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第2章 ダージリン・セカンドフラッシュ
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「ああっつい~ぃ!!」
「うるさいわね。ますます暑苦しいわ」
「えぇ。…でも、今日の日差しは一段と強いですね…」
腕を通している真っ白のセーラーワンピースの半袖を更にまくり上げて外気に晒す皮膚面積を増やす陽菜乃は妬ましそうに今日も懸命に輝く太陽を睨みつけてどうにもならないことにため息を漏らす。
あんなに毛嫌いしていた梅雨の分厚い雲さえも恋しくなるほどの強い日差しが続く7月に入ったある日の放課後、紅茶部の部員はいつものように部室に集まってアフタヌーンティーの準備を始める。
今日は真美子がダージリンのセカンドフラッシュをおやつに翠璃が撮影で行った隣県の名物バタークッキーを持ち寄りそれぞれをカップに注ぎ、テーブルに運び準備は進む。
「に、日本の夏もこんなに暑いんですねぇ…」
「こら、どこ触ってんのよ!!」
くすんだ赤色のリボンをしている智瑛莉は暑さに耐えかねて苦しそうにそう言うと隣に座る紅音のミニスカートから晒されている太ももに顔をぴったりとつける。
いつもの真っ赤なヘッドホンで音楽を聞いていた紅音は感触から智瑛莉の存在に気づくと、退きなさいとと言わんばかりに足を組むが智瑛莉は嫌ですぅと太ももに抱きついて色んな意味であつい二人の前の席で橙子が夏用で薄いスカートを下品に見えないように控えめにパタパタと動かしてスカートに隠されている太ももに風を送っていた。
その隣でジュンを抱きしめる蒼も水色のハンカチで顔をパタパタと扇いでいた。
「紅音さんほどスカートが短いと涼しそうですね」
太もものほとんどを晒している紅音の足を羨ましそうに見つめながら蒼は自分のスカートの長さにため息を漏らした。
「あら、蒼も短くすればいいじゃない。今なら校則なんてあってないようなものよ?」
「もう、ダメですわ紅音さん。蒼はこのスカート丈が似合うんですから」
「あはは、ありがとう橙子ちゃん」
「正規の長さでも短くしても、アンタみたいなブスには関係ないわね」
自分で持ってきたバタークッキーの包みを解いてテーブルに置き、蒼の隣に我が物顔で座る翠璃のスカートは合服の丈よりも3センチ程短くなってるように思えた。
「はぁ?うるさいわよ性格ブス!!いい?私はミニスカートだってロングスカートだって私の為に発明されたの?って言うくらい似合うわよ!!」
「まぁ、随分な自信だこと。そんなこと言ってて恥ずかしくなくて?」
「くっ、う、うぁ…あ、蒼ぃーぃ!!」
今日も変わらずに喧嘩を始める翠璃と橙子の間に挟まれた蒼に橙子は子供同士の喧嘩を静かに見守る母に泣きつく子供のような素振りを見せる。
「よしよし、橙子ちゃん。翠璃ちゃん、あんまり橙子ちゃんに意地悪言わないであげて」
「…はぁい」
優しく微笑む蒼にそう言われてしまえば翠璃は反論することも無く大人しく答えた。
蒼に見えない角度でざまぁと言うような表情を自分に向けた橙子に翠璃は、自分の雑誌で好評だった新商品のマスカラを施してある大きな瞳で睨み返した。
「ふふ、皆さん今日も仲が良くていいことですわ」
「まぁ、私たちが仲良しに見えまして?」
「喧嘩するほど仲がいいってなー」
部員たちの会話が微笑ましく思えた真美子が人数分のカップが乗った銀トレーを両手で持って、乗っているカップを色分けされたソーサーごと陽菜乃が該当する色の部員に配った。
「今日は…ダージリンですか?」
「ええ。ミルクティーにしても構いませんが、今がクオリティシーズンなのでそのまま香りと渋みを味わっていただけたらと思いますわ」
