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05 魔物が襲撃した!

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 探した結果、友だちはいない。クラスメイトは何人かいたけど。
 校内にいたのは、異変に気付かずに、近辺から登校してきた生徒達だ。
 不思議と食料があった。食堂からと、近くのコンビニから拝借したらしい。
 けれども、それもあっという間になくなるだろう。

「それ、スライムじゃん」
「ペットにした」

 ショルダーバックに乗せたゼイに気付かれても、そう返した。
 なでなでして、ペットアピール。

「レベルいくつ?」
「私のレベルは10だけど?」
「まじで!? すげー!」

 ほとんど男子生徒がこぞって集まってきて、自分のレベルを自慢してくる。
 高くてレベル5らしい。
 ゲーム慣れしているからなのか、順応力の高さのおかげなのか。
 あるいは、両方だろう。
 よくよく見れば、運動部の生徒ばかりだ。手には、部活に使っているバットやラケットがある。部室から取ったのか、または自分のものなのか。
 運動能力を生かし、この世界をなんとか生き抜いているようだ。

「何を倒したの?」
「コンビニの前に、ゴブリンみたいなのがいたから、フルボッコ!」
「楽勝だったよな?」

 ゴブリン。スライム同様に低級な魔物だろう。

「それから仲間の復讐なのか、学校にゴブリンみたいなのが襲撃したから、皆で倒したんだぜ」

 ケラケラと男子生徒達は笑う。
 なんだかいつも通りって感じだ。教室でくだらないお喋りをしていると同じ。駅ビルのいた人々と違ってどんよりしていないから、なんか微笑ましい。楽しんだもの勝ちよね。
 こうなった世界を楽しもうと思った私は、ちょっと罪悪感的なものを感じてしまったけれども、人それぞれだと思い直す。

「多分、コブリンだな。ゴブリンの方が知能があるし温厚な性格だから、レベル5やそこらの子どもにやられる前に逃げ出すからな」

 ゴブリンじゃないとゼイは指摘した。
 そんなゼイの声も、私にしか聞こえていないようだ。

「そうだ、黒巣だっけ? 屋上行ってみろよ。街の様子がよくわかるぜ」

 誰かが、そう言い出した。
 確かに聳え立っているこの学校の屋上ならば、一望出来る。
 私は一度、非常階段に出た。それを上がって行けば、屋上に繋がるドアに行き着く。普段は鍵がかかっていて立ち入り禁止になっている屋上だけど、誰かが鍵を見付けて開けたらしい。ドアノブを捻れば、開いた。
 屋上に入るのは、初めてだ。
 四階からでも一望は出来たけど、屋上は格別。
 なんて思ったのも束の間だ。
 建物がひしめくように建ち並ぶ街には、ところどころ煙が上がっていた。
 火事でも起きたのか。もう鎮火したらしく、煙は白い。
 学校裏の住宅地が酷い有様だ。建物は崩れてしまっている。
 そして、観たことないようなほどの大きな大きな木が立っていた。
 駅ビルに匹敵するほどの高い木は、中山道の向こう側に一本ある。

「ゼイ、あの大きすぎる木、知ってる?」
「精霊樹じゃないのか?」
「精霊樹?」

 私は目を丸くして、ゼイを見下ろした。
 ひょいっとヘリに飛び乗ったゼイは、確認して頷く。

「あれは精霊樹だ。ミズナの世界にはないものなのか。木々や草花の命の源だな、簡単に言うと」
「へー……」
「小学校だっけ? そこにあったぞ」
「まじか」

 通っていた小学校に精霊樹が生えてるんだって。

「見たところ、遥か遠くにもいくつかあるわね」
「各地にあるものだからな。精霊樹のないところ、草も生えない」
「草」
「?」

 笑えるって言いたかったけど、説明が面倒だからやめておいた。

「精霊がいるの?」
「精霊が宿っているって言い伝えはあるが……実際見たことないな。興味あるなら、見に行くか?」
「うん、行こう」
「友だち探しはいいのか?」
「家知らないから探しに行けないや……」
「そうか。まぁ行くか」

