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常夏の村

第569話、夏の到来

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 最初に気付いたのは、ルネアだった。

「……?」

 ハイエルフは風を読み、数日、長くて一月ほど先の気候を知る。
 的中率はほぼ確実。翌日の気候ならまず間違えることはない。
 ルネアは、森から吹いてくる風に違和感を感じ、人差し指をそっと立てる。

「風───……」

 すると、ルネアの人差し指に、森からの風が集まった。
 ルネアはその風をジッと見つめ、匂いを嗅ぎ、口の中へ入れる。
 そして、確信した。

「……夏、来る」

 森を見て、空を見上げ、ルネアは仲間へ相談すべく歩きだす。 
 向かったのは、果樹園に併設された東屋。仲間たちは、そこで休憩をしたり談笑したりする。仕事の合間はここで休み、天気のいい日はお昼ご飯なども食べていた。
 東屋にいたのは、メージュにエレイン、シレーヌだ。

「あれ、どうしたのルネア。果実水取り行ったんじゃないの?」

 メージュが、リンゴを丸かじりしながら言う。
 ルネアはその問いに答えず言った。

「みんな、夏が来る」
「「「え?」」」
「風、読んでみて」

 風を読む。ハイエルフにとって「水を飲む」や「ご飯を食べる」くらい当たり前の言葉だ。三人はルネアがやったように、森からの風を指に集める。
 メージュは、「うわー……」と面倒くさそうに言った。

「夏かぁ……この辺でもあるんだね。ハイエルフの里では何年前だったかな? 二百年くらい前に来たよね」
「そういやそうね。あんときは暑くて死にそうだったわー……」
「ふふ、メージュちゃん、一日中裸で過ごして怒られたっけ?」
「もう! 昔の話しないでよ!」

 エレインのからかいに顔を赤らめるメージュ。
 すると、ルネアが言った。

「これ、報告したほうがいいかも。夏……暑いし、暑いのダメな果物もある」
「そうね。とりあえず、ルネアは村長に……って、今はいないんだっけ。ディアーナもいないし……」
「とりあえず、役場にいる悪魔族の女の子に言おうか」

 四人は役場の悪魔族に報告、対策に追われた。
 
 ◇◇◇◇◇◇

 その頃、エルミナとシェリーは家でのんびりしていた。
 エルミナはソファに寝転がって果物を食べ、シェリーは魔法学園の教科書を読んでいる。
 窓から柔らかな風が入り込み、エルミナの頬を撫でると───……気付いた。

「……ん、この風?」
「んー? エルミナ、どうしたの?」
「いや、風の感じ……これ」

 ハイエルフのエルミナは気付いた。
 夏が来る。

「夏が来るわね」
「夏? 夏って……夏よね」
「ええ」
「そんな、いきなり来るものなの?」
「オーベルシュタインの夏はそうよ。この辺、気候は穏やかで気温もそんなに上下しないわよね。三年に一度冬が来るってこと以外、年中春でいいところなんだけど……夏と秋は、不定期にやってくるのよ」
「そうなの? まぁ、オーベルシュタインだし……なんでもありか」
「しかも、夏は暑い。とにかく暑い。秋は秋の山菜とかキノコとかいっぱい採れるからいいんだけど、夏はとにかく暑いのよ。夏の備えしないとね」
「備えって、何? 薄着すればいいでしょ?」
「ヒトはそうだけど、畑とか果樹園とか、暑いとダメになっちゃうのがあるのよ。私、ちょっとメージュのところ行ってくるから、シェリーはマンドレイクとアルラウネに『夏が来る』って言って。アシュトやココロの温室とか、薬草関係も熱に弱いのあるだろうし」
「わ、わかった。ってかエルミナ……」
「なに?」
「エルミナ、すっごく頼りになるわ。こんなの初めてかも」
「ふふーん! って、初めてかもは余計だし!」

