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♰03 魔法。

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 その日はまた与えられた部屋で、本を読み耽ることとなった。
 このペオリヴィンスの世界の魔法は、イメージが主な力となる。
 イメージという集中力と、具現化するための合言葉が必要。
 合言葉、つまりは呪文だ。
 でも四元素の火、水、土、空気こと風ならば、イメージだけで発動出来るようだ。
 魔法について学ぶなら、実際に使ってみたいと思うのは、普通だろう。
 しかし、居候の身で部屋を汚してしまうのは、申し訳なかった。
 万が一、家具を燃やしてしまい火事になったら、大変である。
 だから、翌日、私の様子を見に来てくれた魔導師グラー様に、予め魔法を実践していいかを尋ねてみた。

「魔法を使ってみたいのですか、では魔法訓練場に行きましょう」

 シワのある顔で朗らかな笑みを作ると、グラー様はそう言葉を返してくれる。

「魔法訓練場? この城にあるのですか?」
「はい。つい先日も、聖女様がお使いになった場所です。行きましょうか」
「グラー様は多忙では?」
「今日は時間があります。なので、初めての魔法を体験しましょう」

 城で一番の魔導師であるグラー様に見てもらえるとは、とてもラッキーだ。
 喜んでグラー様のあとに続いて、廊下を歩いた。

「お待ちください、ルム様!」

 甘ったるい甲高い声を耳にする。

「占いが好きなのです、どうかあたしを占ってください!」

 この声は、まさか……。
 案の定、聖女レイナの声だった。
 螺旋階段を下りていくと、下の踊り場に男性と一緒にいる。ミルキーブラウンの長い髪をくるくるにカールして、桃色かかった白いドレスの女性。ウエディングドレスみたいだが、聖女の普段着らしい。
 一緒にいたというか、追いかけられているのは、昨日見た王弟殿下とは別の人だ。
 スミレ色の髪。後ろで結んでいる髪型。背が高そうだけれど、猫背で台無しにしている。
 羽織っているローブは白くて、魔導師ではなさそう。

「今は……忙しいので、今度にしてください」
「待って~」

 俯いた白いローブの男性は、速足で逃げていく。
 レイナは猫撫で声を出して、あとを追いかけた。

「宮廷占い師のルム様です」

 私の無言の疑問に、グラー様は教えてくれる。

「占い師、ですか?」

 魔法のある世界でも、占い師がいるのか。

「はい。国中の天候や厄災を、予知する役職です。彼は少々頼りない印象を受けますが、予知を外したことはありません。とても優秀な占い師です」
「予知する役職ですか……へぇ」

 占い師とは天気予報士的な存在かと思ったけれど、国中の厄災も予知するとは、私の知っている占い師とは違う。

「それで……あの聖女様は何故追いかけているのでしょうか?」
「ルム様は、その人の未来を断片的に見ることも出来るそうです。人柄や生い立ちを当てることも容易いそうですよ」

 それは、占い師らしいな。

「ですが、稀に死を見てしまうこともあるほどの強力な予知能力を持つのです。だから、ルム様は人の予知をしたくないそうですよ」
「……なるほど、死を見てしまうほどの予知能力ですか。ああやって逃げてしまうのも、当然ですね」

 レイナは女性特有に占いに興味を示しているのだろうけれど、ルム様からすれば万が一でも死を予知したくないから拒んでいる。そんなところか。

「聖女様とコーカ様が現れることも、予知したのですよ」
「……そうなんですか、すごいですね」
「ええ。さぁ、行きましょう」

 グラー様が、先に進む。
 階段下に降り立つと、そこにある扉を押し開ける。
 塔の中の丸い部屋には、何もない。大理石のような白い床、灰色の煉瓦の壁。ここが、魔法訓練場か。

「さて、どんな魔法を使いたいのですか?」

 にっこりと笑いかけるグラー様に、私は持っていた本のあるページを見せた。

「水の魔法です」
「水の魔法ですか、ほっほっほっ」

 自分の髭を撫でて、グラー様は肩を揺らして笑う。

「ちゃんと本をお読みに?」
「はい、水を生み出す魔法は、空気中の水分を集めて膨らませるのでしょう? 初めは小さくても、熟練者なら池より多い水を出せると記してありました」
「そうです、初めは水滴が出せれば上々です」

 水滴が出せればいいのか。
 私が本物の聖女で清らかな魔力が膨大なら、池より多い水が出せるかもしれない。真の聖女ならば。
 ……面倒そうだから、頑張って水滴を出そう。
 グラー様は、両手で器を作る。その中に、水を作り出すように言う。
 小さく。水滴だけ。集中をする。
 空気中の水分を集めるイメージ。
 水をポタリ。自分の掌に落とすイメージ。
 イメージに集中していけば、ポタリと掌の中に水滴が落ちた。水だ。水。水滴だけど、確かに一滴ある。
 思わず天井を確認したが、雨漏りはしていない。
 間違いなく、私の魔法だ。

「出来ました!」
「よく出来ましたね」

 グラー様に嬉々として報告すれば、頭を撫でられた。シワのある手は温かさを感じる。

「初めてで成功するのは、すごいですね。聖女様の方は、苦戦なさっていたのですが……」

 それを先に聞きたかった。
 私も苦戦して見せるべきだっただろうか。
 内心で、冷汗をかいてしまう。

「初めてでこなすものも、苦戦するものも、人それぞれですからね。きっと他の魔法も上手く使えるでしょう」

 シワを寄せた顔で、朗らかに笑いかけるグラー様。
 人それぞれか。そういうことにしておこう。

「次はどの魔法を使ってみたいですか?」
「火を灯したいです!」
「火ならば、指先に灯せれば成功と言えます」
「やってみます」

 魔法で生み出した水滴は、空気に戻す。生み出すのとは逆のイメージで出来た。
 グラー様が僅かに目を細めたことに気付かぬまま、私は左手の人差し指を立てる。
 むむむっと睨むように見つめて、ライターからボッと灯るイメージをした。
 ボッと指先に温かさを感じれば、小さな火が灯る。ゆらゆら揺らめく赤みかかった橙色の火。
 その火の先に見えたグラー様に、私は「出来ました」と笑顔で報告をした。

「難なく成功出来ましたね。では、次は少しだけ難しくしてみましょう。土の魔法と風の魔法を使ってみてください」
「土と風ですか……」

 土と風と言われて、イメージがすぐに固まる。
 土というより砂を出して、風でつむじ風を起こす。砂を巻き上げるつむじ風を手の中に作る。
 私は頷いて、実行に移した。
 少し補助するように右手の人差し指でくるくるーっと円を描いて、風を巻き起こす。
 どこからともなく出てきた砂がそれに乗って、ぐるぐると回った。

「こんな感じでいいですか?」
「ええ、成功ですね。すごいです。魔導師になる素質がおありのようです」

 ぱっと顔を上げてみれば、グラー様は相変わらず朗らかに笑っている。
 やった、魔導師になれちゃうかもしれない。
 鼻を高くしてしまいそうになった。まぁお世辞だろう。

「これからも、ここで魔法を試してもいいですか?」
「ええ、私めが許可をしましょう。今まで渡した本の魔法ならば、ここで行使しても問題はないはずですよ」

 グラー様にそう教えてもらったあとは、部屋まで送ってもらった。
 そのあと、ピティさんに庭園を案内してもらい、花の香りを堪能。
 城もそうだけれど、庭園もなかなかの広さだった。手入れが行き届いた迷宮みたいな庭園の花々は、一つ一つ咲き誇っている。色とりどりの蝶の群れが横切ったり、花に留まって蜜を吸っていたりしていた。私が小さな少女だったのなら、陽が暮れるまでずっとここで遊んでいたに違いない。蝶を追いかけて、花を愛でて、芝生に走り回っては寝転んで笑う。そんな想像をした。
 けれども、私は少女の姿でも、中身は三十路の女なので、そんなことはしそうにない。
 持ってきた本を広げて、植木のそばに腰を置く。そして、静かに黙読をする。
 ピティさんは邪魔をすることなく、あとで迎えに来ると言って、どこかに行ってしまったので集中。
 しかし、誰かがこちらに歩み寄ってきたから、本から顔を上げた。
 歩み寄ってきたのは、私を真っ直ぐに見つめてくる妖しげなルビーレッドの瞳を持つ魔導師だ。
 うっかり見つめ返した私の前に、足を止める。
 不思議そうに首を傾げて、彼は私を見下ろした。


 
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