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第七章 龍が飛ぶ国。

99 元悪役の主張。

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 翌朝は、龍雲国産の調味料やお菓子をたくさんもらい、帰国。
 またお礼を言うレクシーと抱擁を交わして、またねとお別れを言い合う。
 キャッティーさんもお土産を渡すのだとルンルンした足取りで帰っていき、セティアナさんを含む獣人傭兵団さんも私の店からご自宅へ帰っていった。朝にも温泉に入らせてもらった私はホクホクしたままで、二階の部屋のソファーに横たわった。
 もう少し眠ったら、お掃除をして明日の仕込みをしましょうか。
 そうやって私はクッションを抱き締めて、まったりと微睡んだ。


 翌日の開店日。
 仕込みは多めに済ませたので、朝は余裕で過ごせると思っていたのだけれど、お手伝いに来た妖精ロト達がちっちゃな腕をパタパタさせて登場したことで、ラクレインが呼んでいること知らされる。

 なんだろう。昨日もオリフェドートに改めてお礼を告げて森を散策させてもらっていたけれども。
 用件は思いつかなかったのだけれど、開店準備も済んでいるのですぐにロト達と向かうことにした。

 澄んだ空気。エメラルドとペリドットとグリーン系の宝石が散りばめられたような綺麗な森の中。

「ラクレイン?」

 呼びかけると羽ばたきが耳に届く。無数の羽根を巻き上げる風が私を包み込むと攫った。ぎゅっと閉じていた瞼を上げると、大きな幻獣姿のラクレインを見付ける。

「朝から悪かったな」
「おはようございます、ラクレイン。これは……怪鳥?」
「ああ、大物だ」

 ラクレインの右脚が鷲掴みにしているのは、横たわる怪獣級の巨大鳥だった。
 どうやら、精霊の森を襲撃したその怪鳥を、守護している幻獣のラクレインが仕留めたらしい。

「流石の我も丸ごとは要らん。ローニャはいるか? こやつは美味いぞ」
「まあ……そうですね」

 少し悩んでしまう。ラクレイン当人が食べきれないと言うほどなのだ。それなら結構な量をもらった方がラクレインは助かるのかもしれない。でも私は一人暮らしだし……。とそこまで考えて、獣人傭兵団さん達を思い出す。彼らに振舞えば万事解決である。何を作ろうかしら。……よし。

「では、片方のもも肉をいただきたいです」
「よかろう。血抜きして切り揃えてやる」
「ありがとうございます」

 無数の小鳥の羽ばたきを奏でるように羽根を撒き散らして人に近い姿に変えるラクレインが降り立つ。慣れた様子で風を操って、解体作業をするラクレインを眺めながら、レシピを考えていると。

「その後、変わりはないか?」
「変わり、ですか? ええ、ありませんが」
「……そうか」

 ちらりとこちらを一瞥したラクレインだけれど、それっきり。

 小首を傾げたけれど、森マンタのレイモンが挨拶に後ろから包み込んでモグモグしてきた。ふふ、ひんやり気持ちいい。挨拶を済ませると、レイモンは青と緑のグラデーションのひらひらした身体で宙を飛んで行ってしまった。
 カサカサと茂みを掻き分ける音が近付いてきたかと思えば、赤みの強い茶色のトイプードルの群れがひょっこりと顔を出した。綿毛の妖精フィーだ。黒い鼻をすりすりするのが挨拶なので、しゃがんで私も鼻を差し出してみんなと挨拶をした。

「これくらいのサイズでいいか?」
「はい。ありがとうございます、ラクレイン」

 掌から零れるほどのサイズの肉の塊が山ほどになったが、それを一度魔法で収納しておく。
 フィー達にも挨拶をして、店へ転移魔法で戻る。

「よし! 取り掛かるぞ!」と、腕まくりをした。

 獣人傭兵団さんのお腹を満たす唐揚げ盛りを作ります。
 先ずは、龍雲国産の醬油と砂糖とみりんとおろしニンニク漬け。もも肉三枚分をタッパーに入れておいた。いろんな味が楽しめるプレーンの唐揚げのために、サワークリームオニオンのディップを作る。さっぱりしていて、チセさんが気に入りそうだから多めに。バーベキュー風ソースも果汁で甘味を気持ち多めにすれば気に入ってくれそうだ。レモンもあることを確認して、塩唐揚げに添えておこう。塩も龍雲国産の天然塩がある。

 あとは……とそこまで手を付けてハッとする。
 開店時間だ。慌てて片付けて、喫茶店モードに切り替えた。

「まったり喫茶店にいらっしゃませ!」

 と、本日の一人目のお客さんを笑顔で出迎える。


 龍神様と蝶華様のご厚意でたくさんの和菓子をもらってしまったので、本日だけ特別に龍雲国産のお菓子をおまけにお出しすることしにした。ケーキにそっと添える金平糖は、キラキラとラメを輝かせたものがあれば、ガラスのように透け通ったものと色とりどりだ。好評でよかった。コーヒーだけのお客さんも、嬉しそうにポリポリと食べてくれたので、私もほっこり。

「龍雲国だなんて、どうやって行ったんですか? 店長さん」
「友人に連れて行ってもらったんですよ」

 嘘は言っていない。本当に、レクシーに連れて行ってもらって龍雲国まで行ったのだから。
 好評で何よりです。蝶華様にお礼のお手紙を送ってみましょうか。


 怒涛の午前中を乗り越えた私は、客足が途切れたところで、鍋に油を注ぎ熱した。タッパーを一つ取り出して置いた横で、先ずはプレーンの唐揚げを揚げるために、片栗粉と薄力粉をまんべんなくまぶした大きめな一口サイズのお肉を油に沈める。グツグツと油で揚げつつ、次はタッパーの中の漬けた肉を粉まみれにした。

 第一弾のプレーン唐揚げを油から取り出して、アツアツの一つを包丁で四等分した。

 ひと欠片をサワークリームオニオンディップで味見。あふあふ。うん、さっぱりと旨味のある味。
 次のひと欠片でバーベキュー風ソースで味見。あふあふ。この甘さは絶対チセさんが喜ぶでしょうね。我ながらいい味付けが出来ました。
 もうひと欠片でケチャップで味見。うんうん、美味しい。
 最後のひと欠片には塩をかけてレモンを軽く絞ってかけて味見。うんうん、流石天然塩。美味しい。ラクレインが美味だというだけあるお肉です、美味しい。

「おっじょー! うわ、何この美味そうな匂い!」
「うっひょー! 何作ってんだ!?」

 漬けたお肉も揚げようとしたところで、チーター耳を生やしたイケメンのリュセさんが入ってきて、それを押し退けるようにお腹の虫を盛大に鳴らした狼耳のチセさんも入ってきてはカウンターに詰め寄った。

「いらっしゃませ。ラクレインが怪鳥を仕留めてくれたので、そのお肉で唐揚げを作ります」
「「怪鳥!?」」
「すっごく大きな怪鳥でしたよ。この店の倍ぐらいありました。だからお肉もいっぱいありますよ。お腹空いてますか?」
「「空いてるー!!!」」

 リュセさんもチセさんも目を爛々と輝かせて少年のように返事をした。
 あとから入ってきたジャッカル耳のセナさんとライオン耳のシゼさんはやれやれといった風だけれど、お願いするというアイコンタクトをしてくれたので、ニコリと笑みを返しておく。

 第二弾の醬油ニンニク唐揚げを揚げている間に、席についた皆さんの前に第一弾目の唐揚げをお皿に盛ってお出しする。

「こちらは、味をつけて召し上がってください。白いディップがサワークリームオニオンでして、濃厚クリームながらもさっぱりしてますよ。こちらのソースはバーベキュー風ソースです。果物の甘さを強めにしているので、チセさん好みかと。あとはケチャップ。それとシンプルに龍雲国産の天然塩と、レモンをかけてもいいと思います。ご自由に召し上がってくださいね」
「唐揚げパーティー!!」
「ふふ、唐揚げパーティーですね。今は、龍雲国産の醬油とニンニク味の唐揚げを揚げているところなので、少々お待ちください」

 チセさんの目がもうピッカピカに輝いていて、早速バーベキュー風ソースから食べ始めた。
「うめー!!」とのことです。よかったよかった。
 まだ揚げるには時間がかかるから、先に飲み物を運ぶ。
 あら。もう第一弾目の唐揚げが食べられてしまった。お口に合ったようで何よりです。

「もっと召し上がりますか?」
「食うー!」
「もらおう」
「いただくよ」
「お嬢、もっと!」
「はい、かしこまりました」

 にこやかに笑って、先ず第二段目の唐揚げを油から取り出しお皿に盛りつけた。
 そうだ、私も味見してなかったわ。キッチン内でこっそり味見。よし、しっかり味が染み込んでる。

「お待たせしました、醬油ニンニク唐揚げです」
「うんめぇー!!」
「こら、チセ。手が早すぎる」

 テーブルに奥より前に一つ手に取って口に放り投げた食いしん坊なチセさんを、セナさんが叱りつけた。
 まぁ、食いしん坊なのはチセさんだけじゃないので、第二段目の唐揚げもあっという間に減っていくので、第三段目を揚げようとした。
 そこで入店してきたのは、さすらいの魔法使いのオズベルさんだった。

「いらっしゃませ、オズベルさん。今日は唐揚げパーティーですよ、いかがでしょうか?」
「食べたーい、けど、その前にさ、店長さんに教えておこうと思って」
「なんですか?」

 オズベルさんも食いしん坊なのに、すぐに食いついてこないことに珍しいと思いつつ、聞く姿勢を取る。

「ここの領主にちょっかいかけようと思ってさ」
「おい、聞き捨てならないな」

 貴族嫌いなオズベルさんが領主の男爵様にちょっかいをかけようとしたと聞き、シゼさんが厳しい眼差しを向けた。
 まぁまぁ、と両手を上げて見せるオズベルさんは、困った人だ。
 とりあえず、話を最後まで聞こうと思った。

「そしたら、先客の令嬢がいてね。何故か店長さんのことを悪く吹き込んでたんだよ」
「え? 令嬢が……私を?」

 頬に手を当てて首を傾げようとして気付く。手がお肉臭い。手を洗って拭き拭きしつつ、心当たりの令嬢を脳裏に浮かべる。苛烈な赤いドレスがよく似合う黒髪の令嬢。ミサノ嬢。
 先日私のこの店を破壊していった迷惑な人。店内をめちゃくちゃにしただけでは飽き足らず、何をしているのだろう。
 顔を曇らせると、こちらに視線を向けていたセナさんが「具体的には何を言っていたんだい?」とオズベルさんの話を促した。

「領主が店長さんのこと“いい子だ”って褒めてたのに、“見せかけ”だの“冷血な腹黒い悪女”だの言ってたよ。街から追い出すべきだって直談判してた」
「はぁ? なんだよ、そいつ」
「ふざけやがって。どこのどいつだ!」

 リュセさんが瞳孔を尖らせて怒り、チセさんも牙を剥き出しにする。

「落ち着け。男爵がそれを聞いて、ローニャ店長を追い出したりはしない」
「それはそうだけれど、野放しには出来ないよね」

 シゼさんが宥めようとしたけれど、セナさんもムスッとしていて対処を望んでいる様子。

「あの、お気になさらずに。男爵様がどう動くかもわかりませんし」

 その時になったらその時に対応しようと思う。

 オズベルさんは私達をそれぞれ眺めると、何を思ったのか、パチンと閃いたと言わんばかりに指を鳴らした。

「なんか面白そうな予感! その令嬢と因縁があるなら対決してきてよ」
「えっ!?」
「行こう!」
「いや、ま、待ってください!」

 オズベルさん!! と叫ぶ前に、私だけが魔法で強制転移させられてしまう。

 男爵様のお屋敷の前。ちょうど出てきたミサノと、男爵様が玄関にいた。

 オズベルさんー!! と心の中で叫ぶ。
 キッチンの火つけっぱなしなのに……大丈夫だろうか。

「ローニャ・ガヴィーゼラ……!」

 キッと睨みつけてくるミサノと、困惑を顔に浮かべた男爵様に、ついカーテシーをしてしまう。

「ここにいたのか! ミサノ! えっ、ローニャ!?」
「シュナイダー!」

 後ろから声がしたかと思えば、そこにはシュナイダーの姿もあって、心の中でげんなりしてしまう。
 ミサノが驚いた表情でシュナイダーを見たあと、さらに鋭くキッと私を睨みつけてきたので、心底げんなりしてしまった。

