25 / 29
25 慣れ。
しおりを挟む翠という名の妖を魔界の入り口まで見送った。
最後に花のように儚げに微笑みを見せてくれた彼は、悲しみを乗り越えられただろうか。
あんな愛情深い妖もいるのかと、私はしんみりした。
「翠? いばらの森の植物使い翠だったのか!?」
神宮先生に彼の名前を話したら、驚かれる。
どうやら、相当悪名高い妖だったらしい。
「よく無事で済んだな。というか、よく倒せたな」
「彼も本気ではなかったんじゃないですか」
私達を殺す気だったら、ただでは済まなかったと思う。
殺意はなかった。それだけはわかる。
ただ彼は、悲しみにもがいていただけ。
「んー……」
「……? なんですか?」
神宮先生は苦笑を浮かべながら、私をまじまじと見つめてきた。
「お前、ただ者じゃないな」
そう言って、私の頭をポンポンと撫でる。
「師匠が知ったら修業を張り切りそうだ。土日空いているか? また連れて行くが」
「場所はわかったので、一人でも行けますよ。大丈夫です」
「え!? 小紅芽ちゃん、“一緒に行ってもいいんだからね!”って言ってくれないの!?」
「一人でも行けるから言わない!」
みやちゃんに意外すぎるという反応をされたけれども、絶対に今回は言わない。言わない。言わないんだから。
「よし。あとは大人に任せて、子どものお前らは帰った帰った」
「ひど! こき使っておいて扱いひど!」
「ご苦労さーん」
和真くんの文句も神宮先生は軽く流して、下校する私達を見送る。
私は家に送ってもらって、無事に帰宅。
疲れを感じて、あっさりと眠りに落ちた。
みやちゃんは有言実行でコテを持ってきて、登校するなり私の髪を巻く。
教室の前に陣取り、コンセントを使わせてもらって、髪をふんわりカールしてもらう。昨日に引き続き、注目されている。
「おはようございます、雅、小紅芽さん」
「おっはよー。あれ? 何してんのー?」
「おはよう、狼くん、和真くん」
狼くんが教室を覗いたかと思えば、和真くんもひょっこりと顔を出す。
「小紅芽ちゃんプロデュース計画進行中!!」
和真くんの質問に、みやちゃんがそう答える。
「何、プロデュースって」
「いやなんとなく」
なんとなくなんだ。
どこの化粧水を使っているのか、どのシャンプーを使っているのか、そんな話をみやちゃんに振られる。なんか美容室にでも来たみたいだ。
その間、狼くんも和真くんもB組の教室に居座った。
「へぇ、変わるものなんですね。髪型を変えると印象が」
「小紅芽ちゃん、可愛いー」
完成した髪型を見て、感想をくれる二人。
「我ながらよく出来た! はい、チーズ!」
「ちょ、撮ることないでしょ」
「おや、いいですね。モデルみたいです。俺に送ってください」
「え? 高いよ?」
「いくら取る気なの、みやちゃん」
ただ座っているだけなのに、モデルはないだろう。狼くんは私を褒めすぎだ。
私の横でこっそり写真を撮る和真くんがいたので、ぺしっと頭を叩いた。狐耳に触れたので、ついでにもふもふさせてもらう。
「わわわっ! 小紅芽ちゃんのえっち!」
「なっ!? どこが!?」
そんなことを言われたものだから、手を引っ込める。
和真くんはそっぽを向いた。後ろでは、もふもふの尻尾が一振り揺れる。
私が耳を頭ごと撫でていたのを見ていなかったみやちゃんと狼くんは、何事かと目をまん丸にしている。
「小紅芽ちゃんが俺の純潔狙ってるー」
「狙ってないし、言い触らさないで!」
ちょっと! と声をかけても和真くんは教室を飛び出した。
後日知ったのだけれど、仲の良い私達四人は「上位四人組」と噂の的になってしまっているそうだ。
ちなみにみやちゃんが満足したあと、私は髪を束ねて授業を受けたのだった。
数日後のこと。登校してみると、私の席に座って翠が本を読んでいた。
長い緑の髪は背中に流して、赤い瞳の持ち主。どこからどう見ても人間の男性にしか見えないけれど、彼が視えているのは私だけ。
「翠さん。また来たのですね」
「……翠でいい」
翠は立ち上がって、私の席を返してくれた。
静かな彼は、今日は悲しげな表情をしていない。
眼差しが優しげで、ほのかに微笑みを浮かべているような柔らかい表情だ。
誰にも声を聞かれていないことを確認して、壁に立つ翠を見上げる。
「怪我は癒えましたか?」
「ああ」
「すみません、痛かったですよね」
「俺はああされて当然のことをした。謝らなくていい」
苦笑いを漏らす私に、そう返す翠。
「……ここにいると落ち着く」
「ああ、私の霊力のせいだと思いますよ。なんでも妖を惹きつけやすい質だそうで」
「なるほど」
翠はしゃがんだ。壁に凭れてそこに居座ったのだ。
「小紅芽ちゃん、おは、よ!?」
みやちゃんは教室に入って翠を見るなり、びっくり仰天していた。
「な、な、なんでいるの!? 魔界に帰ったんじゃないの!?」
「魔界なんてワードを大声で言わないのっ」
ガッとみやちゃんの頭を掴み、声を潜めるように伝える。
「魔界になら帰った。一度」
「舞い戻るってありなの!?」
「戻るなとは言われていない」
しれっと答える翠に、みやちゃんはがくりと肩を落とす。
「おはようございます。おや?」
「おはようー……げっ」
挨拶しに顔を見せにきてくれた狼くんと和真くんも、当然のように翠に注目した。和真くんなんて、露骨に嫌がっている顔をする。
「何居座ってるの?」
「ここ、落ち着く」
「そりゃ小紅芽ちゃんのそばは落ち着くけれども」
でもすぐにしゃがんで、私の机と壁に挟まれている翠に話しかけた。一戦を交えたけれども、恨んではいないみたいだ。
「小紅芽さんに迷惑をかけないでくださいね?」
狼くんも帰るように促すことなく、ただ釘をさす。
翠はコクリと頷く。
そのままみやちゃん達は翠がいても、私の机の前で談笑を始めてしまう。
きっとこれに慣れないといけないのだろう、と思った。
妖に「ここ落ち着く」と居座られることを。
頬杖をついて、私は前向きな気分で談笑の相槌を打った。
0
お気に入りに追加
300
あなたにおすすめの小説
失踪していた姉が財産目当てで戻ってきました。それなら私は家を出ます
天宮有
恋愛
