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秋の訪れ

第600話、やっぱり食欲の秋

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 最近の俺は、裏庭で読書することが多かった。
 紅葉が美しく、落ち葉が風に吹かれてカサカサ音を立てる。
 ミュアちゃんの淹れたカーフィーも、味が濃くてとてもおいしい。最初は苦くて飲みにくかったカーフィーも、二年以上飲んでればこの苦さがたまらない。
 今や、屋敷にはカーフィー専用の棚もある。ディミトリからの贈り物もあるし、今度何か送ろうかな。
 テーブルの上には、数冊の本。ローレライから借りた、ドラゴンロード王国の作家が執筆した伝記だ。これがまたなんとも面白い。
 俺はカーフィーカップに手を伸ばす。

「はぁ……うまい」
「にゃあ。ご主人さま、おかわりする?」
「ああ、お願い」
「にゃうー」

 ミュアちゃんは、お代わりのカーフィーを淹れる。
 ディミトリの店で買ったカーフィー豆を砕く『ハンドミル』に豆を入れる。このハンドミル、筒に取っ手が付いており、筒の中に豆を入れて取っ手を回すと、豆が砕けるのだ。
 カリカリ、カリカリと豆が砕け、ミュアちゃんは金属製のフィルターの上に豆を入れ、カーフィーデカンタという専用のポットにセットする。
 そして、お湯をフィルターのカーフィー豆に注ぐと、綺麗なカーフィーがポタポタとデカンタに落ちてきた。
 最後に、温めたカップにデカンタのカーフィーを淹れて完成。

「にゃう。カーフィーです」
「ありがとう」

 随分と手慣れたもんだ。
 俺はクッキーを一つ摘まみ、ミュアちゃんの口へ持っていく。

「にゃ」
「ふふ、おいしい?」
「にゃあ。サツマイモの味がするー」
「クララベルが作った『サツマイモクッキー』だよ。おいしいでしょ」
「にゃぁ……おいしい」

 この甘みがカーフィーと合うんだよなぁ。
 クララベルのお菓子屋『ブランシュネージュ』でも、今はサツマイモを使ったスイーツがメインで販売されているらしい。サツマイモ……甘い野菜程度の考えだったけど、こうも化けるとはな。
 すると、テーブルの下からルミナが出てきた。

「みゃう。あたいにもよこせ」
「お前、いつの間に」
「ふん。お前ばっかりおやつ、ずるいぞ」
「わかったわかった。ほら」
「みゃぁう」

 ルミナにサツマイモクッキーが食べられてしまった。
 ミュアちゃんもムスッとしてるし、仕方ないな。

「ミュアちゃん、お代わりのクッキー、持ってきてもらっていい?」
「にゃあ。わかりましたー……ルミナはもうダメだからね!」
「ふん。お腹いっぱいだしいらない……ふみゃぁぁ、眠い」

 ルミナは欠伸をすると、俺の太腿に座って眠りはじめた。
 なんとも可愛いけど、読書するにはちょっと邪魔だな……まぁいいか。
 
「さて、続き読むか」

 のんびり読書を再開すると───今度は、エルミナがやってきた。

 ◇◇◇◇◇◇

「やっぱり、秋は美味しい物いっぱい食べたい!」
「……いきなり何だよ?」

 唐突に、エルミナがそんなことを言い出した。
 俺の本をどかし、テーブルに何かを広げる。
 エルミナ手書きの羊皮紙には、こんなことが書かれていた。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
〇秋の味覚を満喫しよう計画!
1、海で今が旬の『ヨンマ』をいっぱい食べる
2、ハイエルフの里で『梨』を収穫、いっぱい食べる。
3、村で収穫した野菜を使って『芋煮会』を開催。
4、仕込んだ清酒の試飲会をする。
 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「お前、食うのばっかじゃん」
「いいでしょ別に。食欲の秋っていうじゃない」
「いや、知らんけど」

 すると、シルメリアさんとミュアちゃんが、大きな箱を抱えてやってきた。
 俺とエルミナの間に箱を置き一礼する。

「ご主人様。マーメイド族から『ヨンマ』が大量に届きました。同封された手紙に、『今が旬、いっぱい食べてくれ。シードより』と書かれていました……どうやら、海の方も秋が訪れたようで、ヨンマの群れでやってきたようです。ごくり」
「にゃうう」

 シルメリアさん、魚大好きだもんな。
 木箱には氷が敷き詰められ、二十匹以上のヨンマが入っている。
 細長い魚だ。焼くと美味いし、酒の肴にピッタリ……さかなのサカナ、なんてな。

「いいタイミングじゃない!! アシュト、焼くわよ!!」
「お、おい」
「シルメリア、七輪用意!!」
「すでに用意してあります」
「さすが!! よし、今日のお昼はヨンマに決定!!」
「ご主人様。数が尋常ではないので、希望者にお配りしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。いいよ」
「ありがとうございます。では、さっそくヨンマを焼きます。ミュア」
「にゃああ。焼く」

