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1巻

1-2

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 ――ある日、私は重い本を何冊も抱えて学園の廊下を歩いていた。授業で使用した資料を図書室まで返しに行くところだ。
 そして階段に差しかかった時、廊下を駆けていく生徒とぶつかりそうになり、思わず本を落としてしまった。
 重い本は鈍い音を立てて床に散らばり、そのうちの一冊が階段から落ちていく。
 私は慌ててその本を追いかけ、階段を下り切ったところで拾おうとした。……するとそこには、ミサノ嬢が立っていた。
 落ちていく本に気を取られて気が付かなかったが、あやうく、彼女に本がぶつかってしまうところだった。
 彼女は険しい表情を浮かべている。
 私は申し訳なく思いつつ、令嬢スマイルを浮かべる。

「ごめんなさい。わざとじゃなくてよ」

 貴族令嬢としての対応は、これで間違いない。でも、ミサノ嬢はキッとこちらをにらみ付けた。
 ……少し鼻につく言い方だっただろうか。
 もしかするとミサノ嬢は、私がシュナイダーと彼女の仲をねたんで嫌がらせをしたと思っているかもしれない。
 もう一度謝ろうか迷っているうちに、彼女はそっぽを向いて立ち去ってしまった。
 ――そして別の日。
 魔法の授業の最中に、ある生徒が魔法を暴走させた。

「ローニャ!」

 バチバチと嫌な音を立てる魔力のかたまりが私に向かって飛んでくる。
 こちらに駆け寄ろうとするシュナイダーを横目に、私はその魔力のかたまりを魔法でね返した。すると魔力のかたまりは、運悪くミサノ嬢のすぐそばではじけた。危うくミサノ嬢に当たるところだった。私はまたもにらまれてしまう。
 ……わ、わざとじゃなくてよ。
 魔法を暴走させた生徒はこっぴどく叱られ、その後は普通に授業が進められた。
 そして最後に魔法対決をすることになったのだけれど――私の対戦相手はミサノ嬢だった。
 成績がかかっているので、私は全力を出して彼女に対峙する。
 結果は私の勝利。ミサノ嬢は、ものすごい形相でこちらをにらんでいた。
 ……こ、これはしょうがないでしょう?
 ちなみに、これらの出来事はすべて小説に描かれていた内容と同じ。
 つまり、私に悪意なんてこれっぽっちもないのに、ミサノ嬢への嫌がらせになってしまったのだ。
 私が何もしなくても、小説の結末に向かっていっているような気がする。
 不安は、どんどんふくれていった。


『王都東南の支配者』ガヴィーゼラ伯爵家の一人娘となれば、さまざまな人達が寄ってくる。そのうえ私は、王弟殿下のご子息と婚約している。
 友人と呼べる人は少ないものの、私には取り巻きの令嬢が多かった。彼女達は、よく私をお茶に誘ってくる。いつの間にか、学園内に私専用のお茶会スペースまで用意されていて、驚いたほどだ。
 今日も、何人かの令嬢に誘われて、そのお茶会スペースにやってきた。
 吹き抜けの空間の一階に作られた、サロンのようなスペース。そばには螺旋らせん階段があり、二階、三階の渡り廊下に繋がっている。
 本当は一人でのんびりしたいけれど、将来のことを考えると、彼女達との交流も重要だ。
 窓から優しい陽射しが入る部屋で、私は飲みものとお菓子の準備をする。
 初めは私がお茶の準備をすることに恐縮していた令嬢達も、今では慣れっこだ。
 ご令嬢達は、流行はやりの紅茶を好む。私は彼女達に紅茶を振る舞い、自分にはコーヒーをれた。

「ねぇ、ローニャ様。ミサノ嬢のことなのですけれど、最近シュナイダー様にれしくありません?」
「ローニャ様、彼女には一度、身の程を教えて差し上げるべきではなくて?」

 今日の話題は、ミサノ嬢について。
 穏やかな昼下がり、美しく着飾った令嬢達は、優雅な仕草で紅茶を楽しみ、美しく微笑んでいる。なのに、彼女達の口からこぼれ落ちたのは、とても物騒な言葉だ。

