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♰21 発言。
しおりを挟むメテ様は、いつまで私を抱えているのだろうか。
すれ違う人達が、ギョッとしては頭を下げて避けていく。
またピティさんが怒るだろうなぁ。
ヴィア様と朝食をとったと言うのに、メテ様に抱えられて運ばれるなんて!
とか、なんとか。
仕方ないんだ、ピティさん。
色気魔王のヴィア様に腰を砕かれたのだ。自分で立って歩ける自信がない。
ちらりと、メテ様を見上げてみた。
メテ様もこちらに目を向けてきたが、そのルビーレッドの瞳はとてつもなく不機嫌だ。
睨むように見下ろしてくる。
ごめんなさいと謝るのは、おかしいか。別に、私は悪くない。
よって、私は黙り込む。
「だんまりか。ヴィアとは楽しそうにお喋りをしていたくせに」
ふてくされたような声を出したのは、メテ様だった。
「いつから見ていたんですか?」
「朝食を一緒ってことはそうなんだろう?」
ずっと見ていたのかと思いきや、ただの予測だったようだ。
楽しい談話をしながら、食事をしていたと勘違いしている。
「あれを見て、そう思いますかね……普通」
「あれって? ヴィアに囁かれて、林檎みたいに顔を真っ赤にしていた時のことか?」
やっぱり、私は顔を真っ赤にしていたのか。
「お前はあの偽聖女並みに、手当たり次第言い寄っているのか?」
ギッときつく睨みつけてくるルビーレッドの瞳。
睨まれても、綺麗だと思うことは、変わらない。
「私は言い寄っていません……」
あの偽聖女と並べられるとは、心外だ。
でも仕方ないのかもしれない。
だって私は占い師のルム様と噂が立ち、ヴィア様には告白されて、トリスター殿下と二人きりで稽古をしている。
はたから見れば、立派な尻軽女だろう。
「オレ以外の男にも、そうやって見つめているんだろう? 占い師ルムにも、ヴィアにも……トリスターも口説き中か?」
気付くと、トリスター殿下と約束している稽古場にいた。
まだトリスター殿下の姿は、見当たらない。
「私は誰のことも口説いてませんから。わっ」
メテ様の腕から降りようとしたが、それを拒むようにギュッと抱き寄せられた。
次の瞬間には、ベンチに下ろされる。膝の上に、キーンを乗せたバスケットを置かれた。
「どうだか」
ふん、と鼻で払い、メテ様はどっかりと隣のベンチに座る。
「逆に聞きますけど、口説いてどうすると思っているんですか? 聖女様のように魅了した男性達を連れて歩くとでも?」
「……」
逆ハーレムを築きたいというレイナとは違って、そんなものに興味もない。
私がムッと唇を尖らせて言えば、頬杖をついたメテ様も理由は言い当てられないようで黙った。
「……」
「……」
沈黙。
私は子猫の姿をしたキーンの顎を、こしょこしょっと撫でた。
むっすーっとしたメテ様は、そのまま一緒にいる。
「お待たせしてしまったかな?」
やがて、トリスター殿下がやってきた。
そうすれば、メテ様は腰を上げて、スタスタと歩き去っていく。
「怒らせたのかい?」
「……さぁ、わかりません」
とぼけて私は立ち上がろうとしたが、目の前にトリスター殿下が立つので、またベンチに腰を下ろしてしまう。
「オレは怒っているから」
にっこーぉ。
笑顔で怒りを表す理由は、きっとカマをかけたことだろう。
国家秘密扱いなのに、叔父の秘密を話したようなもの。
「驚いたよ。だって叔父上にどうして話したのかを尋ねたら……話してないって。よくもやってくれたね?」
「えぇっと……申し訳ないです」
こればっかりは、謝罪するしかない。
私に非がある。
「悪い子にはお仕置きが必要だね」
ヴィア様とよく似て色気を纏うトリスター殿下。
ベンチの背凭れに手を置くと、顔を覗き込んだ。
お仕置きなら先程受けたのだが、それじゃあ不十分だろうか。
渇いた笑いを溢しつつ、もう一度謝罪しようとした。
でも、手袋をつけた人差し指が、唇に当てられる。
「今日は本気で相手してあげよう」
色気のある笑顔が、とてつもなく怖く感じた。
背中に、ぞっと寒気が走る。
「……はい」
私はその日、甘んじてスパルタな稽古を受けたのだった。
ひと仕事を終えたであろうメテ様が迎えに来た時には、もう腕が上がらない。
直接木剣を受けたわけではないが、握っていた木剣に容赦なく叩きつけられた。何度も木剣は吹っ飛ばされたから、その都度に握りが甘いと怒られたのだ。握りを強くするけれど、わざと吹っ飛ばすように叩きつけるから、痛い。
本当に、お仕置きだ。
大ダメージを受けたこの腕では、まともに食べられない気がする。
ピティさんに、サンドイッチでも用意してもらおう。
それさえも、ちゃんと食べれるか疑わしい。
メテ様の機嫌は、まだまだ悪かった。
けれども、頼めばキーンを運んでくれて、また素敵な響きである魔法材料庫に足を踏み入れる。
腕が上がらないので、今日は作業はせず、そこに置かれた材料を聞いて回ることにした。
不機嫌ながらも、メテ様は私が聞いたことに答えてくれる。
メテ様が不機嫌を引きづっていても、私はどんどんと訊ねた。
「これは何に使う材料ですか?」と何回も口にしたが、メテ様は邪険にはしない。
そのうち、不機嫌オーラは消えていて、ただじっと私を見つめていた。
「……メテ様?」
「……変身なんて見ても、しょうがないだろう」
首を傾げれば、メテ様はそう口を開く。
「普通は、人ではないものを恐れるもんだ。自分とは違うものは、恐ろしいと感じるもんだぞ」
一体、どちらのことを話しているのだろうか。
ヴィア様の呪いか、またはメテ様の変身。
それとも、両方かもしれない。
ヴィア様もメテ様も、共通して変身をする。
人ではない、何かに変身をするのだ。
「確かに、人とは違うってだけで恐ろしいと感じる人もいるでしょうが……私としてはその違いは……」
その違いは、魅力的だと思う。
そう言いかけたけれど、私は言葉を飲み込んだ。
メラ様はきっと、恐ろしいと思っているのだろう。
自分自身のことを。
なのに、ただの好奇心で見たいと言っては、魅力的だと言う私のことを怒るだろう。
私は視線を机の上に置かれて、すやすやと眠っているキーンに向けた。
「……違うからこそ、魅力があるんじゃないでしょうか?」
結局、そう言ってしまう。
メテ様は、怒らなかった。
ただ、怪訝そうに、私を見つめている。
そこで、魔法材料庫の扉が、ノックされた。
返事を待つことなく、開かれる。
「順調ですかな?」
朗らかな笑みを浮かべたグラー様だ。
「グラー様。今日は在庫を見て回っていました。ちょっとトリスター殿下の稽古で……疲れましたので」
「おや。そうでしたか。では、もうお休みになられたらどうでしょう? メテをお借りしたくて来ました。ゴホゴホ。……失礼」
グラー様が、重たい咳をした。でもすぐに笑って見せたので、私は頷いて見せる。
メテ様はグラー様とともに、魔法材料庫から出て行った。
残された私は、少しだけ魔法材料庫を一人で観光する。
お昼を過ぎた時間だから、お腹が空いてしまう。
「キーン。少し歩かない? 私、腕が疲れちゃってるから、部屋までお願い。散歩がてらにどう?」
それから部屋をあとにしようとしたけれど、キーンにそう声をかけた。
起き上がったキーンは仕方なさそうに、机から飛び降りる。
「ありがとう」
お礼を言って、私は空のバスケットだけを持って、キーンと部屋を出た。
よちよち歩きの子猫に、癒される。
廊下を少し歩いたところで、バッタリと占い師ルム様と出くわす。
今日は忙しいなぁ。
「コーカさんっ!?」
「こんにちは、ルム様」
あまりにも、驚すぎではないか。
「あ、あああ、あのっ」
動揺しすぎ。
いや、告白した相手にする普通の反応なのだろうか。
ルム様はどちらかと言えば、ヘタレだし……。
「落ち着いてください、ルム様」
告白されたとは言え、別に何も要求されていない。
交際してほしいとも言われていないし、求婚も申し込まれていないのだ。
もしかしたら、忘れていただけかもしれないけれど。
「っ、そ、そうですね……すぅー、はぁー」
大袈裟なくらいの深呼吸をしたルム様は、気を引き締めたような顔をした。
そして次の発言で、私は動揺させられる。
「……コーカさん、いや、コーカ様が、本物の聖女ですか!?」
とんでもない発言をした口を、思わずバスケットを持っていなかった左手で塞いだ。
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