6 / 7
06 璃の秘密
しおりを挟む一瞬にして階段下に現れるのは、あり得ることなの?
瞬間移動したようにしか思えない。
「千夏、答えて。怪我はない? どこか打った?」
「……打ってないけど……」
私は璃を見てから、もう一度階段上に立つ美女を見上げた。
やっぱりこの距離を瞬間移動なんてあり得ない。
美女はスキップするかのように、階段を駆け降りた。
「よかった……」
息を吐く璃が、抱き締めてくる。それどころじゃない。
「このジュース、俺のために買ってきてくれたの? ありがとう」
ジュースは私が握っているしフタもついていたから、零さずに済んだ。
「璃。千夏は無事?」
魅惑な声が、私を呼ぶ。
絶世の美女。なんで私の名前を口にするのか、わからなくて目を見開く。
「ハァイ。ステファニーよ」
「えっ……まさか……璃の姉のようなステファニー?」
「そうよ」
頭に火が付いたように熱くなる。
やだ。私ったら、璃が姉のように慕っているステファニーに嫉妬してしまったのか。その上、逃げ出して、無様に転げ落ちるところだった。私は璃の首元に、顔を埋める。
「どうしたの? くすぐったいな」
「降ろして、璃」
「うん」
璃が私の足をゆっくりと放して立たせてくれた。
「初めまして。千夏です。ステファニーさん」
赤い顔をしつつも、私はなんとか挨拶をする。
「ステファニーだけでいいわ。会えて嬉しい! 璃が待ち焦がれた人だもの……んーハグさせて!」
「はい、どうぞ」
「可愛いー!」
ステファニーが、私を両腕で抱き締めた。甘い香りがする。これは香水だ。ブルネットの髪はしなやかでシャンプーの香りをさせていたけれど、腕はしっかりと私を締め付けた。強い力に、呻きそうになる。
「ステファニー、俺の恋人を放して」
「妬かないの」
璃の声は、不満げ。ステファニーは、軽くあしらった。
「今日ステファニーが来るなんて聞いてなかった……」
「突然来たんだよ。いつも思い付きで来るものだから、ステファニーが来ることは予知夢で見れないんだよ」
「驚いた璃の顔を見たいなら、その日に決断して行動するのがコツよ」
璃の呆れて肩を竦めると、その肩に腕を乗せてステファニーは笑う。ウインクもしてくれる。美女がやると、美しい動作だ。
「そうする」と見惚れてしまわないように返事をした。
璃の予知夢能力は、当然のように知っているのか。家族のような人だものね。
こうして見比べて見ると、どことなく似ている気がする。なんだろう。雰囲気だろうか。それとも同じ絶世の美人だから? ゾッとするほど美しい二人。
「璃。受け止めてくれてありがとう。でも……あんな一瞬でどうやって……?」
追いかけていて私を階段上から引き戻したなら、理解出来る。でも階段下に璃は現れたのだ。
璃が強張った。「それは……」と口を噤んでしまう。
「……ここで話すのもなんだし、璃の家に行きましょうよ」
ステファニーがそう提案してきた。
璃はしぶしぶといった様子で私の手を引いて、駐車場に足を運ばせる。
璃の家につくまで、気まずい沈黙が降っていた。璃は運転しながら何かを考え込んでいる様子だし、後部座席のステファニーはそれを邪魔しないように息を潜めている。
助手席の私は困惑して、黙り込んだ。
璃の家は、想像通りのセキュリティーの高そうなマンションの一室だった。
リビングとベッドルームがある2LDK。壁際にあるシックな黒革のソファーに私は座らせられた。璃は目の前に跪いて、私の手を握り締める。相変わらず、冷たかった。
まるで璃が悪いことをしてしまって、私に許しを乞うみたい。
それでも、璃は切り出せずにいた。美しい顔に浮かぶのは、戸惑い。不安。恐怖さえも見える。一体何が璃をそうさせているのか、私にはわからなかった。
「璃。言って」
私は大丈夫だと言うように促す。
でも緊張で、璃が彫刻のように固まってしまっている。効果はないようだ。
「言いなさい。いくら上手に隠せていても、いつかは話さなくてはいけなくなるのよ」
キッチンのカウンター席に座るステファニーに口を開く。
上手に隠せている? 璃が私に隠し事をしていたということ? 一体何を?
璃がさらに強張ったのを感じた。辛そうにも見える。悲しげにも見えた。
何を不安に思っているのかはわからないけれど、きっと隠していることを打ち明けた時の私の反応に怖がっているのだろう。私が離れていくことに、恐怖している。
私が璃に惹かれているように、信じ難いけれども、璃も私に惹かれている事実を今なら信じられる。
私を大事にしたいことも、私を手放したくないと思ってくれていることも、理解しているつもりだ。
「璃……」
だから優しく呼びかけて、もう一度促した。
「……千夏……俺は……」
勇気を振り絞って、璃がその形のいい唇から、魅惑な声を発する。
でも続きは聞こえてこない。苦悩に苛まれているように眉間にシワが寄り、フルフルと首を左右に振ってしまった。
「明日……明日話すよ」
璃はお願いだとすがり付くかのように言う。
「璃。予知夢を頼ってないで打ち明けなさいよ」
ステファニーの言葉で、明日話すという意味がわかった。
予知夢で、私の反応を確認しておきたいんだ。
それほど私の反応が怖いのか。
「ステファニー……頼む、俺と千夏の問題なんだ」
「あなた達二人だけの問題じゃないわ。私だって他人じゃないんだから」
「頼むから!」
「あーはいはい」
璃が声を上げるから、ステファニーは出て行ってしまった。
ステファニーにも関係ある。そのヒントで答えに辿り着こうとしたけれども、ヒントが足りなかった。肩を竦めると、璃が私をじっと見つめて何を考えているのかと読もうとしてくる。
「璃……私、あなたが好きよ。とても……とても」
「千夏、俺も好きだよ」
「でも、あなたとステファニーが抱き合っている時、嫉妬して何もかも嘘だったなんて思ってしまったの。ごめんなさい」
白状して、璃の手を撫でた。
「妬いてくれたのかい?」
力なく璃は笑う。私も同じような笑みを浮かべて頷く。
「璃が信じられないくらい私を好きでいてくれていること、わかっているつもりよ」
「……うん」
「同じくらい私も好きだってことはわかって?」
「……千夏」
だから信じて話してほしい。
何を隠しているのか。璃が一瞬で私を助けられた理由。予知夢能力だって信じた私になら、どんなことだって打ち明けられるだろう。
この世のものとは思えないほどの美しさ。そして、予知夢という普通の人間ではあり得ない能力。そして瞬間移動。
いきなり、ある答えが浮上した。
「まさか……人間じゃない?」
人外なのかと私が質問するなり、璃が凍り付く。
それから少しして、ゴクリと息を飲んだ。
私は的中させてしまったのだと知る。
「えっ……人間じゃないなら……何?」
璃は何者なの?
私が問うと、璃は一度項垂れる。
「ヴァンパイアだ」
か細い声でそう聞こえた。
顔を上げた璃は、決心したような強い眼差しで私を見つめて告げる。
「ーーーー俺はヴァンパイアだよ」
ヴァンパイア。日本で言うと吸血鬼。
美しくも恐ろしい血を啜る鬼。
クラクラしてしまいそうな青い瞳を見つめてから、私は言葉を探す。
璃が怖がるような反応をしないように心がけた。
「……証拠を、見せてくれる?」
静かに聞けたが、璃はバッと手を放して私から離れる。
「危険だ。君を傷付けたくない」
厳しい口調。警戒をしている。
「冷蔵庫を見てくれ。血液パックがある」
「……わかった」
私は立ち上がって、キッチンに向かう。一人暮らしに丁度いいサイズの冷蔵庫を開いてみれば、一番上にいくつもの血液パックがあった。彼の食料。
「信じてくれた?」
さっきと同じ場所に張り付いたかのように立っている璃は、私の反応を注意深く見ていた。
「信じる」
私は頷いて答える。
「でも、なんで危険なの?」
「吸血鬼の姿を見せたら、歯止めが効かないかもしれない」
「璃が私を傷付けるわけない」
「傷付けたくない。でも……君の匂いに誘惑されて、噛み付いてしまうかもしれない」
璃の目の前まで戻って、確認した。
「私の匂いで誘惑?」
疑ってしまった声を出してしまうと、璃は呆れたように肩を竦める。
「好きな相手の匂いは格別なんだよ」
逆ならわかるから、とにかく納得しておく。
「璃。自分を信じて。私を傷付けたりしないわ。お願いだから見せて」
「……」
私が説得をすると、璃は瞳を揺らがせた。
「わかった」
そう俯いて答える。
璃はヴァンパイアの姿を私に見せた。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
予知姫と年下婚約者
チャーコ
恋愛
未来予知の夢、予知夢を視る女の子のお話です。下がってしまった未来予知の的中率を上げる為、五歳年下の美少年と婚約します。
本編と特別編の間に、番外編の別視点を入れました。また「予知姫と年下婚約者 小話集」も閑話として投稿しました。そちらをお読みいただきますと、他の視点からお話がわかると思いますので、どうぞよろしくお願いします。
※他サイトにも掲載しています。
※表紙絵はあっきコタロウさんに描いていただきました。

ノクティルカの深淵 ーThe Abyss of Noctilucaー
ねむたん
恋愛
純血の吸血鬼ヴァレリオと、彼に命を救われ眷属となった少女セラフィーナ。長過ぎる生に疲れ孤独を抱えていたヴァレリオは、セラフィーナの存在に救いを見出すが、彼の愛は執着へと形を変え、彼女を手放すことを許さない。
一方、セラフィーナもまた彼の重い愛情を「自分が必要とされる証」として受け入れ、彼のそばで生きることに幸福を見出している。だがふたりの生活は穏やかで美しく見える一方で、危ういバランスの上に成り立っていた。
永遠に続くかのような日常の中で、深い森と洋館が静かに見守るふたり。

離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる