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第七章 龍が飛ぶ国。
閑話10。
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最終章に入る前のオマケ。短めです。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
シュナイダーは、ミサノを学園の寮ではなく、自宅へ送り届けた。
その間、重たい沈黙で二人は口を堅く閉じていた。ミサノも顔を曇らせているが、シュナイダーも心痛の表情だ。
――シュナイダーとの婚約なんて、決まった時は祖父の元に逃げてしまおうとすら考えていたのに!
ローニャの言葉は、シュナイダーに重く突き刺さった。
ローニャがガヴィーゼラ伯爵家に馴染めず悩んでいたことは知っていた。幼い頃、本人にも打ち明けられたからだ。
だが、自分との婚約の時に、唯一の優しい身内の祖父の元に逃げようとしていたなんて、知らなかった。
そうさせなかったのは、自分との婚約。
シュナイダーがローニャを望んで成立した婚約のせい。
シュナイダーが、嫌がっていた貴族の家に縛り付けた。ボロボロに泣いたローニャは痛ましかったが、それはシュナイダーのせいだ。
婚約で逃げられなくして縛り付けたのに、耐えさせていた彼女に婚約破棄を突き付けた。最悪な裏切りをしたのは、他でもないシュナイダーだ。さらに苦しめたのは、シュナイダーだった。
それなのに、すがりついて、自棄になって八つ当たりの言葉を放ちもした。なんて恥知らずなのだろう。
周囲が失望し、苦言を呈して窘めた理由を、やっと思い知った。自分が、あまりにも愚かだった。
国王陛下に謹慎を言い渡されたミサノは、謹慎が解けるなり、忠告をするためにドムスカーザの領主に会いに行った。
ローニャは悪なのだと。
けれども、ドムスカーザの住人は信用しなかった。
ミサノが間違っていると言われたのだ。
ローニャの涙ながらの訴えは、衝撃的だった。いつもすました毅然とした冷たい態度だった彼女の事実。
自分が間違っていた。
ローニャを冷血なガヴィーゼラ伯爵令嬢だと信じて疑わず、何の努力も苦労もしなかった恵まれて育った令嬢だと思い込み続けていた。
だから、自分への嫌がらせも裏で指示したと思い続けた。それがローニャ・ガヴィーゼラ伯爵令嬢だと思ったのだ。
しかし、それはミサノがローニャ・ガヴィーゼラ伯爵令嬢のイメージと嫉妬と劣等感からくる被害妄想だった。紛れもなく、被害妄想。
冤罪で断罪。婚約破棄をさせて、追放に追い込んだ。さらには、新たな生活を始めたローニャの元に押しかけ、罵倒。ローニャは嫌がらせの加害者だから、と店を八つ当たりに破壊した。ローニャが喫茶店の店長として街に居座っているのは何か企みがあってのことで、男爵に忠告をしたのに窘められたのだ。
何故か現れた本人には、我慢の限界だと声を上げて泣いた。
シュナイダーからそれとなくローニャのフォローを聞いたことはあったが、信じていなかった。あの冷たい令嬢が泣くわけないと、信じられなかった。ミサノが羨んだローニャが育った環境は、いいものじゃなかったという。愛されていたわけじゃないと言ったのだ。嫌で嫌でしょうがないと声を上げた。
――私をこれ以上悪役にしないでください!!
ミサノが悪役に仕立てたわけじゃない。悪役だと思った。本当にミサノにとって、悪い敵だと思っていたのだ。
けれども、ローニャにとっては、ミサノは自分を悪役に仕立てくる敵だった。放っておいてほしかったのが、ローニャの本心。
視点を変えれば、悪役はミサノ。
もしも、ミサノがローニャの立場で、耐えていた場所から冤罪をかけられ、追放された先にまで押しかけられたのなら、もううんざりだ。我慢の限界だと泣き喚いてもしょうがないと理解出来た。
だからこそ、この帰り道、ミサノの顔色は真っ青になっていた。
視点を変えれば、ミサノが加害者だ。それは否定したい。否定したかった。
ミサノが正しい。自分が正しいのだ。自分が正しくなければ、過ちを犯したことになる。間違っていて、加害者だったことになる。
国王陛下に窘められても、否定的だった自分が、全て間違いだった。
「ミサノ……」
「!」
立ち尽くしていたミサノを呼んだシュナイダーに反応して、ミサノは顔を上げる。
こちらを気遣いげに見やるシュナイダーの顔色も悪い。ローニャの本心を聞いて、動揺したのはミサノだけじゃない。シュナイダーも驚愕して言葉を失っていた。
「……反省しよう」
「ッ……」
沈んだ声音で告げられた一言は、重くのしかかる。自分達に出来ることはそれしかないのだと言われているようだった。謝罪も出来ない。関わることをよしとされていないから。
ローニャの冤罪は、公に晴らさないことになっている。大精霊が、そう決定させた。償いが出来ない。償いは許されない。今更なのだ。
先ずは、反省だ。自分が何をしてしまったのか。自分がいかに愚かだったのか。自分の罪と向き合わないといけない。
感情が追い付かないミサノは、グッと唇を噛み締めて俯く。
目に滲む涙に込められた感情は、なんだろう。
悔しさ。嫌悪。羞恥。恐怖。ごちゃ混ぜだ。
赤面し泣くことを堪えたミサノは、逃げるように自宅に入った。
項垂れた背中を向けて、シュナイダーも学園の寮へと帰っていった。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
シュナイダーは、ミサノを学園の寮ではなく、自宅へ送り届けた。
その間、重たい沈黙で二人は口を堅く閉じていた。ミサノも顔を曇らせているが、シュナイダーも心痛の表情だ。
――シュナイダーとの婚約なんて、決まった時は祖父の元に逃げてしまおうとすら考えていたのに!
ローニャの言葉は、シュナイダーに重く突き刺さった。
ローニャがガヴィーゼラ伯爵家に馴染めず悩んでいたことは知っていた。幼い頃、本人にも打ち明けられたからだ。
だが、自分との婚約の時に、唯一の優しい身内の祖父の元に逃げようとしていたなんて、知らなかった。
そうさせなかったのは、自分との婚約。
シュナイダーがローニャを望んで成立した婚約のせい。
シュナイダーが、嫌がっていた貴族の家に縛り付けた。ボロボロに泣いたローニャは痛ましかったが、それはシュナイダーのせいだ。
婚約で逃げられなくして縛り付けたのに、耐えさせていた彼女に婚約破棄を突き付けた。最悪な裏切りをしたのは、他でもないシュナイダーだ。さらに苦しめたのは、シュナイダーだった。
それなのに、すがりついて、自棄になって八つ当たりの言葉を放ちもした。なんて恥知らずなのだろう。
周囲が失望し、苦言を呈して窘めた理由を、やっと思い知った。自分が、あまりにも愚かだった。
国王陛下に謹慎を言い渡されたミサノは、謹慎が解けるなり、忠告をするためにドムスカーザの領主に会いに行った。
ローニャは悪なのだと。
けれども、ドムスカーザの住人は信用しなかった。
ミサノが間違っていると言われたのだ。
ローニャの涙ながらの訴えは、衝撃的だった。いつもすました毅然とした冷たい態度だった彼女の事実。
自分が間違っていた。
ローニャを冷血なガヴィーゼラ伯爵令嬢だと信じて疑わず、何の努力も苦労もしなかった恵まれて育った令嬢だと思い込み続けていた。
だから、自分への嫌がらせも裏で指示したと思い続けた。それがローニャ・ガヴィーゼラ伯爵令嬢だと思ったのだ。
しかし、それはミサノがローニャ・ガヴィーゼラ伯爵令嬢のイメージと嫉妬と劣等感からくる被害妄想だった。紛れもなく、被害妄想。
冤罪で断罪。婚約破棄をさせて、追放に追い込んだ。さらには、新たな生活を始めたローニャの元に押しかけ、罵倒。ローニャは嫌がらせの加害者だから、と店を八つ当たりに破壊した。ローニャが喫茶店の店長として街に居座っているのは何か企みがあってのことで、男爵に忠告をしたのに窘められたのだ。
何故か現れた本人には、我慢の限界だと声を上げて泣いた。
シュナイダーからそれとなくローニャのフォローを聞いたことはあったが、信じていなかった。あの冷たい令嬢が泣くわけないと、信じられなかった。ミサノが羨んだローニャが育った環境は、いいものじゃなかったという。愛されていたわけじゃないと言ったのだ。嫌で嫌でしょうがないと声を上げた。
――私をこれ以上悪役にしないでください!!
ミサノが悪役に仕立てたわけじゃない。悪役だと思った。本当にミサノにとって、悪い敵だと思っていたのだ。
けれども、ローニャにとっては、ミサノは自分を悪役に仕立てくる敵だった。放っておいてほしかったのが、ローニャの本心。
視点を変えれば、悪役はミサノ。
もしも、ミサノがローニャの立場で、耐えていた場所から冤罪をかけられ、追放された先にまで押しかけられたのなら、もううんざりだ。我慢の限界だと泣き喚いてもしょうがないと理解出来た。
だからこそ、この帰り道、ミサノの顔色は真っ青になっていた。
視点を変えれば、ミサノが加害者だ。それは否定したい。否定したかった。
ミサノが正しい。自分が正しいのだ。自分が正しくなければ、過ちを犯したことになる。間違っていて、加害者だったことになる。
国王陛下に窘められても、否定的だった自分が、全て間違いだった。
「ミサノ……」
「!」
立ち尽くしていたミサノを呼んだシュナイダーに反応して、ミサノは顔を上げる。
こちらを気遣いげに見やるシュナイダーの顔色も悪い。ローニャの本心を聞いて、動揺したのはミサノだけじゃない。シュナイダーも驚愕して言葉を失っていた。
「……反省しよう」
「ッ……」
沈んだ声音で告げられた一言は、重くのしかかる。自分達に出来ることはそれしかないのだと言われているようだった。謝罪も出来ない。関わることをよしとされていないから。
ローニャの冤罪は、公に晴らさないことになっている。大精霊が、そう決定させた。償いが出来ない。償いは許されない。今更なのだ。
先ずは、反省だ。自分が何をしてしまったのか。自分がいかに愚かだったのか。自分の罪と向き合わないといけない。
感情が追い付かないミサノは、グッと唇を噛み締めて俯く。
目に滲む涙に込められた感情は、なんだろう。
悔しさ。嫌悪。羞恥。恐怖。ごちゃ混ぜだ。
赤面し泣くことを堪えたミサノは、逃げるように自宅に入った。
項垂れた背中を向けて、シュナイダーも学園の寮へと帰っていった。
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