 エルミナとシェリーも、夏に向けて動き出した。

 ◇◇◇◇◇◇

 夏へ向けての準備。 
 熱に弱い果実や野菜などを収穫し、温室などの薬草も収穫。
 シェリーは冷蔵庫の氷を張り直したりもした。
 タヌスケ商店で、冷たく冷やした果実などを多めに入れてもらったり、夏バテ予防の食事メニューを銀猫たちに考えてもらったりもした。
 そして、ハイエルフたちが『夏が来る』と言った三日後……夏は来た。

「にゃあ……あついー」
「確かに。でも、洗濯物はすぐに乾きそうですね」

 ミュアとシルメリアは、洗濯物を干しながら汗を掻いていた。
 気温は約38度。外にいると汗が流れ、暑さでクラクラする。
 日中はなるべく外に出ないこと。外出する場合は水筒を持ち、帽子をかぶること。野外で仕事をする種族たちは休憩をこまめに入れること。などをハイエルフたちは村に広めた。
 ミュアは、持っていた水筒の水を飲む。

「にゃあ……シルメリア、飲む?」
「大丈夫です。洗濯物を干したら休憩しましょうか」
「うん」

 二人は家に戻り、冷えた果実水を飲む。

「あついー」
「確かに……寝苦しい夜になりそうですね」
「シルメリア、さばくで泳ぎたいー」
「砂漠……確かに、オアシスは気持ちよかったですね。さすがにオアシスとまでは言いませんが、湖で泳ぎたいとは思いますね」
「にゃう。ご主人さまと一緒に!」
「ふふ、そうですね」

 ちなみに、二人のメイド服は薄着になっている。
 冷たい果実水を飲んで体力も少し回復した。もう少し休んで仕事を再開する。
 そう思っていると、使用人邸のドアがノックされた。

「どちらさまでしょうか」
『クックック……ワタクシ、ディミトリでございます』
「……ご主人様は不在ですが」
『いえいえ。緑龍の村の皆様にはお世話になっておりますので、心ばかりのサービスをお届けに上がりました』

 シルメリアはドアを開ける。
 すると、ディミトリが妙な物を持ったまま頭を下げた。

「どうも、ディミトリ商会の出張サービスでございます!!」
「…………」

 シルメリアは無言で一礼。
 ディミトリ。忙しく、転移魔法でオーベルシュタイン中を飛び回っているとアシュトが言っていたはずなのだが、どうしてここにいるのだろうか。
 ディミトリは、持っていた妙な物をシルメリアへ。

「さぁさぁ、まずはこちらをどうぞ!!」
「……これは?」
「クックック……夏が来ると聞きましてね。夏にピッタリの魔道具をお持ちしました」
「はぁ……」

 恐らく、リザベル辺りから聞いたのだろう
 ディミトリが持ってきたのは、妙な物だった。
 大きな丸い籠の中に、四枚の羽が見える。籠には太い棒が伸び、棒に台座が付いていた。
 ミュアはしげしげと箱を眺めている。
 シルメリアは首を傾げ、ディミトリに聞く。

「これは一体?」
「こちら、『扇風機』と言いまして。この台座に取り付けられた魔石から魔力を取り出し、この籠の中の四枚羽が回転するのですよ。すると……」

 ディミトリは、台座に付いたスイッチを押す。
 すると、籠の中の四枚羽が回転し、風を起こした。
 
「にゃうー! すごい! すずしいー!」
「涼しいでしょう? 羽には氷の魔石が取り付けてありまして、一度魔力を補充すれば、十日は補充の必要がありません」

 冷えた羽から冷風が吹き、心地よかった。
 ミュアは気持ちいのか、扇風機の前でゴロリと転がる。
 シルメリアは、素直に頭を下げた。

「ありがとうございます。感謝の言葉もありません」
「いえいえ。アシュト様から受けた恩に比べたら、この程度!! ククク……ファーッハッハッハ!!」
「…………」
「こほん。では、失礼します」

 ディミトリは一礼。転移魔法を使い消えた。
 シルメリアは、扇風機の前で転がるミュアの隣に座り、扇風機の風を受ける。

「涼しい……」
「にゃあ……シルメリア、寝ていい?」
「…………」

 ほんの少しだけ迷い、シルメリアは首を振った。
 緑龍の村に突如やってきた夏は、しばらく続く。
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