午後の紅茶にくちづけを

TomonorI

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第1章 ディンブラ・ティー

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「えらいものが始まったね」

隣接する給湯室で部員たちのティーセットをスポンジであらい布巾で水滴をぬぐい取る陽菜乃が綺麗に洗われたティーセットを部屋の食器棚にしまう真美子に呆れ気味に声をかけた。

「でも、思い出作りと思えばいいものだと思いません?」
「思い出ねぇ…」

全ての食器類を洗い終わった陽菜乃が濡れた自分の手をハンカチで拭きながらそう言うと真美子は陽菜乃に目をやる。
他の部員たちが帰って先程よりも明らかに静かになった部屋の中には真美子と陽菜乃が動いて揺れる制服のスカートが擦れる音とローファーが絨毯を踏む足音だけがする。

「紫之宮さんこそ、こういったものに参加なさるなんて意外でしたわ」
「だって、あの子達だけだと何し出すかわかんないじゃない」
「まぁ、紫之宮さんったらお母様みたいですわね」
「ははっ、子沢山でいい家庭だわ」

冗談を言い合って2人は笑い合う。
食器棚にティーセットを丁寧にしまうとふうっと息を漏らす。

「でも、好きな人って…どう作るのかしら…」
「そー、まずそこからなんだよね。…どうなんだろう」

考えたこともない問いに真美子は宙をぼんやりと見つめながら頭の中に疑問符を浮かべて無意識のうちにソファーに腰掛ける。
帰らないの?と言う陽菜乃の問いかけさえも聞こえていないようで、いつも姿勢のいい真美子は背もたれに身をあずける。

「…まーみこっ」
「きゃっ」

ぼんやりと考え事をしていた真美子の隣に陽菜乃が名前を呼んで座る。
いきなりで驚き声が無意識に溢れる。

「帰らないの?結構いい時間よ?」
「あぁ…、そうですね…」

陽菜乃に言われてはっと我にかえる真美子は微笑みながら答えると何か思いついたように陽菜乃を見つめる。
何?と陽菜乃は真美子の視線に疑問を持つ。

「紫之宮さん、少し後ろを向いてもらってもよろしいかしら?」
「え?何、急に」

突然の変なお願いに少し戸惑うも素直に受け入れ陽菜乃は変に緊張しながらも真美子に肩幅が広く筋肉質なのがコンプレックスな背中を向ける。
真美子は先程見た蒼の少女漫画のシーンの様に自分に向けられた陽菜乃の背中を優しく抱きしめた。
おもむろに背後から自分の胸元に手を回され背中にほんのりと暖かく柔らかい感触を感じる陽菜乃は戸惑い焦る。
少女漫画の男女と違い体格の似ている真美子と陽菜乃が抱き合うだけでは愛し合うよりもじゃれあっているという方がしっくりくるようだが真美子はそれだけで満足した。

「な、何よ真美子…どうしたの?」
「…あら、ときめきませんか?」

肩口から顔を覗かせて驚愕の表情を浮かべる陽菜乃の顔を真美子は上目遣いで見つめて問いかける。

「はぁ?…どうしたの?変なものでも食べたの?」
「智瑛莉さんのアップルパイをいただきました」
「じゃあ、熱でもある?」
「いえ、健康だと思います」
「なら、どうしたの?」

回された手を振り払おうとはせずに顔だけで振り返る陽菜乃は唐突に自分に抱きついてくる真美子を心配そうに見つめた。
真美子は自分が思っていた通りの少女漫画の女の子のような反応をしない陽菜乃に少し不満そうに答える。

「紫之宮さんは私がこう抱きしめても、あの少女漫画の様な反応はしてくれなんですのね」
「えぇ?何よそれ」

思いがけない真美子の発言に心配そうにしていた陽菜乃の表情は優しい笑い声と共にくしゃりとした笑顔に変わる。
そして小さい子供をあやす母親のように真美子の頭を優しく撫でた。

「もう…。紫之宮さんは私にはときめいてくれませんの?」

陽菜乃から手を離して残念そうに柄にもなく頬を膨らませ拗ねたような声を出す。

「なによ、子供みたいにして…はいはい、ときめいたときめいた」
「なんですかそれ。嘘ですわ」

拗ねた子供のようにそっぽを向く真美子の頬を猫を愛でるように撫でてガサツに笑う。
真美子は頭を撫でられると満更でもないようでその手に甘える。

「じゃあ逆に真美子は私にときめかないの?」
「え?」

真美子の頬に添えられた陽菜乃の手が耳を通り首筋を襟足を撫でて肩にかかるくらいの黒髪に手ぐしを通す。
少し冷たい陽菜乃の指先のくすぐったさに真美子は自然と反応してしまい反射的に体をひねらせ、思いもよらない陽菜乃の問いかけに自分でも驚くほどの間抜けな声を出しまった真美子は思わず口元を指先で隠す。
ちらりと陽菜乃の目を見ると真っ直ぐと真美子を見据えていた。
そしてゆっくりと髪を撫でた手で抱き寄せられて陽菜乃の胸元に真美子の体が収められる。

「どう?ときめく?」

冗談ぽく笑いながら真美子の頭上から問いかける。
陽菜乃の鎖骨あたりに頭を預ける真美子は大きめな膨らみを感じながら可笑しく笑う。

「ふふっ、私が男の人ならときめくのかも知れませんわね」
「はは、何よそれ」
「でも…なんだか暖かい気持ちになれます」

普段はクールビューティのレッテルを貼られ周囲の期待と評価を前にして自分の行動が制限されている真美子は長い付き合いの信頼している陽菜乃と誰も来ない部室で2人きりという状況で、人の目を気にせずに陽菜乃に甘えはじめた。

「…このまま眠れそうですもの」
「やだ、寝ないでよこんな所で」

珍しく冗談をいう真美子にすかさず突っ込む陽菜乃は苦笑いを浮かべぽんぽんと頭を軽く叩く。

「…ねぇ、真美子」
「は、い…?」

眠れそうと言いながらも眠る気も無く目をつぶった真美子の名前を呼びながら背中と後頭部にゆっくりと腕を回してしっかりと体を密着させ抱きしめる陽菜乃は真美子の耳元にわざとらしく自分の口元を近づける。
名前を呼ばれゆっくりと目を開けて返事をする真美子も陽菜乃と同じように背中に手を回して答えるも、信頼しているとはいえ顔の見えていない陽菜乃に何をされるのかと少し不安になる。
そのせいか気のせいか少し心拍数上がった真美子は落ち着くように無駄に辺りを見回し、瞬きの回数が増えた。

「真美子、好きだよ…」
「…っ…!?」

陽菜乃はわざとらしく熱っぽい吐息混じりに唇が触れるほど近い真美子の耳元で甘く囁く。
片方の耳が生暖かな吐息に当てられくすぐったく、さらに少し掠れた女子にしては低い陽菜乃の囁き声が耳を通って腰の部分に電流が走ったような味わったことの無い感覚に真美子の体が純粋に反応する。
何が起きたのかわからず落ち着きが無くなって、自分の両膝を擦り合わせる真美子は目を何度もぱちくりさせて変な感覚に見舞われた耳を庇うように頭を動かす。

「耳、赤くなってる…」
「あっ、やだ…っ」

赤く染まる耳を見た陽菜乃は自分の行為への反応が面白い真美子をさらにからかうようにふぅと対輪や対輪脚にわざと音を立てて息を吹きかける。
腰が砕けるような痺れる感覚に真美子は自然と声を漏らし足を擦り合わせ、陽菜乃から離れるように押し返して抵抗する。
味わったことの無い初めての感覚に体の奥底からどんどん表面に向かって熱くなる。

「し、紫之宮さん…だめっ」
「…ん?」
「なんだか、くすぐったいわ…」
「あ、ごめん…つい、面白くて」

肩を押された陽菜乃は真美子から離れるとごめんね、と頭を軽くなでる。
陽菜乃の温もりが離れて周りの涼しい空気に触れられると火照っている自分の体を冷ますように両手で風を送る。
手で風を送るもみるみると赤く熱くなる顔を見られまいと陽菜乃に背中を向ける。

「そんなに嫌だった?ごめんね?」
「い、いえ…違いますのよ…ただ、何か変で…」

変に脈打つ胸に手を添えて感じたことの無いふわふわとした不思議な感覚にみまわれる自分の体を不安に思い何度か深呼吸をする。
それでも収まらない鼓動が何よるものでどうして収まらないのか分からない真美子は困惑する。

「真美子…?どうかしたの?」
「…動悸が…私死ぬのかしら」
「え、大丈夫?」
「…わかりません…」

いつまでも自分に背を向ける真美子を心配しだした陽菜乃は肩を撫でて顔を覗いて確認する。
ほんのり色づいた真美子の頬の熱を感じとるように指の背で撫でる。
落ち着かない動機に怯える真美子は撫でられた指に縋るように陽菜乃を見つめる。

「もう、帰ろうか。家でゆっくり休みなよ、ね?」
「…えぇ」

頬を撫でて母親のように言う陽菜乃の提案に頷き同意する真美子はゆっくりと立ち上がって自分の学生カバンを手に取る。
陽菜乃は先に自分の荷物をとり扉を開けて真美子が出ていくのを待つ。
会釈をしてドアを開いて待っててくれている陽菜乃より先に出る真美子はドアを抜けたことで先程よりも落ち着いたようで深く息をつく。
自分の背後でガチャりと鍵を閉める音がして、もとは金色だっただ長いこと使って山吹茶色になったクラシカルな細い鍵を鞄にしまう陽菜乃が後を追う。
誰一人として生徒のいない廊下はしんと静まり返り傾いた薄紫色の雲を纏ったオレンジ色の夕日が窓の外から差し込み舞っている埃がキラキラと輝きを放つ。
その輝きに気づく頃には真美子の染まった頬もいつも通りの色白の肌に戻っていた。

「落ち着いた?」

隣を同じ歩幅で歩く陽菜乃が顔色を伺う。

「えぇ、お陰様で…」

微笑み答えるも先程の動悸がなんだったのか理解できない真美子は制服のスカーフを正すように胸元に手を当てる。
しかし何の解決にもならず3年生を示す紺色のスカーフをただ撫でる。

「でも、なんだったんでしょう…」
「何が?」
「先程の動悸…それに、何だか体が変に火照ってしまったりと…変な感じでしたの…」
「…それ、本気で言ってる?」

学生棟の生徒玄関に続く中央階段を降りていた真美子が数段先に降りている陽菜乃に純粋に疑問を告げると予想外の答えに驚きを隠せない陽菜乃が背後の真美子に振り向く。
陽菜乃の反応にさらに真美子は当惑し階段の踊り場に立ち止まる。

「私、なにかおかしな事言いました…?」
「真美子、それってさ…」

踊り場よりも2段下から真美子を見上げつつも自分の発言に恥ずかしさを感じながら目線外して心許ないのか手すりを掴む。
体の前に両手で持っていた鞄を右手に持ち左手で同じように手すりを掴む真美子は陽菜乃の答えの続きを聞くために同じ段まで降りる。

「…それって?」
「…それって、きっと…真美子が私に…」
「紫之宮さんに…?」
「ときめいてるって事なんじゃない?」

首を小さくかしげながら人差し指を立てて答える陽菜乃は本気なのか冗談なのかも分からないような笑みを浮かべ階段を降りていった。
ときめいている…?とどうにか理解しようと何度も復唱する真美子も同じように階段を降りて玄関を一緒に抜ける。

「じゃあ、私迎え来てるから。じゃあね」
「あ、ご機嫌麗しゅう紫之宮さん…」

自宅から専属ドライバーのお迎えが来ていた陽菜乃は真美子に笑顔で手を振って自分の家の車の方に駆けていった。
手を振ってお見送りをした真美子も学校の前で待っていた自分の家の車に乗り込み学校をあとにした。







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