午後の紅茶にくちづけを

TomonorI

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第1章 ディンブラ・ティー

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「っあー、終わったぁ!!」

テスト最終日、最終試験科目が終わり学校が午前中で終了した金曜日の午後、部活もない放課後に帰路についている陽菜乃は両手を上げて疲れきった体を癒すように伸びをする。
中身がほとんど入ってない学生鞄は軽々しく持ち上がった。

「疲れたぁ…無駄に長いからテストって好きじゃないのよね」

同じように筆箱くらいしか入っていない学生鞄を持った紅音が陽菜乃の2歩後で疲れきったようにため息を漏らして歩く。

「でももう終わりましたわ。わぁ、明日から何しましょう」

そんな紅音とは正反対にその隣を歩く真美子はキラキラと目を輝かせこれから始まる休日に何をするか楽しそうに考えはじめる。
そんな2人の様子を見た陽菜乃はその間に入って2人の肩を組む。
急に抱き寄せられた真美子も紅音も驚くが嫌な気分はしなかった。

「じゃあテストも終わったことだし…これから遊びに行くわよ!!」
「まぁ、私は賛成ですわ」
「イヤだ、私パス」

雑に肩を抱く陽菜乃は相変わらず子供のように無邪気な笑顔を浮かべていてそう提案すると真美子は笑顔で賛成するが、紅音は強い意志で拒否する。

「なんでよ、つれないなー」
「私、アンタ程暇じゃないの。…これから予定がいっぱいなの」

拒否する紅音に不服そうに唇を尖らせるが紅音は陽菜乃の腕から離れにぃっと冷ややかに笑う。

「あら、それならしかたないですわね」
「そうなのよ。ごめんなさいね真美子」
「いや、私には謝罪なしか」

真美子には一緒に遊びに行けないことを謝罪する紅音を陽菜乃は頭を軽く小突いてつっこむ。

「あなたね、そのすぐに人を殴る手癖治しなさいよ」
「あら、それは悪うございました」

小突かれた頭に手をやって陽菜乃を不服そうに見つめる紅音の頭を真美子がいたわるように撫でてやる。
陽菜乃には子猫が威嚇するようにキッと睨むが、真美子に頭を撫でられれば飼い慣らされた猫のように甘える。

「それほどご予定があるのでしたら早く行かれた方が宜しいのでは?…引き止めてしまった私達も私達ですが…」
「いいのよ、少しくらい遅刻したって許されるのよ。私なら」

そう真美子にニコッと微笑み答えるとじゃあ行くね、とヒラリと手を振って先に歩いていった。
真美子も紅音の後ろ姿に手を振って見えていないが見送った。
自分には懐かない猫に少し気を落としたように思える陽菜乃も自然とその背中に手を振った。

「では、私達も行きましょうか」
「そうね。あ、真美子はどこか行きたい?私、新しいトレーニングウェア買おうと思ってるだけど」
「私は特にありませんので、紫之宮さんの御用から済ませましょうか」
「りょーかいっ」

行き先と目的が決定すれば自然と2人の足は同じ方向に動き出す。
そのまま校舎の外に出ると太陽は真上から生徒たちを見下ろしていてその生徒たちは心地よい日差しに衣替えが始まる前の制服の長袖をまくり肌を外気に晒していた。
もう少し日数が進めば更に暑くなる季節に真美子はため息を漏らした。

「あっついなー…もう夏服でいいくらいよね」
「ふふっ、紫之宮さんは暑がりさんですね」
「ほんと、困ったもんよ」

そう言いながら手の甲でじんわりとかいた汗を拭いながら手のひらで陽の光を遮りせめても日陰を作る。
真美子はそんな陽菜乃の隣を歩いているとやはり周りの生徒たちの様々な意味の視線が気になった。

「どうかした?」
「…やはり、私達が2人でいると特異な目で見られますのね…」

周りの生徒の目線一つ一つを見つめ微笑みを返しながら隣の陽菜乃に不安そうにそう言うと陽菜乃はクスリと笑った。

「なら、変なのついでに手でも繋ぐ?」

冗談ぽく笑いながら陽菜乃はカバンを持ってない左手を差し出して二っと笑う。
真美子は突飛な提案に多少面食らうもその冗談に乗っかって、差し出された手にそっと右手をのせる。