 次の目的地が決まる。友だちにも会えないと半ば諦めているが、それは言わないでおこうか。
 駅ビルに人がたくさんいることは伝えたし、私は高校を出ようと思った。

「おい、魔物だぞ! ミズナ!」

 ゼイをショルダーバックに戻そうとしたけれど、ぶるんと震え上がって叫んだ。
 確認すると校門の前に、黒い犬の群れが見えた。大型犬よりも、かなり大きい。間違いなく、魔物だろう。

「あれ何!?」
「ブラックドッグだ! まずいぞ! 死の咆哮がくる!」

 それって、イギリス辺りの神話の犬の名前じゃなかったか?
 そう過ぎったのも束の間、風が吹き荒れて、身体にぶち当たる。
 ゾワッと鳥肌が立った瞬間に、私はゼイを抱き締めて伏せた。
 ビリビリッと空気が揺れる。轟く雷鳴のような咆哮。
 ガラスが一斉に割れる音がする。学校さえ大地震みたいに揺れた。
 ヘリに身を寄せて耐えていれば、刺激も騒音も止んだ。

「っ!? ゼイ! 大丈夫!?」
「なんとか! ミズナが全部受けてくれたおかげだ! ……ありがとう!」

 耳が痛いし、耳鳴りがする。でも変わらず、ゼイの声は聞こえた。
 耳で聞いていないと知る。頭に響いている感じが、今ならした。

「ダメージ受けただろ、今HPいくつだ?」
「嘘……今ので600のダメージを受けたの?」

 確認したら。

[【HP】2398/3000 【MP】1300/1300]

 陽によるダメージも含め、HPが減っている。

「集団攻撃だからな! それで済んだのはラッキーだろう、ブラックドッグはレベル10だ」
「ーー……生徒は!?」

 敵のレベルを聞いて、ハッとした。
 レベル5以下の生徒達は、今の攻撃を受けて、無事なのか!?
 ショルダーバックにゼイを乗せて、階段を飛びながら降りて、校舎の中に戻った。
 そこで目にしたのは、まさに死屍累々。
 割れたガラスが刺さり、耳から血を流し、倒れている。

「誰か!? 生きてる!?」

 私は声を上げて、生存者を探した。

「逃げないとまずい! ミズナ! ブラックドッグが乗り込んでくる!」
「でもっ!」
「生存者はいない!」

 廊下を駆ける私に、ゼイは事実を突き付ける。
 立ち止まった私が耳にしたのは、耳鳴りの音だけだった。

「……なんで、乗り込んでくるの?」
「食うためだ。弱肉強食……食うためだよ」
「っ!!」

 フッと身体の血液が沸騰したような、そんな感覚がする。

「食わせない」
「ミズナ?」

 ゼイとバックの隙間に手を突っ込み、包丁を取り出した私は、割れた窓から飛び出した。考えなしだったけれど、スタンと軽やかに着地。四階から飛び降りたと言うのに、痛みは来なかった。

「おいワンコロ!!」

 軽々と門を飛び越えた黒い犬達は、目の前に勢揃いしている。

「ミズナ!? 何する気!?」
「ゼイはしっかり掴まってて」

 ゼイにそれだけを言うと、包丁を逆手に握り締め、身を屈めた。

「ごちそうにありつけると思うなよ! 犬っころども!!!」

 低い姿勢で駆け出す。
「まじか!?」とゼイの声。
 ショルダーバックの重みを感じながらも、がん首揃えた黒い犬の首に包丁の刃を当てながら、横に走り抜ける。風のように素早く、仕留めた。
 真っ赤な血が吹き出す。黒い犬も、赤い血を出すのか。
 バタバタとブラックドッグ達は、倒れていく。
 後ろに控えていた残る三匹くらいのブラックドッグも、切り裂いた。
 真っ赤に濡れた包丁を手に、私は立ち尽くす。
 ポタン。ポタン。ポタン。
 血の雫が落ちる音が、嫌に聞こえる。

[クロス ミズナは、経験値を得た。
 レベルが11に上がった!
 【特技(スキル)】瞬殺を獲得した!]

 それが視界に入ってきたから、ビクッと震えた。
 呼吸をすれば、血の匂いに噎せそうになる。今まで止めていたみたいだ。
 濡れた犬みたいな臭さも、鼻を刺激した。ブラックドッグの体臭だろうか。
 ゼイが恐る恐ると言った感じに問う。

「だ、大丈夫か? ミズナ?」
「ゼイこそ、大丈夫?」
「オレは1Pも減ってないよ……ありがとうな。本当に守ってくれて」
「約束したでしょ」
「……ああ。ミズナはいい奴だな」

 ショルダーバックの上に乗っているスライムを見てみる。
 表情が読めない。
 約束したのだから、当然だろう。
 何を意外そうに言っているのだろうか。

「ワンッ」

 犬の鳴き声を聞き、私は目を細めて、周囲を見回した。
 まだブラックドッグの生き残りがいるのか。

「あっちじゃないか?」

 ゼイがニョキッと指差したのは、校舎とは逆のテニスコートの方だ。

「なんか、声が幼くないか?」

 歩み寄っていけば、また聞こえた。
 確かに、ワンというより、アンと鳴いている気がする。
 殺人鬼のごとく血に濡れた包丁を持って、鳴き声がする茂みを退かす。
 そこにいたのは、犬。白い毛が長めの子犬だ。大きさは、ゼイよりも一回り大きいくらい。

「ホワイトドッグ?」
「いや違う! そんな魔物いないし! こいつは魔物じゃなくて、幻獣のフェンリルだ!」

 フェンリル。それも神話の犬……じゃないな、確か狼だ。
 大狼(おおおおかみ)。お、多いな、おい。

「フェンリル……幻獣なら殺したら罰当たりよね」
「当然だ! よっぽどのことがない限り、だめだ。神聖な生き物だからな」
「……親とはぐれちゃったのかしら」
「さっきの死の咆哮でHPが減ったんじゃないか?」

 ペッと、ゼイがポーションを吐き出した。
 バシャンと浴びたフェンリルの子どもは、耳を立たせて起き上がる。

「ワンッ!」

 さっきよりも、元気な鳴き声を出した。
 私が手を伸ばして撫でれば、もふもふだ。ちょっと柴犬に似ている。でも狼なのだろう。気持ち良さそうに目を閉じては、長い毛の尻尾をブンブンと振り回す。

「さて……」

 私はもふもふを堪能したあと、立ち上がって振り返った。
 まだ黒い物体が残っていたものだから、首を傾げる。

「あれ。魔物ってHPが0になったら、消えるんじゃなかった?」
「稀に残るんだよ。皮が剥げたり、牙を抜いたり出来るだろう。それに肉を食われる。ヴァンパイアは稀に牙を落として消えるな。ヴァンパイアの牙を身に付けると低級の魔物除けになるとか」
「ふーん。私は要らないな」

 変なところが、現実的すぎだ。
 牙が魔除けか。ありがちね。
 ガラス窓のない校舎を見上げたけれど、もう無意味だから背ける。
 埋葬は出来そうにない。かと言って、火葬も無理。
 悪いけれど、放置を選ぶ。ごめん。

「ほれ、ミズナもポーションで回復しておけ」
「ん。ありがとう」

 差し出してくれた大きめの水風船みたいなポーションを、頭に置いて卵を割るように爪を食い込ませて浴びた。
 ポイント表示を確認すれば、回復している。

「精霊樹、見に行こう」
「駅ビルに寄るのか?」
「引き止められそうだから、やめておく」
「それがいいな。あ、ちょっと待ってくれ」

 ゼイがショルダーバックから飛び降りて、ぴょんぴょんと跳ねてブラックドッグに近付く。何をするのかと思えば、びにょーんと伸びて、一匹を呑み込んだ。
 捕食かな。お腹空いたのかしら。

「食事? ゼイ」
「違うよ。収納してるんだ。何かに役立つかもしれないだろ」
「そう……」

 一匹ずつ収納していくから、私は待った。
 終われば、私のショルダーバックに戻る。

「行こうか」

 校門を蹴り破り、私は坂を歩いていく。
 てくてく。
 そんな足音が聞こえてきそう。
 てくてく。
 振り返ると、小さな足を動かしてついてくるフェンリルの子ども。

「……ついてくるんだけど、ゼイさん」
「懐かれましたな、ミズナさん」
「……まぁ、いいっか」

 こうして、私とゼイに新たな仲間が加わった。


 
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