16 / 26
♰16 白い蛇。
しおりを挟む「神秘の蛇! コーカに癒してほしい!」
「神秘の蛇?」
それはとても、とんでもなさそう。
妖精より希少なのかしら。
「癒してほしいって……妖精や精霊じゃあだめなの? 怪我しているようには見えないわね」
真の聖女の私を頼って癒してほしいのか。
けれども、それなら妖精や精霊でも癒せるのでは?
むしろ、その方がよさそう。
怪我を治癒する魔法なら覚えたけども……。
「コーカじゃないとだめ。お願い」
うるうる、とつぶらな瞳で見上げてくる。
やだ。可愛い。
つい、頷きたくなる。
「お願いを聞きたいけど、私はこの城の居候だから……この蛇さんを一緒の部屋に置いてもらえるかを聞かないと……。蛇さんは難しいかも」
居候の身で、勝手に動物を入れられない。
仔猫とかなら、頼みやすいけども。
「この姿は、見せないよ。どんな姿にも変えられるから、何がいいかな?」
フォリは、蛇のそばに移動する。
「ずっと姿を消すことは、出来る?」
「それより仮の姿を見せた方がいいよ」
姿を消すのは可能性だけれど、仮の姿で欺けたいのか。
神秘の蛇だもの。見られたらまずいのか。
「じゃあ、仔猫の姿はどう?」
「何色がいい?」
「……黒はどうかしら」
自分の髪を摘んで、黒を選んだ。
フォリは頷くと、小さな手で純白の蛇の頭を撫でた。蛇は、金色の瞳を開く。
それから、姿を変える。ふわりと蛇の姿が歪み、黒い仔猫が現れる。ぐったりした様子で、寝ていた。
「すごいわね。……病気なの?」
「癒やして」
「どう癒せばいいの?」
「コーカに任せる」
私に任せるとは……?
いいのかしら。全然、事情がわからない。
「フォリ。事情を話してくれないと、困るわ」
「神秘の蛇で、コーカの癒しが必要」
フォリはこれで伝わっていないことが不思議みたいで、小首を傾げた。
しょうがない。神秘の蛇について、自分で調べるか。
「出来ることはやるわ」
「ありがとう、コーカ」
むぎゅ、とフォリに抱きつかれた。
離れると、バイバイと手を振り、消える。
「……さて、仮の呼び名を決めましょう?」
ベッドに座り、私はぐったりした仔猫に問う。
ベッドが軽く揺れて、仔猫は顔を上げた。金色の瞳だ。さっきと同じ。
「自己紹介すると、私は幸華って名前。幸せな華と書いて、コウカって呼ぶの。あなたは金色の瞳が素敵ね。んーと、キーンなんてどうかしら?」
金色のキーン。
キーンって海外のファミリーネームにあったっけ。意味は知らないけど。
「キーンちゃん? キーンくん? どっちかしら……」
手を伸ばすと、なんと指に噛み付いてきた。
「痛い! びっくりした……」
慌てて手を引っ込める。子猫の牙に噛みつかれた傷口から血が出た。
「急に触ろうとしてごめんなさい……キーン。でも、噛まないで? 私はあなたを傷付けたりしないわ」
視線を合わせるために、ベッドに寝そべる形で覗き込む。
睨むような目付きをされた。警戒心が強いのだろうか。
少しの間、睨めっこするように視線を合わせた。
そこでノックする音が、聞こえてくる。このしっかりとしたノック音は、ピティさんではない。グラー様だろう。
「こんにちは、グラー様」
「こんにちは、コーカ様。トリスター殿下との稽古はいかがでしたか?」
気になって来てくれたみたいだ。
「剣術の基礎から教えてもらいましたが、腕が疲れてしまいました」
笑って腕を上げて見せる。
「そうですか、おや? 血が出ていますよ。剣で切ったのですか?」
「いえ、今日は本物の剣は持っていませんよ。これは子猫に噛まれた傷です」
また血が滲んだ指先に注目された。
「子猫?」
「はい。部屋で飼っても大丈夫でしょうか……? もう部屋に入れてしまいましたが」
申し訳ないと言った顔で、私は扉を広く開けて、グラー様を中に招く。
グラー様に、ベッドの上の子猫を見せた。
「……子猫、ですか」
「はい」
頷いたあとに、グラー様の横顔を見て気付く。
グラー様には、この子猫の正体がバレてしまうのではないだろうか。正直に話すべきだろうか、と私は少し考え込む。
「ぐったりしていますな。この城の中には、簡単に入れない結界がありますから、そこを通ったせいですかな」
結界がある。
城に迷い込んだなんて、下手すぎる嘘になるのか。
「虫ならすんなり入れますが、小動物には少々きつかったのかもしれません」
「あ、噛まれるかもしれません」
グラー様が手を伸ばすから、触れる前に言っておく。
「警戒心が強いようですね」
グラー様は触れないことにして、手を下ろす。
「私めが許可しましょう。誰かに問われたら、私の名前を出してください」
「ありがとうございます、グラー様」
無事、部屋に置く許可をもらえた。
「怪我の手当てをしましょう」
「自分で出来ますよ」
今度は私に手を差し出すから、断る。
「ーー癒しを与えよーー」
怪我などの治癒魔法を唱えた。
スッ、と傷口は塞がる。
大丈夫、とその手を開いてみせた。
「よかったです。どうか、コーカ様を傷付けないでください」
グラー様は私に微笑むと、ぐったりした子猫に声をかける。
「キーンって呼ぶことにしました」
「キーンですか、いい響きですな」
ホッホッホッ、と肩を揺らして笑うグラー様。
「治癒の魔法も十分使えますし、コーカ様なら元気になったキーンとすぐ仲良くなれるでしょうね」
なんでそう思うのだろうか。
私は不思議になって首を傾げる。
グラー様は、優しく微笑むだけ。
「この前貸した本は役に立っていますかな?」
「はい。色々魔法の知識が増えて嬉しいです。材料を集めることが出来ないものがほとんどなので、実行はしていませんが……」
旅に役立つ魔法が載った本は、読み返して暗記を頑張っている。材料を揃えて試したいところだが、グラー様は多忙だもの。頼みづらい。
「私が手伝えればいいのですが……すみません」
「謝らないでください、グラー様にはよくしてもらってばかりです」
「では、代わりにメテなんてどうでしょうか?」
「へっ?」
やっぱりグラー様は多忙で無理かと肩を竦めたら、メテ様の名前が出てきた。
「グラー様と同じで多忙なのでは?」
「私は手が離せないですが、メテの方は多少時間が作れるはずですよ。頼めば、きっと喜ぶはず」
「喜ぶのですか……?」
確かにメテ様は私に気がある感じではあるけど、魔法のお試しに付き合ってくれるだろうか。
面倒がりそう。
「ええ、あなたのためなら」
グラー様は、眩しそうに目を細めて優しく笑った。
「……そう、ですか。では、会えたら、頼んでみます」
私は頷き、部屋をあとにするグラー様を見送る。
キーンは相変わらず、ぐったりとベッドを占領していた。
75
お気に入りに追加
1,921
あなたにおすすめの小説