「ちゃんとエスコートしてくださいますか?」

自分をからかうように冗談を言ってきた陽菜乃にそう冗談で返すと、陽菜乃はふふっと笑って任せろと言うように真美子の手をギュッと握り返す。
手が振り払われず握り返されるとどこか安心する自分がいることに気づいた真美子は言葉に表せないモヤっとした感情が現れた。

「当たり前じゃない。真美子に退屈させないよ」

男らしく自信ありげにそう言う陽菜乃だったが言い切ると照れたようにてへっと女の子らしい可愛げのある笑みを浮かべた。
その笑顔につられて真美子もくすっと笑う。
他の生徒たちもいる校門前にもかかわらずそこには2人だけの空間が出来上がっていて、誰もそれを壊したり邪魔しようとは考えられないほど美しい空間だった。
2人は手を繋いだまま校門を出ると陽菜乃が目的地とするスポーツ用品店が内在するデパートのある街の方に歩いていった。
息の詰まるようなテストが終わり、その開放感から真美子はご機嫌で普段よりも口数が増えた。

「…紫之宮さんは偉いですよね。毎日運動なさって」
「そう?いつもの事だから気にしたことないなぁ。真美子もする?」
「えっ私がですか?無理ですよ」
「そんな事ないよ。ちょっと体動かすのにもお気に入りのスポーツウェアだと気分上がってやる気出るの。あ、なら私ののついでに真美子もスポーツウェア買ったら?」

運動することに異常すぎるほどの拒絶をする真美子に体育の授業の真美子を思い出して心配する陽菜乃は軽い運動から勧める。
スポーツウェアの購入までも勧める陽菜乃に真美子はどうしようかと少し考える素振りを見せる。
目的地であるデパートの看板が見えるほどまで近づくが交差点の赤信号で停る。

「…そうですね。ならば紫之宮さんがお買い物してる時に考えます」
「そう?」

真美子の答えにそう返す陽菜乃は長袖をガサツに肘の辺りまでまくる。
しばらくすると信号は青にかわり止まっていた人の群れが一斉に動き出す。
気づけば増えている周りの人の数に真美子は驚きながらも陽菜乃に手を引かれ迷うことも無く目的のデパートに到着することが出来た。
中に入ると太陽の熱からは解放され弱冷房の風がひんやりと肌に触れて心地よかった。
陽菜乃は入って正面のエスカレーターではなく入口すぐ左のエレベーターの上ボタンを押した。
真美子も上の階数案内のパネルを見上げると陽菜乃の目指す店は8階建ての6階のようだった。
エレベーターは直ぐに降りてきて扉が開き、中の人達が出ていき空になったその箱に真美子と陽菜乃は乗った。
他に誰も乗あわせる人もおらず扉が閉まると2人きりになった。

「いやー、さすがにここは涼しいね」
「ええ、ホントですね…」
「あー、夏服が恋しい…」

陽菜乃がそう言うとエレベーターは6階に着いたようで扉が開かれる。
エレベーターの外に出るとその階の一角がスポーツ用品店で真美子は直ぐに陽菜乃に連れられてレディースものの場所に向かう。
見慣れない店内の辺りを物珍しそうにキョロキョロ見回す真美子にはおすすめのトレーニングウェアのコーディネートをされている真っ黒のマネキンが気になる様子だった。
陽菜乃はそんなことに気づきもせずにお目当てのスポーツウェアを肌触りや伸縮性など一つ一つ手にして選別し始めるので、それまで繋いでいた手は自然と解かれた。

「んー…」
「…」

辺りをキョロキョロしていた真美子だが陽菜乃が商品を選び出すと静かにそれに目をやる。
陽菜乃は真剣に商品を選んでは気に入ったものは手元に残していくが真美子にはその違いはさっぱりだった。

「真美子も見たいもの見ていいのよ?」
「そうですか。なら少し見てきてもよろしいですか?」
「うん、わかった」

真美子はそう言って頭を下げると陽菜乃とは別行動になった。
普段なら来ることのない縁遠いスポーツ用品店に初めて来た真美子は整頓された綺麗な店内を歩き回り色とりどりで多種多様なスポーツ用品を眺める。
店内をぐるっと回って店名が掲げてある正面入口付近にある真っ黒なマネキンが着ている新作のレディースものに目がいった。
白のサンバイザーと赤紫色のパーカーに白地に黒のライン入りのホットパンツに真っ黒のスパッツといういかにもという展示になぜだか気を引かれた。
そのマネキンを眺めながらもし自分がこれを着て走ったら…そう考えるも、具体的に想像できなかった。

