午後の紅茶にくちづけを

TomonorI

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第1章 ディンブラ・ティー

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連れてこられたお店はイタリアンレストランかと思えるほどオシャレで小綺麗なお店の外観に橙子も翠璃も安心しきっていた。 
外観と同じく店内も黒を基調としてところどころ炎が燃え上がっているような壁紙が気になったが綺麗な内装でその中で、多くの若い女性が3人と同じようにランチを食べに来ていた。
しかしその女性達は美味しそうな匂いを漂わせる料理を口にする度に傷口をいたずらに傷つけられているかのように苦しそうな呻き声に近い吐息を漏らす。
橙子も数分前によく何も考えず自分が注文した四川麻婆豆腐をレンゲで1口掬ったまま手が体にこの料理を体内に取り入れることを拒むように動きを止めて、うぐぅ…と呻く。
震える体のままこの店に連れてきた張本人の蒼を橙子が見ると、目の前で紅音さえも好まないほど黒に近いような赤色の坦々麺を美味しそうに食べていた。

「…あれ?2人とも食べないの?」

もぐもぐと咀嚼しながら口に手を当てて喋りかける蒼はそれぞれ注文した料理を一口食べて以降手をつけようとしない橙子と翠璃を不思議そうに見つめる。
何を混ぜればこんなに赤くなるのだろうというのほど真っ赤なカレーを見つめながらそのカレーと同じくらい顔を真っ赤にさせる翠璃ははじめに貰うお冷を全部飲み干してぐったりと隣の橙子の肩にもたれかかる。

「もしかして…美味しくない?」

坦々麺のスープを飲んだ蒼は不安げに2人に問いかける。
橙子は苦笑いのまま首を横に振り、もう一度麻婆豆腐を口にしようと試みたが体が辞めろと叫んでいるようだった。

「ねぇ、蒼…」
「どうしたの翠璃ちゃん?…もしかして体調良くないの…?」

もたれかかっていた橙子の肩に手を置いてゆっくりと身を起こす翠璃は涙目で蒼を恐ろしいものを見るような畏怖の眼差しを向けて震える唇で続けた。

「蒼、本気…?…よくこんな激辛料理平気で食べられるわね…」

信じられないと言わんばかりに首を横に振った翠璃だったが、わざわざ来た飲食店で食べ物を残すのは自分の信念に反するらしくもう一度カレーをお米多めによそって、覚悟を決めたようにふぅっと深く息を履いて震える手でその口に運ぶ。
それを真横で見ていた橙子はその翠璃の男らしさに尊敬に近い感情をだいた。

「えー、どうして?こんなに美味しいのに」
「んん…んむぅ…」

翠璃の問いかけに首をかしげながら答える蒼は赤色の汁のついた唇をペロッと舐めて箸を止める。
その目の前で先程口に入れたカレーの傷害的な刺激に涙を浮かばせながら身悶えていた。
その様子を見た橙子は触発されたように自分の麻婆豆腐を豆腐多めに口に運ぶがやはり慣れない味に体は異変を感じとる。
咀嚼する度に柔らかい豆腐からするものとは思えないほどの突き刺すような痛みに近いものが口の中に広がる。

「ふ、ぃ…うぅ、からいぃ…」

橙子までも涙目で激辛麻婆豆腐に参った様子を見せるので蒼は申し訳なくなってきて悲しげに俯く。
黙々と食事を進める度に滲み出てくる汗を嫌そうに紙ナプキンで拭う翠璃は泣いているのかと思うほど鼻水をグズグズさせる。

「やっぱり…蒼、2人に無理させてるかな…」
「…へ?」

俯いたままの蒼が申し訳なさそうに変に震える2人を交互に見る。
その蒼の視線が橙子には不思議で応答の声を出すと口の中が痛かった。

「蒼は…ここのお料理好きだから…2人にも食べて欲しくて、3人で一緒に来れたの嬉しかったんだけど…」
「そ、そんなことないわよ蒼!!」
「そうよ、私はこのカレー美味しくて気に入ったわよ」

蒼を気遣うように声をかける橙子と安心させるように翠璃もカレーを口に運ぶ。
口の中の免疫に刺激物がくっつかないように飲み込んで食道に流し込むが半固形のカレーは存在感を知らしめるようにピリピリ刺激を与えながら胃の中にゆっくりと落ちていった。

「…もう、いいよ。2人とも…あんまり無理しないで」

自分をきづかってくれる2人に苦笑いを浮かべた蒼は残りの坦々麺に箸をつける。
それにつられるようにレンゲを動かして赤く染る豆腐を口に入れる。
刺激を与えられすぎた口の中ではもはや味も何も感じなかった。

「麻婆豆腐美味しい…絶妙な味付けで」
「このカレーだって美味しいわ…ほら、このチキンの味付け美味しいわ…」

味わっていることを伝えているのか自分に暗示かけてるのか咀嚼して飲み込んだらそれぞれの料理を見つめながら言葉にする。
火照る顔と体を冷やすためにお冷を飲んだら空になった。

「あ、そ、そうだ…ここで食べ終わったら、次はどうする?」

小休憩と言うように箸を止める橙子が2人に問いかける。
誰よりも激辛料理を難なく食べていた蒼だったが小さな口でゆっくりと食べていたので麺は多少伸びていた。
未だに湯気立つカレーを前に戦っていた翠璃も顔を上げてそうねぇ、と考える素振りを見せるが体の内側から異変が伝わってくるようで口元を抑える。

「私の行きたいとこ行って…蒼が来たかったここに来て…、アンタは行きたいとこないの?」

翠璃に問いかけられると、そうねぇ…と考える。

「…んー、ここを出るの2時過ぎでしょー?…半端な時間ね…」
「お買い物だったらできるよ?ほら、この辺お店いっぱいあるし」
「でも、ちょっと食後に動き回りたくないわー…」
「橙子ちゃんはしたい事ないの?」

そろそろお腹も膨れてきた翠璃は胃のあたりをさすりながらおかわりしたお冷を口にする。
何度も舐めた唇はせっかく綺麗に塗っていたリップが落ちていた。

「色々と欲しいものがあって、お買い物もしたいんだけど…。そうねぇ、今日は天気がいいからちょっと公園でゆっくりしない?」
「公園…?いいね、蒼はさんせーい」
「本気?こんなに日差しが強いのに」
「あら、何よ。だったらアンタだけずっと室内にでもいなさいよ。私は蒼と公園行くしー」
「はぁ?蒼が行くんだからついて行くに決まってるでしょ。アンタみたいなブスはともかく、蒼はこんなに可愛いんだから私がついてないとダメなんだから!!」
「はぁ?誰がブスよ!!アンタなんかいなくたって蒼は私が居れば十分ですぅー!!」
「自意識過剰もいいところよ、アンタみたいな温室育ちの箱入り娘に何が出来るっていうのよ」
「それはアンタだって同じじゃないの!」
「もぅ、ダメ!」

隣りの席同士でいつものように口きたなく言い争う2人の声に周りのお客さんが何事かとこちらを見るのを察した蒼は恥ずかしそうにやめるように2人を止める。
蒼とこちらを不思議そうに眺める周りのお客さんの視線に気づいた2人はハッと我に返ると2人してバツが悪そうに下を向いて黙る。

「今日も仲がいいのは嬉しいんだけど…ね?」
「ごめんなさい…」
「ごめん…」

叱られた子供のように大人しくなった橙子と翠璃は少しばかり残っていた料理を食べるが、刺激物で味覚をぶち壊された2人の口内は味は感じ取れず食感と温度だけで味わった。
蒼もやっと坦々麺と上に乗っていた野菜を食べ切ると紙ナプキンで唇を拭ってお冷を飲み干す。

「ふはぁ…美味しかったぁ…蒼、もうお腹いっぱい」
「ほ、本当ね…もう、今日は食べなくていいくらいよ」
「奇遇ね翠璃、私もそうかも…」
「ほんと?そう言ってもらえてよかったぁ」

2人からそう言われると笑顔で喜ぶ蒼はテーブルに置かれた伝票と自分のカバンから小さな水色の三つ折財布を手に取って1人でレジにお会計をしに向かった。 
橙子はお会計なら自分らも払うのにと引き留めようとしたが、体は思っているよりも激辛料理の後遺症に蝕まれていて動かなかった。

「ご馳走様でした」

翠璃は手の甲で額を軽く拭うと両手を合わせて礼儀良く食後の挨拶をすると鞄を抱えて帰り支度を始める。
橙子も同じようにご馳走様と手を合わせるて口元を拭ったり髪の毛を整えたりしているとお会計が終わったらしい蒼が三つ折財布を両手に笑顔で帰ってきた。

「蒼、ありがとう。代金大丈夫?」
「ん?いいのいいの、ご馳走したかったもん」
「ありがとう、蒼。ご馳走様」

財布をショルダーバッグにしまった蒼は笑顔で頷くとじゃあ行こっかと入口の方に向かう。
翠璃も立ち上がりショルダーバッグを肩にかけて蒼に続こうと歩き出すので、橙子も置いていかれないようにと立ちあがりついて行こうとすると体が思うように動かずにテーブルの足に左足が引っかかりガっ、と音を立てて躓きバランスを崩し倒れそうに体が傾く。

「あっ!!」
「…うっ」

転けそうになり思わず覚悟を決めて目をつぶる橙子だったが床にぶつかったような衝撃を受けた感じを体に感じなかったのでゆっくりと目を開けると白の総レースブラウスに顔を填めていた。

