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24 愛したヒト。(翠視点)
しおりを挟む俺が愛したヒトは、優しかった。
植物に触れる手、話しかける声、それらが愛おしかった。
妖である俺の姿は、彼女には視えていなかったが、それでも愛おしかった。
彼女の目に俺が映らなくとも、俺は彼女を見ているだけで満足だった。
なのに、そんな時間も長くはなく、ヒトである彼女は逝ってしまう。
俺は悲しみの乗り越え方を知らず、ただ暴れた。
魔界に悪名が轟くほど、暴れた。
悲しみが紛れることはなかった。
ただ、声を上げても、何度上げても、上げ足りなかった。声が枯れるほど、叫んだ。
やがて、俺も疲れた。
魔界から身を離れようと、人間界に戻った。そうして行き着いたのは、珍しい幻獣がいると噂になっていた摩訶井学校というところだった。
妖の生徒も教師もいるが、視えていても俺のことは知らない。
そこで暫くの間、ここに居ようと決める。
魔界と行き来しているうちに、不思議なほど惹かれる霊力をある日感じた。その持ち主は、度々目に入っていた少女のものだった。
彼女は幼い頃から、妖に狙われないように霊力を隠して過ごしていたらしい。
それもそうだ。幼いヒトの子にとって、妖はさぞ恐ろしいだろう。
当然の反応なのだ。
もしも俺が愛した彼女が視えるヒトだったのなら、同じように視えぬふりをしていたかもしれない。見つめる俺を、怖がって。
今の俺は魔界でも恐れられる妖となってしまった。
そういうものだ。人間と妖は相容れぬ関係なのだ。
そう痛感していれば、妖狐の半妖の少年とその少女の会話を耳にした。
視えないヒトの母親を持つ少年は、視える少女の存在に戸惑っていたのだ。
それでも少女は、優しい声で試行錯誤をして接すると言った。
掠れた記憶の彼女の声と、重なった気がする。
俺を見付けた少女の瞳も優しげに見えて、俺は彼女と重ねた。
悲しみが襲いかかる。
思い出したくない。思い出したくはなかった。
つらすぎたあの想いを、蘇らせるな。
なのに少女は俺を。
「いい妖」
と言ったものだから、虫酸が走った。
俺は……いい妖なのではない。
悪名高い妖になってしまったのだ。
敵意を垣間見せて「俺に構うな」と忠告をした。
そんな少女が出ていったあと、いつの間にか黒猫が部屋に入ってきていた。
「植物使いの翠と言えば、魔界の大抵の妖は震え上がるのに、それを“いい妖”なんていう小娘がおかしくて堪らないだろう?」
黒猫はそうにたりと笑う。
「あいつはお前の怖さを知らないんだ」
ああ、そうだな。
「その怖さを教えてやったらどうだ?」
ああ、そうだな。
「妖の恐ろしさを教えてやれ、翠」
ああ、そうだ。
妖がどんなに恐ろしいか。思い知れば、半妖とも戯れることも出来なくなるだろう。
夜になって、その少女達を見下ろしていれば、半妖の小鬼が俺の前まで来て言った。
「小紅芽ちゃんの優しさを無下にしないでください!!」
優しさだと?
少女が俺に優しさを向けただと?
頭に血が上った。優しい声が、優しい瞳が、どうにも出来ない悲しみを蘇らせた。
俺を視るな。視るな!
愛情を蘇らせるようなものを、俺に向けるな。
怖がってしまえ。恐れてしまえ。嫌ってしまえ。
こんな俺に優しさなど、向けるな!
それなのに、少女は怖がらなかった。
優しい瞳で俺を視て、優しい声で「怖くない」と言う。
胸が引き裂かれるような痛みを覚えた。
何故怖がらないんだ。何故恐れないんだ。何故なんだ。
俺はわけがわからないまま変身をして、少女を傷付けようとした。
だが、逆に返り討ちにされる。
少女は見た目に反して、巨大すぎる霊力を持っていた。
一撃一撃が重く、俺は二発目で敗れる。
夢を見た。覗かれている気配がしたが、遮ることは叶わなかった。
懐かしい。彼女の姿を久しく見た。愛おしくて、切ない。
彼女を亡くして、荒れた俺は何度妖を葬っただろうか。
何度この手を血で染めただろうか。
彼女に視られたくない姿になってしまった。
彼女に知られたくない姿になってしまった。
こんな俺を、彼女と同じ優しさを持つ少女に視られたくなかった。遠ざけてしまいたかった。
どうせ怖がられる存在なのだから、近付いてほしくなかった。
なのに、俺の記憶を覗いた少女に知られてしまった。
「私も大切な人を亡くしたんです。……生みの親です」
ベッドに腰掛けて、頭を上げた少女はそう口を開く。
「たくさん泣きました。涙が枯れるくらいたくさん泣きました」
「……」
「悲しみの乗り越え方は人それぞれで……間違ったこともしてしまうでしょう」
「……」
俺は少女を見たくなかった。
きっとそこには優しい瞳があるだろう。
一方的に話す声は、優しかった。
「それでもあなたは、根が優しい妖だと私は思います。だから、怖くないと感じるのでしょう。愛情深いあなたを、怖がることは出来ません」
俺は俯く。涙が溢れてきた。
少女の手が俺の頭に触れる。
優しすぎて、胸が痛んだ。
その手を掴んで握り締めた。
彼女が過ってしょうがない。ずっと消えなかった彼女の笑み。忘れてしまったその声。触れることのなかった掌。
俺は泣き崩れてしまったが、少女の手を放さなかった。
もう片方の手で少女は俺の背中を、やはり優しく撫でた。
その優しさが、痛くも心地良く、俺は涙したのだ。
一頻り泣いた俺は、どこか気が軽くなったように感じた。
小紅芽という少女達に見送られて、魔界に帰った。
俺の領域となったいばらの森に帰り、そこで眠りにつく。
「何の本を読んでいるのですか?」
小紅芽の問いかけを思い出して、俺はポツリと答えた。
「愛が描かれた本を読んでいたんだ……」
小紅芽には今届かないが、いつか話そう。
そう決めた。
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