「一体何しにここに来たかは知らないが、王都に帰るんだ、ミサノ」
「シュナイダー! 騙されないで! あなたが守ろうとしているのは、冷血で姑息な女なんだから!!」
「誤解だと言っているじゃないか!」

 シュナイダーは気を取り直してミサノを説得するけれど、ミサノは反論して私を指差す。
 人様の玄関先で口論しないでほしい……。
 しょっぱい顔で俯いてしまう私は、戸惑っている男爵様に頭を下げておく。

「誤解じゃない! ローニャ・ガヴィーゼラ伯爵令嬢は、権力のある伯爵家で甘やかされている悪女だわ! 権力で実力も成績も思いのままで、私達を見下している! みんなが知っていることよ! 姑息だから私への嫌がらせを隠蔽してるけれど、絶対この女が私を目障りに思って指示したんだから!」
「違うと言っているじゃないか! 嫌がらせした令嬢達は本当は違うと!」
「違わないわよ!」

 ミサノは金切り声で張り上げた。

 ムカムカしてしまう。権力のある伯爵家で育ったのは間違いではないけれど、甘やかされている悪女だって? そんな事実はない。
 権力で、実力も成績も思いのままなんて、事実無根だ。見下しているだなんて、被害妄想だ。
 ムカムカして、唇を噛み締めた。

「今だってあなたの気を引こうと、こんな最果てでなんの苦労もなく喫茶店なんて猫被って経営して、バカにしてるわ!! 騙されないでシュナイダー! ローニャ・ガヴィーゼラは悪よ!!」

 私は悪役令嬢だ。その役が使命のローニャ・ガヴィーゼラだ。


――ですが、ローニャ様は、悪役令嬢の使命を全うされたではありませんか。


 贄姫の使命を全うしようとした蝶華様の言葉が過る。
 そして、贄姫の使命を全うしなくてもいいと答えると、安心したように眠った蝶華様。
 私はもう、悪役令嬢の役目を全うした。だから、これ以上悪役をする必要はない。

 私は『悪役令嬢のローニャ・ガヴィーゼラ』ではない。


「何も知らないくせに、わかったように言わないでください!!」


 私は自分の手を握り締めて、声を上げた。

 シュナイダーもミサノも、ギョッとした顔で驚く。

「あなたに私の何がわかるのですか!? この前、言いましたよね? 自分の努力こそが本物だと。何故私の努力は偽物だと言い切れるのですか! 私が一体どれほどの苦労をしてきたか知りもしないくせに! 幼い頃から息もつかぬ貴族教育に、音を上げれば母親に頬を叩かれて、休むことを許されなかったんです! 貴族令嬢なんて嫌で嫌でしょうがなかったんです! でも耐えて耐えて、耐えてきたんですよ!」

 ポロポロと涙が零れ落ちてきて、視界が塞がってしまう。ヒクッと喉が引きつったけれど、それでも溢れる言葉を吐き出した。

「冷血なガヴィーゼラ伯爵家の一員だと周りに言われても! 私は両親とも、兄とも、価値観が合いません! 厳しすぎて優しくしてもらったことも甘えさせてもらったこともありません! 家族の愛は祖父しか受け取れていません! 母には生み損とすら吐き捨てられました! こんな環境の私をいいわねだなんていいましたよね! そんなわけないじゃないですか!」
「ロ、ローニャ」
「シュナイダーとの婚約なんて、決まった時は祖父の元に逃げてしまおうとすら考えていたのに!」
「!」
「シュナイダーが手を差し伸べてくれたからっ! だからっ、頑張ろうって努力してきたのにっ……!!」
「ローニャ……」

 涙で何も見えない。


「シュナイダーが信じてくれないならもう貴族令嬢を耐える必要がないと、冤罪も被って身を引いた私にこれ以上何を求めるんですか!! 私はもう『ローニャ・ガヴィーゼラ伯爵令嬢』ではないんですよ!! 私をこれ以上悪役にしないでください!!」


 涙で見えなかったけれど、シュナイダーが手を伸ばそうとしたその時、純黒の獅子さんが割って入った。
 そして、ペロリと少しざらついた舌で私の頬を舐め上げたので、びっくりして涙が止まる。

 シ、シゼさん……!?

 目を真ん丸にして瞬く度に涙を落としていると、固まったシュナイダーとミサノも見えたけれど、シゼさんと反対側から緑色のジャッカルさんがペロペロと舐めてきたものだから、カチリと固まった。

 セナさん……!?

「よしよし、お嬢~。泣いていいからな」
「思いっきり泣け? な?」

 頭をポンポンと撫でる純白のチーターさんもいるし、背中をポンポンしてオロオロする青色の狼さんもいた。

 リュセさんも、チセさんいる……! いつの間に!

「あの、えっと……私……火を止めてなくて」
「大丈夫、ちゃんと消しておいたよ」
「う、うえええん」

 しどろもどろにキッチンの火の心配を口にしたらセナさんに教えてもらえて、安心した私は余計に涙をボロボロと零した。子どもをあやし慣れている獣人傭兵団さんに、せっせとあやされました。

 もふもふさん達が優しいです……! うううっ!

「な、なんなのよ! 獣人がなんの用よ!!」
「あ?」
「ヒッ」

 ミサノが非難の声を上げるも、シゼさんのひと睨みで震え上がっている。
 ドスの利いた低い声には、私もびっくりです。

「僕達はこの子の店の常連客だよ。この子の店に苦情を男爵に言っていたらしいね。あることないこと吹き込むようなら、僕達が相手するよ」
「そうだそうだ! オレ達から店長の店を奪おうってんなら、その喧嘩買うぞ!! ガルルッ!」
「落ち着きたまえ、君達。その件についてはお引き取り願ったところだから」

 セナさんとチセさんが敵意を剥き出しにしていれば、黙って見守っていたリース男爵様が声を割って入らせた。

「被害妄想も大概にしろよな~。ローニャが一体アンタに何したって言うんだよ。一方的に目の敵にしているだけのくせに、いつまでも付きまとうな。元婚約者のてめーもな」

 私の肩に腕を回したリュセさんは、爪を突き付けてシュナイダーを指差す。

「被害妄想ですって!? 私は本当に嫌がらせを受けていたのよ! シラを切るでしょうけどね!」
「嫌がらせはローニャの取り巻きだった令嬢達が自白したのだろ」
「そんなの! いくらでも庇えるじゃない!」
「お前は何がなんでもローニャを悪役になってほしいんだな」
「えっ?」

 シゼさんは低い声で淡々と言い放つ。

「ローニャが悪役でもなければ、お前はただ婚約者を奪い取った略奪女になる。だからこそ、目の敵にしているだけじゃないか」
「ち、ちがっ」
「正当化する前に、よく振り返るんだな。ローニャの今さっきの訴えを考えろ。全てを主観的に考えず、客観的にも考えから物を言え。オレ達にとったら、お前は“オレ達のローニャ”を責め立てる悪でしかないように、視点を変えれば違うものだ」
「!!」

 シゼさんがミサノに悪だと言い放つものだから、ミサノはショックを受けて顔を真っ赤にした。

「私からも、一つ物申したい」と、男爵様が挙手する。

「先程アロガ男爵令嬢は、“苦労もなく喫茶店なんて猫被って経営して”だなんて言ったね。ローニャお嬢さんは、常連客も多い人気店の喫茶店を一人で切り盛りしているんだ。その労働の大変さを見たことはあるかい? どうしてなんの苦労もなく経営していると言えるのかね。猫被りで何ヶ月も続けられるものではないと思うよ。決めつけはよくない。黒の獣人であるシゼの言う通り、よく振り返るといいよ」

 男爵様もシゼさんも、しょうがない子どもを諭すような大人にしか見えなくて、私は目を瞬いた。
 ミサノ本人もそう感じたようで、真っ赤な顔を俯かせてプルプルと震えている。