配られたカップの中身に目をやる蒼にトレーをもったまま真美子が微笑んで答えると蒼もジュンを膝の上に乗せてはぁい、と微笑み返した。
「ほーら、智瑛莉もそろそろ離れなさい」
「うぅ…私、今日のおやつはお姉様の太ももでいいですっ」
「智瑛莉ちゃんが暑さで頭がおかしくなった…!?」
ひんやりとして気持ちいいのか紅音の太ももから退こうとしない智瑛莉とその発言にに翠璃が驚く。
当の紅音はもはや何も思わなくなったのか涼しい顔で並べられるカラフルなソーサーを眺めていた。
「まぁ、そう言わずに…智瑛莉さん、翠璃さんが持ってきてくださったバタークッキーも召し上がってください」
人数分の紅茶を配り終えた真美子も自分の席に腰掛けると微笑んで智瑛莉に対応する。
陽菜乃では動かなかった智瑛莉も真美子にまで言われてしまえば、わかりました…と太ももを名残惜しそうに見つめてスっと離れた。
「では、皆さんお揃いのようですから…いただきましょうか」
「いただきます」
「いただきまーす」
真美子の合図で部員たちは挨拶とともにそれぞれカップを手に取る。
ふんわりと湯気のたったカップから漂うマスカットのような甘い香りを楽しんでから、飲みやすいよう冷ますために水面に息をふきかけると円形の波が打った。
「いい香り…」
「そうでしょう?…ふふ、味も良いんですのよ?」
猫舌の紅音は何度も冷まそうと息をふきかけ唇をつけるがまだ飲めていないので香りだけを楽しんでいた。
それぞれがある程度紅茶を味わうと翠璃の持ってきたバタークッキーに手が伸びる。
満月のようにほんのり黄色に染ったまん丸のクッキーは口元に持っていくだけでいい匂いがして、食欲をそそる。
「んー、美味しい…甘すぎないのがいい」
「バターがちょっとしょっぱいのもいいアクセントだね」
真っ先に食べた橙子の感想にその次に口をつけた蒼も賛同するように頷いてから自分の意見も述べた。
満足気な2人の表情を見ると持ってきた翠璃は安心したように微笑んでダージリンを口にした。
「あ、そう言えば、演劇部の子達が夏に合宿するから申請と手続きをお願いしてきたわ」
クッキーをもくもく食べていた陽菜乃があっ、と思い出した話を紅茶を飲もうとしていた真美子にする。
どの部活動も何かしらの申請や手続きをするためには部顧問と生徒会を通さなくてはならないのがこの学校の決まりだ。
会長の真美子はまぁ、そうでしたかとカップをソーサーに戻した。
「演劇部…?」
「あれ?智瑛莉ちゃんは知らないの?」
クッキーを口に含んだまま口元を抑えて首を傾げる智瑛莉に蒼が反応した。
「うちの演劇部はね…まぁ、紅茶部程ではないけどとても人気な部活なのよ」
「へぇ…なら大会とかにも出場なさってるんですか?」
「えぇ、去年出場されましたわ」
「私あれ見に行ったんですよ!!凄かったなぁ…金田さん」
「カネダサン…?演者さんですか?」
「そそ、今2年生だからその大会出た時は智瑛莉と同い年よ?それなのにあんなに堂々とした演技で凄い女優さんなの。それで去年初めてうちの学校は全国大会で最優秀賞とったの」
陽菜乃も去年の大会を観劇していたのか思い出しながら演劇部について語り最後は誇らしげに言う。
陽菜乃の発言に真美子も反論なく同意するように頷いた。
「新入部員も入ったみたいですから、今年も楽しみですわ」
そう言う真美子はバタークッキーを手に取って口に運んだ。
「でも、合宿っていいなぁ…ねぇ、真美子さん。紅茶部も合宿しません?」
バタークッキーのおかわりを頬張っていた橙子が目を輝かせて提案する。
「合宿…ですか?」
「いや、合宿とまでかっちりしたものではなくて…このメンバーで何泊かお泊まり会!!…みたいな?」
「わぁー、いいね。蒼さんせーい」
「蒼が行くなら、もちろん行く」
決定もしてないのに2年生は目を輝かせる。
「私パス。何泊も他人といたくない」
「お姉様が行かないのでしたら、私も行きません」
やっと冷めたダージリンを口にした紅音がそう言うと、少し残念そうにしょんぼりとした智瑛莉も渋々紅音と同意見を示した。
乗り気の2年生を目の前に3年生の陽菜乃もうーん、と考え込む素振りをする。
「皆さんでお泊まりするのは楽しそうですわね。…でも、私達3年生は受験がありますから…少し厳しいかも知れませんわね」
「えぇー…残念…」
会長に断られてしまうとガックリと肩を落として橙子は落胆する。
橙子ほどではないが蒼と翠璃と少し残念そうに思えた。
「だけどな、卒業する前にはこのメンツでどっか行きたいなー」
3年生の2人が乗り気でないのに陽菜乃だけは前向きな発言をする。
「へぇ、アナタがそんなこと言うなんて思わなかったわ」
「だって、受験受験って苦しむのやだし、二、三泊くらい息抜きしたいよぉ」
驚いたような表情をする紅音に少し照れたように笑って陽菜乃が答える。
すると先程厳しいと言っていた真美子もそれもそうだなと考え直す。
「息抜き程度でお泊まり会ですか…確かに魅力的に思えてきました…」
「そうですよね?真美子さん、いいじゃないですかぁ。お泊まり会しましょうよぉー!!」
「…ふふ、では3年生の夏期講習の日程と相談してまた後日改めてお話しましょうか」
子犬のように目を潤ませて懇願する橙子に押し負けた真美子は微笑んで軽く受け流す。
すると橙子はやったぁと喜びのあまり笑顔とガッツポーズをする。
「夏休みならやっぱり海かな?」
「そうね、山なんて虫しかいないもの」
「でも海はねぇ…日差し強いし潮風は髪の毛痛むのよね」
「確かに、私も日差しが強いのはちょっと…」
海に行きたい蒼と橙子に翠璃が渋る声を上げると真美子も自分の真っ白な頬を撫でて日焼けを心配した。
バタークッキーを気に入ったの小さな口でかもくもく食べていた紅音はカスのついた指先を舐めて紅茶を飲むと真美子を見る。
「アナタが中学の時に連れていってくれたとこなら私行きたい」
そう言われて真美子は記憶を遡って中学の夏休みに紅音と陽菜乃と行った別荘のことを思い出す。
海沿いにあり海岸が別荘の窓から良く見えて夕日が特に綺麗だった。
高台にある別荘から所有するビーチまでは少し距離があるが海も自然も楽しめる場所で真美子の父も年に数回は訪れる場所だった。
「あ、あの高台の?」
「確かに…私、お2人を夏休みにお誘いしましたわね」
「綺麗だったなぁー海。でも、紅音ビーチ行ったっけ?」
「行ってない。砂で汚れたくないもの」
「えぇー、いいなぁ…真美子さん私達も行ってみたいですぅ…」
3年生の話を聞いて羨ましそうにする橙子が真美子にお願いすると笑顔で返される。
「ふふ、私も皆さんにあの夕日を見せて差し上げたいのですが…白樺家の所有といえどお父様のものなので、聞いてみますわね」
「わぁ、ありがとうございます!!」
どうしてもお泊まり会がしたい橙子は嬉しそうに微笑むと水着を新調しないとと2年生で楽しそうにしている。
その様子を見た真美子は頭の中で大まかな日程と父にどうお願いするかをあらかた決めていた。
「でも、皆さんは夏休み何かご予定はありませんの?」
自分のとこの別荘に行くことがあらかた決まったはいいものの他に用事がないか気になり問いかける。
「大丈夫だよ、3年生なんて夏期講習ばっかじゃない」
「私は月の頭に3日ほど撮影があるくらいですかね」
「蒼はまだわかんないなぁ…」
「私は無理にでも開けますわ」
「私もお姉様が参加するなら、どこまでもついて行きますわ」
そう言って智瑛莉が隣に座る紅音に抱きついてむぎゅうっと頬を胸元に寄せる。
暑い暑い言っていたはずなのにくっついてくる智瑛莉に紅音は押されて苦しそうな表情をうかべた。
「たのしい夏休みの事を考えるのもいいけど、その前に期末試験ちゃんとしないと補習引っかかるわよー」