「きっとミサノ嬢は、シュナイダー様を奪おうと目論もくろんでいるのですわ。ローニャ様、早々に釘を刺しておきましょう?」

 可愛らしく微笑みながらそう提案してくる令嬢に、私は微笑みを返した。

「そんな必要、ありませんわ」

 私が答えると、令嬢達は感心したような表情を浮かべる。

「まぁ。ローニャ様は、いつも冷静でいらっしゃるのね」
「本当、素敵ですわね」
「ねぇ、それより今日の紅茶も美味おいしいですわ」
「えぇ、このお菓子も」

 すぐに話題が変わったことにホッとする。けれど次の瞬間――
 頭上から黒い物体がボトボトと落ちてきた。 

「きゃあっ!!」

 令嬢達は口々に悲鳴を上げる。
 テーブルの上の黒い物体をよく見ると、それは拳大こぶしだいほどの蜘蛛くもだった。

「いやああ!!」

 令嬢達は、青ざめた表情で慌てふためいている。
 一方の私は、まったく平気。黒光りするイニシャルGの虫以外は、怖くない。
 むしろ目の前にいる蜘蛛くも達は、ぷっくりした体とクリンクリンした目が可愛らしい。
 ふと上を見上げると、二階の渡り廊下にミサノ嬢の姿を見つけた。
 彼女は勝ち誇ったような表情で去っていく。
 ……犯人は、彼女か。
 やがて令嬢達も、バタバタとこの場からいなくなってしまった。よほど蜘蛛くもが怖かったらしい。
 コーヒーをすすりながら蜘蛛くも達を観察していると、背後から爽やかな声が聞こえた。

「やぁ、ローニャ嬢! 今日のお茶会は一人かい?」

 振り返った先にいたのは、ヘンゼル・ライリー。サラサラと揺れる長い金髪を、後ろで一つにたばねている。
 ライリー家は手広く商売をいとなんでおり、その成功によって数年前に男爵位を得た。
 ヘンゼルはライリー家の長男で、父親の仕事を手伝いながら商売の勉強をしつつ、この学園で貴族としての振る舞いも学んでいる。
 無邪気な性格で、誰にでもフレンドリーに接するヘンゼル。
 彼はシュナイダーの良き理解者であり、私の数少ない友人の一人だ。
 ヘンゼルは私のコーヒーを気に入ってくれていて、時々飲みに来てくれることもある。
 私にはもう一人、大切な友人がいるのだけれど……彼女は五年生に進級したと同時に、休学してしまった。国外で仕事をされているご両親に、付いていくことになったのだ。
 一人でお茶会をしているのか、というヘンゼルの問いかけに、私は曖昧あいまいな笑みを返した。
 すると彼は、テーブルの上に目を向ける。

「……蜘蛛くも? 風変わりなお茶会を試しているところかい?」

 翡翠色ひすいいろの目を見開き、首を傾げているヘンゼル。

「可愛らしいでしょう?」

 私は笑ってそう誤魔化した。
 天然な彼も深くは追及せず、「そうだね」と笑い返して向かい側の椅子に座る。
 私はヘンゼルのために、コーヒーを一杯れた。

「んー、ローニャ嬢のコーヒーは最高だ。ねぇ、これで商売する気はないのかい?」
「お金を取るほどのものではないですわ」
「いやいや、オレならお金を払ってでも飲みたいよ」

 ヘンゼルは、にっこりと笑って言う。その人懐っこい笑みから、彼がお世辞ではなく本心で言っているのだと伝わってきた。
 だから私も、心からの笑みを返す。
 ――確かに、こんなふうにコーヒーをれるお仕事なら、是非ともやってみたい。
 令嬢なんてやめて、こぢんまりとした喫茶店を開くのはどうだろう?
 それなら、今よりまったりできそうだ。
 ぼんやりそんなことを考えていると、ヘンゼルがいつもより静かなことに気が付いた。常ならば、楽しい話題を次から次へと話してくれるのに。

「……ヘンゼル様?」

 彼は、テーブルの上をじっと見つめている。そこには、飲みかけの紅茶や食べかけのお菓子があった。先ほどの令嬢達のものだ。
 ヘンゼルは、優しい眼差まなざしをこちらに向ける。

「ローニャ嬢、オレのことはヘンゼルでいいよ。……それより、この蜘蛛くも。もしかして……嫌がらせかい?」
「……」

 私はとっさに目をらす。

「大丈夫なのかい?」

 ヘンゼルは、心配そうな表情を浮かべてこちらをのぞき込んでくる。だから私は、にっこりと笑ってみせた。

「……可愛い蜘蛛くもですわ」

 けれど、ヘンゼルは浮かない表情のままだ。
 彼は、私の手によじのぼってきた蜘蛛くもを、そっと手に取った。

「確かに可愛い蜘蛛くもだけど……何かあった時には、シュナイダーを頼るんだよ?」
「……心配してくれてありがとう、ヘンゼル」

 私が礼を言うと、ヘンゼルはようやく笑い返してくれた。


 その夜のこと。
 寝支度を済ませた私のもとに、シュナイダーが訪ねてきた。

「ローニャ……君がミサノ嬢に嫌がらせをしているというのは本当かい?」

 彼に尋ねられて、私はハッとする。
 そういえば、小説にもこんなシーンがあった。ミサノ嬢は、ローニャに嫌がらせをされたから反撃したとシュナイダーにみずから話す。シュナイダーは驚き、ローニャに真意を確認して必ず彼女を止めるとミサノ嬢に約束するのだ。

「……シュナイダー。私が誰かに嫌がらせをするはずないでしょう?」

 そう答えると、シュナイダーは納得のいかないような顔で口を開く。

「最近ミサノ嬢と親しくなったが、オレは浮気をしているわけではないぞ」
「……わかっています。嫉妬しっとして、ミサノ嬢に嫌がらせをすることなんてありませんわ」
「しかし、君は……以前、護衛を辞めさせたこともあるし……」

 なおも食い下がるシュナイダーに、私はショックを受けた。
 彼の言う護衛とは、我が家を辞めて祖父の家で働いている青年のことだ。あれは私が辞めさせたわけではないのに……

「……彼は、責任を感じすぎて辞めてしまっただけですわ」
「……」

 シュナイダーは、戸惑っている様子だった。
 私のことを疑っているのだろう。些細ささいなことで、他人にひどい仕打ちをする令嬢なのかもしれないと。
 長い間、一緒に過ごしてきたのに、私のことを誰より見てくれていたのに……彼は今、疑心を抱いている。

「……信じて、シュナイダー」

 私は両手で彼の頬を包み込み、祈るように告げた。

「ミサノ嬢の誤解よ、私は嫌がらせなんてしていないわ。お願いだから信じて」

 するとシュナイダーは肩の力を抜き、ようやく笑みを見せてくれた。

「信じるよ……ローニャ」

 ――けれど、私にはわかってしまった。
 今は信じてくれているけれど、シュナイダーの心は私から離れていく。
 初恋が色褪いろあせていくのを、感じた。希望が、絶望の色に染まっていく。
 一人になった部屋の中で、私は祖父にもらった砂時計をひっくり返した。緑色の砂は、宝石のようにキラキラ輝いている。
 落ちていく砂を眺めながら、ぼんやりとする。
 その時ふと、こぢんまりとした喫茶店をいとなむ自分の姿が浮かんだ。
 ……運命を受け入れる準備を始めよう。
 幸せな初恋の時間は、もう終わり。
 九歳の頃、この砂時計を見つめながら、七年はとても長い月日だと考えていた。けれど、今思えばあっという間だったかもしれない。
 やがて美しい砂は、すべて下に落ちてしまった。私は砂時計をひっくり返すことなく、明かりを消してまぶたを閉じたのだった。



