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03 英雄王女の新生活。
しおりを挟むファンタジーに憧れて転生を望んだ魂は、妖精達を奴隷化する最悪なファンタジー世界の王女に転生した。
王女ソーニャは奴隷解放の英雄となるが、命を落とす。
それから十年後。
精霊達の手によって、再びこの世界に転生したのだった。
王女は目覚める。この美しくなった世界でーーーー。
雨上がりで水滴がついたようにキラキラと光りそうな葉。瑞々しいと表現するのがぴったりな木々が並ぶ森。水の精霊の森である。
そこで、悲鳴が上がった。
「キャァアア!!」
花も咲き誇る草原に座り込んだ私は振り返り、掌サイズの人型の妖精を見る。
彼女が悲鳴を上げたのだ。
王女時代、私の世話係のリーダーを務めていた妖精。
揚羽蝶の羽を持ち、ピカピカと光を纏う美しい女性の姿。
「何故髪を切ってしまったのですか!? せっかく、お手入れに必要な蜂蜜などを掻き集めてきたのに!!」
少々口煩い妖精だったりする。
私の服装から髪型まで、王女時代に決めていたのは彼女だ。
かつての私の白金の長い髪は、ふわふわのウェーブのかかったものだった。手入れをしてもらわなくては絡んでしまいそうな繊細な髪だったが、それもかつての話だ。
「煩いよ、リンカ。今集中しているの」
「何故ですか!? 何故! 何故! 何故!?」
「ああもう! 長い髪はこの森の生活では鬱陶しいと思ったからだよ!!」
納得いく答えがほしいのかとそう答えたが、ショックを受けたリンカの可愛い顔は怒りに変わった。
「わたし達が手入れします!! 今までだってそうだったじゃないですか!!」
「私はもう王女じゃないの! 自分のことは自分でやる!!」
カンカンに怒るリンカに、そう言い返せば今度は地面に落ちて、両手をつく。
「わたし達が不要になったのですか!? ソーニャ様!」
「いや、だから、リンカ。私はもう王女じゃないし、リンカも王女の奴隷じゃない」
集中を切らさないように、私は伝えた。
小さなリンカ達にも、奴隷の首輪があったが、それはもうない。
「ソーニャ様のお世話が生き甲斐なんですぅうう!!」
リンカは、ついに泣き出した。
私の集中は、とうとう切れてしまう。
両手に抱えるようにして浮かせていた水玉が、バシャンと地面に落ちてしまう。
魔法で作って保っていたのに……。
はぁ、とため息をつく。
「私はもう王女じゃないんだって、リンカ」
かつての私は、金色の髪と青色の瞳と血色のいい肌を持っていた。
しかし、星の精霊の力によって、魂をこの世界に呼び戻されて、生き返った私は変わった。
金色の髪は、色が抜け落ちたように白。ほんのり赤くなる血色のいい肌も、陶器のような白い肌になった。
青かった瞳は、この明るい森の色を吸い込んだようなペリドット色。首元で切った白い髪の毛先も、ほんのりライトグリーンに艶めく。
そして、オフショルダーのワンピースを着ている。後ろの腰には、大きなリボン。ちょっとこの格好は妖精っぽいと、個人的に思っていたりする。膝が出る長さのスカート。それから、ずっと素足。草を踏みつける感触は、くすぐったい。なんだか、森に棲む少女の姿をした妖精って感じだ。
「生まれ変わっても、あなたは我々を救った英雄の王女様」
口を開くのは、私の目の前にいる精霊。
水の精霊。水色の長い髪と真っ青な顔の中性的な美しい顔立ちをした人の姿。
真っ白な木の枝で出来た王冠を被り、純白のドレスに身を包んでいる。
彼女から水を自由に操る魔法を教わっていた。
「いつまでも尊敬をし、お仕えしたい。そう思っているわ、皆がね」
「ネロキュアー様……」
「様付けなんてしなくていいってば。ソーニャちゃん」
「じゃあ、ネロちゃん」
「いきなり距離縮めてきた! 歓迎だけどね!」
きゃっきゃっと、はしゃぐ精霊ネロキュアー。
見た目はかなり綺麗なのに、仕草も口調もお茶目である。
もうぷりぷりなのだ。
「十年経ってから、私を生き返らせたのはどうしてですか?」
「またその質問? だぁかぁらぁ、星の精霊様に祈り続けて十年、やっと答えてくれたの!」
「星の精霊様、ねぇ……」
星の精霊とは、地球で言うところの神様のこと。
精霊から妖精と魔物までが、崇めている存在。
私の魂を召喚して、身体に入れたのは、星の精霊だ。
地上にいる精霊には、出来ないという。
「それからぁ、他の精霊達の力も借りてぇ、私が保存していたソーニャさんの身体にそれぞれの力を与えたの! だから人間でも妖精でも精霊でもない身体になったのよ!」
