予知夢を見るあなたの夢。

三月べに

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06 璃の秘密

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 一瞬にして階段下に現れるのは、あり得ることなの?
 瞬間移動したようにしか思えない。

「千夏、答えて。怪我はない? どこか打った?」
「……打ってないけど……」

 私は璃を見てから、もう一度階段上に立つ美女を見上げた。
 やっぱりこの距離を瞬間移動なんてあり得ない。
 美女はスキップするかのように、階段を駆け降りた。

「よかった……」

 息を吐く璃が、抱き締めてくる。それどころじゃない。

「このジュース、俺のために買ってきてくれたの? ありがとう」

 ジュースは私が握っているしフタもついていたから、零さずに済んだ。

「璃。千夏は無事?」

 魅惑な声が、私を呼ぶ。
 絶世の美女。なんで私の名前を口にするのか、わからなくて目を見開く。

「ハァイ。ステファニーよ」
「えっ……まさか……璃の姉のようなステファニー?」
「そうよ」

 頭に火が付いたように熱くなる。
 やだ。私ったら、璃が姉のように慕っているステファニーに嫉妬してしまったのか。その上、逃げ出して、無様に転げ落ちるところだった。私は璃の首元に、顔を埋める。

「どうしたの? くすぐったいな」
「降ろして、璃」
「うん」

 璃が私の足をゆっくりと放して立たせてくれた。

「初めまして。千夏です。ステファニーさん」

 赤い顔をしつつも、私はなんとか挨拶をする。

「ステファニーだけでいいわ。会えて嬉しい! 璃が待ち焦がれた人だもの……んーハグさせて!」
「はい、どうぞ」
「可愛いー!」

 ステファニーが、私を両腕で抱き締めた。甘い香りがする。これは香水だ。ブルネットの髪はしなやかでシャンプーの香りをさせていたけれど、腕はしっかりと私を締め付けた。強い力に、呻きそうになる。

「ステファニー、俺の恋人を放して」
「妬かないの」

 璃の声は、不満げ。ステファニーは、軽くあしらった。

「今日ステファニーが来るなんて聞いてなかった……」
「突然来たんだよ。いつも思い付きで来るものだから、ステファニーが来ることは予知夢で見れないんだよ」
「驚いた璃の顔を見たいなら、その日に決断して行動するのがコツよ」

 璃の呆れて肩を竦めると、その肩に腕を乗せてステファニーは笑う。ウインクもしてくれる。美女がやると、美しい動作だ。
「そうする」と見惚れてしまわないように返事をした。
 璃の予知夢能力は、当然のように知っているのか。家族のような人だものね。
 こうして見比べて見ると、どことなく似ている気がする。なんだろう。雰囲気だろうか。それとも同じ絶世の美人だから? ゾッとするほど美しい二人。

「璃。受け止めてくれてありがとう。でも……あんな一瞬でどうやって……?」

 追いかけていて私を階段上から引き戻したなら、理解出来る。でも階段下に璃は現れたのだ。
 璃が強張った。「それは……」と口を噤んでしまう。

「……ここで話すのもなんだし、璃の家に行きましょうよ」

 ステファニーがそう提案してきた。
 璃はしぶしぶといった様子で私の手を引いて、駐車場に足を運ばせる。
 璃の家につくまで、気まずい沈黙が降っていた。璃は運転しながら何かを考え込んでいる様子だし、後部座席のステファニーはそれを邪魔しないように息を潜めている。
 助手席の私は困惑して、黙り込んだ。
 璃の家は、想像通りのセキュリティーの高そうなマンションの一室だった。
 リビングとベッドルームがある2LDK。壁際にあるシックな黒革のソファーに私は座らせられた。璃は目の前に跪いて、私の手を握り締める。相変わらず、冷たかった。
 まるで璃が悪いことをしてしまって、私に許しを乞うみたい。
 それでも、璃は切り出せずにいた。美しい顔に浮かぶのは、戸惑い。不安。恐怖さえも見える。一体何が璃をそうさせているのか、私にはわからなかった。

「璃。言って」

 私は大丈夫だと言うように促す。
 でも緊張で、璃が彫刻のように固まってしまっている。効果はないようだ。

「言いなさい。いくら上手に隠せていても、いつかは話さなくてはいけなくなるのよ」

 キッチンのカウンター席に座るステファニーに口を開く。
 上手に隠せている? 璃が私に隠し事をしていたということ? 一体何を?
 璃がさらに強張ったのを感じた。辛そうにも見える。悲しげにも見えた。
 何を不安に思っているのかはわからないけれど、きっと隠していることを打ち明けた時の私の反応に怖がっているのだろう。私が離れていくことに、恐怖している。
 私が璃に惹かれているように、信じ難いけれども、璃も私に惹かれている事実を今なら信じられる。
 私を大事にしたいことも、私を手放したくないと思ってくれていることも、理解しているつもりだ。

「璃……」

 だから優しく呼びかけて、もう一度促した。

「……千夏……俺は……」

 勇気を振り絞って、璃がその形のいい唇から、魅惑な声を発する。
 でも続きは聞こえてこない。苦悩に苛まれているように眉間にシワが寄り、フルフルと首を左右に振ってしまった。

「明日……明日話すよ」

 璃はお願いだとすがり付くかのように言う。

「璃。予知夢を頼ってないで打ち明けなさいよ」

 ステファニーの言葉で、明日話すという意味がわかった。
 予知夢で、私の反応を確認しておきたいんだ。
 それほど私の反応が怖いのか。

「ステファニー……頼む、俺と千夏の問題なんだ」
「あなた達二人だけの問題じゃないわ。私だって他人じゃないんだから」
「頼むから!」
「あーはいはい」

 璃が声を上げるから、ステファニーは出て行ってしまった。
 ステファニーにも関係ある。そのヒントで答えに辿り着こうとしたけれども、ヒントが足りなかった。肩を竦めると、璃が私をじっと見つめて何を考えているのかと読もうとしてくる。

「璃……私、あなたが好きよ。とても……とても」
「千夏、俺も好きだよ」
「でも、あなたとステファニーが抱き合っている時、嫉妬して何もかも嘘だったなんて思ってしまったの。ごめんなさい」

 白状して、璃の手を撫でた。

「妬いてくれたのかい?」

 力なく璃は笑う。私も同じような笑みを浮かべて頷く。

「璃が信じられないくらい私を好きでいてくれていること、わかっているつもりよ」
「……うん」
「同じくらい私も好きだってことはわかって?」
「……千夏」

 だから信じて話してほしい。
 何を隠しているのか。璃が一瞬で私を助けられた理由。予知夢能力だって信じた私になら、どんなことだって打ち明けられるだろう。
 この世のものとは思えないほどの美しさ。そして、予知夢という普通の人間ではあり得ない能力。そして瞬間移動。
 いきなり、ある答えが浮上した。
「まさか……人間じゃない?」

 人外なのかと私が質問するなり、璃が凍り付く。
 それから少しして、ゴクリと息を飲んだ。
 私は的中させてしまったのだと知る。

「えっ……人間じゃないなら……何?」

 璃は何者なの?
 私が問うと、璃は一度項垂れる。

「ヴァンパイアだ」

 か細い声でそう聞こえた。
 顔を上げた璃は、決心したような強い眼差しで私を見つめて告げる。

「ーーーー俺はヴァンパイアだよ」

 ヴァンパイア。日本で言うと吸血鬼。
 美しくも恐ろしい血を啜る鬼。
 クラクラしてしまいそうな青い瞳を見つめてから、私は言葉を探す。
 璃が怖がるような反応をしないように心がけた。

「……証拠を、見せてくれる?」

 静かに聞けたが、璃はバッと手を放して私から離れる。

「危険だ。君を傷付けたくない」

 厳しい口調。警戒をしている。

「冷蔵庫を見てくれ。血液パックがある」
「……わかった」

 私は立ち上がって、キッチンに向かう。一人暮らしに丁度いいサイズの冷蔵庫を開いてみれば、一番上にいくつもの血液パックがあった。彼の食料。

「信じてくれた?」

 さっきと同じ場所に張り付いたかのように立っている璃は、私の反応を注意深く見ていた。

「信じる」

 私は頷いて答える。

「でも、なんで危険なの?」
「吸血鬼の姿を見せたら、歯止めが効かないかもしれない」
「璃が私を傷付けるわけない」
「傷付けたくない。でも……君の匂いに誘惑されて、噛み付いてしまうかもしれない」

 璃の目の前まで戻って、確認した。

「私の匂いで誘惑?」

 疑ってしまった声を出してしまうと、璃は呆れたように肩を竦める。

「好きな相手の匂いは格別なんだよ」

 逆ならわかるから、とにかく納得しておく。

「璃。自分を信じて。私を傷付けたりしないわ。お願いだから見せて」
「……」

 私が説得をすると、璃は瞳を揺らがせた。

「わかった」

 そう俯いて答える。
 璃はヴァンパイアの姿を私に見せた。


 
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