    2 役目の終わり。


 幸せな時間の終わりを感じた日の翌日。
 私は祖父に会いに出かけた。彼は、王都の隅っこにあるお屋敷で、ひっそりと暮らしている。

「ロナードお祖父様じいさま
「ローニャ、来てくれて嬉しいよ」

 胸に飛び込めば、祖父は両腕で優しく抱きしめ返してくれる。
 祖父は居心地の良さそうな居間に私を案内し、チェアに腰かけた。私は祖父の足元に座り込み、近況報告をする。
 新しく覚えた魔法、最近読んで面白かった本の内容、そして契約した精霊のこと。
 この世界には精霊や聖獣せいじゅう幻獣げんじゅう、妖精がいる。彼らは人間に『頼みごと』をしてきて、それを叶えると力を貸してくれる。頼みごとの内容はさまざまだ。
 彼らと契約すると、力を貸してほしいとこちらからお願いできるようになるし、逆に彼らの頼みごとを叶える場合もある。
 ちなみに契約というのは思いのほか簡単にできるもので、貴族の多くは、一度は精霊と契約したことがある。というのも、サンクリザンテ学園で昔からおこなわれている試験に、魔法契約の試験があるのだ。
 一度契約をすると、精霊達は気ままに頼みごとをしてくる。何かと忙しい貴族達がそれらすべてを叶えるのは難しく、試験が終わると、ほとんどの貴族は契約を破棄してしまう。
 けれど、私は契約を破棄しなかった。
 幸いそこまで多く頼みごとはされなかったので、契約している精霊とはいい関係を築けている。

「……ローニャ。何か頼みたいことがあるんだろう?」

 おもむろに、祖父がそう切り出した。
 温かい微笑みを浮かべて、私をうながすように首を傾げる。
 ……お祖父様じいさまには、バレバレだったみたい。私は、おずおずと口を開いた。

「もし……シュナイダーに婚約破棄されたら……私はガヴィーゼラ家を追い出されますよね?」

 祖父の膝に手を置いて、なるべく明るい口調で問いかける。

「シュナイダー君と、うまくいっていないのかい?」

 心配そうな表情を浮かべた祖父に、私はゆっくりと頷く。

「……だめになると思うの」

 そんなつもりはなかったのに、思いのほか沈んだ声になってしまった。

「シュナイダーのためなら、頑張れるって思っていたけれど……きっと、だめになるわ」

 シュナイダーが認めてくれたから、サンクリザンテ学園でも頑張れた。
 シュナイダーが褒めてくれたから、前向きになれた。
 シュナイダーが支えてくれたから、今まで耐えられた。
 けれど――

「……助けてください、お祖父様じいさま。私は、どこか遠くでまったりと生活したいのです」

 少しの間、まるで考え込むように私の髪をでていた祖父は、やがて静かに頷いた。

「わかった、ローニャ」

 しわしわの優しい手が私の頬に伸びる。
 あぁ、良かった。お祖父様じいさまは私の声にこたえてくれた。
 唯一、温かく愛してくれる家族。唯一、私が愛している家族。

「ありがとう……愛しています、お祖父様じいさま

 ――その後、祖父は古い伝手つてを使い、こぢんまりとした家を見つけてくれた。国外れの街に建つ、素敵な家だ。
 私はそれまでずっと貯めていたお金を渡し、祖父の名義でその家を購入してもらった。
 そして学園での暮らしを続けながら、喫茶店について学び始めた。経営については、何気なさをよそおいつつヘンゼルに教えてもらう。材料の仕入れ先について調べたり、コーヒーのれ方や料理の仕方を改めて学んだり……

「最近、いろんなお菓子を作ってくれるね! 美味おいしいよ!」
「ありがとう、ヘンゼル」

 ヘンゼルが頬張っているのは、メープルシロップをかけたクロワッサン。甘さ控えめの、コクの深いラテと一緒にいただく。
 この頃、お茶会スペースにやってくるのはヘンゼルだけ。
 取り巻きの令嬢達は、蜘蛛くも投下事件を機に、ミサノ嬢への反撃で忙しいみたい。彼女達を止めようとしたのだけれど、結局うまくいかなかった。
 それだけじゃなくて……最近はシュナイダーも私のそばに来ない。
 でも、私はそれに気付かないふりをした。
 ――やがて、お茶会スペースにはヘンゼルも来なくなった。父親の仕事の手伝いで、しばらく休むことになったのだ。
 もう一人の友人も休学中。
 私は、ついに一人となってしまった。
 この学園に、私の居場所はない。一人でお茶を飲みながら、そう実感したのだった。


 この頃、シュナイダーはいつもミサノ嬢と一緒にいる。
 私の取り巻きの令嬢達がミサノ嬢にいろいろと嫌がらせをしたらしく、それを阻止するために一緒にいるという。
 ミサノ嬢は、とても嬉しそうだった。シュナイダーも、心から楽しそうな笑みを浮かべている。
 その時、私は気付いてしまった。
 私は確かにシュナイダーのことが好きだったけれど、ミサノ嬢のように彼に好意を向けたことはなかったように思う。
 彼に守られて、それに甘えてきた私。
 だけど今は自分の未来を考えて、彼から離れる準備をしている。
 愛は、一人が心をそそいでいるだけでは保てない。二人が支え合っていかなくちゃいけないものなのだ。
 私は、シュナイダーに支えてもらってきた。でも、シュナイダーを支えようとはしなかった。そして未来のことを一人で決めて、勝手に手を離そうとしている。
 ……もう、彼とはさよならだ。


 ミサノ嬢を攻撃しようと思ったことなど一度もないが、では違っていたらしい。彼女の中では、ストーリーが決まっていたみたい。
 蜘蛛くも投下事件を機に反撃してきた令嬢達を捕まえ、容赦なく拷問したそうだ。もちろん、周りの生徒達には気が付かれないように。
 ミサノ嬢の拷問は、肉体を痛め付けるような拷問ではない。おぞましい虫によりひどい目にう幻覚を見せ続けるのだ。
 令嬢達は、泣き叫んで許しをうたと。けれどミサノ嬢は、『望む答え』を彼女達が口にするまで許さなかったのだ。
 結果、令嬢達は口をそろえて言った。私に指示されて、ミサノ嬢に嫌がらせをしていたのだと。
 もちろん、それは真実ではない。だけどそれを指摘する人はいない。
 こうしてミサノ嬢の視点では、小説通りのストーリーが進んでいった。
 ――やがて迎えた、運命の日。
 私はミサノ嬢に呼び出され、学園の広間にやってきた。
 広間は学園集会にも使用されるため、とても広々としている。
 私は、一階にある壇上に立っていた。目の前にいるのは、ミサノ嬢と私の取り巻きの令嬢達。そしてシュナイダーだ。
 壇上の前に設けられたスペースには多くの生徒達が集まり、二階席にもその姿が見える。
 これから、私の公開処刑がおこなわれるのだ。

「ローニャ・ガヴィーゼラ嬢。あなたの悪事、あばかせていただきます」

 ミサノ嬢は、力強くそう宣言した。
 真っ赤なドレスを身にまとい、射抜くような眼差まなざしでこちらを見据えている。


 赤は、勝利を象徴する色だ。
 おそらく彼女は、勝利を確信しているのだろう。
 彼女に悪事をあばかれれば、この学園にはいられなくなる。加えて、貴族社会にも居場所はなくなるに違いない。仮にそれが無実の罪であっても。
 両親と兄は、私を切り捨てる。ガヴィーゼラ家とは、そういう家族だ。
 ミサノ嬢は、そこまで考えていないのだと思う。
 けれどシュナイダーならば、ガヴィーゼラ家のことをわかっているはずなのに……
 ミサノ嬢が私の罪を糾弾きゅうだんしている間、私はシュナイダーをじっと見つめていた。
 彼は、私に嫌悪の眼差まなざしを向けている。私をとがめるような、幻滅したような視線だ。
 今まで向けられたことのない視線に、心がきしむ。

「……身に覚えがございません。ぎぬですわ」

 口からすんなりと出たのは、小説と同じ台詞せりふだった。
 ミサノ嬢は、取り巻きの令嬢達に向き直る。

「証拠があります。そうでしょう?」
「は、はい……すべてはローニャ様の指示です」
「ガヴィーゼラ家の伯爵令嬢には、逆らえませんっ」

 口々に言う令嬢達。
 私に責任を負わせれば、彼女達の罪は軽くなる。彼女達は、決して私と目を合わせようとしなかった。
 眉をひそめたくなったけれど、私はそれも受け入れることにした。
 そもそも、私だって彼女達を信用していたわけではないもの。私達の間に、信用や信頼関係はないのだ。

「愛ゆえに嫉妬しっとに狂ったと、いさぎよく認めるべきですよ。ローニャ嬢」

 勝利を確信したように、ミサノ嬢は笑みを浮かべる。
 彼女からしたら、私は悪なのだ。そして、彼女こそが正義。


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