魔力無しの黒色持ちの私だけど、(色んな意味で)きっちりお返しさせていただきます。
みん
恋愛
魔力無しの上に不吉な黒色を持って生まれたアンバーは、記憶を失った状態で倒れていたところを伯爵に拾われたが、そこでは虐げられる日々を過ごしていた。そんな日々を送るある日、危ないところを助けてくれた人達と出会ってから、アンバーの日常は変わっていく事になる。
アンバーの失った記憶とは…?
記憶を取り戻した後のアンバーは…?
❋他視点の話もあります
❋独自設定あり
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付き次第訂正します。すみません

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

はじまりは初恋の終わりから~
秋吉美寿
ファンタジー
主人公イリューリアは、十二歳の誕生日に大好きだった初恋の人に「わたしに近づくな!おまえなんか、大嫌いだ!」と心無い事を言われ、すっかり自分に自信を無くしてしまう。
心に深い傷を負ったイリューリアはそれ以来、王子の顔もまともに見れなくなってしまった。
生まれながらに王家と公爵家のあいだ、内々に交わされていた婚約もその後のイリューリアの王子に怯える様子に心を痛めた王や公爵は、正式な婚約発表がなされる前に婚約をなかった事とした。
三年後、イリューリアは、見違えるほどに美しく成長し、本人の目立ちたくないという意思とは裏腹に、たちまち社交界の花として名を馳せてしまう。
そして、自分を振ったはずの王子や王弟の将軍がイリューリアを取りあい、イリューリアは戸惑いを隠せない。
「王子殿下は私の事が嫌いな筈なのに…」
「王弟殿下も、私のような冴えない娘にどうして?」
三年もの間、あらゆる努力で自分を磨いてきたにも関わらず自信を持てないイリューリアは自分の想いにすら自信をもてなくて…。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?
伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します
小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。
そして、田舎の町から王都へ向かいます
登場人物の名前と色
グラン デディーリエ(義母の名字)
8才
若草色の髪 ブルーグリーンの目
アルフ 実父
アダマス 母
エンジュ ミライト
13才 グランの義理姉
桃色の髪 ブルーの瞳
ユーディア ミライト
17才 グランの義理姉
濃い赤紫の髪 ブルーの瞳
コンティ ミライト
7才 グランの義理の弟
フォンシル コンドーラル ベージュ
11才皇太子
ピーター サイマルト
近衛兵 皇太子付き
アダマゼイン 魔王
目が透明
ガーゼル 魔王の側近 女の子
ジャスパー
フロー 食堂宿の人
宝石の名前関係をもじってます。
色とかもあわせて。

おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23

噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜
秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』
◆◆◆
*『お姉様って、本当に醜いわ』
幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。
◆◆◆
侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。
こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。
そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。
それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。

私の婚約者と駆け落ちした妹の代わりに死神卿へ嫁ぎます
あねもね
恋愛
本日、パストゥール辺境伯に嫁ぐはずの双子の妹が、結婚式を放り出して私の婚約者と駆け落ちした。だから私が代わりに冷酷無慈悲な死神卿と噂されるアレクシス・パストゥール様に嫁ぎましょう。――妹が連れ戻されるその時まで!
※一日複数話、投稿することがあります。
※2022年2月13日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

忘れられた薔薇が咲くとき
ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。
だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。
これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる