3 / 26
♰03 魔法。
しおりを挟むその日はまた与えられた部屋で、本を読み耽ることとなった。
このペオリヴィンスの世界の魔法は、イメージが主な力となる。
イメージという集中力と、具現化するための合言葉が必要。
合言葉、つまりは呪文だ。
でも四元素の火、水、土、空気こと風ならば、イメージだけで発動出来るようだ。
魔法について学ぶなら、実際に使ってみたいと思うのは、普通だろう。
しかし、居候の身で部屋を汚してしまうのは、申し訳なかった。
万が一、家具を燃やしてしまい火事になったら、大変である。
だから、翌日、私の様子を見に来てくれた魔導師グラー様に、予め魔法を実践していいかを尋ねてみた。
「魔法を使ってみたいのですか、では魔法訓練場に行きましょう」
シワのある顔で朗らかな笑みを作ると、グラー様はそう言葉を返してくれる。
「魔法訓練場? この城にあるのですか?」
「はい。つい先日も、聖女様がお使いになった場所です。行きましょうか」
「グラー様は多忙では?」
「今日は時間があります。なので、初めての魔法を体験しましょう」
城で一番の魔導師であるグラー様に見てもらえるとは、とてもラッキーだ。
喜んでグラー様のあとに続いて、廊下を歩いた。
「お待ちください、ルム様!」
甘ったるい甲高い声を耳にする。
「占いが好きなのです、どうかあたしを占ってください!」
この声は、まさか……。
案の定、聖女レイナの声だった。
螺旋階段を下りていくと、下の踊り場に男性と一緒にいる。ミルキーブラウンの長い髪をくるくるにカールして、桃色かかった白いドレスの女性。ウエディングドレスみたいだが、聖女の普段着らしい。
一緒にいたというか、追いかけられているのは、昨日見た王弟殿下とは別の人だ。
スミレ色の髪。後ろで結んでいる髪型。背が高そうだけれど、猫背で台無しにしている。
羽織っているローブは白くて、魔導師ではなさそう。
「今は……忙しいので、今度にしてください」
「待って~」
俯いた白いローブの男性は、速足で逃げていく。
レイナは猫撫で声を出して、あとを追いかけた。
「宮廷占い師のルム様です」
私の無言の疑問に、グラー様は教えてくれる。
「占い師、ですか?」
魔法のある世界でも、占い師がいるのか。
「はい。国中の天候や厄災を、予知する役職です。彼は少々頼りない印象を受けますが、予知を外したことはありません。とても優秀な占い師です」
「予知する役職ですか……へぇ」
占い師とは天気予報士的な存在かと思ったけれど、国中の厄災も予知するとは、私の知っている占い師とは違う。
「それで……あの聖女様は何故追いかけているのでしょうか?」
「ルム様は、その人の未来を断片的に見ることも出来るそうです。人柄や生い立ちを当てることも容易いそうですよ」
それは、占い師らしいな。
「ですが、稀に死を見てしまうこともあるほどの強力な予知能力を持つのです。だから、ルム様は人の予知をしたくないそうですよ」
「……なるほど、死を見てしまうほどの予知能力ですか。ああやって逃げてしまうのも、当然ですね」
レイナは女性特有に占いに興味を示しているのだろうけれど、ルム様からすれば万が一でも死を予知したくないから拒んでいる。そんなところか。
「聖女様とコーカ様が現れることも、予知したのですよ」
「……そうなんですか、すごいですね」
「ええ。さぁ、行きましょう」
グラー様が、先に進む。
階段下に降り立つと、そこにある扉を押し開ける。
塔の中の丸い部屋には、何もない。大理石のような白い床、灰色の煉瓦の壁。ここが、魔法訓練場か。
「さて、どんな魔法を使いたいのですか?」
にっこりと笑いかけるグラー様に、私は持っていた本のあるページを見せた。
「水の魔法です」
「水の魔法ですか、ほっほっほっ」
自分の髭を撫でて、グラー様は肩を揺らして笑う。
「ちゃんと本をお読みに?」
「はい、水を生み出す魔法は、空気中の水分を集めて膨らませるのでしょう? 初めは小さくても、熟練者なら池より多い水を出せると記してありました」
「そうです、初めは水滴が出せれば上々です」
水滴が出せればいいのか。
私が本物の聖女で清らかな魔力が膨大なら、池より多い水が出せるかもしれない。真の聖女ならば。
……面倒そうだから、頑張って水滴を出そう。
グラー様は、両手で器を作る。その中に、水を作り出すように言う。
小さく。水滴だけ。集中をする。
空気中の水分を集めるイメージ。
水をポタリ。自分の掌に落とすイメージ。
イメージに集中していけば、ポタリと掌の中に水滴が落ちた。水だ。水。水滴だけど、確かに一滴ある。
思わず天井を確認したが、雨漏りはしていない。
間違いなく、私の魔法だ。
「出来ました!」
「よく出来ましたね」
グラー様に嬉々として報告すれば、頭を撫でられた。シワのある手は温かさを感じる。
「初めてで成功するのは、すごいですね。聖女様の方は、苦戦なさっていたのですが……」
それを先に聞きたかった。
私も苦戦して見せるべきだっただろうか。
内心で、冷汗をかいてしまう。
「初めてでこなすものも、苦戦するものも、人それぞれですからね。きっと他の魔法も上手く使えるでしょう」
シワを寄せた顔で、朗らかに笑いかけるグラー様。
人それぞれか。そういうことにしておこう。
「次はどの魔法を使ってみたいですか?」