「…ったく、何してんのよ…。ホント、そそっかしい女」
「あ、み、どり…ごめん」

転けると前で立ち止まっていた翠璃の背中にぶつかって床に倒れなかったのは不幸中の幸いだろうと橙子は思いながら頭を下げて翠璃から離れようとする。
蒼は先に外に出て入口のドアを開けて2人を待っていた。

「無理してそんなヒールなんて履いてくるからよ」
「う、うるさいわね!!いいじゃない、私の勝手でしょ」

自分にぶつかってきた橙子に悪態をつく翠璃は呆れながら離れていこうとする橙子の二の腕をまた倒れないように支えよう掴んだ。
オレンジ色のトップス越しとはいえ少々むちっとしている二の腕を掴まれた橙子はあの翠璃からのこの行動に驚きと恥ずかしさで声が漏れた。

「な、何よ…?」
「べ、別にアンタの心配してる訳じゃないんだから!!お店の中でアンタみたいなのが大袈裟に床に転げたらお店側が迷惑するから…し、仕方なく支えてあげてるだけなんだから!!勘違いしないでよね!!」

まだ激辛料理の火照りが残っていたのかほんのりと頬を染める翠璃はふんっと橙子から顔を逸らすも二の腕の手は離さずに強引に店内から連れ出す。
橙子は驚きのあまり言い返すことも出来ずにされるがままに店を後にする。
蒼はそんなふたりが微笑ましく思えたのか嬉しそうに微笑んでいた。

「じゃあ次は橙子ちゃんが真ん中ね」

店を後にして通りに出たところでまだ二の腕を掴んでる翠璃と同じように橙子の反対側の手を繋ぐ。

「きゃー、これじゃあ私両手に花だわ」

蒼の言葉にいつものようにニコニコと笑みを浮かべる橙子はそう言って元気な太陽の日差しを浴びながらも次の目的地である公園の方へ足を向ける。
高くなってきた太陽からの日差しに翠璃はげんなりとしてあからさまに嫌な顔をする。

「辛いの食べたから代謝が良くなったのかな…ちょっと熱いね…」
「あっ、蒼、日焼け止め塗り直さないと」

火照る体を冷ますように顔を手で仰ぐ蒼にショルダーバッグから手のひら程の日焼け止めを取り出して手渡す。
ありがとうー、と受け取ると一旦橙子から手を離して露出している肌に垂らして一通りに塗る。

「ほら、アンタも塗っときなさい。日焼けしたらのちのち大変なんだから」
「そう。なら、そうする」

素直に聞き入れると蒼の後に翠璃の日焼け止めを手の甲に出して首筋と腕に塗った。
塗り終えたのでそのまま翠璃に返却しようとしたが険しい顔で見つめられ、キョトンと見つめ返すと翠璃は自分の手の甲に出した日焼け止めを中指にとると橙子の頬にすーっと塗った。

「ちょっと翠璃…!?」
「あなた馬鹿なの?顔だけ塗らないなんて何がしたいのよ」

と口ではいつものように憎まれ口を叩くが橙子の微かに施されたメイクを崩さないように丁寧な手つきで顔に塗ってやる。
翠璃は橙子の顔に満足がいくと自分にも同じようにすーっと日焼け止めを伸ばして直ぐに塗り終える。

「じゃあ、準備が出来たということで行きますかー」
「お、おー」

笑顔の蒼がそう言うと改めて公園に向かって歩きだす。
蒼は先程同様に橙子と手を繋ぐが翠璃は自分が掴んでいた二の腕をどうするべきか悩ましく見つめていた。

「翠璃」
「何?」

その視線に気づいた橙子は翠璃の名前を呼んで空いた左手を差し出す。
は?と言わんばかりの目で見られるが気にせず橙子は続ける。

「…そんなに繋ぎたそうに見つめられても困っちゃうわ」
「なっ、み、見てないわよアンタの二の腕なんて!!」
「え、に、二の腕!?ど、どこ見てんのよバカ!!」

思ってるものと違う返答が返ってくると思わず恥ずかしさから橙子は大きめな声を出してしまう。
違うわよ、と否定の言葉を言う前に翠璃の手は橙子に合意に掴まれる。
雑に握ったので爪が指の肉に軽く突き刺さる。

「もお、あんまり変なとこ見ないでよね」
「だから、見てないって言ってるでしょ?日本語も通じなくて?」
「ホント素直じゃないのね…可愛げ無い」

橙子は恥ずかしそうにふんっと顔を逸らす。
翠璃は言い返してやろうと思ったがふと蒼と目が合って可愛い笑顔を向けられたので汚い言葉を浴びせるのをやめて、仕方なく目的地である公園までは手を掴まれたまま大人しく歩いた。




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