「…」

しかし眺めているとふと陽菜乃がこれを着てジョギングしている構図が容易に想像できた。
清々しい夏の朝の木漏れ日の中、公園をストイックにジョギングする陽菜乃…、そんなことを想像していると自然とマネキンの下に積み上げられていた赤紫色のパーカーに手が伸びる。

「それ、今オススメなんですよ」
「きゃっ!?」

パーカーを手に取ろうとした瞬間に左後ろから声をかけられ、いきなりの事に驚き子犬の悲鳴のような声を上げる。
声のする方に目をやると青色の半袖のサッカーウェアを着たガタイのいい男性店員が営業用の笑顔で真美子に笑いかけていた。
優しく接客してきている店員に真美子はこの世の終わりのように顔を真っ青にする。

「こちら今シーズンからの新色で、デザインも前作品よりも機能性を重視していまして」
「あ、の…ご、ごめんなさい!!」

真美子が手にしていたパーカーの製品説明を始めた店員に申し訳なさを感じつつも体の異変を感じて口早に謝罪して逃げるようにその場から離れる。
店員は慌てふためく真美子の離れていく背中を不思議そうに見つめて近場の製品を整頓し始めた。
店員から逃れ辺りを見回して陽菜乃を見つけると安心を求めて駆け寄った。

「紫之宮さんっ…!!」
「うわっ、真美子!?何、何!?どうしたの?」
「私…もう、紫之宮さんから離れたくありませんっ…」
「はぁ?何言ってんのよ」

試着室の前で数着のトレーニングウェアを手にしていた陽菜乃は自分に泣きつくようにくっついてきた真美子の様子の異常さに驚き心配そうに優しく声をかけてやる。
真美子は思わず持ってきたパーカーをギュッと握りしめて陽菜乃の優しい声に少しづつ落ち着きを取り戻し始める。

「それ、試着でもする?」
「…え?」
「こっち」

自分の肩に顔を寄せる真美子の手を引いて4つ連なっている試着室の1番奥の個室に連れていく。
大人しくついてくる真美子を試着室に入れて陽菜乃はそのまま自分も入ってシャーっと薄黄色のカーテンをしめる。
1人がスポーツウェアを試着するのには十分の広さであったが女子高生が2人入るには少し狭かった。
陽菜乃は足元に持っていた商品をバサッとガサツに落として真美子に向き直る。
真美子はチラリと鏡で自分の顔を確認すると想像しえないほど今にも泣きそうな顔をしていて情けなく思えた。

「いい色のパーカーね。気に入ったの?」
「いえ、…思わずもってきてしまいました…」
「でも似合うと思うわよ?」

そう言って陽菜乃はパーカーを真美子の肩に掛けてやる。

「…で、どうしたの?変な人でもいた?」

真美子の肩に優しく触れて微笑みながら見つめる。
優しい眼差しに安心するとともに胸の奥がキュッと痛む感覚がして思わず胸元を抑えて首を横に振る。

「いえ、…いきなり、男性の方に声をかけられて…びっくりしてしまって…」
「へぇ、災難だったね」
「紫之宮さん…私…、申し訳ない事をしてしまいました…」
「そうだね、よしよし」

真美子は甘える子供のように陽菜乃の肩に額を乗せてもたれかかる。
陽菜乃は、はいはいと手馴れた様子で優しく抱き寄せると頭を撫でて落ち着くように慰めてやる。

「私、紫之宮さんのお買い物の邪魔をしてしまいましたね…申し訳ありません…」
「いいのよ、私はもう買いたいの見つけたから」
「…紫之宮さん…っありがとう、ございます…」
「もぉ、泣かないの…ね?」
「…はぃ」

真美子は陽菜乃に優しくされると素直に頷きやっと体を離す。
真っ赤になった目元を恥ずかしげに隠す真美子は外で待ってますと言い残して先に試着室から出ていった。

「…人の気も知らないで…」

1人残された試着室で離れた温もりを感じながら思わず口から出た言葉にまた心苦しくなりゆっくりと壁に持たれ天井を見上げる。
ものの数分まででいい気分で選んでいたスポーツウェアを試着する気分に離れなかった。



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