「火を灯したいです!」
「火ならば、指先に灯せれば成功と言えます」
「やってみます」
魔法で生み出した水滴は、空気に戻す。生み出すのとは逆のイメージで出来た。
グラー様が僅かに目を細めたことに気付かぬまま、私は左手の人差し指を立てる。
むむむっと睨むように見つめて、ライターからボッと灯るイメージをした。
ボッと指先に温かさを感じれば、小さな火が灯る。ゆらゆら揺らめく赤みかかった橙色の火。
その火の先に見えたグラー様に、私は「出来ました」と笑顔で報告をした。
「難なく成功出来ましたね。では、次は少しだけ難しくしてみましょう。土の魔法と風の魔法を使ってみてください」
「土と風ですか……」
土と風と言われて、イメージがすぐに固まる。
土というより砂を出して、風でつむじ風を起こす。砂を巻き上げるつむじ風を手の中に作る。
私は頷いて、実行に移した。
少し補助するように右手の人差し指でくるくるーっと円を描いて、風を巻き起こす。
どこからともなく出てきた砂がそれに乗って、ぐるぐると回った。
「こんな感じでいいですか?」
「ええ、成功ですね。すごいです。魔導師になる素質がおありのようです」
ぱっと顔を上げてみれば、グラー様は相変わらず朗らかに笑っている。
やった、魔導師になれちゃうかもしれない。
鼻を高くしてしまいそうになった。まぁお世辞だろう。
「これからも、ここで魔法を試してもいいですか?」
「ええ、私めが許可をしましょう。今まで渡した本の魔法ならば、ここで行使しても問題はないはずですよ」
グラー様にそう教えてもらったあとは、部屋まで送ってもらった。
そのあと、ピティさんに庭園を案内してもらい、花の香りを堪能。
城もそうだけれど、庭園もなかなかの広さだった。手入れが行き届いた迷宮みたいな庭園の花々は、一つ一つ咲き誇っている。色とりどりの蝶の群れが横切ったり、花に留まって蜜を吸っていたりしていた。私が小さな少女だったのなら、陽が暮れるまでずっとここで遊んでいたに違いない。蝶を追いかけて、花を愛でて、芝生に走り回っては寝転んで笑う。そんな想像をした。
けれども、私は少女の姿でも、中身は三十路の女なので、そんなことはしそうにない。
持ってきた本を広げて、植木のそばに腰を置く。そして、静かに黙読をする。
ピティさんは邪魔をすることなく、あとで迎えに来ると言って、どこかに行ってしまったので集中。
しかし、誰かがこちらに歩み寄ってきたから、本から顔を上げた。
歩み寄ってきたのは、私を真っ直ぐに見つめてくる妖しげなルビーレッドの瞳を持つ魔導師だ。
うっかり見つめ返した私の前に、足を止める。
不思議そうに首を傾げて、彼は私を見下ろした。
71
お気に入りに追加
1,921
あなたにおすすめの小説
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。
しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。
父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。
旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。
陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。
やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。
平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。
その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。
しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
【完結済】呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。
まりぃべる
恋愛
異世界に来てしまった女性。自分の身に起きた事が良く分からないと驚きながらも王宮内の問題を解決しながら前向きに生きていく話。
その内に未知なる力が…?
完結しました。
初めての作品です。拙い文章ですが、読んでいただけると幸いです。
これでも一生懸命書いてますので、誹謗中傷はお止めいただけると幸いです。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
追放された公爵令嬢はモフモフ精霊と契約し、山でスローライフを満喫しようとするが、追放の真相を知り復讐を開始する
もぐすけ
恋愛
リッチモンド公爵家で発生した火災により、当主夫妻が焼死した。家督の第一継承者である長女のグレースは、失意のなか、リチャードという調査官にはめられ、火事の原因を作り出したことにされてしまった。その結果、家督を叔母に奪われ、王子との婚約も破棄され、山に追放になってしまう。
だが、山に行く前に教会で16歳の精霊儀式を行ったところ、最強の妖精がグレースに降下し、グレースの運命は上向いて行く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる