちも『今夜どう?』なんて聞けないし、アシュトもガツガツしてないから、たまにしか来ないし……」
「エルミナ、不満ってそれ?」
「うう……アシュト、飽きちゃったのかな。私、スタイルには自信あるのにぃ」

 胸を反らすエルミナ。
 確かに、以前よりも大きくなっている。なんとなく自分の胸を見るが……小さくはないとルネアは頷いた。
 
「見飽きたのかも」
「えぇぇぇぇ!?」
「うそうそ、冗談」
「……ううう、どうすればいいの?」
「うーん。エルミナは自分で誘わないの?」
「無理。釣りには誘えるんだけどねー」
「じゃあ、釣りに誘ってさりげなく夜のアピールする」
「……で、できるかな」
「できる、と思う」
「じゃあ、ルネアも手伝って!!」
「…………」

 こうして、エルミナとルネアはアシュトを釣りにさそうことにした。

 ◇◇◇◇◇◇

 翌日の早朝、まだ薄暗い時間に、アシュトとエルミナとルネアの三人は、アシュトの転移魔法で海にやってきた。

「…………ねむい」
「ほらシャキッとしなさい。朝といえば海釣りなんだから!」
「まだ太陽も登ってないぞ……ふああ。悪いなルネア、エルミナに付き合わせて」
「ううん、たまにはいいかも」

 海釣り用の、長い竿を持って来た。
 ディミトリが用意した最新式のリール、竿のセットだ。仕掛けは餌ではない。

「あれ、なんだこの仕掛け? 餌じゃないのか?」
「これは疑似餌よ」

 枝分かれしたような糸だ。分かれた先には小エビのような形の針が付いており、おもりの代わりに、魚の形をした疑似餌がくっついている。疑似餌にも針が付いていた。

「これで魚を誘って釣るのよ。ふっふっふ、さぁ釣るわよ!!」
「なぁ、喉乾いたし水飲んでいいか?」
「お腹減ってきた」
「アシュトにルネア、もっとやる気見せなさいよ!! ほら釣り釣り!!」

 エルミナは浜辺へ。
 大きく振りかぶると、思いきり竿を振る。リールが高速で回転し、疑似餌が数十メートル先に落ちた。
 それから、エルミナはゆっくりリールを巻く。たまに手を止めたり、竿をしゃくったり……すると、エルミナの竿がビクッと揺れた。

「来たっ!!」
「「おおっ!!」」

 エルミナが竿を左右に振り、リールを巻く。
 水面が跳ね、大きな黒い魚が飛び出した。

「ルネア、網っ!!」
「う、うん」

 網を手に、ルネアはエルミナの傍へ。
 そして、魚が沖に近づくと、網でそっと掬いあげた。

「わ、おっきい」
「ブラックタイね。刺身が美味しいし、焼いても美味しい……どうアシュト、面白いでしょ?」
「す、すっごいな……な、なんかやりたくなってきた」
「じゃあやるわよ!!」
「ああ!!」

 アシュトもやる気になったのか、竿をしっかり握る。
 ルネアは、その横顔を見ていた。

「……エルミナ、心配性」

 アシュトは笑っていた。
 エルミナの隣で、とても楽しそうに。
 
 ◇◇◇◇◇◇

「つ、釣れねぇ……」
「気長にやりましょ。まだ朝は始まったばかりよ!」
「お、おお」
「……」
「ルネアはどうだ?」
「ぜんぜん」

 エルミナは早くも三匹目。ルネアも小さいのを一匹釣ったが、アシュトはまだゼロ匹。
 エルミナの真似をして竿を動かしたりしているのだが、一向にアタリが来ない。
 すると、エルミナが言う。

「ほら、アシュト。腕をこうやって……」
「お、おう」

 エルミナが自分の竿を置き、アシュトの手を取って竿を動かす。
 なかなかの密着具合に、アシュトが赤くなっている。
 すると、アタリが来た。

「うおお、重くなった!!」
「落ち着いて。魚に合わせて竿を動かして、リールを巻く!!」
「お、おう!!」

 アシュトは力強くリールを巻き、エルミナが竿を支える。
 夫婦の共同作業の果てに、大きなブラックタイが釣り上げられた。

「やった!! エルミナ、でかいぞ!!」
「やったぁ!! 今夜のお刺身っ!!」
「ああ!!」

 互いに手を取って喜びあう。昨夜、エルミナが愚痴ていたことが嘘のようだ。
 ルネアはクスっと笑い、もう心配ないと確信。
 そして、ルネアの竿に大きなアタリが。

「あ、きた」
「ルネア、支える!!」
「あ、網あった方がいいよな!?」

 この日、三人はたっぷり釣りを満喫……エルミナの悩みも吹き飛んだとさ。
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