「上手くいかないことを離れたローニャのせいにするな。自分達の問題は自分達で解決しろ」

 シゼさんの言葉に、ビクリとシュナイダーが肩を跳ねさせた。

「………………」

 ミサノはだんまりしてしまい、シュナイダーは代わりのように頭を下げる。

「申し訳ございませんでした。……帰ろう、ミサノ」
「……」

 誰とも目を合わせようとしないミサノは、シュナイダーに背中を押されるがまま、踵を返してアイテムで転移して二人は消えた。

「バトルしなかったなー、つまんなーい」

 暢気な声がしたかと思えば、身長ほどの長杖に凭れたオズベルさんもこの場にいる。

「アンタ、反省しろよ! お嬢を勝手に転移させやがって!」
「まったく」

 リュセさんはプンスカと尻尾を振り回して、セナさんは肩を竦めた。

「さっきまでここにエルフの英雄サマまでいたけれど、店長は顔が広いねぇ~」
「え? オルヴィアス様もいらしていたのですか?」

 オズベルさんが指差す門のところには、オルヴィアス様の姿はない。
 私が情けなく泣いているから、声をかけることなく立ち去ったのかしら……。

「落ち着いた? ローニャ」
「は、はい……すみません、お見苦しいところを」

 またセナさんに泣きあやされてしまったわ……。
 恥ずかしいと頬を両手で押さえると、セナさんは目元を緩めて頭を優しく撫でてくれた。

「リース男爵様もご迷惑をおかけしました」
「ハハッ、君は謝ることないよ。押しかけてきて、君の話だと凄むからとりあえず話を聞いただけだから。問題ないよ」

 リース男爵様も、軽く笑って許してくれる。
 唐揚げパーティーに誘ったけれど、申し訳なさそうに仕事があるからと断られた。

 オズベルさんの転移魔法で店内に戻り、気を取り直して唐揚げパーティー再開。

「しっかし、とんだ被害妄想令嬢だったなぁ」と、カウンター席からこちらの作業を眺めつつ、リュセさんがぼやくように零した。

「思い込みが激しいんでしょ。シゼが言った通り、彼女にはローニャという悪役が必要だったから、固執したところだろうね」

 そうセナさんが推測を言う。

「そんなもんでしょ、結局のところ、自分が基準で主観的にしか見れないんだ。他人の事情なんて、慮るほど優しい人間は少ないでしょ。アレは自分で手一杯な人間だよ」
「フーン」

 リュセさんと同じくカウンター席から眺めているオズベルさんの言葉に、チセさんはつまらなそうに相槌を打つ。

「ローニャ店長。穏便に解決したい派にしては、ちゃんと主張出来たじゃん」

 ニヤリと意地悪な笑みを向けるオズベルさんに、キョトンとしてしまう。

「ローニャ店長の主張に、あの二人なかなか大ダメージを受けたみたいだよ」
「え!? そ、そうなんですか!?」

 ギョッとした。涙で見えなかったけれど、実はそうなのでしょうか。ダメージを与えていた……?

「いーんだよ、気にしなくてお嬢は! ムカつく奴らだよな!」

 リュセさんは、プンプンしている。

「ローニャも溜め込みすぎるのは毒だ。ちゃんと吐き出しておけ」
「……はい」

 腕を組んでいるシゼさんは、またもやしょうがない子を諭す大人みたいに見えて、私はおずおずと頷いた。

 鍋を二つ使って、醬油ニンニク唐揚げとプレーン唐揚げを同時に揚げて提供すると、早速がっつく食いしん坊さん達。
 取り合うほどのがっつきぶりのもふもふさん達をにこやかに眺めては、また追加を揚げ始める。

 もう『ローニャ・ガヴィーゼラ伯爵令嬢』ではない。そう声を上げて主張したおかげか、スッキリした気分だ。

 ……うん。私は、もう悪役令嬢ではありません。
 心穏やかに、まったり喫茶店を経営する店長です。






   ◇・◆◆◆・◇




 ガヴィーゼラ伯爵邸にて。

 ガヴィーゼラ伯爵家嫡男のロベルトは、僅かに眉を寄せて聞き返した。

「今更ローニャを調べろとはどういうことですか? お母様」

 ローニャに似ているのに、ローニャには似つかぬ冷たさを纏う貴婦人はしれっと答える。

「龍雲国にあの娘がいたわ。精霊オリフェドートと一緒にね。詳細はわからなかったけれど、龍神の贄姫が贄姫じゃなくなったことをお祝いしていたわ。調べてちょうだい。上手くいけば、あの娘、まだ使えるかもしれないわ」
「……はい。かしこまりました」

 ロバルトは目を伏せて、静かに返事をした。







※※※※※※※※
あとがき
6月更新分を書こうとしたら、コがつく病気に罹ってしまい、なかなか回復しなくて間に合いませんでしたが、5月は二話更新したからいいんだ……と言い聞かせました。キリッ。

ようやく、この章は完結です。
次回は……もしかしたら最終章……!? かも!?
2024/07/07
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