午後の紅茶にくちづけを

TomonorI

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第2章 ダージリン・セカンドフラッシュ

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暑い。
今の状況を説明するのにはその一言で充足できる。
暑い、本当に暑い。
淡い黄色のハンカチを額に押し当てて流れ出しそうな汗を拭き取り夏服のスカートをみすぼらしく翻さないようにしかし足早に智瑛莉は保健室に向かっていた。
昼休みになり廊下には人通りが増えて騒がしく、すれ違う生徒に挨拶を丁寧に交すので何度か足止めをくらいながらも目的地である保健室の前に着くと息を整えてドアを3回ノックする。

「はーい、どーぞ」

重々しくもシンプルな白の木製のドアをノックすると中から女性の声で返事されると、失礼します、と中に入る。
保健室に入ってすぐに目に入ったのはまず優しそうな笑顔をうかべる保険教論の初老の女性、それに吸い寄せられたように集まった生徒たちも数人室内にある椅子やソファに腰かけてそれぞれの昼食を食べていた。
智瑛莉はごきげんようと笑顔で挨拶をかえすと靴を脱いで揃えて、昼休みにわざわざ呼び出した保険教論の元に近寄ると周りにいた生徒たちは智瑛莉に不思議と視線を向けた。

「ごめんなさいね浅黄さん、お昼休みに」
「いえ、かまいませんわ」
「結論から言うとね、今月の保健委員の作る保健だよりの作成当番が浅黄さんになるの」
「なるほど。それで私がその保健だよりと言うものを作ればいいわけですね」
「ええ、そういうことよ。でも安心してね、内容は完成してるから、レイアウトと内容の肉付けをして生徒分の印刷をしてくれたら終わりなの」
「はぁ、…なるほど」

4月の初めの方にやることも分からないが言葉の響と楽そうという理由で選んだ保健委員の初仕事についての話を聞かされ、なるほどと頷く反面1年生でもそこまで差せられるのかと気が滅入った。

「ふふ、浅黄さんは1年生で初めてでしょうから保健委員の上級生に一緒にして貰えるように頼んでおいたわ」
「まぁ、それはお気遣いありがとうございます。…それで、その上級生とはどなたでしょうか?」

そう問いかけるよりも早くに保健室のドアが開いて反射的に意識が入口の方にむいた。
ごきげんよう、と挨拶をしながら入ってきた生徒はキツそうにつり上がった目とほんのりとバーガンディリップで色付いた唇、傷みもなく絹のように綺麗な真っ黒で艶やかな黒髪は顎のライン程の長さの髪の毛をサイドに残し胸元までのロングの髪の毛は二つに分けられていてそれらは縦に巻かれていた。
立ってるだけでも絵になるほどオーラと存在感のあるその生徒は一斉に視線を集めるも本人は気にすることなく靴を脱いで教論の元へ歩み寄った。

「ごきげんよ、あら…智瑛莉ちゃん?」
「み、翠璃さん…!?」
「あぁ、よかった来てくれて。浅黄さん、あとはこちらの早乙女さんから色々教わってね。…はい、これ。よろしくね」

相変わらず笑顔のままの保険教論は保健だよりの原稿となるA4の紙を翠璃に手渡すと、お願いしますと軽く頭を下げて、忙しいのかすぐに別のことをし始めた。
翠璃は受け取った紙にざっと目を通すとわかりましたと返事をして智瑛莉と共に保健室から出ていく。
登場から保健室を出ていくまで生徒たちの視線を集めていた翠璃が智瑛莉の後にドアを閉めるとドアの前から退いて智瑛莉に声をかける。

「智瑛莉ちゃんも保健委員だったのね」
「翠璃さんこそ。委員会の顔合わせにはいらっしゃいませんでしたよね?」
「そうだったかしら?記憶にないからそうなのかもね」

あはっとわらう翠璃は腕時計で時間を確認すると作業をするには今から昼休みが終わる時間は中途半端だった。

「ん、なに?」

時計を見ていた自分の顔を凝視する智瑛莉の視線に気づいた翠璃は小さく首を傾げた。
智瑛莉はなんだか目の前の綺麗な女子生徒が普段部活中に目にする翠璃とは違って見えて不思議に思えた。

「…翠璃さんって、そんな顔でしたっけ?」
「え?…あぁ、今日はメイク変えたから違うのかも」
「いや、そういうのではなくて、…その…」
「ん?どうしたの?」

何かいつもと雰囲気の違う翠璃の顔を見つめて何が違うのだろうかと考える智瑛莉の視線を逃れるように翠璃は困ったように目を逸らした。

「そんなに見つめちゃって、私が美しいのは認めるけど恥ずかしいわ」
「え?あ、すいません…」
「ふふ、…そうね、ちょっと暑いけど中庭のベンチでお話しましょうか」

そう微笑んだ翠璃は保健室から中庭に続く廊下を歩いていく。
わかりました、と頷く智瑛莉はその翠璃の二歩後ろをついて行く。
2階に続く中央階段の裏には中庭に続く扉があり先を歩く翠璃はガチャっとそれを開けるとレンガの歩道の両端には色とりどりの季節の花が綺麗に植えてあり、芸術作品のように整えてある芝と植え込みに囲まれた庭の真ん中にあるのは大きくはないが存在感のある噴水は見ているだけで涼しくなるような水を流して心地いい音を立てている。
お昼時ということもあり太陽は真上に上がっていてどの方角のベンチにも少なからず日は当たっていたが翠璃はお気に入りの場所なのか噴水の目の前のベンチに腰かけて隣にどうぞと智瑛莉に手招きした。

「うーん…暑いわね」
「そうですね」
「あー、やだ、汗でメイク落ちそう」
「あ、ハンカチ使いますか?」

手の甲で汗を拭うような仕草を見せる翠璃に先程使っていた淡い黄色のハンカチを差し出すと翠璃は笑顔でありがとうと受け取る。

「智瑛莉ちゃんは気が利くわね」
「いえ、それほどでもございませんわ」
「ふふ、じゃあこれのお話しましょうか」

そう言う翠璃は先程受け取ったA4の紙を智瑛莉の前に差し出して目を落とす。
翠璃の視線に誘導されるように翠璃を見つめていた智瑛莉の視線も紙に向かう。
軽い内容と保険教論は言っていたが見る限りではほとんど内容は固まっていて女子高生が付け加えるようなことなどほとんどなく決めることはレイアウトといつ印刷するかくらいだけだった。

「今月は日焼けについてかぁ…確かに日焼けは侮れないものね」
「そうなんですか?」
「え、智瑛莉ちゃんもしかして日焼け対策何もしてないの?」
「えぇっと、はい…えっ!?」

今月の保健だよりの特集について言及していた翠璃が智瑛莉の両頬を手でおおって信じられないと言うような顔で見つめる。
掴まれた顔面に驚きながらも翠璃の驚いた顔を見つめ返す。
こんな近くでこの人の顔を見たのはなんだかんだ言って初めてかもしれないなと互いにふと思った。

「なんでしょうか…?」
「だめよ智瑛莉ちゃん、今は若いから大丈夫かもしれないけど、今のうちからお肌は大切にしてないと後々後悔するわよ」
「は、はぁ…わかりました」
「今度私のおすすめの日焼け止めあげるからちゃんと使いなさいね」

智瑛莉の頬を親指で擦りながら心配するようにそう言うと智瑛莉は困ったように目を泳がせていて、ごめんなさいねと手を離した。

「じゃあ、とりあえず今週中には印刷まで終わらせましょう。んー、今日は時間も半端だから…明日から始めましょうか」
「わかりました。明日もこの時間でよろしいですか?」
「ええ、そうね。またここで待ち合わせしましょうか」

また腕時計で時間を確認すると翠璃はそう決めると智瑛莉に同意を求める。
了解と頷いた智瑛莉に紙を折りたたんで手渡す。

「はぁ、お昼休みってどうしてこんなに短いのかしら。授業時間と休み時間は比があわないわ」
「そうですね」
「智瑛莉ちゃんは次の授業なぁに?」
「数学だったと思います」
「5限の数学は眠くなるわね…頑張ってね」

ニコリと微笑む翠璃は教室に戻ろうとベンチから立ち上がる。
智瑛莉も釣られるように立ち上がるとなんだかいつもと感じの違う翠璃の違和感にやっと気づいた。

「わかりましたわ、私」
「え?何が?」
「翠璃さん、今日は口が悪くないですね」

は?と智瑛莉に首を傾げた翠璃は突然の発言に戸惑うもその言葉がどういう意図なのか聞きたくて智瑛莉の言葉を待った。

「翠璃さんって、紅茶の時はオレンジさんと口喧嘩して蒼さんや陽菜乃さんに止められて喧嘩しての繰り返しで…私その時の翠璃さんしか見たこと無かったから、普通にしている翠璃さんに驚いていますの」

なんの躊躇いもなく1個うえの先輩にそう言う智瑛莉に多少驚くも翠璃はすこし恥ずかしげに目を逸らす。

「何よそれ、私だって好きで口汚く喧嘩ばかりしてるわけないし、普通の美しい女子高生よ?…それに智瑛莉ちゃんこそ、紅音さんにしか興味無いと思ってたから普通に会話できるのにちょっとびっくり」
「まぁ、翠璃さんたら私の事そんなふうに思ってらしたの?」
「あら、それはお互い様でしょ?」

初めて知る互いの印象に目を合わせると自然とえみが零れた。
智瑛莉は橙子の前ではキツく口悪く言い争っている翠璃からは想像できなかったほどの優しい笑みを浮かべるのでその表情に驚き、翠璃も普段狂ったように紅音に愛をぶつける智瑛莉の幼くも可愛わしい微笑みに不意にときめいた。

「なんだか、智瑛莉ちゃんの知らないところが知れたわ」
「奇遇ですね、私もです」

ふふっとまた微笑み合うと予鈴がなった。

「残念、もう戻らないと」
「ではまた明日、ここで」
「えぇ、そうね」
「あ、翠璃さん」

翠璃は校舎に繋がる扉の方に足を向けると智瑛莉に呼びよめられて上半身だけで振り返る。
折りたたまれた紙をぎゅっと握りしめていた智瑛莉は紅音から貰ったリボンを揺らしながら翠璃の隣まで駆け寄り少し顔を見上げて笑顔を向ける。

「また、いっぱいお話しましょうね」

嬉しそうな笑顔で素直にそう言った目の前の智瑛莉に翠璃は面食らうもそんなことを気にしてなかった智瑛莉は失礼しますと頭を下げて先に中庭から出ていった。
あたかも恋人に別れ際不意にキスされてしまったかのような衝撃を受ける翠璃は智瑛莉の消えていった方に目をやりながらも、日に晒された顔が日焼けのせいか熱くなっていくのがわかりそれを隠すように手の甲で頬を覆う。
そんなこと言われるとは思ってもなかった翠璃はぶんぶんと頭を振ると授業に遅れないように智瑛莉と同じように校舎の中に入っていった。



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