水を聖水に変える魔法道具を、お父様は人々の為に作ろうとしていた。
それには水魔法に長けた私達姉妹の協力が必要なのに、無理だと考えた姉エイダは失踪してしまう。
私サフィラはお父様の夢が叶って欲しいと力になって、魔法道具は完成した。
それから数年後――お父様は亡くなり、私がウォルク家の領主に決まる。
家の繁栄を知ったエイダが婚約者を連れて戻り、家を乗っ取ろうとしていた。
お父様はこうなることを予想し、生前に手続きを済ませている。
私は全てを持ち出すことができて、家を出ることにしていた。
婚約破棄されたけど、転生前の獣医師だったときの記憶を思い出した私は、ドラゴンの王子を助けました。
惟名 水月
恋愛
『シャルロット、本日を持ってそなたとの婚約を破棄する!』
突如として、婚約者アレンから婚約破棄を告げられた辺境貴族の令嬢『シャルロット・アストルフィア』。仕方なく引き下がったシャルロットだったが、婚約者であるアレンは、婚約破棄したという事実を消すために、自らの領地へと戻っていたシャルロットを暗殺する計画を企てる。
道中にアレンの雇った族に襲撃されたシャルロット一行の元に現れたのはドラゴン。ドラゴンの登場でパニックが生じた最中、シャルロットは頭を強打し意識を失ってしまう。
意識を失っている最中、シャルロットは前世の記憶を思い出す。彼女は前世で、動物のお医者さんとして働いていたのだ。
目を覚ましたシャルロットは、ドラゴンの国で檻に捕らえられていた。ドラゴンは、一族に蔓延る『呪い』を抑えるために、人間の女性を生け贄に捧げることを目的として、人間の女性をさらっていた。
生け贄にされそうになっていたシャルロットは、ドラゴンの王子『リンドヴルム』から、『呪い』についての話を聞く。そして、それが『呪い』ではなく、病気だと確信したシャルロットは、リンドヴルムにある提案をする。
「いくら生け贄を捧げたところで、『呪い』は解けないわ。無駄よ。それを、私が証明してあげる。もし、私がその『呪い』とやらを解けなかったら、私のこの身、あなたの好きにして貰っていいわ」
どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい
海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。
その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。
赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。
だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。
私のHPは限界です!!
なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。
しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ!
でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!!
そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ
だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような?
♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟
皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います!
この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
【完結】悪役令嬢に転生したのでこっちから婚約破棄してみました。
ぴえろん
恋愛
私の名前は氷見雪奈。26歳彼氏無し、OLとして平凡な人生を送るアラサーだった。残業で疲れてソファで寝てしまい、慌てて起きたら大好きだった小説「花に愛された少女」に出てくる悪役令嬢の「アリス」に転生していました。・・・・ちょっと待って。アリスって確か、王子の婚約者だけど、王子から寵愛を受けている女の子に嫉妬して毒殺しようとして、その罪で処刑される結末だよね・・・!?いや冗談じゃないから!他人の罪で処刑されるなんて死んでも嫌だから!そうなる前に、王子なんてこっちから婚約破棄してやる!!
虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……
くわっと
恋愛
21.05.23完結
ーー
「ごめんなさい、姉が私の帰りを待っていますのでーー」
差し伸べられた手をするりとかわす。
これが、公爵家令嬢リトアの婚約者『でも』あるカストリアの決まり文句である。
決まり文句、というだけで、その言葉には嘘偽りはない。
彼の最愛の姉であるイデアは本当に彼の帰りを待っているし、婚約者の一人でもあるリトアとの甘い時間を終わらせたくないのも本当である。
だが、本当であるからこそ、余計にタチが悪い。
地位も名誉も権力も。
武力も知力も財力も。
全て、とは言わないにしろ、そのほとんどを所有しているこの男のことが。
月並みに好きな自分が、ただただみっともない。
けれど、それでも。
一緒にいられるならば。
婚約者という、その他大勢とは違う立場にいられるならば。
それだけで良かった。
少なくとも、その時は。
見た目を変えろと命令したのに婚約破棄ですか。それなら元に戻るだけです
天宮有
恋愛
私テリナは、婚約者のアシェルから見た目を変えろと命令されて魔法薬を飲まされる。
魔法学園に入学する前の出来事で、他の男が私と関わることを阻止したかったようだ。
薬の効力によって、私は魔法の実力はあるけど醜い令嬢と呼ばれるようになってしまう。
それでも構わないと考えていたのに、アシェルは醜いから婚約破棄すると言い出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる