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03 買い物
しおりを挟むまずは買い物から始まった。
キャリーバックがなかったからだ。ポロッと漏らしただけで、璃は「買いに行こう」と提案した。可愛いショッキングピンクのキャリーバックを買ってもらう。そこまではよかったのだ。
「服も買っていこうよ」
なんて無邪気に笑いかけられて、私は拒めなかった。
拒まなかったことを後悔することになる。
璃がどんどん私に試着させて「気に入った?」と反応を確かめてから即購入したのだ。
「いくらなんでも私に使いすぎじゃない!?」
私は思わず声を上げてしまった。
「えー、でも、君に似合うし、飽きるほどお金があるし」
「あ、ありがとう……貯金、そう貯金でもしたら?」
「大丈夫。十分あるから」
そう柔らかく微笑んで、次の試着服を渡される。
璃のセンスは良かった。非の打ち所がない。欠点はないのか。
試着した服を着ながら、鏡に映るむくれた女性と睨めっこをする。
確かに飽きるほどの大金だが、それを私にほぼ注ぎ込まれてはたまったものではない。よし、反撃に出よう。私に璃ほどのセンスがあるかは自信がないが、私も璃の服を選ばせてもらおう。
「璃」
「次は靴だ」
にっこりと笑顔の璃に、今度は靴屋さんに連れて行かれた。
「さっきの服に、この靴が合う」
「えっと、どの服のこと?」
「赤いチェックのスカートだよ」
多すぎて覚えていない。床に置かれた服の紙袋の山を見て、気が遠くなってしまう。また試しに履いてみるのだけれど、私は「遊園地に履いていくにはヒールが高過ぎるわ」と買うことを諦めさせようとした。
「でも似合う。買って損はない」と強い口調は諦めないと返す。
買うのね。だったら、私は璃の靴だって選んでやろう。
そう思ったのだけれど、今履いている璃のブーツはブランドっぽい。いやブランドとかわからないけれども、高そうな赤みの強い素材のブーツだ。
だったらこの店で一番高そうな靴を突き付けてやる。あれ。そうじゃないわ、私。一番高くて璃に似合いそうな靴を選ぼう。
「それはメンズだよ」
なんて璃がくつくつと笑う。わかってるわ、と膨れっ面をする。
どうしたのかとメンズコーナーの前に立っている私の顔を覗き込む璃。嬉々としている表情だ。子どもみたい。そんなところも魅力的だ。どうしようもないくらい魅了されてしまっている。
「……これ、履いてみて」
そんな青い眼差しを見つめ返して、一足押し付けた。
「うん」
目を一際輝かせて、試しに履いてくれる。私も渡されたシューズを履いた。このシューズなら、ワンピースにも合いそうだ。
「気に入った。あ、これも合いそうだ」
璃は私が選んだものを喜んで買うらしい。それからサンダルを差し出した。ヒールがないから、長い間歩いても大丈夫そうだ。花のモチーフが可愛い。
「うん、これがいい」
私はこれ一択にしたかったけれど、璃は他の靴も買ってしまう。
「他の階も見よう」
「ねぇ、持って帰れないよ。こんなにたくさん」
今更だけれども、それらを持って電車で帰るのは苦労しそうだ。
紙袋の山を見て、苦笑いが零れ落ちた。
「大丈夫。今日は車で送って帰るよ」
「あ、車だったの?」
「言ってなかった?」
紙袋を腕で持つ璃は、ケロッとしている。重くないのだろうか。
車か。どんな運転するのか、気になる。想像は、安全運転だ。運転には素が表れるというから、帰りが楽しみになった。
手を引かれて歩いて行くと、下着の店に目が留まる。ああ、下着も買いたい。勝負下着をね。でも璃の目の前で選ぶのは、気後れしてしまう。
目を背けたけれども、璃とカチッと目が合った。
「見たい?」
私は首を左右に振ったのだけれど、璃は手を引いて店に入る。
ああっ、下着のお店に連れて行かれてしまった。
「選んで。待ってるよ」
「……うん」
唸るように頷く。流石にこればっかりは選んで試着させることはしないみたい。
男性は女性の買い物を待つことを苦に思う人がほとんどだ。待たせないように、さっと選ぶ。
この店の下着好き。新作で可愛くかつセクシーな赤い下着を手にする。それからピンクのものと、黒いものを選んでそれをカウンターに持っていった。
すると璃も来て、お金を支払ってくれる。
これが君の趣味か、って見られたかも。やっぱり改めて買おう。勝負下着とやらを。でも璃の好みを聞くのも悪くないのかも。いや今度の機会にしようか。
他の階でも、目に留まった服を手当たり次第といった感じに購入された。
とうとう璃が持てないほどの数になる。私も紙袋を抱えた。璃はなんだかそれが申し訳ないようだ。一緒に車を停めているという駐車場に向かった。
璃が開いたドアの車は、赤いものだ。
「これ、まさか、ポルシェ?」
車にそれほど詳しくない私でも知っている。
「うん、ポルシェ911」
「わぁ……かっこいい」
「ありがとう。愛車なんだ」
荷物を後部座席に置いたあと、私の目の前に来て助手席のドアを開けてくれた。紳士だ。私が座るとドアを軽く閉めてくれた。
車内はとても綺麗で、いい匂いがする。璃の匂いだ。優しくて甘い。
落ち着く。シートベルトをして、それを握っていれば璃が乗り込んだ。
「そうだ、千夏」
ハンドルに片腕を置くと璃は、笑いかけた。
「キスしてもいいかい?」
キスだって? 私は目を瞬かせて、固まってしまう。
「だめ?」