 七輪に炭を入れ、火種を落とすと……パチパチ静かに爆ぜ、火が付いた。
 シルメリアさんは、持参したテーブルと包丁で(どこに持ってたんだ)手早くヨンマを捌き、そのまま網の上に置く。味付けはシンプルに塩のみ。

「くぅぅ、楽しみねぇ」

 エルミナは、いつの間にか酒瓶を出していた。
 すると今度はルミナのネコミミが動く。ヨンマの焼ける匂いに反応したようだ。

「みゃ……くぁぁ」
「お、起きたか」
「さかな……」
「もうすぐヨンマが焼けるぞ」
「みゃあ」
「ご主人さま、焼けたー」

 焼けたヨンマをミュアちゃんが俺の元へ。
 俺はフォークで身を分け、まずは自分で食べた。

「───……うまい! 脂が載ってるな」
「みゃう。あたいも」
「はいはい」
「シルメリア!! 私も早くっ!!」
「はい、もうすぐ焼けます」
「にゃあ。わたしもたべたいー」
「あはは。ミュアちゃんとシルメリアさんも一緒に食べよっか」

 こうして、エルミナの『ヨンマを喰う』という願いは、実にあっさり解決した。
 ヨンマでお腹が膨れ、さらに酒で酔ったエルミナ。
 羊皮紙をジーっと眺め、赤い顔で言う。

「次~~~……梨の収穫ぅ」
「梨かぁ。リンゴみたいな果実だよな。ビッグバロッグ王国では輸入品しか見たことがない」
「うっふっふぅ~、ハイエルフの里の梨はおっきくて甘くて絶品よぉ? うへへ、明日クジャタで行くわよぉぉぉぉっ……うぃぃ」
「わかったわかった。シルメリアさん、エルミナをベッドへ」
「かしこまりました」
「うぅぅ……飲みすぎかも~……ぐぅ」

 エルミナは引きずられながら寝てしまった。
 それにしても……梨、か。
 秋の味覚っていうし、村でも栽培できないかな。

「にゃあ。ご主人さま、おでかけするの?」
「ああ。明日、ハイエルフの里に行ってみようと思う。せっかくだし、ココロも連れて行こうかな」
「にゃうー、わたしも行きたい」
「わかった。ミュアちゃんと、ルミナも行くか?」
「ふん、当たり前だろ」

 ハイエルフの里で梨の収穫。これって秋っぽいイベントだよな。

 ◇◇◇◇◇◇

 翌日。
 酔いの醒めたエルミナ。メージュにルネア、シレーヌとエレイン。ミュアちゃん、ルミナ。そして俺とシロは、クジャタ便に乗ってハイエルフの里へ向かった。
 クジャタ便、久しぶりに乗るけど……けっこう速度出るようになったな。
 道もすごい整備されてるし、けっこう驚いた。

「村長、驚いた?」

 シレーヌが俺の隣に座り、どこか誇らしげに言う。
 
「ハイエルフの里までの道。すっごく綺麗になったでしょ?」
「ああ。柵もできてるし、道も綺麗に踏み慣らされてるし……初めて通った時とは全然違うよ」
「ふふん。実は、この道の整備を指揮したの、あたしなんだよね~」
「え、そうなのか?」
「うん。最短距離でハイエルフの里に行けるように距離を計算してね。最初は丸一日、その次は夕方までかけて移動してたけど、今じゃ半日かからないで移動できるんだ。クジャタも道慣れしたし、この移動用荷車にも慣れたしね」
「確かに……」

 クジャタは、たまに放電するけど迷いなく進んでいた。
 放電する瞬間を、俺たちの前に座るミュアちゃんとルミナが見てはしゃいでいる。
 シレーヌは、どこか満足そうにしていた。

「いや~……まさか、オーベルシュタインにこんな立派な道ができるなんて、思いもしなかったよ。これも、村長のおかげかもね」
「俺は何もしてないって」
「いやいや、そんなことないって」

 シレーヌは俺の腕をバンバン叩く。
 すると、ルネアが後ろの席で俺たちをジーっと見た。

「……シレーヌ、村長と仲良し」
「あっはっは。友達だもん、仲良しだって。ねぇ?」
「あ、ああ」
『きゃん!』

 退屈になったシロが、俺に甘えるように座席に飛び込んで来た。
 ハイエルフの里までもう少し、久しぶりにシロを甘やかしますかね。

 ◇◇◇◇◇◇

 ハイエルフの里に到着した。
 まずは長の家へ。長の家と言うかエルミナの家だけどな。
 家には、ジーグベッグさんが木彫りの彫刻を作っていた。
 眼鏡を外し、驚いたように俺たちを見る。

「これはこれはアシュト村長。何用ですかな?」
「……あれ。お、お久しぶりです、ジーグベッグさん。その、梨が収穫できると聞いたので、来たのですが」
「…………エルミナ」

 全員がエルミナを見た。
 エルミナは汗をかきそっぽ向いてる……すると、ジーグベッグさんが叫んだ。

「エルミナ!! お前という奴は……連絡の一つもよこさんで、いきなり来るとは何事じゃ!!」
「ごめんなさいっ!! 連絡するのすっかりわすれてた!! お、おじいちゃん、私たち梨の収穫に来たの。梨、いっぱいできてるんでしょ? 収穫は?」
「とっくに終わったわい!! 全く、お前というやつは!!」
「お、終わったぁ!? ちょっとちょっと、大豊作って聞いたけど、もう収穫終わったの!?」
「大豊作だったから、ハイエルフ総出で収穫したんじゃ!! もう仕分けも終わったわい!!」
「早いぃぃ!! 私たち何しに来たかわかんないじゃん!!」
「だから連絡すればよかったのじゃ!!」

 うわぁ……これ、どうすりゃいいのよ。
 メージュを見ると、首をプルプル振る。
 参ったな。せっかく来たのに。

「うっさいねぇ……ジーグベッグ、お前さんのダミ声が外まで響いてるよ」
「あ、バーバおばあちゃん」
「エルミナ。また何かやらかしたのかい?」
「聞いてよ。おじいちゃんってば、大豊作の梨をさっさと収穫しちゃったのよ。私たちが収穫したかったのにぃ」
「馬鹿もん!! 連絡一つよこさんお前が悪い!!」
「どっちもやかましい。ったく、エルミナ、梨の収穫はもう終わっちまったよ。次の秋まで待つんだね」
「そんなぁ……」
「ジーグベッグ。おまえさんもだよ。お客さんの前で馬鹿みたいに孫娘を怒鳴りちらすなんて、ハイエルフの品格を落とすようなモンさね」
「ぐ、ぐぅぅ」
「お客人、悪かったね。もぎたての梨ならたくさんあるから、いっぱい食べていきな。もちろん、土産も渡すよ」
「あ、ありがとうございます」

 不思議なおばあちゃんだな。
 すると、メージュが耳打ちする。

「バーバジージャ様。ジーグベッグ様と同じくらい長生きしてる、最古のハイエルフの一人だよ」

 マジか。
 じゃあこの人も、何百万年と生きてるのか。
 バーバジージャさんは音もなく去って行った。

「おじいちゃん!! 梨どこ梨!!」
「お前という奴は……はぁ、第三倉庫の梨ならいくら食べてもよい。土産も準備させる」
「やった!! みんな、収穫は無理だったけど、梨いっぱい食べましょ!!」

 ……いちおう、言っておく。
 間違いなく、連絡の一つもしなかったエルミナが悪いからな。

 ◇◇◇◇◇◇

 エルミナに案内された大きな倉庫を開けると、木箱に大量の梨が入っていた。
 
「よし!! さっそく食べるわよ。みんな、もてるだけ持って里の中央広場へ移動っ!!」

 エルミナの仕切りで中央広場へ。
 さっそく、エルミナたち女性陣が梨をカットする。
 ミュアちゃんも、慣れた手つきで梨を切っていた。

「にゃあ。ご主人さま、どうぞ」
「ありがとう、ミュアちゃん」
「ルミナとシロも」
「みゃう」
『きゃん!』

 さっそく、ミュアちゃんがカットした梨を齧る。

「───……うわぁ、すっごい瑞々しい! リンゴとは微妙に違う食感! それに、すっごく甘い!」
「みゃう。うまい」
『きゃんきゃんっ!』

 ルミナとシロもモグモグ食べていた。
 ミュアちゃんも美味しそうに食べ、エルミナもガツガツ食べていた。
 そして、エルミナは気付く。

「…………これでお酒作れないかな」
「梨で? あんた、ほんと酒のことばっかりね」
「メージュ、お酒こそ至高の水よ。ね、ルネア」
「お酒、そんなに好きじゃない」
「はいはい! エルミナ、あたしは好き!」
「さっすがシレーヌ! エレインは?」
「わ、わたしも好きですっ!」

 ハイエルフ組はいつも楽しそうだ。
 すると、俺たちの騒ぎにハイエルフたちが集まってきた。
 酒を持ち寄ったり、焚火を始めて肉を焼き始めたり、音楽隊が現れ音楽を奏で始めたり……いつの間にか、ハイエルフの里では大宴会となっていた。
 
「あっはっは!! ね、梨最高でしょ、アシュト!!」
「あ、ああ。なんというか……ハイエルフってやっぱすごいな」
「当然!!」

 エルミナは酒瓶片手に胸を張り、瓶の口を加えてラッパ飲みを始めた。
 まぁ、楽しいからいいか。
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