「そして、不死の身体になった。でしょう?」
力ある精霊達の力で、身体はおかしなことになった。
一度死んだ身体だから、なのだろう。不死の身体に、星の精霊の力によって魂が入れられた。
私は、唯一無二の存在となったのだ。
「おかげで、精霊の魔法を使えるけれど……やっぱり簡単にはいかないね」
「歩き方を知らない幼子と同じよ! コツを掴めれば、すぐに上手く行けるわ!」
精霊の力で満たされた身体だからこそ、精霊の魔法が使える。
でも、ネロキュアーの言う通り、歩き方の知らない幼子と同じ。
覚えれば、上手くなるだろうとのことだ。
「わたし達の話は、どうなんですか!?」
話を戻すために、私の頭にリンカが突撃してきた。
痛くはない。蝶がぶつかってきたようなものだ。
「もう王女の身分でもないんだから、身なりを整える世話係はいらないでしょう? 王様だったお父様は、私の死後に王座を退いて、お兄様にも王座を渡さずに……」
お父様こと王様は、王座を退いた。このパンタエルビス国に、王族はもういない。
お兄様を思い出すと、ついつい胸を押さえる。お兄様に貫かれた胸の傷は、治してもらったようだ。傷は残っていない。
「皆を自由にした。あなたも、自由でいいのよ」
「なら、お世話させてください!!」
「なんで、そこに戻るかなぁ?」
皆の自由を手に入れる戦いだった。
自由の身になって、手に入れたいのは、世話係か。おかしなものだ。
「それに! 王族でなくても、英雄の王女ソーニャ様であることに、間違いはないのです!! 大体ずっと身なりを整えてもらっていた身分なんですから!! いきなり世話係がいなくなったら、どうなるかわかりますか!?」
「うっ!」
痛いところを突かれた。
王女時代、身の回りの世話は、奴隷だった妖精達がしてくれていたのだ。リンカが筆頭に……。
正直、転生召喚されたあとも、身の回りの世話をされていた。
だから長い髪を切ったのだ。一人では洗いにくい長い髪を、バッサリと切った。
「コルセットを結ばなくちゃいけないドレスじゃなく、これくらいのワンピースなら一人で着れるよ! 髪だってこの長さなら、一人で手入れできるし?」
ぶーっと唇を尖らせて、そっぽを向く。
確かに自分の世話をする術は、忘れかけてはいるけれども……。
口にした通り、一人で出来るもん。
「わたしが要らないってことですか!?」
「そこに戻るの!?」
泣き崩れるリンカ。大袈裟である。
地球の日本育ちの魂だから、奴隷なんて見て見ぬふりが出来なかった。
何よりファンタジー好きな魂だ。愛らしい妖精まで鉄の首輪を嵌められているなんて、見ていられなかった。
ただそれだけだったのだ。
そもそも、英雄だなんて、持ち上げしすぎている。
私がしたことなんて、ほぼ陰で動いていただけだ。
あと、自由になれると国中に伝えたくらいか。それぐらいなのに……。
「まぁいいじゃない。それもリンカの自由でしょう?」
「……」
自由を尊重したい私は、なかなか難しい気持ちになってしまう。
「精霊魔法学びに戻るから、好きにして!」
そっぽを向いて言うと、リンカが視界の隅で小躍りする。
私はまた手に抱えるように水玉を作り出した。
むむむっと念じて、力んで、水を出す。ぷくぷくと膨れる。
透明な水は、空気中の水を掻き集めて、魔力で増幅させたもの。
自由自在に水を操る。それが、水の精霊魔法だ。
ネロキュアーから言わせれば、それは最上級の水の魔法。
それをいきなり習得するなんて……。
ーーーー興奮してしまうではないか!
ファンタジー好きの魂が騒ぐ!!
さぁ! 頑張るぞ!!
そんな風に集中する私のことを、リンカは世話を焼いた。
リンカだけではない。リンカの仲間の蝶の妖精達。
水浴び中も、汚れを落としてくれて、丁寧に蜂蜜とアボカドとココナッツオイルを塗って手入れしてくれた。
甘い香りが気になって、人差し指で掬って食べたら、リンカに怒られてしまう。
普通の食事中にも、私は水の魔法の練習をしていたから、口に果物を突っ込まれた。咀嚼をして飲み込む。
おかしな身体になったから、果物を少々食べるだけでお腹が足りる。太らずにすみそう。最高か。
なんだかんだ言って、妖精達に世話されるのは、いいものだ。
若葉色に艶めく葉が生い茂った森と、様々な形の花が咲き誇る足元。そんなところで、精霊に魔法を習い、妖精達に世話をしてもらう。幻想的な生活だ。最高か。
ああ、素晴らしき美しい世界だ!
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