予知夢を見るあなたの夢。

三月べに

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04 宿泊デート

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 夢の国、マウスランドに向かう車の中で、私はとあるCDを見付けてしまった。

「え、買ったの?」

 それはこの前話していたアニメの主題歌のCDが山積みだ。今時CDで買うなんて。

「これなら行き帰りは退屈しないだろう? 君の歌声も聴けるかもしれないしね」

 璃はニヤリと笑った。

「もう、呆れちゃう! 一体どれだけお金を使ったの?」
「千夏。まだ百万も使い切ってないよ」

 やれやれといった風に返す璃。それをやりたいのは私の方だ。

「百万は寄付しましょう」
「君がそう望むのなら」

 快く承諾してくれた。
 もっと他に使い道はないのだろうか。

「……そう言えば、璃はどんなところに住んでるの?」
「マンションだよ」

 この車だ。結構セキュリティーが高いマンションに住んでいそう。

「引っ越しとかは考えていないの?」

 宝クジで当てたお金を引っ越しに使えばいい。

「今のままで満足しているし、もしも引っ越すなら……」

 チラリ、と青い瞳が私に向けられた。

「まぁ、とりあえずCDを聴こうよ。好きなものから入れて」

 何を言いかけたのだろうか。まさか同棲の話? それは気が早い。
 言われるがままにCDを見た。本当に私の話をよく聞いていたようで、ちょっと昔の初期のアニメ主題歌のCDまである。懐かしいので、それらから流すことにした。
 黙って聴いていたかったけれど、懐かしさのあまり口ずさむ。
 ほとんど私が歌ってしまい、璃は楽しげにチラチラと視線を寄越してきた。
 全部のCDを流して二週目に入ると、ようやく到着。
 まずはホテルにチェックイン。
 手配は全て璃がやってしまったので、スイートに案内された時は心底驚いた。とても綺麗な部屋だ。広くて洗練されていて美しい。暖かな色のブラウン基調の部屋と家具、深いグリーンの椅子。海外に来てしまった気分。二人の部屋なんて、贅沢すぎる気もした。ところどころにトレードマークのマウスがいる。
 奥の寝室にはキングサイズのベッドには枕が二つ並べてあって、胸がきゅうっと締め付けられた。あまりジロジロ見ているのはだめだから、私はマウスランドが見回せる窓を覗くことにする。絶景だった。

「素敵っ!」
「千夏が喜んでくれて嬉しい」

 荷物を運んでくれたボーイに璃はチップを渡していたものだから、密かに驚く。ボーイも戸惑いつつも、受け取った。日本にはそんな習慣ないと思っていたけれど、普通にやるものなのかしら。

「璃は喜んでいないの?」
「俺は君さえ喜んでくれればいいんだ」

 あまりこういうのには心が揺さぶられないのだろうか。
 まぁ、カルフォニアにも行ったというし、璃には慣れっこなのだろう。

「ランドに来たのは、私が行きたいって言ったから?」
「君と来たかったから、来たんだよ。さぁ、行こう?」

 私が弱い幼げで眩しい笑顔を向けて、璃は私の手を引いた。
 宿泊客は特別に十五分前にランドに入れる。平日でも行列が出来ている中、私は黒いパーカーを着た璃に手をしっかり握られて進んだ。ランドに足を踏み入れたら、空いている隙に記念撮影をした。
 浮かれていたけれど、撮った写真を見てげんなりしてしまう。
 あまりにも私と璃が釣り合わない事実がそこに映ってあって、私はサングラスを買ってもらい、なんとかそれで誤魔化した。
 でも私はアトラクション好きだったため、機嫌はすぐに治ってしまう。
 人気のジェットコースターに振り回されている間も、璃は私の手を放さなかった。握り合っては、笑い合う。

「たっのしい!!」

 私は弾けた。年相応ではないことは自覚している。
 璃に笑いかけて、ちょっと後悔する。少しは大人らしく、すまし顔をするべきだったかも。

「楽しんでいる君、最高に可愛い」

 君に夢中だよ、と言わんばかりの璃の瞳が見つめてきて、そして口付けをしてきた。

「来て、本当によかった」

 そう微笑んだ璃に、私は顔を真っ赤にしてしまう。
 私にメロメロだっていう態度、嬉しいと同時に恥ずかしい。

「もっと楽しもう?」

 璃はアトラクションよりも、私の反応の方が楽しいようだ。
 それでも手を引かれるがまま、満喫をした。

「どうして言ってくれなったの? ジェットコースターが大好きだって」
「だって訊かれなかったもの」

 遊び終えてくたびれた私達は、しめに夜のパレードを見る。
 人盛りが少し落ち着いても、ちょっと互いの話し声が掻き消えそう。
 そんな中で会話をして、それからレストランで食事をして、ホテルに戻る。

