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黒猫のシオン

第619話、黒猫族のシオン

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 クッキーを食べて満足したのか、シオンは暴れることなく大人しくなった。
 というか、シルメリアさんにバルギルドさんに睨まれ動けなくなっている。
 シオンをよく見ると、やはり酷い。
 腰まで伸びたボサボサの黒髪、汚れた毛のネコミミと尻尾。上半身はボロ切れを着ていたが、今は胸を隠すように包帯を巻いている。腰にもボロ切れを巻き、靴などは履いていない。
 俺をジーっと見て、ルミナを見た。

「お前、この黒猫飼ってるのか」
「みゃう」
「飼うというか、一緒に暮らしてる」
「……ふーん」

 シオンは俺をジロジロ見て、バルギルドさん、シルメリアさん、ミュアちゃん、エルミナ、ウッドと視線を巡らせる。そして、鼻をスンスンと鳴らし、俺に言った。

「もっと食い物欲しい」
「わかった。シルメリアさん」
「……その前に確認します。ご主人様、彼女をどうするつもりですか?」
「え?」
「このまま、村に連れ帰るのですか?」
「あ、いや……んー」
「このまま餌付けすれば、彼女は私たちの持つ餌の匂いを覚え、村の近くまで来るかもしれません。ルミナの時のように、食糧庫に泥棒でもしたら……私は、手加減できないかもしれません」
「うっ……」
「みゃ……」

 シルメリアさんは、右の五指を開いて爪を見せつける。
 確かに……この子をどうするのか決めていないのに、食事だけさせるのもな。
 シャヘル先生が言ってた。『働かざる者、食うべからず』と。
 よし、決めた。

「シオン。俺たちは、ここから少し離れた場所にある村に住んでいるんだ」
「ふーん」
「もし、お前さえよければ、俺たちの村に来ないか? そこでは仕事もある。仕事をしてお金を稼いで、美味しいご飯を食べたり、好きなお菓子を食べたりもできる」
「!!」

 お、ネコミミが立った。

「仕事、って……何すればいいんだ?」
「そうだなー……シルメリアさんの手伝いとか?」
「いやだ。そいつ、怖い」

 き、きっぱり言った。
 シオンは俺を見て言う。

「おまえのつがいになってもいいぞ。子供、産んでもいい」
「い、いや……それはちょっと。じゃあ逆に聞くけど、何ができる?」
「知らない」
「う、う~ん……」

 困ったな……まぁ、村に行けば何か仕事はあるだろう。
 すると、ルミナが言う。

「同族のよしみで、あたいの手伝いでもいいぞ」
「ルミナの手伝い?」
「みゃう。モフ助と黒猫だけじゃ手が足りないときもある」
「チビスケ、お前は何やってるんだ?」
「あたい、獣医。動物の医者」
「いしゃ。動物は食うものだろ」
「ちがう。村の動物は大事な働き手だ。あたいは、その子たちが病気にならないようにしてる」
「ふーん」
「あと、あたいはルミナ。チビスケじゃない」
「チビスケだろ。あたしよりちっこいし」
「うみゃっ!?」

 シオンはルミナの頭をぐりぐり撫でた。ルミナはその手から逃れ、俺の背中へ。
 シオンは胸を張り、ニヤッと笑う。

「お前の村に行くぞ。みゃふふ……おいしいもの、いっぱい食える」

 こうして、黒猫族のシオンが村に来ることになった。

 ◇◇◇◇◇◇

 村に戻ると、シオンは目を輝かせてキョロキョロする。
 さっそく村を散歩しようと飛び出しかけるが、シルメリアさんに首根っこを掴まれた。

「うぐぇ!? にゃ、にゃにすんだ!!」
「まず、お風呂と着替えです。ご主人様、申し訳ございませんが、シオンの身なりを整えますので、ここで失礼します。ミュア、あなたはご主人様と一緒に戻るように」
「にゃうー」
「私、ここでいいわ。メージュたちのところに行くわね。アシュト、あの子の世話、ちゃんとしなさいよー」
「……オレも、解体場へ行く」

 エルミナ、バルギルドさんは行ってしまった。ウッドもいつの間にかいない……あ、フンババのところで日向ぼっこしている。
 というわけで、俺とルミナとミュアちゃんだけに。
 俺は、背負い籠の中にあるナナイロシンギョウレンゲを温室に植えたり、いろいろ調べてみたい。それに、早くココロの元へ持って行かなければ。

「にゃあ。ご主人さま、お屋敷もどろー」
「そうだね。温室に植えるのは……マンドレイクとアルラウネに任せるか」
「みゃう、おやつ」
「はいよ。ミュアちゃん、屋敷に付いたら、ココロも呼んでおやつにしようか」
「にゃう。わかった!」

 というわけで、温室へ行ってマンドレイクとアルラウネにナナイロシンギョウレンゲを任せ、ココロにお土産としてナナイロシンギョウレンゲを持って行き、そのままおやつとなった。
 ココロは、ナナイロシンギョウレンゲに釘付けだ。

「ふぉぉぉ!! な、ナナイロシンギョウレンゲ……っすごいです!!」
「だよな、すごいよな!!」
「みゃう、うるさい」
「にゃあ。ご主人さま、お茶」

 ミュアちゃんが淹れたお茶を飲みながらナナイロシンギョウレンゲに釘付けの俺とルミナ。
 俺は、本棚から一冊の本を取り、広げた。

「ココロ。これ、見てくれ」
「これは……命薬トリスメギストスの精製法ですか?」
「ああ。命薬トリスメギストス……これを一粒飲むと、寿命が一年伸びるそうだ。一つの花で百粒精製できる」
「……本当に、寿命が延びるんでしょうか」
「大昔、エルフの賢者トリスメギストスが精製したとされる命薬だ。エルフの寿命は約300~400年だけど、賢者トリスメギストスは700年生きたという伝説が残っている」
「ええ!? し、知りませんでした……うぅ、わたし、エルフなのに」
「あはは。俺も、シャヘル先生の持っていた古い文献でしか読んだことなかったからな」
「にゃあー」
「みゃう。おい、難しい話やめろ」

 ミュアちゃんとルミナが俺の袖を引っ張った。
 すると、ドアがバタンと開き、シオンとシルメリアさんが入ってきた。

「おい、来たぐみゃぁふぇ!?」
「ドアはノックして、返事を聞いてから開けなさい」
「みゃぐぅ」

 シオンは、入るなりいきなりシルメリアさんに首根っこ掴まれていた。
 
「おお、シオン。変わったなぁ」
「あ、あの……どちら様ですか? ルミナのお姉さん、ですか?」
「いや、この子はシオン。薬草採取の時に知り合った黒猫族だ」

 シオンは、薄汚れた身体と髪を綺麗にした。長い黒髪はクセッ毛なのか、ところどころでハネている。その髪の毛はポニーテールにしているが、これがよく似合っていた。
 服装は、黒っぽいシャツと、スパッツにミニスカートだ。ルミナはスカートを嫌がったが、シオンは「別になんでもいい」と言ったので履かせたそうだ。
 さて、シオンはルミナの手伝いをさせるという話だけど。

「ルミナ。この子はあなたのお手伝いという話ですが……その前に、学ぶことがたくさんあります。しばらくは私の下でメイド見習いとして働かせます。あなたのお手伝いは、その後で」
「みゃう」
「みゃ!? おい、聞いてないぞ!! ふざけんな!!」
「まずは、その言葉遣いからですね」
「ひっ」

 シオンは、シルメリアさんに首根っこを掴まれ消えた。
 うーん、なんだか大変そうだ。

 ◇◇◇◇◇◇

 それから数日が経過。
 俺は、ナナイロシンギョウレンゲの花を細かく刻んでいた。

「ふむ……命薬トリスメギストスの調合に必要な分はこのくらいか。後は、根を乾燥させてすり潰し、魔法で精製した水と、葉脈……ココロ、葉脈の採取は進んでるかな」

 葉脈は、葉の血管のような物だ。
 ナナイロシンギョウレンゲの葉脈は細く脆い。なので、採取には神経を要する。
 ココロは、静かで集中できる自宅で採取しているだろう。
 一番難しい素材を、あえてココロに任せ、残りの素材は俺が。

「おい!! 匿え!!」
「うわびっくりした……なんだ、シオンか」
「隠れさせろ!!」

 と、薬院にシオンが飛び込み、ベッド下に隠れてしまった。
 すると、シルメリアさんが入ってきた。

「失礼いたします。ご主人様……ここに、シオンが来ませんでしたか?」
「え」
「……ありがとうございます。もう結構です」
「うみゃぁぁぁぁ!?」

 と、俺の返事を待つことなく、シルメリアさんはシオンが隠れているベッド下を覗き込んだ。
 シオンの首根っこを摑まえると、ズルズルと引きずって行く。

「さ、掃除がまだ残っていますよ。その後はスプーンとフォークの使い方と、文字の書き方を教えます」
「みゃぅぅぅ……」
「この村で暮らす以上、必要最低限のマナーは身に付けていただきます。それとも、ここを出て野生で暮らしますか?」
「…………やだ」
「なら、ちゃんと覚えること。今日の課題をクリアしたら、ドーナツをあげましょう」
「!!」

 お、シオンのネコミミと尻尾がピーンと立った。

「わかった。その代わり、約束は守れよ!!」
「最初に破ったのはあなたでしょうに……」

 シオンは、シルメリアさんに抱えられ出て行った。
 なんというか、騒がしい黒猫だ。ルミナとは全くタイプが違うな。

「みゃう。さわがしい」
「お、ルミナ。いつの間に」
「あいつ、うるさい。なんとかしろ」
「何とかって……お前、同族だろ? お前が何とかするのはどうだ?」
「やだ。べつにあたい、同族に興味ないし」
「興味ないって……同じ、黒猫族だろ?」
「一人でいるとき、何度か同族に会ったことあるけど、みんな素通りしたぞ」
「そ、そうなのか?」

 そういや、黒猫族は孤独で孤高ってディミトリが言ってたな。
 俺はルミナの頭をポンポン撫でる。

「まぁ、少しは気にしてやってくれ。一通りのマナーを覚えたら、ルミナの手伝いをしてもらうからさ」
「みゃうー……わかった」

 この時、ルミナとシオンが大喧嘩をすることは予想できたんだが……少し、考えが甘かった。
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