バタークッキーを一口で口に入れると咀嚼しながら飲み終えて自分のティーセットを銀トレーに乗せる。
"補習"という単語に部員の3名ほどの表情が一気に曇った。
「な、ななに言ってるんですか陽菜乃さんったらぁ…、ほ、補習なんて…私達には縁遠い存在ですわぁ」
「そ、そそそうですよ。へ、変な事言わないでくださいまし」
ねぇ、と喧嘩の絶えなかった2人は笑顔で互いを見合わせて殆ど空になっているカップに口をつけて同じように傾けた。
「あら?誰も橙子と翠璃の事なんて言ってないわよ?ねぇ、紅音?」
その話題に関わらないようにずっと顔を逸らした紅音に含み笑いをする陽菜乃が声をかけると余計なこと言うなと言わんばかりにきつく睨む。
「お姉様?もしかしてお勉強は不得意ですか?」
ニタニタ笑う陽菜乃の視線が紅音に向けられているのに気づいた智瑛莉は幼女のように大きく可愛らしいのにラメ入りの赤いシャドウがさされ鋭い瞳を見つめて首を傾げる。
問いかけられた紅音は智瑛莉を一瞥するがポーカーフェイスで何も言わなかった。
「この間終わったと思ったのにまたテストだなんて、学生は辛いなー」
蒼がしょんぼりとジュンを抱きしめてため息をついて陽菜乃と同じようにティーセットを銀トレーに乗せた。
真美子も最後のひと口を飲み干すと蒼の次に銀トレーに戻した。
「テストだなんて学生の内しか経験できないことですわ。それに、私達も上級生ですから少しばかりならお教えできますわ」
どんよりする2年生に真美子は優しく微笑みかけると1番近くにいる翠璃がその言葉に何かを懇願するように真美子を見つめ、それに続き橙子と真美子の方に顔を向ける。
「ホントですか真美子さん!?いいんですか?」
「え、えぇ…私でよければ構いませんわ」
「真美子さん、このブスよりも私にも教えてくださいまし!!」
「ちょっと翠璃!!私が先に声掛けたんだから抜けがけしないでよね!…って、ブスじゃないわよ!!」
「うるさいブス!!ねぇ、真美子さん私化学が全くダメですの。今度点数が悪いと私…あの教師に何されるか…」
「真美子さんっ、私は英語と数学が分かりませんっ!!」
そう必死そうに言う2人は真美子にすがりついて苦手教科を伝えるが、一気に言われる真美子もさすがに困惑の表情を浮かべて、わかりましたと苦笑いをこぼす。
「もー、あんた達真美子を困らせないの。真美子だって自分の勉強で忙しいのよ?」
「そうよ。私の事を見ないといけないんだから」
「それは自分でどうにかしなさい」
困った様子の真美子を見兼ねて陽菜乃が橙子と翠璃を引き剥がすと紅音もそれに便乗して口をだすが直ぐに陽菜乃につっこまれてムスッと頬を膨らます。
「そんなに私の事頼ってくださるなんて、ありがとうございます」
「ダメよ真美子、甘やかしちゃ」
「そうですわよ!!お姉様には私がいるじゃないですか!!」
智瑛莉が紅音の顔を両手で挟んで自分の方に向ける。
自分でなく真美子を真っ先に頼ったことが気に食わないようで不服そうに頬を膨らます。
「何言ってるのよ、後輩の貴方が3年生の内容教えられるわけないでしょう?」
「もぅ!お姉様こそ馬鹿にしないでください!!日本の高校生の内容ならもう向こうで修了しました!!」
「は?」
智瑛莉は左手を紅音の手に絡めて、もう少しでキスできそうな距離ほど顔を近づけて紅音の顎をつかみ顔を固定する。
紅音は驚きのあまり2回ほど瞬きをして長いまつ毛を揺らした。
「お姉様がきちんと理解できるまで私が手取り足取りお教えしますわ。…ですから、もうお姉様は私以外の人間に頼らないで下さい!!」
変に真剣な智瑛莉の必死さに流石の紅音も何も言い返せずばつが悪そうに目を伏せた。
「まぁとりあえず、みんな頑張りましょうってことで」
「うぅ、憂鬱ですぅ…」
パチンと手を叩いて場を締めた陽菜乃の言葉に蒼ははぁっとため息をついてジュンを抱えてソファに身を沈めた。
日が長くなってきた7月の空の太陽はゆっくりと沈みながら窓から部員の様子を覗いていた。
「うるさいわね。ますます暑苦しいわ」
「えぇ。…でも、今日の日差しは一段と強いですね…」
腕を通している真っ白のセーラーワンピースの半袖を更にまくり上げて外気に晒す皮膚面積を増やす陽菜乃は妬ましそうに今日も懸命に輝く太陽を睨みつけてどうにもならないことにため息を漏らす。
あんなに毛嫌いしていた梅雨の分厚い雲さえも恋しくなるほどの強い日差しが続く7月に入ったある日の放課後、紅茶部の部員はいつものように部室に集まってアフタヌーンティーの準備を始める。
今日は真美子がダージリンのセカンドフラッシュをおやつに翠璃が撮影で行った隣県の名物バタークッキーを持ち寄りそれぞれをカップに注ぎ、テーブルに運び準備は進む。
「に、日本の夏もこんなに暑いんですねぇ…」
「こら、どこ触ってんのよ!!」
くすんだ赤色のリボンをしている智瑛莉は暑さに耐えかねて苦しそうにそう言うと隣に座る紅音のミニスカートから晒されている太ももに顔をぴったりとつける。
いつもの真っ赤なヘッドホンで音楽を聞いていた紅音は感触から智瑛莉の存在に気づくと、退きなさいとと言わんばかりに足を組むが智瑛莉は嫌ですぅと太ももに抱きついて色んな意味であつい二人の前の席で橙子が夏用で薄いスカートを下品に見えないように控えめにパタパタと動かしてスカートに隠されている太ももに風を送っていた。
その隣でジュンを抱きしめる蒼も水色のハンカチで顔をパタパタと扇いでいた。
「紅音さんほどスカートが短いと涼しそうですね」
太もものほとんどを晒している紅音の足を羨ましそうに見つめながら蒼は自分のスカートの長さにため息を漏らした。
「あら、蒼も短くすればいいじゃない。今なら校則なんてあってないようなものよ?」
「もう、ダメですわ紅音さん。蒼はこのスカート丈が似合うんですから」
「あはは、ありがとう橙子ちゃん」
「正規の長さでも短くしても、アンタみたいなブスには関係ないわね」
自分で持ってきたバタークッキーの包みを解いてテーブルに置き、蒼の隣に我が物顔で座る翠璃のスカートは合服の丈よりも3センチ程短くなってるように思えた。
「はぁ?うるさいわよ性格ブス!!いい?私はミニスカートだってロングスカートだって私の為に発明されたの?って言うくらい似合うわよ!!」
「まぁ、随分な自信だこと。そんなこと言ってて恥ずかしくなくて?」
「くっ、う、うぁ…あ、蒼ぃーぃ!!」
今日も変わらずに喧嘩を始める翠璃と橙子の間に挟まれた蒼に橙子は子供同士の喧嘩を静かに見守る母に泣きつく子供のような素振りを見せる。
「よしよし、橙子ちゃん。翠璃ちゃん、あんまり橙子ちゃんに意地悪言わないであげて」
「…はぁい」
優しく微笑む蒼にそう言われてしまえば翠璃は反論することも無く大人しく答えた。
蒼に見えない角度でざまぁと言うような表情を自分に向けた橙子に翠璃は、自分の雑誌で好評だった新商品のマスカラを施してある大きな瞳で睨み返した。
「ふふ、皆さん今日も仲が良くていいことですわ」
「まぁ、私たちが仲良しに見えまして?」
「喧嘩するほど仲がいいってなー」
部員たちの会話が微笑ましく思えた真美子が人数分のカップが乗った銀トレーを両手で持って、乗っているカップを色分けされたソーサーごと陽菜乃が該当する色の部員に配った。
「今日は…ダージリンですか?」
「ええ。ミルクティーにしても構いませんが、今がクオリティシーズンなのでそのまま香りと渋みを味わっていただけたらと思いますわ」
配られたカップの中身に目をやる蒼にトレーをもったまま真美子が微笑んで答えると蒼もジュンを膝の上に乗せてはぁい、と微笑み返した。
「ほーら、智瑛莉もそろそろ離れなさい」
「うぅ…私、今日のおやつはお姉様の太ももでいいですっ」
