6 / 7
06 唇。
しおりを挟む翌日の昼休みは警戒心MAXで、キス魔先輩の空き教室に来た。
近所のパン屋さんに寄ってから。
耳責めは受けない。今日は受けないと断固決意してきた。
そう、耳責めは昨日で懲りたのだ。
ガラス窓から覗いてみれば、またいない。
後ろか!?
振り返っても、廊下にリレロ先輩はいなかった。
「……」
そっとスライドさせてドアをくぐったら、仰天してしまう。
中の壁際にリレロ先輩が立っていたのだ。
「あ、驚いた? ここに立ってると、窓から見えないんだ」
「……そうでしたか」
「あれ、今日はメロンパンじゃないんだね。何、それ?」
いたずらが成功した子どもみたいに無邪気に笑った。
そんなリレロ先輩は私の手を見ている。
持っているのは、パンケーキ。それにライトノベル。またリレロ先輩がおごると言い出さないように、お茶も持参してきた。
「パンケーキです」
「甘いの、好きなんだね」
「まぁそうですね。リレロ先輩はどうなんですか?」
距離を取りつつ、リレロ先輩に質問してみる。
吸血鬼も人間と同じように食事を楽しめたはず。
とらなくても、血液さえあればいいらしいけれど。
「俺も甘いもの好きだよ」
ニヤリ。口角を上げて、リレロ先輩は意味深に唇を見てきた。
その笑み。本当にクラッときてしまう。
なんて恐ろしい笑みなのだろう。魅力的すぎる。
「ああ、このライトノベル面白いね。気に入ったよ」
「あ、買ったんですか?」
「うん、昨日ね」
私と同じライトノベルを持っていた。
ちゃんと読んでいるらしく、栞まで挟んでいる。
「あ、これ、昨日一緒に買ったんだ。可愛くない?」
黒兎をかたどった栞を見せてくれた。
「キララちゃんみたいだって思って買ったんだー。キララちゃんもいる?」
「え? いいんですか?」
「うん、どーぞ」
もう一つ、黒兎の栞をポケットから取り出してくれる。
「ありがとうございます……」
「それと……連絡先を交換しよう? まだだったよね」
「はぁ……」
次は携帯電話を取り出して、交換しようと促す。
私もスカートのポケットから取り出した。連絡先を交換。
「これでよし。いつでも連絡して。吸血鬼に絡まれた時は特にね」
「はい、ありがとうございます。リレロ先輩」
またリレロ先輩の気遣い。
私はふっと笑ってしまった。
「あ、笑ってくれた」
リレロ先輩の眼差しに優しさが帯びる。
「おいで」
「?」
リレロ先輩が、持っているものを全て取り上げて、机の上に置いた。
そして私の手を引き、リレロ先輩が立っていた壁に立たされる。
「これで誰にも見られないよ?」
廊下の窓から見られることはない。
ああ、ついに唇を奪われるのか。
そう理解した。
「まだ緊張していると思うけれど、ごめんね? 君が欲しいんだ。いい?」
なんてセリフを使うんだ。
食事がしたいって言えばいいのに!
赤面してしまう顔を伏せれば、ちゅっと額にキスをされた。
それがとても優しい。じわりと熱が身体の中で広がっていく。
食事だ。そう食事をされるだけ。
そう割り切る。頬が火照っていることを感じていても、顔を上げて私は目を瞑った。
そんな私の肩に、リレロ先輩の手が置かれる。
触れるだけのキスが、唇にされた。
壁に密着をして強張った私はまた俯いてしまう。
額にまたキス。
優しくって力が抜ける。
それから頬に手を当てられて、軽く顔を押し上げられた。
まだキスされるのだと思うと、俯きたくなってしまう。
けれども、勇気だろうか。それを振り絞って堪えた。
「……可愛い」
ハッと息を飲んだ。
その好機を逃さなかったリレロ先輩は、また唇を重ねた。
さっきよりも深い。
ちゅっ。ついばむようなキスがされる。
くちゅ。唇が触れ合っている。
私は両手を握り締めて、リレロ先輩の胸辺りに置いた。
耐えられなくなったら、拒む用意は出来ていたけれど。
左手であやすように頭を撫でられると、拒むタイミングがわからなくなる。
ちゅう。潤った唇が触れる。
ちゃく。まるで唇を味わうよう。
舌がこじ開けてきて、入ってきた瞬間、悲鳴を上げそうになった。
これ以上は無理なほど強張ってしまう。
「ふ、うっ」
「んっ」
それなのに力が抜けてしまいそうになった。
必死に立っている足に、リレロ先輩の足が触れる。
同じ場所に立っている状態。
ちゅうっ。吸い付く。
くちゅう。私を飲み込むよう。
ああ、吸われている。
キスで、私は食べられているのだ。
吸血鬼に食べられている。
深いキスをされて。
呼吸が乱れたけれど、回した手で背中をあやすように撫でられた。
次第に落ち着いていく呼吸。でもキスは激しくなるようだった。
深く、深く、深く。私を飲む。
ああもう、全部飲み干されても構わない。
そう思えてしまうほど、熱が私をとろとろにする。
「ふー」
「はぁ」
舌が、唇が、離れた。
私は口から息を吸い込んだ。一緒に彼の息も吸った気がする。
「君って本当に……美味しい」
微笑んでいるであろうリレロ先輩が、左耳に囁いた。
ゾクリと、快楽が背筋に走る。
「ご馳走さま、キララちゃん」
私の髪を耳にかけて、離れたかと思えば、椅子を差し出してくれた。
倒れてしまうその前にそこに腰を沈める。
そして火照った顔を両手で覆い隠した。
「……」
「ほら、パンケーキ食べなよ。昼休み終わっちゃう」
少し待ってくれてから、リレロ先輩は私に袋に入ったパンケーキを渡す。
いつも通りの優しい笑みがそこにあった。
「ところでさ、このライトノベルの主人公、愉快でいいよね」
本を手にして、話題を振る。
「そうですね。それでいて誠実さも持ち合わせて人を惹き付ける主人公だと私は思います」
「そうそう」
椅子を一つ持ってきて、私のそばに座った。
「俺、特に最初の登場が面白くってさ」
「ああ、私も笑いました」
いつの間にか、キスの火照りは冷めて、会話に集中する。
私を気遣うように見つめつつも、笑ったシーンを指差すリレロ先輩。
私も思い出し笑いをして、力を緩めた。気も緩んだのかもしれない。
今さっきファーストキスを捧げた相手なのに、笑みを零して話す。
私はランチを食べ始めた。終わった頃に鳴り響くチャイムの音。
「今日はありがとう、キララちゃん」
立ち上がろうとすれば、手を差し出されてドアのところまでリードされた。
「また明日も来てね」
「はい……」
ちょっぴり緊張が舞い戻ってきた私は、俯きつつも頷く。
そんな私の頭をポンポンとして、リレロ先輩はドアを開けてくれた。
リレロ先輩の手を離れて、私は早足で自分の教室に戻っていく。
午後の授業中は、ずっと唇を隠していた。なんだかさらしたくなかったのだ。
どこか心がウキウキとしているような、そんなふわふわした気分のまま家路につく。
明日のことを考えると夜は、またなかなか寝付けなかった。
でも一度眠りに落ちれば、朝までぐっすり。心地いいほどだ。
翌朝も首にスカーフをつけて、登校した。
午前の授業中は、そわそわ。昼休みが迫る度に緊張が増した。
またキスをされる時間がくる。
トントン、と机を指で叩き、時間を数えた。
そしてその時間がきて、私は席を立つ。最初はランチのパンを買いに行こうと財布と携帯電話を持った。
「キララ!!!」
そこで響いた男子生徒の声。
聞き慣れたその声の主は、ライトだ。
私は条件反射で窓に駆け寄り、鍵を開けて飛び出した。
中庭に着地をして、気付く。
待てよ。私逃げる必要ないのでは?
そうだ。私はリレロ先輩の専用なのだから、ライトは手を出せない。暗黙のルールだ。
一応、リレロ先輩に連絡しよう。
「ライト、私はもうリレロ先輩の専用だから」
同じく飛び降りてきたライトから距離を取りつつ、リレロ先輩に電話をかけた。
でも素早く歩み寄ったライトに携帯電話を払い落されてしまう。
携帯電話は通話の状態で地面に落ちる。
「なにすんのよ!?」
ライトは黙って手を伸ばしてーーーー私のスカーフをほどき奪った。
14
お気に入りに追加
287
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄の場を悪魔族に愛された令嬢が支配する。
三月べに
恋愛
王子が自らの婚約者の悪事を暴いて、断罪するパーティー会場。高らかに、婚約破棄を突き付けた王子は、玉座のように置かれたソファーの前から吹っ飛んだ。
何が起きたかわからないパーティー参加者を置き去りに、婚約破棄を言い渡された令嬢は、艶やかな黒の巻き髪をふんわりと靡かせて、そのソファーにふんぞり返るように腰をかけた。
「それでは、本当の断罪を始めましょう」
琥珀の瞳を蠱惑に細めて、ほくそ笑む。
そのパーティー会場は、突如現れた悪魔族の力によって、扉も窓も開かなくなった。悪魔族達が従うのは、『魔王』の力を持つその令嬢、ただ一人だけだった。
※3万文字数のダークに過激な断罪ざまぁモノ※ハッピーハロウィンテンション♪(2023年10月13日の金曜日♡)※
(『小説家になろう』サイトにも掲載)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
殿下、真実の愛を見つけられたのはお互い様ですわ!吸血鬼の私は番いを見つけましたので全力で堕としにかかりますから悪しからず
蓮恭
恋愛
「アドリエンヌ嬢、どうか……どうか愚息を見捨てないでくださらんか?」
ここガンブラン王国の国王は、その痩せた身体を何とか折り曲げて目の前に腰掛ける華奢な令嬢に向かい懸命に哀訴していた。
「国王陛下、私は真実の愛を見つけてしまったのです。それに、王太子殿下も時を同じくして真実の愛を見つけたそうですわ。まさに奇跡でしょう。こんなに喜ばしいことはございません。ですから、そのように国王陛下が心を痛める必要はありませんのよ。」
美しい銀糸のような艶やかな髪は令嬢が首を傾げたことでサラリと揺れ、希少なルビーの様な深い紅の瞳は細められていた。
「い、いや……。そういうことではなくてだな……。アドリエンヌ嬢にはこの国の王太子妃になっていただくつもりで儂は……。」
国王は痩せこけた身体を震わせ、撫でつけた白髪は苦労が滲み出ていた。
そのような国王の悲哀の帯びた表情にも、アドリエンヌは突き放すような言葉を返した。
「国王陛下、それはいけませんわ。だって、王太子殿下がそれをお望みではありませんもの。殿下はネリー・ド・ブリアリ伯爵令嬢との真実の愛に目覚められ、私との婚約破棄を宣言されましたわ。しかも、国王陛下の生誕記念パーティーで沢山の貴族たちが集まる中で。もはやこれは覆すことのできない事実ですのよ。」
「王太子にはきつく言い聞かせる。どうか見捨てないでくれ。」
もっと早くこの国王が息子の育て方の間違いに気づくことができていれば、このような事にはならなかったかも知れない。
しかし、もうその後悔も後の祭りなのだ。
王太子から婚約破棄された吸血鬼の侯爵令嬢が、時を同じくして番い(つがい)を見つけて全力で堕としていくお話。
番い相手は貧乏伯爵令息で、最初めっちゃ塩対応です。
*今度の婚約者(王太子)は愚か者です。
『なろう』様にも掲載中です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト
待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。
不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった!
けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。
前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。
……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?!
♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。
ケダモノ王子との婚約を強制された令嬢の身代わりにされましたが、彼に溺愛されて私は幸せです。
ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
「ミーア=キャッツレイ。そなたを我が息子、シルヴィニアス王子の婚約者とする!」
王城で開かれたパーティに参加していたミーアは、国王によって婚約を一方的に決められてしまう。
その婚約者は神獣の血を引く者、シルヴィニアス。
彼は第二王子にもかかわらず、次期国王となる運命にあった。
一夜にして王妃候補となったミーアは、他の令嬢たちから羨望の眼差しを向けられる。
しかし当のミーアは、王太子との婚約を拒んでしまう。なぜならば、彼女にはすでに別の婚約者がいたのだ。
それでも国王はミーアの恋を許さず、婚約を破棄してしまう。
娘を嫁に出したくない侯爵。
幼馴染に想いを寄せる令嬢。
親に捨てられ、救われた少女。
家族の愛に飢えた、呪われた王子。
そして玉座を狙う者たち……。
それぞれの思いや企みが交錯する中で、神獣の力を持つ王子と身代わりの少女は真実の愛を見つけることができるのか――!?
表紙イラスト/イトノコ(@misokooekaki)様より
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない
エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい
最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。
でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる