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02 悪役と言われましても。
しおりを挟む私は腰を折り深々と頭を下げて、謝罪をする。
「誠に申し訳ございません」
相手は、ネネティ嬢の治癒魔法を受けている第二王子だ。
淡い光は、薄い桃色と黄色に輝く。美しい光だと思う。
「もういい。デイダ先生も、アクアリー嬢も、頭を上げてください。……二人よりも」
短い前髪をサイドに分けた白金の髪と青い瞳を持つ第二王子のリーロ殿下は、私と隣で平謝りするデイダ先生を許す。デイダ先生の証言もあり、事故だということは説明できた。
私に踏まれたダメージは、ネネティ嬢に癒されていることもあり、責めるつもりはないようだ。しかし、怒っているような表情をしている。それもそのはずだ。
「さっきから笑うことをやめないか!! お前達!!」
怒りをぶつけた相手は、私に踏みつけられたことを大いに笑っているネネティ嬢の攻略対象もといリーロ殿下の友人達だ。
「だって、だってっ……!」
ヒイヒイ言いそうなほどお腹を抱えて笑うのは、コーラル・コラリア。
魔法生物の教授の息子。大きな丸い瞳の持ち主で無邪気な笑みを溢す。毛先が白く、根本がコーラルピンクの髪。ちょっと寝癖がついていて、後ろ髪がはねている。
制服のワイシャツの上に、大きなフード付きの白い外套を、いつも着ている格好。手まで隠すほど長い袖を振り回すから、幼く見える。
「ぶふっ……!」
肩を震わせて、そっぽを向くのは、サフィーロ・モートン。
最高魔導師の息子。右サイドの長めの髪を垂らした髪型は深い青色。瞳は明るい水色だ。いつもはクールな表情を保って、落ち着いた声で話す人。そんな彼が、笑いを堪えずにいるみたいだ。
「ぶははっ! わかった、もう、もうっ、やめにする……」
豪快に笑うのは、コルベット・アラン。
騎士団長の息子。短い前髪の髪型と瞳は、オレンジ色。
元々にっかりと笑って見せる明るい性格の持ち主。きっちりと制服を着ているけれど、あぐらをかいて座っている。コルベットが笑いをやめれば、二人も笑いをやめた。
けれども、クスクスとどこからか笑い声がする。
誰かしら、と思っている間に。
「いやぁ……華麗な着地だった! アクアリー嬢!」
「あははっ!」
「ぶくくっ!」
私を褒めて声を上げたコルベットは、再び笑い出す。
リーロ殿下に着地した瞬間を思い出して、コーラルもサフィーロも吹く。
またこの場に笑い声が響く。
「いい加減にしろ! お前達!」
殿下が怒れば、また止んだ。
しかし、やはり一人だけ笑い続けている声がする。
「兄上もです! いつまで笑っているのですか! やめてください!」
顔を上げて、リーロ殿下は上に向かって苦情を訴えた。
その視線を辿ると、植木の上に人がいる。
リーロ殿下が兄と呼ぶということは、第一王子。同じ白金髪を持ち、オッドアイの瞳をしているルヴィロ殿下。手袋を嵌めた手を口に添えて笑っている姿を目にした。
木洩れ陽のせいか、右目がやけに紅く光ったように見える。
ルヴィロ殿下の瞳は、確か右目が紅、左目が青。紅い瞳は、忌み嫌われている。不気味だと感じる人が多いらしい。だから、ルヴィロ殿下には、人があまり寄ってこないのだ。当人は、隠しもしないから、あえて人除けに使っているもよう。
木の枝に悠々と座って、微笑みかけるような笑みを浮かべて見下ろしてくるルヴィロ殿下は、おとぎ話で読み聞かせられて想像した王子様のごとく美しいと思った。紅い瞳の光すら妖艶に思え、魅了されてしまう。
少しルヴィロ殿下は、首を傾げた。私がぼんやりと見つめてしまったせいだろう。
「ルヴィロ殿下もいらっしゃったとは気付きませんでした。ご無礼をお許しください」
「構わないよ」
再び腰を曲げて、頭を下げて謝罪をする。
ストン、とルヴィロ殿下は、地面に降り立った。
男子生徒の制服は、コートのように裾が長い上着。金色のラインが入り、首元を覆うように襟が立っていて、ハイウエストにはベルトを着用。上着は、純黒の色。裏地は深紅。ゆったりしたパンツに、黒いブーツを合わせている。
首につけるスカーフは、学園側から支給されているものもあるけれど、貴族のほとんどが流行りの色や柄を取り入れたスカーフを身に付けているのだ。
今は春なので、桃色が流行だと聞いた。
けれども、ルヴィロ殿下のスカーフはワインレッドだ。
ちなみに、私達女子生徒の制服は、肩部分がランタンのように膨らんだブラウスと大きな襟とリボン。リボンは男子生徒のスカーフのように、個人で変えることも可能。
黒のコルセットデザインと深紅のドレープ型に前開きするスカートの中に、裾がフリルのストレートな白いスカートを合わせたドレスだ。
そして、後ろにリボンのついた黒いブーツ。
自分の制服を確認したあと、顔を上げれば、にこりと微笑みを向けられた。
「今年一番の笑いをありがとう、アクアリー嬢」
笑い、と言われて、気付く。
私、今無表情だった。
慌てることなく、にこりと微笑を作っておく。
「いいえ、ルヴィロ殿下。礼を言われるようなことではありません。リーロ殿下に怪我をさせた上に皆様のお邪魔をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
反省していると再び頭を下げる。
また吹き出す音がしてきたから、コルベット様達が思い出し笑いをしているのだろうか。見てみれば、リーロ殿下に睨まれ、ピタリと笑いをやめていた。
先程、ネネティ嬢に聞いた攻略対象が揃っている。
攻略が早い……。なんだっけ。
そうだ。逆ハーレム。
もうこれで、満足しないのかしら。
どこまでがゴールなのかしら、ね。
ネネティ嬢の目標の逆ハーレムエンドとは。
「はい、終わりました。リーロ殿下。もう痛くないでしょう?」
「ありがとう、ネネティ嬢」
気を取り直したように明るく笑いかけるネネティ嬢は、笑みで応えたリーロ殿下。
「そうだ、アクアリー嬢もどうかな? ネネティ嬢の手作りしてくれたクッキーをいただこうとしていたんだ。新参者のネネティ嬢と親しくなるいい機会と思って、参加しないかい?」
提案してきたのは、ルヴィロ殿下。私はまたしても、紅い瞳に注目をしてしまった。
「そうでしたの……ネネティ嬢の手作りクッキー」
輪の中心に置かれているのは、愛らしい形ばかりのクッキーだ。
「ああ! 右も左もわからないネネティ嬢に、教える機会の多いオレ達が、奇しくも親しい友人同士だったこともあり、こうして集まったわけだが、他を拒む理由もない!」
コルベット様がどーんと言ったけれど、実は拒む理由がある。
きっとネネティ嬢は、「断れ」と心の中で念じているはずだ。
つい先程、コルベット様達を避ける約束をした手前、応じるわけにはいかないとも思った。
「お誘い、とても嬉しいです。実は先程お茶をすませたばかりでして……帰るところでした。ネネティ嬢とは、また別の機会に仲良くしたいと思います」
先程のお茶会を伏せるべきだと思い、私は丁寧に微笑みで断る。
「また会いましょう、ネネティ嬢」
「は、はい! エルシー嬢!」
そっとネネティ嬢の肩に手を置いて、なるべく愛想良くわらいかけた。
何故か、リーロ殿下に睨まれているのだもの。
「ではお騒がせしました。失礼しますね。あ、デイダ先生、お手伝いしましょうか?」
「いえいえ、どうぞ帰宅してください。エルシー嬢」
ドジで有名なデイダ先生が転ばずに荷物を運べるか心配なのだけれど。
断るので、私は途中まで並んで歩いて、帰ろうとした。
離れるその前に、ルヴィロ殿下が声を上げるように尋ねる。
「“悪役令嬢”って、なんのことだい?」
ついつい、振り返ってしまった。
靡く黒髪の向こうに見えたのは、間違いなく私に問うているルヴィロ殿下だ。
「えっと……?」
私は困って、ネネティ嬢の方に目を向けてしまった。
ルヴィロ殿下も、追うようにネネティ嬢に目を向ける。
大声を上げて、悪役令嬢というワードを出したのは、彼女である。
固まってしまっているネネティ嬢。
まさか、私に説明したように前世の話をすることも出来ず、冷や汗をかいていた。私は悪役の令嬢の立ち位置とは、言えない。
「そのぉ……」
ライトグリーンの愛らしい目が泳いでいる。
「私が悪役の令嬢に、見えてしまったのではないでしょうか?」
逃げ場を作ってあげた。
「悪を連想する黒の髪と瞳ですし、突如リーロ殿下を襲ったような私は悪役に思えて、つい口走ってしまったのでしょうかね?」
「た、多分! それです!」
ネネティ嬢は、すがり付くように声を上げる。
「あまりにも衝撃的すぎて、自分でもよくわからず、大声を上げてしまいました。ごめんなさい」
しゅんとしおらしく俯くネネティ嬢。
上手く逃げれた、かしら。
「確かに、衝撃的、だった……ぶふっ」
思い出し笑いをするサフィーロ様。
コーラル様も、笑っているみたいだけれど、両手で押さえて堪えていた。
「では、失礼しますわね」
一礼をして私はデイダ先生も置いて、先に学園をあとにする。
転移魔法で自宅に帰った私は、ぼんやりとコルベット様の発言を思い出す。
新参者で何も知らないことを利用して、攻略対象に接近したということなのだろうか。剣術はコルベット様に教わり、魔法はサフィーロ様に教わり、魔法生物はコーラル様に教わる。殿下達は、貴族の社交界のマナーや常識でも教えているのかしら。
そうして、あの逆ハーレムのお茶会が完成した。
あれでは、満足いかないのだろうか。
明日以降に時間があったら、尋ねてみよう。
あと人を弄ぶのは、よろしくないとも言っておかなくては。
私は私で、意識して避けておかなくては。
だって約束したのだもの。
極力、約束は守りたい。当然のことでしょう。
「……悪役」
夕食の時、それとなく、悪事をしていないか。
お父様に、尋ねてしまった。
当然、困惑されながらも、していないと答えをもらったので、一安心しておく。
翌日、私の実家とサーディアマン学園は、歩いて行ける距離ではないので、転移魔法で登校をした。兄は、一足先に登校している。私は私のペースで登校をするから、いつものことだ。
「あっ! エルシー嬢!!」
呼ばれたから振り返れば、駆け寄るコーラルピンクの頭を見付ける。
黒いコートのような上着ではなく、大きな白いローブを着たコーラル様だ。
「おはよう!! 昨日は本当に笑ったよ!!」
元気で愛らしい笑みで私と並ぶコーラル様。
「おはようございます、コーラル様」
「前にも言ったけど、普通に話そうよ? 僕は庶民だし、同じ生徒でしょ?」
基本的に、この学園は貴族でも庶民でも関係なく平等に扱われるし、生徒達も平等という考えを持っているはずだ。
コーラル様は、魔法生物学で世界的に優れた教授、その息子。庶民でも、大物の父親を持つ。
性格は少々幼いような感じがする。身長はブーツのヒールがある私とそう変わらないのに、やや屈んで下から覗き込む。上目遣い。甘え上手、だと思う。
「嫌?」
実は嫌なんです、とは言えない。
だって、あなたを全力で避けると約束をしてしまったからだ。
「ごめんなさい、コーラル様。私、急いでいるので、お話はまだ今度。失礼しますわね」
「えっ!」
ぺこりっと会釈をして、早足に廊下を進み、生徒達の人混みに紛れた。
けれども、気が付く。
……あ。
早速、コーラル様と同じ魔法生物の授業だったわ、今日の一限目。
適当に時間を潰して、予鈴ギリギリに教室に入った。
ほとんど席が埋まってしまっている教室を見回して、席を探す。
「あ。おーい、エルシー嬢! ここ、空いてるよ!」
「……」
大きな袖に隠れた右手を振って、招くのはコーラル様だ。
その左隣には、しっかりネネティ嬢が座っていた。
にっこり、と笑みを貼り付けているネネティ嬢は、またしても「断れ」と念じているに違いない。
しかし、本鈴が鳴ってしまったから、仕方なくコーラル様の右隣の席に座った。
私は避ける約束をしたけれど、同じ授業では難しいとも言ったわ。
ごめんなさいね。
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うーむ対象者達がどう思っているのか現時点では分かりませんが、第二王子は陥落しちゃうのかな?ビッチちゃんに嫌だなぁ
早く恋愛要素がみたいですね^_^
ビッチちゃん!笑
現時点では、なんだか第二王子がビッチちゃんことネネティ嬢に寄りですかね。
私も早く恋愛的シーンを書きたいです!
目標は萌え悶える展開! 頑張りますね!
また来月お楽しみに!
感想をありがとうございました!
とっても面白かったです!ぜひ続きを読みたいです(^ ^)
エルシーちゃんのマイペースさが良い感じ♪何もしていなくても、攻略対象達には既に気に入られてそうな気配が(ぶつかった先生も攻略対象でしょうか)。そしてするつもりが無いのに悪役令嬢っぽい展開になったりもしそう。
ネネティちゃんは悪い子ではなさそうだけど、ちょっぴり痛い目みた方が良いかもしれませんね。
踏みつけられた王子。気の毒ではありますが、鍛錬が足りないのでは?と思ったのは私だけでしょうか。だって狙われる事も多いだろうしw
お話降りてきたら、よろしくお願いします!
とっても面白かった! 嬉しいお言葉です!
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