「智瑛莉ちゃんが暑さで頭がおかしくなった…!?」
ひんやりとして気持ちいいのか紅音の太ももから退こうとしない智瑛莉とその発言にに翠璃が驚く。
当の紅音はもはや何も思わなくなったのか涼しい顔で並べられるカラフルなソーサーを眺めていた。
「まぁ、そう言わずに…智瑛莉さん、翠璃さんが持ってきてくださったバタークッキーも召し上がってください」
人数分の紅茶を配り終えた真美子も自分の席に腰掛けると微笑んで智瑛莉に対応する。
陽菜乃では動かなかった智瑛莉も真美子にまで言われてしまえば、わかりました…と太ももを名残惜しそうに見つめてスっと離れた。
「では、皆さんお揃いのようですから…いただきましょうか」
「いただきます」
「いただきまーす」
真美子の合図で部員たちは挨拶とともにそれぞれカップを手に取る。
ふんわりと湯気のたったカップから漂うマスカットのような甘い香りを楽しんでから、飲みやすいよう冷ますために水面に息をふきかけると円形の波が打った。
「いい香り…」
「そうでしょう?…ふふ、味も良いんですのよ?」
猫舌の紅音は何度も冷まそうと息をふきかけ唇をつけるがまだ飲めていないので香りだけを楽しんでいた。
それぞれがある程度紅茶を味わうと翠璃の持ってきたバタークッキーに手が伸びる。
満月のようにほんのり黄色に染ったまん丸のクッキーは口元に持っていくだけでいい匂いがして、食欲をそそる。
「んー、美味しい…甘すぎないのがいい」
「バターがちょっとしょっぱいのもいいアクセントだね」
真っ先に食べた橙子の感想にその次に口をつけた蒼も賛同するように頷いてから自分の意見も述べた。
満足気な2人の表情を見ると持ってきた翠璃は安心したように微笑んでダージリンを口にした。
「あ、そう言えば、演劇部の子達が夏に合宿するから申請と手続きをお願いしてきたわ」
クッキーをもくもく食べていた陽菜乃があっ、と思い出した話を紅茶を飲もうとしていた真美子にする。
どの部活動も何かしらの申請や手続きをするためには部顧問と生徒会を通さなくてはならないのがこの学校の決まりだ。
会長の真美子はまぁ、そうでしたかとカップをソーサーに戻した。
「演劇部…?」
「あれ?智瑛莉ちゃんは知らないの?」
クッキーを口に含んだまま口元を抑えて首を傾げる智瑛莉に蒼が反応した。
「うちの演劇部はね…まぁ、紅茶部程ではないけどとても人気な部活なのよ」
「へぇ…なら大会とかにも出場なさってるんですか?」
「えぇ、去年出場されましたわ」
「私あれ見に行ったんですよ!!凄かったなぁ…金田さん」
「カネダサン…?演者さんですか?」
「そそ、今2年生だからその大会出た時は智瑛莉と同い年よ?それなのにあんなに堂々とした演技で凄い女優さんなの。それで去年初めてうちの学校は全国大会で最優秀賞とったの」
陽菜乃も去年の大会を観劇していたのか思い出しながら演劇部について語り最後は誇らしげに言う。
陽菜乃の発言に真美子も反論なく同意するように頷いた。
「新入部員も入ったみたいですから、今年も楽しみですわ」
そう言う真美子はバタークッキーを手に取って口に運んだ。
「でも、合宿っていいなぁ…ねぇ、真美子さん。紅茶部も合宿しません?」
バタークッキーのおかわりを頬張っていた橙子が目を輝かせて提案する。
「合宿…ですか?」
「いや、合宿とまでかっちりしたものではなくて…このメンバーで何泊かお泊まり会!!…みたいな?」
「わぁー、いいね。蒼さんせーい」
「蒼が行くなら、もちろん行く」
決定もしてないのに2年生は目を輝かせる。
「私パス。何泊も他人といたくない」
「お姉様が行かないのでしたら、私も行きません」
やっと冷めたダージリンを口にした紅音がそう言うと、少し残念そうにしょんぼりとした智瑛莉も渋々紅音と同意見を示した。
乗り気の2年生を目の前に3年生の陽菜乃もうーん、と考え込む素振りをする。
「皆さんでお泊まりするのは楽しそうですわね。…でも、私達3年生は受験がありますから…少し厳しいかも知れませんわね」
「えぇー…残念…」
会長に断られてしまうとガックリと肩を落として橙子は落胆する。
橙子ほどではないが蒼と翠璃と少し残念そうに思えた。
「だけどな、卒業する前にはこのメンツでどっか行きたいなー」
3年生の2人が乗り気でないのに陽菜乃だけは前向きな発言をする。
「へぇ、アナタがそんなこと言うなんて思わなかったわ」
「だって、受験受験って苦しむのやだし、二、三泊くらい息抜きしたいよぉ」
驚いたような表情をする紅音に少し照れたように笑って陽菜乃が答える。
すると先程厳しいと言っていた真美子もそれもそうだなと考え直す。
「息抜き程度でお泊まり会ですか…確かに魅力的に思えてきました…」
「そうですよね?真美子さん、いいじゃないですかぁ。お泊まり会しましょうよぉー!!」
「…ふふ、では3年生の夏期講習の日程と相談してまた後日改めてお話しましょうか」
子犬のように目を潤ませて懇願する橙子に押し負けた真美子は微笑んで軽く受け流す。
すると橙子はやったぁと喜びのあまり笑顔とガッツポーズをする。
「夏休みならやっぱり海かな?」
「そうね、山なんて虫しかいないもの」
「でも海はねぇ…日差し強いし潮風は髪の毛痛むのよね」
「確かに、私も日差しが強いのはちょっと…」
海に行きたい蒼と橙子に翠璃が渋る声を上げると真美子も自分の真っ白な頬を撫でて日焼けを心配した。
バタークッキーを気に入ったの小さな口でかもくもく食べていた紅音はカスのついた指先を舐めて紅茶を飲むと真美子を見る。
「アナタが中学の時に連れていってくれたとこなら私行きたい」
そう言われて真美子は記憶を遡って中学の夏休みに紅音と陽菜乃と行った別荘のことを思い出す。
海沿いにあり海岸が別荘の窓から良く見えて夕日が特に綺麗だった。
高台にある別荘から所有するビーチまでは少し距離があるが海も自然も楽しめる場所で真美子の父も年に数回は訪れる場所だった。
「あ、あの高台の?」
「確かに…私、お2人を夏休みにお誘いしましたわね」
「綺麗だったなぁー海。でも、紅音ビーチ行ったっけ?」
「行ってない。砂で汚れたくないもの」
「えぇー、いいなぁ…真美子さん私達も行ってみたいですぅ…」
3年生の話を聞いて羨ましそうにする橙子が真美子にお願いすると笑顔で返される。
「ふふ、私も皆さんにあの夕日を見せて差し上げたいのですが…白樺家の所有といえどお父様のものなので、聞いてみますわね」
「わぁ、ありがとうございます!!」
どうしてもお泊まり会がしたい橙子は嬉しそうに微笑むと水着を新調しないとと2年生で楽しそうにしている。
その様子を見た真美子は頭の中で大まかな日程と父にどうお願いするかをあらかた決めていた。
「でも、皆さんは夏休み何かご予定はありませんの?」
自分のとこの別荘に行くことがあらかた決まったはいいものの他に用事がないか気になり問いかける。
「大丈夫だよ、3年生なんて夏期講習ばっかじゃない」
「私は月の頭に3日ほど撮影があるくらいですかね」
「蒼はまだわかんないなぁ…」
「私は無理にでも開けますわ」
「私もお姉様が参加するなら、どこまでもついて行きますわ」
そう言って智瑛莉が隣に座る紅音に抱きついてむぎゅうっと頬を胸元に寄せる。
暑い暑い言っていたはずなのにくっついてくる智瑛莉に紅音は押されて苦しそうな表情をうかべた。
「たのしい夏休みの事を考えるのもいいけど、その前に期末試験ちゃんとしないと補習引っかかるわよー」
バタークッキーを一口で口に入れると咀嚼しながら飲み終えて自分のティーセットを銀トレーに乗せる。
"補習"という単語に部員の3名ほどの表情が一気に曇った。
「な、ななに言ってるんですか陽菜乃さんったらぁ…、ほ、補習なんて…私達には縁遠い存在ですわぁ」
「そ、そそそうですよ。へ、変な事言わないでくださいまし」
ねぇ、と喧嘩の絶えなかった2人は笑顔で互いを見合わせて殆ど空になっているカップに口をつけて同じように傾けた。
「あら?誰も橙子と翠璃の事なんて言ってないわよ?ねぇ、紅音?」
その話題に関わらないようにずっと顔を逸らした紅音に含み笑いをする陽菜乃が声をかけると余計なこと言うなと言わんばかりにきつく睨む。
「お姉様?もしかしてお勉強は不得意ですか?」
ニタニタ笑う陽菜乃の視線が紅音に向けられているのに気づいた智瑛莉は幼女のように大きく可愛らしいのにラメ入りの赤いシャドウがさされ鋭い瞳を見つめて首を傾げる。
問いかけられた紅音は智瑛莉を一瞥するがポーカーフェイスで何も言わなかった。
「この間終わったと思ったのにまたテストだなんて、学生は辛いなー」
蒼がしょんぼりとジュンを抱きしめてため息をついて陽菜乃と同じようにティーセットを銀トレーに乗せた。
真美子も最後のひと口を飲み干すと蒼の次に銀トレーに戻した。
「テストだなんて学生の内しか経験できないことですわ。それに、私達も上級生ですから少しばかりならお教えできますわ」
どんよりする2年生に真美子は優しく微笑みかけると1番近くにいる翠璃がその言葉に何かを懇願するように真美子を見つめ、それに続き橙子と真美子の方に顔を向ける。
「ホントですか真美子さん!?いいんですか?」
「え、えぇ…私でよければ構いませんわ」
「真美子さん、このブスよりも私にも教えてくださいまし!!」
「ちょっと翠璃!!私が先に声掛けたんだから抜けがけしないでよね!…って、ブスじゃないわよ!!」
「うるさいブス!!ねぇ、真美子さん私化学が全くダメですの。今度点数が悪いと私…あの教師に何されるか…」
「真美子さんっ、私は英語と数学が分かりませんっ!!」
そう必死そうに言う2人は真美子にすがりついて苦手教科を伝えるが、一気に言われる真美子もさすがに困惑の表情を浮かべて、わかりましたと苦笑いをこぼす。
「もー、あんた達真美子を困らせないの。真美子だって自分の勉強で忙しいのよ?」
「そうよ。私の事を見ないといけないんだから」
「それは自分でどうにかしなさい」
困った様子の真美子を見兼ねて陽菜乃が橙子と翠璃を引き剥がすと紅音もそれに便乗して口をだすが直ぐに陽菜乃につっこまれてムスッと頬を膨らます。
「そんなに私の事頼ってくださるなんて、ありがとうございます」
「ダメよ真美子、甘やかしちゃ」
「そうですわよ!!お姉様には私がいるじゃないですか!!」
智瑛莉が紅音の顔を両手で挟んで自分の方に向ける。
自分でなく真美子を真っ先に頼ったことが気に食わないようで不服そうに頬を膨らます。
「何言ってるのよ、後輩の貴方が3年生の内容教えられるわけないでしょう?」
「もぅ!お姉様こそ馬鹿にしないでください!!日本の高校生の内容ならもう向こうで修了しました!!」
「は?」
智瑛莉は左手を紅音の手に絡めて、もう少しでキスできそうな距離ほど顔を近づけて紅音の顎をつかみ顔を固定する。
紅音は驚きのあまり2回ほど瞬きをして長いまつ毛を揺らした。
「お姉様がきちんと理解できるまで私が手取り足取りお教えしますわ。…ですから、もうお姉様は私以外の人間に頼らないで下さい!!」
変に真剣な智瑛莉の必死さに流石の紅音も何も言い返せずばつが悪そうに目を伏せた。
「まぁとりあえず、みんな頑張りましょうってことで」
「うぅ、憂鬱ですぅ…」
パチンと手を叩いて場を締めた陽菜乃の言葉に蒼ははぁっとため息をついてジュンを抱えてソファに身を沈めた。
日が長くなってきた7月の空の太陽はゆっくりと沈みながら窓から部員の様子を覗いていた。
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