「先シャワー浴びて来ていいよ」
「うんー」

 お言葉に甘えて荷物を抱えて、先にバスルームに入った。
 さぁ、ここからが本番だ。緊張が頂点に達してしまいそうな私は、いそいそと身体を磨いた。念入りに洗っては、ブロアバスのバスタブに浸かる。疲れが癒えるようだった。はぁーと深く息を吐く。
 楽しかった。恋人と過ごすって、本当に楽しい。
 いやこれからもっと恋人らしいことをするのだ。
 緩みかけた気を引き締めて、バスタブから出た。
 念入りに拭き取ったあとは、例のベビードールを着る。その上に短パンとパジャマに着替えて、髪をドライヤーで乾かした。緊張のあまり吐きそうだ。でもバスルームから出た。
 ドキドキと心臓は高鳴って、うるさいくらい。

「シャワー終わったよ。次どうぞ」
「うん、ありがとう」

 椅子に腰掛けていた璃は、すれ違いざまにちゅっと頬にキスをして、バスルームに向かった。
 ちょっと緊張がほぐれる。キングサイズのベッドに横たわって、今日の写真を見てみる。璃の携帯電話で撮った私の写真が送られていた。うわ。すっごく私笑っている。無邪気な笑み。璃は写真を撮るのも上手だ。それをSNSに投稿して、イケメンの恋人もついでのように自慢する。
 終えたら、深呼吸。すると自然に瞼が重くなって閉じた。少しの間、眠ってしまったようだ。
 ベッドが軋んで揺れたことで、目が覚めた。

「あ、起こした? ごめん」
「ううん、いいの」

 隣にはシルクのパジャマを着た璃が横たわる。鮮やかな青だ。
 私の眠気は、吹き飛ぶ。私は璃と向き合った。そして見つめ合う。
 璃は口元に微笑みを浮かべて、そっと私の髪を指で撫で付けた。

「ねぇ、知ってた? 今日は俺達が出逢ってちょうど一月になるんだよ」
「え、そうなの……」

 知らなかったと目を瞬く。
 普通は女性の方が記念日を覚えるというのだけれど、私は他人の誕生日を覚えるのも不得意なのだ。名前と顔を覚えるのも不得意。他人に関心がないせいかしら。

「だからね?」

 璃はコツンと額を重ねて、私の瞳を覗き込む。

「こうして君とベッドにいるから……とても、抱きたいとは思っているんだよ」

 抱きたい。その言葉を聞いて身体が火照る。
 でも不穏な会話の流れだ。

「でもまだ出逢って間もないから……今回は添い寝でいいかい? そういう関係になるまでにもっと互いのことを知ろう」
「……」

 本当に、紳士的だと思う。
 それではワガママが言えない。期待いっぱいで来たのにって。
 ちょっと恥ずかしい。ううん、すごく。自分ばかり期待していたなんて。
 でも思慮深くて優しい人だと、私はもっと彼が好きになってしまった。

「うん。ありがとう、璃」
「待って、キスさせて」

 すがりつこうとしたら、待ったをかけられる。
 そのままキスすればいいじゃないかと思っていれば、璃が覆い被さるように上にきた。そして、私の唇を啄ばむようにキスをする。
 次第に深くなっていくキス。初めてだったなんて嘘だと思うくらい、うっとりとしてしまう。とても優しい口付けは、じわりと火照りをぶり返す。
 無意識に握った彼の髪は僅かに湿っていて、ひんやりとしている。それに気持ちがいいほど触り心地はよかった。

「うん」

 唇を離した璃は満足げに頷く。自分のキスに満点をあげたみたい。その通り、満点です。

「おやすみ、千夏」
「おやすみ、璃」

 仕上げに、私の額に口付けをした。
 私だってしてあげると、上半身を起こして璃の額に口付けを落とす。
 くすぐられたみたいな笑みを溢す璃。

「あなたって冷たい」

 私は寄り添って思ったことを言った。

「君はとてもあつい」

 璃が言い返す。
 冷え性なのかしら、とその時はその程度にしか思わなくて、心地がいいのでぴったりとくっ付く。細身なのに、がっしりとした身体にドキマギしつつも、疲れであっさりと眠りに落ちた。


 
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