上 下
197 / 492
日常編⑭

第368話、フレキくんの一日

しおりを挟む
 人狼族の少年フレキの朝は早い。

「ん~……ふぁぁ、朝かぁ」

 朝。日が昇り目が覚める。
 温室の手入れがあるため早起きだ。着替えてリビングに行くと、妹のアセナが朝食の支度を始めている。
 この村に来て二年ほど。アセナはフレキよりも早く起き、朝食の支度をしてくれる。

「おはよう、兄さん」
「おはようアセナ。じゃあ温室に行ってくる」
「はい。ご飯、準備しておきますね」
「うん。よろしく」

 フレキは外に出て朝の空気を吸い込み、大きく背伸びする。
 今日も薬師見習い……もう見習いではないがフレキが認めていない。としての一日が始まる。
 まずは、アシュトの家に向かう。すでに家の前にいた。

「おはようございます。師匠!!」
「おはようフレキくん。今日も元気だね」
「はい!! 今日も一日、よろしくお願いいたします!!」
「う、うん。あの、まだみんな寝てるから静かに……」
「す、すみません」

 フレキは頭を下げる。すると、小さな薬草幼女と黒いネコミミの少女、そして一メートルほどの小さな木が視界に入る。今ではもう顔なじみだ。

「おはようございます。マンドレイクさん、アルラウネさん」
「まんどれーいく」
「あるらうねー」
「ウッドさんもルミナさんも、おはようございます」
『オハヨウ、オハヨウ!』
「ん」

 ルミナは小さく頷き、スタスタと歩きだした。

「はやく行くぞ。さっさと終わらせてご飯にしたい」
「はいはい。じゃあみんな、行こうか」

 こうして、いつものメンバーで温室手入れが始まる。

 ◇◇◇◇◇◇

 温室手入れを終えて家に戻ると、ちょうど朝食が完成していた。

「兄さん、汗を拭いて手を洗ってくださいね」
「ああ。わかってる」

 言われた通りに身体を清め、アセナの朝食を完食する。
 妹の料理はとても美味しい。まだ十二歳なのに大したものだ。
 フレキは、片付けをするアセナの頭を撫でた。

「がうっ? な、なんですか?」
「いや、アセナには本当に助かってるよ。ありがとう」
「もう……いきなり撫でないでください、兄さん」
「あはは。じゃあ、ボクは薬院に行くよ。怪我したら必ず来るんだよ?」
「はい。わかっています」

 フレキは調合道具やメモが入った鞄を持ち、薬院へ。
 途中、欠伸をしながら歩くエンジュと合流した。

「ふあぁぁ~……おはようさん、フレキ」
「おはよう。エンジュ、温室の手入れサボっただろ」
「いや、なかなか起きれんのや……あ、そうだ!! フレキの家に住めば毎朝起こしてもらえるんとちゃう? あ、一緒のベッドならなおさら……」
「はいはい。それなら師匠のところに行きなよ」
「あん、なんかフレキが強うなったわぁ~」

 最初の頃は、こんな冗談でもドキドキしたが、さすがになれた。
 エンジュがフレキを男性として好いているというのは間違いない。同様にマカミもだが……フレキとしては、薬師として一人前になりたいという想いのが強かった。まぁ鈍感だった。
 薬院に入り、さっそく掃除を始める。この掃除はフレキの最初の仕事であった。

「エンジュ、窓ふきね」
「はいよー」

 モップ片手に床を磨き、テーブルを拭き、本棚を掃除し、アシュトが来る頃には掃除が終わる。
 見習いとして当然の仕事だとフレキは考えている。師匠に掃除などさせられないとも思っていた。
 アシュトが薬院に来ると、優しい笑顔をしてくれる。

「フレキくん、エンジュ、いつも掃除をありがとう」
「いえ。当然のことです!」
「そうやそうや! また美味しいお菓子くれるん期待してるでー!」
「お前は相変わらずだな……まぁいいけど」

 アシュトは苦笑し、さっそく仕事に取り掛かる。
 
「フレキくん、薬品棚のチェックを。エンジュは医療記録の整理を頼む」
「はい!!」
「ういー」

 几帳面なフレキは薬品棚のチェックを任されている。在庫をチェックし、足りない薬品をリストアップ。現在の備蓄素材を確認し、メモを取ってアシュトに報告する。
 アシュトは、製薬の準備をしていた。

「師匠。アルォエクリームと腹痛薬、火傷軟膏、鼻炎の薬の在庫が少ないです。それと、薬品用の小瓶も在庫が少なくなっています。あとは包帯です。昨日、クジャタの電撃を浴びたドワーフさんに殆ど使っちゃいました」
「うん。包帯の交換は明日だから、今日中にいっぱい作ろうか。あとは何を優先して作ればいいと思う?」
「えーっと……あ、火傷軟膏!!」
「正解。雷を浴びたドワーフは全身に軽い火傷を負っている。雷は高熱で直接炎に触れるより危険なんだ。普通は死ぬけどドワーフは火傷ですんじゃうところがすごいけどね……」
「なるほど。覚えておきます! 雷は火傷を引き起こす……」

 フレキはメモを取る。
 アシュトの知識は深くて広い。以前に来たエルフのシャヘルも同様だが、いくら勉強をしても追いつける気がしない。少なくとも、フレキはそう考えている。
 
「じゃあフレキくん、火傷軟膏とアルォエクリームの製薬を任せるよ。俺は包帯と腹痛薬を作るから」
「はい。あの、鼻炎の薬は?」
「んー、在庫は少ないけどまだあるから大丈夫。それに、昨日渡した鼻炎の薬は七日分あるから、追加があるのは最低でも七日後。新規の鼻炎患者さんが来ても対応できるよ」
「え……あ、あの、鼻炎の薬を渡した患者さん、全員覚えてるんですか?」
「ん、まぁね。村の住人にどんな薬を渡したのかは、一応覚えてるんだ。医療記録も書かないといけないしね」
「…………」

 さすがのフレキも、その日、誰にどんな薬を渡したのかは全て把握していない。
 医療記録はそのためにあるし、どんな薬をいつ渡したかを見れるから覚えておく必要はない。住人の医療記録は全て保管してあるし、名前や種族ごとに分けたのは他でもないフレキだ。
 だが、アシュトは全てを覚えていた。
 謙虚で優しいアシュトは自慢したり誇ったりしない。それが普通で当たり前なのだ。
 やはり、フレキの師匠はすごい。

「師匠……やっぱりすごいです!!」
「え? ああ、あはは」

 褒められるのに慣れていないアシュトは、曖昧に笑う。
 
「よし。仕事にかかろうか」
「はい!!」

 薬を造りながら質問し、学び、メモを取る。
 住人が日々増えているため、怪我人や病人は毎日来る。
 初めて見る症状も少なくはない。そのたびにアシュトが対応し、フレキは後ろで学ぶ。こうした経験を積み、立派な薬師としての一歩を踏み出すのだ。
 もちろん、フレキだけではない。

「村長、これは縫った方がええで」
「やっぱりそうか……エンジュ、任せていいか? 勉強させてくれ」
「ええよ。フレキもよーく見とき」

 建設中に落下した悪魔族の男性だ。落下時に釘に引っ掛けたらしく出血している。
 押さえ、薬を塗って包帯を巻くだけでは足りない。エンジュが魔獣の体毛から作った縫合糸を用い、縫合手技を行うことになった。
 アシュトもまた、学んでいる。フレキはアシュトの横顔を見て、自分と同じということに気が付いた。

「なるほど……等間隔に縫うのがこんなに美しいなんて」
「さすがエンジュですね……ダークエルフの医療技はすごい」
「そ、そんなに褒めるなや!!」
「あいだだだっ!?」

 褒められて有頂天になったエンジュが、悪魔族男性の腕に針を突き刺した。

 ◇◇◇◇◇◇

 夜になり、仕事が終わった。
 後片付けを終え、簡単に掃除をする。

「よし、今日もお疲れ様。二人とも、明日もよろしくな」
「はい!!」
「ういーっす。じゃあウチ、ハイエルフたちの飲み会あるんで帰るわー」

 エンジュは嬉しそうに帰った。どうやらこれから浴場で飲み会があるらしい。
 フレキも挨拶し、薬院を後にした。
 家に帰ると、アセナが夕飯の支度を終えたところだった。

「おかえりなさい。兄さん、夕飯できましたよ」
「ただいま。すぐに手を洗ってくるよ」

 今日は肉野菜炒めとスープカレーだ。
 人狼族のコメと一緒に食べるスープカレーは絶品で、人狼族の村でも大ブームだ。
 
「アセナ、今日は何をしたんだい?」
「今日はお裁縫を。ミュディさんのところでライラとお仕事をしました。ふふ、このエプロンの刺繍、わたしがやったんですよ?」
「へぇ……うまいじゃないか」
「えへへ」
「食事が終わったらお風呂に行こう。明日も仕事だし、ゆっくり疲れを取らないとね」
「はい。兄さん」

 フレキの薬師修行は、まだまだ続く。
しおりを挟む
感想 1,144

あなたにおすすめの小説

はずれスキル『模倣』で廃村スローライフ!

さとう
ファンタジー
異世界にクラス丸ごと召喚され、一人一つずつスキルを与えられたけど……俺、有馬慧(ありまけい)のスキルは『模倣』でした。おかげで、クラスのカースト上位連中が持つ『勇者』や『聖女』や『賢者』をコピーしまくったが……自分たちが活躍できないとの理由でカースト上位連中にハメられ、なんと追放されてしまう。 しかも、追放先はとっくの昔に滅んだ廃村……しかもしかも、せっかくコピーしたスキルは初期化されてしまった。 とりあえず、廃村でしばらく暮らすことを決意したのだが、俺に前に『女神の遣い』とかいう猫が現れこう言った。 『女神様、あんたに頼みたいことあるんだって』 これは……異世界召喚の真実を知った俺、有馬慧が送る廃村スローライフ。そして、魔王討伐とかやってるクラスメイトたちがいかに小さいことで騒いでいるのかを知る物語。

手乗りドラゴンと行く異世界ゆるり旅  落ちこぼれ公爵令息ともふもふ竜の絆の物語

さとう
ファンタジー
旧題:手乗りドラゴンと行く追放公爵令息の冒険譚 〇書籍化決定しました!! 竜使い一族であるドラグネイズ公爵家に生まれたレクス。彼は生まれながらにして前世の記憶を持ち、両親や兄、妹にも隠して生きてきた。 十六歳になったある日、妹と共に『竜誕の儀』という一族の秘伝儀式を受け、天から『ドラゴン』を授かるのだが……レクスが授かったドラゴンは、真っ白でフワフワした手乗りサイズの小さなドラゴン。 特に何かできるわけでもない。ただ小さくて可愛いだけのドラゴン。一族の恥と言われ、レクスはついに実家から追放されてしまう。 レクスは少しだけ悲しんだが……偶然出会った『婚約破棄され実家を追放された少女』と気が合い、共に世界を旅することに。 手乗りドラゴンに前世で飼っていた犬と同じ『ムサシ』と名付け、二人と一匹で広い世界を冒険する!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪
ファンタジー
世界には多種多様な種族が存在する。 人間、獣人、エルフにドワーフなどだ。 その中でも最強とされるドラゴンも輪の中に居る。 最強でも最弱でも、共通して言えることは歳を取れば老いるという点である。 この物語は老いたドラゴンが集落から追い出されるところから始まる。 そして辿り着いた先で、爺さんドラゴンは人間の赤子を拾うのだった。 それはとんでもないことの幕開けでも、あった――

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。  秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。  ——パンである。  異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。  というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。  そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。