なんて上目遣いで尋ねる璃。
私は久しぶりに赤面した。
「いい、よ」
絞り出した声は、思った以上に弱々しい。
待ってました、と目を輝かせる璃が身を乗り出した。
璃の大きくて綺麗な右手が首筋を這って頬に添えられる。私はギュッと目を閉じた。きっと唇にされる。そう確信していた。
そっと唇に触れる。押し当てられたそれは、璃の唇だろう。思ったよりは柔らかくないけれど、しっとりとして私の唇に吸い付いた。
離れていくのとほぼ同時に瞼を上げる。満足げな璃の顔が見れた。
「私……その、初めて……」
真っ赤になったまま私はそう呟くように白状する。
すると声を上げてしまいそうな笑みで璃も言う。
「俺も初めて」
嘘だ。と心の中で噛み付いた。こんなにも上手にリードしているのに、初めてなんて信じられない。絶対に女性慣れしている。でも璃がそんな嘘を付くわけないと、信じるしかなかった。
「嬉しい」
そう一言、私の目を見つめて告げるとゆっくりとポルシェを発進させる。
気になっていた璃の運転は、最高点をあげたいほどだった。
安全運転をしてくれるし、揺れをほとんど感じないほどだ。そのうち歩き疲れたせいでうとうとしてしまいそうだったけれど、璃が好きな音楽の話をして気を紛らわせようとした。ラジオでよく聴く歌を気にいることが多いのだという。
私は好きなマンガのアニメ化した主題歌なんかをカラオケでよく歌うと話したら、璃は食い付いた。
「ぜひ歌ってみせて」
「やだ、恥ずかしい」
「えー。カラオケには行ったことがないな」
「じゃあ今度行こう」
約束をしている間に私の住んでいる家に到着。
一軒家の前には、継父の白い車が停まっていない。まだ仕事から帰っていないようだ。
「ご両親に挨拶してもいい?」
ギョッとした。ご両親に挨拶だって?
母親はちょっと面倒な反応をしそう。大喜びでパーティーでも開きそう。継父の方は私を愛してくれていて、彼氏作るなよ! とまで言ってくる人だ。
マウスランドの宿泊だって、璃と行くとは言っていない。女友だちと行くとばかり思っているのだ。実際私は「友だちが宝クジ当てたから連れてってもらうことになった」と言った。
「あー……いたら、ね」
そう璃に答えて、私は心の中で祈る。母親もいませんように。
手分けしてーーと言っても大半が璃が持ったーー荷物を持って玄関から中に入る。いつもなら途端に飼っている犬達が吠えてもいい頃なのに、今日はしんっと静まり返っていた。
「璃は犬平気?」
「え。……俺は平気だけれど」
珍しく璃の顔が曇る。疑問に思いつつ、大きなリビングルームのドアを開いた。
やった。母もいない。
トイプードル二匹と雑種が一匹。計三匹は、おすわりした状態で固まっていた。私はクローゼットの前に袋を置いて、璃の腕から他の紙袋を取る。
「大人しい……どうしたの?」
客人がくると吠えたり構ってと言わんばかりに飛びつくのに、今日はピクリともしない。
「俺……動物に好かれないんだ」
苦笑いを零して璃は、荷物を床に置いた。
え、動物にはモテないの? その美貌は動物も虜にしそうなのに。
「人懐こいのに」
私は一回り小さなトイプードルを抱き上げた。そのまま璃に渡そうとしたけれど、嫌がるようにもがく。一番甘えん坊で人懐こいのに、ここまで拒否反応をするなんて驚きだ。
「いいよ。ご両親との挨拶はまた今度。俺は帰るね」
「あ、うん。送ってくれてありがとう。それに服とか色々、ありがとう」
「君のためなら」
私は玄関を出て、見送ることにした。
すると玄関前で振り返った璃が、私の頭を両手で包み、ちゅっと口付けをする。私はフリーズしてしまった。
「今日も楽しかった。ありがとう。千夏」
そう言い残して、真っ赤なポルシェで走り去る。
私は夢心地になって、家の中に戻った。床に置かれた紙袋の山を見て、両親が帰って来る前に片付けなくては、と目が覚める。急いで取り掛かった。
翌日は、勝負下着を買おうと出掛ける。
間違いなく、璃の好きな色は赤だ。私も赤が好き。
だから赤い下着を買う。とってもセクシーで可愛いやつ。流石に透けるものや布が少なすぎるタイプのセクシーさは着こなせない。というか恥ずかしい。無理。
上品さのある赤のベビードールが目に入って、私は一目で気に入った。
それを購入。それから他の店で夏用のパジャマも買った。淡いピンクでシルク素材。よし、夜の戦闘服はこれでバッチリね。
たくさん買ってもらった服の中から、厳選した服を綺麗に畳んでキャリーバックに詰めた。
そして当日。爽快な青空だった。真っ赤なポルシェで迎えに来てくれた璃は、黒い薄手のパーカーを着て、サングラスをかけていたものだから、まさにお忍びの俳優さんに見えてしまう。
「日焼け対策?」
「うん。すぐ赤くなっちゃうんだ」
言われてみれば、晴れの日はいつも薄手のカーディガンを着ていたりしていたな。色白で目の色も明るいのだ。日焼け対策は必要ね。
答えると璃はキャリーバックを私の手から取って、後部座席に置いた。それから私を見るためなのかサングラスを外す。青い瞳。私はこよなくこの瞳を好いてしまっているのだと自覚した。
「今日も可愛いね」
そう唇に口付けてくれる。
照れて唇を噛み締める私は、また真っ赤になっているに違いない。
「さぁ、行こう。夢の国へ」
助手席のドアを開いてくれた。
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