午後の紅茶にくちづけを

TomonorI

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第1章 ディンブラ・ティー

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「お姉様」

いつものように壁掛けの振り子時計が部活終了の合図になる時報を鳴らすと真美子と陽菜乃を残して他の部員たちは挨拶をして部室から出ていく。
今日という日もいつもと変わりなく紅音も2年生も智瑛莉も帰り支度を済ませて挨拶をすると部室を出ていくという特別変わった日ではなかった。
部室のドアが閉まると紅音は首にかけていた赤いヘッドホンをつけようと手を挙げたところで智瑛莉に呼び止められた。
2年生はその声には気づいてないみたいでさっさと仲良く喋りながら中央階段に向かって歩いていた。

「なに?」

無視する気もなければする理由もない紅音は智瑛莉に振り返る。
今日の智瑛莉はどこかおかしい、そう感じてしまうのはいつもの人懐っこい子犬のような笑顔を浮かべて自分にまとわりつかないからだと少し思った。
なにかを思い詰めたような智瑛莉は少し先にいる紅音の元にお嬢様らしく綺麗な姿勢でゆっくり歩み寄ればヒールを履いていても自分よりも背の低い紅音を見つめる。

「良ければご一緒に帰りませんか?」
「…ええ、別に断る理由はないわ」

紅音は智瑛莉の誘いにのるとついてこいと言わんばかりに背を向けて歩き出す。
どこまで一緒に帰るのか分からないがとりあえず校舎を出ることを紅音は考えていた。

「ありがとうございますお姉様。…ちょうどお話したいことがありまして」
「そう。でも変なことはパスよ」

智瑛莉は喜びながらそう言って紅音の2歩を後ろをついて行く。
紅音のヒールがゴツゴツなる足音が廊下に響いた。

「あのね、お姉様…」
「なに?」
「私…今日、人に呼ばれて遅れてしまいましたの」
「ええ、先程聞いたわ」

紅音は智瑛莉が投げる言葉に自分の言葉を投げ返すが1歳後ろをついてくる智瑛莉を振り返りはしなかった。

「実はねお姉様…私、その呼び出された方に、好きだと…言われましたの…」

下を俯いて思わず立ち止まる智瑛莉にさすがに紅音も立ち止まって振り返る。
しかしその表情は喜ぶわけでもなければ嫌悪感もなく焦りもなく、ただ智瑛莉の次の言葉を待っていた。

「それで?」
「その人とは今日初めてあったんです。正直、…そんな人から好きだと言われてもただ気持ち悪いだけでした」

智瑛莉は不安そうに自分の腕を撫でたり掴んだりしてそう言うが紅音は至って冷静に対応する。

「だからどうしたっていうのよ?」
「その時思いましたの…もしかしたらこの気持ちはお姉様も同じなのかなって…」
「…は?」

真意を捉えていない質問に紅音は首を傾げる。
智瑛莉は下唇を噛み締めて今にも泣きそうな気持ちを抑えこんでいるようだった。
めんどくさい事になりそうだなと感じながらも紅音は智瑛莉に、それで?ともう一度問いかける。

「今までも何度か告白されたことはあります…。ですが、今日断った時ふと気づいたんです…自分勝手な好意を押し付けられるのはすごく迷惑だと…」

そこまで智瑛莉が言い終わった時、部室から真美子と陽菜乃が出てくる音がして智瑛莉は思わず紅音の手を引いて近くの空き教室に入った。
いきなりに連れ込まれた誰もいない空き教室に入るやいなや廊下から離れるように教室の奥にまで連れていかれた。
灯りもついておらずカーテンも締め切られている薄暗い空き教室で紅音はため息を漏らすと智瑛莉に話の続きをするように促す。

「それで?あなたがしている事が今日された事と同じで私に迷惑なのか不安ってこと?」

腕を組んで締め切られた窓にもたれて暗くて表情がよく読み取れない智瑛莉を見ながら紅音は返答を待った。

「えぇ、そうです…正直、私は不安でしかないんです…」
「へぇ、珍しいわね。あなたが弱気なんて」
「そうさせてるのはお姉様ですわ!!」

智瑛莉は苛立ったようにそう声を荒らげると紅音が体を預ける窓に割れるのではないかというほど強く手をついて逃げられないようにする。
大きな音が身近でなったのにも関わらず眉ひとつ動かさない紅音は離れようと思い智瑛莉のセーラーカラーを掴もうと手を出したところ両手を押さえつけられる。

「こんなことして何がしたいの?」
「…ウチはな、…ただ、紅音ちゃんの気持ち知りたいだけねん…」

泣いているのか下を俯いたまま涙声の智瑛莉は気持ちが動転しすぎているのか、いつもの上品な口調が地元大阪の方言の関西弁になって続ける。

「ウチな…ホンマにチビん時から紅音ちゃんの事ばっかりを想っててん…。イギリスにおっても忘れたことなんてないし、返ってけぇへんエアメールもアホみたいにずっと送ってたんやで…」
「それは、あなたの勝手じゃない…」
「それに、ここでやっと紅音ちゃんにおおた時…ホンマに夢なんちゃうかなって程嬉しかってんで?…せやのに、紅音ちゃん…喜んでもくれへんし…うちの事好きも嫌いも…それどころかウチの名前すら呼んでくれへんやん…!!」

無意識か意識をしているのか智瑛莉の手に力が入り痛みを伴った。
しかし紅音は毅然として智瑛莉を真っ直ぐに見つめる。

「…っわかってんねん…、ホンマは。…紅音ちゃんはウチに興味無いことくらい…。せやけどな…ウチはホンマに紅音ちゃんの事好きやから…迷惑な話かもしらんけど…何よりも好きやねん…」

智瑛莉はずっと黙って自分の話を聞いているであろう紅音の左肩に自分の頭を乗せる。
紅音は智瑛莉の頭に目をやると確かに自分が昔あげた真っ赤なリボンが乗っていて鼻をすする度に揺れていた。

「この前…2年生達が紅音ちゃんに抱きついてた時…心ん中ではアイツらホンマ全員殺したろかおもたわ…」
「あなた意外と過激派ね」
「それくらい紅音ちゃんが本気で好きやねん、ホンマに…。せやけど…紅音ちゃんはそう思ってへんねんもんな…」

智瑛莉はぐすっと鼻をすすり、紅音は左肩にじんわりと熱を感じる。

「…ちょっと…」
「…ウチはホンマに紅音ちゃんが好きや、この世の何よりも好きなんや…。でもな、紅音ちゃんが迷惑に思ってんねやったら…もうこれ以上紅音ちゃんの人生に関わらへん」
「え?」
「ウチは…今後、どう頑張っても紅音ちゃんに対するこの想いは変られへんと思う…。せやけど、紅音ちゃんはウチと違う誰かを好きになることがあるやろ…?ほんならウチって存在はきっと紅音ちゃんの邪魔にしかならへんと思うねん…」

紅音の手を握る手が強くなり、紅音は少し傷みに顔をゆがめる。

「だから知りたいねん…、紅音ちゃんはうちの事…嫌いなん…?」

紅音の肩から顔を離すと赤くなった目で真っ直ぐに見つめる。

「…別にな、ウチが言うてるみたいに、好きとか…愛してるとか言って欲しいわけちゃうねん…ただ…ただな、紅音ちゃんに迷惑じゃないなら…ずっとそばに置いといて欲しいだけやねん…」
「…」
「ホンマに迷惑や思ってるんやったら今ウチの事ぶん殴って帰ってや。やないとウチ、これから紅音ちゃんのことどうするかわからへんよ…」

そう言う智瑛莉は掴んでいた紅音の手を離してゆっくりと2歩分ほど後ろに下がって距離をとる。
紅音は押さえられた手がどうにかなってないか確認すると智瑛莉を真っ直ぐに見た。

「あなた、ホントにずるいわね」
「ごめん…紅音ちゃんは優しいから、それに漬け込んでしもてるな…」
「…どう答えるのがこういう時はいいんでしょうね」
「…正直に答えて欲しい…」
「そう。なら、正直に答えるけど…覚悟はあるの?」

ほとんど表情も見えなくなった程暗い部屋で紅音が智瑛莉に真剣な口調で問いかけるので智瑛莉も震える肩で頷く。

「正直、あなたが私に対して抱いている感情は俗に言う恋愛感情ではないと思う。ただ…幼い妹が姉に憧れを持つような敬愛の感情を恋愛感情と履き違えてるのよ」
「ちゃうよ!!そんなんちゃう!!」

自分の気持ちを否定された智瑛莉は大きな瞳に今にもこぼれそうな涙を浮かべて紅音を見つめる。

「…それに時間も場所も考えずにスキンシップを取ってくるところはもう少し考えなさいと思う。…でもね、…今まで1度もあなたのことを迷惑だとも…ましてや、嫌いだなんて思ったことないわよ…」

紅音は腕を組んで顔を背けて小声になりながらもハッキリと伝える。
その言葉を聞いた智瑛莉はえっ、と面食らう。

「紅音、ちゃん…?」
「…ほらっ、私は正直に答えたわよ。これで満足かしら?」

どうしてだか自分の頬が熱くなるのを感じて手の甲で隠く紅音に智瑛莉はまた大粒の涙を流し嬉しそうに微笑んだ。
紅音は泣き出して止まらない智瑛莉に戸惑いながらも真っ赤なハンカチを差し出すが、それは受け取って貰えず智瑛莉にきつく抱きしめられる。

「ありがとう…紅音ちゃん…、ホンマにありがとう…」
「だ、だからっ…場所をっ…」

場所を考えろと言おうとしたが誰もいない薄暗い空き教室なので別にいいかと言葉をのみこんだ。
智瑛莉はひたすらありがとうと感謝を述べながら、一生離さないんじゃないかと思うほどキツく紅音の体を抱きしめるので、仕方なく泣き止ませるように腕を回して背中を撫でてやる。

「…でもな、紅音ちゃん…ウチはホンマに紅音ちゃんの事好きなんやで?敬愛もあるかもしらんけど…ホンマは今すぐここでめちゃくちゃに犯したいくらいやねんで?」
「なっ、ば、馬鹿なこと言わないで!!」
「でもせぇへん。やってウチ、紅音ちゃんのことホンマに好きやもん」

智瑛莉はそう言って紅音からゆっくりと離れる。
何度か指の関節で目元を拭うと顔を上げていつものような笑顔を浮かべる。

「…ありがとうございますお姉様。そう言って貰えただけで私は生きていけますわ」
「そ、そう…」
「これからは言われた通りに場所を考えます…でも、2人っきりになったら容赦しませんわよ?」
「2人にならなければいいのよ」

いつもの調子に戻った智瑛莉にどこか安心した笑みを浮かべる紅音はハンカチをしまうとじゃあ帰るわよと横をとおりすぎて空き教室のドアを開ける。
廊下には非常灯だけがあかりになって誰もいない廊下を照らしていた。
智瑛莉は、はいっ、と返事をすると自分よりも背の低い姉の後ろについて行き2人で仲良く歩き出した。





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