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第七章 龍が飛ぶ国。

98 湯煙とご馳走と晩酌と。

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「ローニャ。悪いんだけど、僕達、荒地で戦ってきたから、砂まみれなんだよね。ちょっと魔法で綺麗にしてくれないかな?」

 宴の間に入る前に、身なりを気にしたセナさんが頼んで来たら。

「なら、温泉に入ってきたらどうですか? ……獣人さんも温泉入りますよね?」

 まだ龍神様の腕に抱えられた蝶華様が、提案してきてはこてんと首を傾げた。

「温泉? お風呂かぁー」と、ちょっと嫌そうなチセさん。

「それがいい! 出た頃に食事を並べれば食べ頃だ! それに蝶華とも話すことが山ほどがあるからな! 温泉に入ってこい!」

 龍神様は、嬉々としてそう決定させてきた。

 そういうことで、決定してしまった入浴タイム。
 使用人の案内で、三階の露天風呂へ向かうことになった。
 なんでも龍神様が人の姿か、ミニ龍の姿でまったり浸かる男湯と、蝶華様がまったり浸かる女湯があるとかで、今回はそこをお借りしていいとのことだ。使用人達は、どことなく浮足立っている様子。
 尋ねてみれば、世話している蝶華様が食べられることなく、龍神様の伴侶になるなんてめでたい、からだという。
 なんだ。ちゃんとそういう受け止め方をする国民がいるのね。

 ホッと安心する中、男湯と女湯に分かれるところで。

「ええー、お嬢と分かれるの、つら」
「一緒じゃダメなのか?」
「何バカを言ってるの!?」

 長い尻尾をぺしょんと落としたリュセさん。耳を垂らすチセさんの寂しそうな眼差しを受けた。
 それに目を白黒させるレクシー。

「なんだと!? バカって言った方がバカだろ!」
「一緒に入るわけないでしょ! バカ!!」

 噛みつくチセさんに、言い返すレクシー。

 違うのよ、レクシー。多分、大所帯で入浴するから、みんなでワイワイしたいから寂しがってるだけなのよ。男女関係なく頬擦りしたりペロリしたり、距離感バグの獣人さんの習性なのよ。下心はないのよ。

 リュセさんのことはセナさんがぺしりと叩いて、チセさんの頭にはシゼさんの拳骨が落とされて、回収された。

 私の説明を受けたレクシーは、騒ぎで駆けつけた護衛達に見守るように指示した。外国だから獣人傭兵団さんに見守りをつけてくれるのは、嬉しい。これで安心だ。

 ちなみにオリフェドートは龍神様にお酒に誘われていたので、入浴の必要もないので先に宴の間に残って先にお酒を飲んでいると思う。シゼさんが羨ましそうに見ていた。あとで一緒に呑みそうだ。

 龍神様の住処だからか、脱衣所まで豪邸の広さだった。
 そこで着物を手分けして脱ぎ合って、露天風呂へ。源泉を三階まで持ってきた露天風呂は、これまた蝶華様一人用としてはあまりにも広すぎた。
 私達四人でも、まだ余裕があるのだもの。

 背中を流し合いっこもして、肩まで浸かって、ホッと一息つく。
 湯煙が立つ温泉は、少し熱めでちょうどいい。

「極楽ですにゃ~」と、キャッティーさんが頭にタオルを乗せたまま、赤い猫耳をピコピコさせた。

「ローニャ。いえ、キャッティーもセティアナさんもだけれど、今日は蝶華様の説得に来てくれてありがとう。おかげで救えたわ」

 一息ついたからか、このタイミングでレクシーがお礼を伝えてくる。

「でも、ちゃんとこっちで調査するべきだったわ……ごめんなさい。ローニャが蝶華様と同じ前世持ちならって、先走ってしまったわ……」
「対話は必要ですにゃん」

 レクシーは続けて謝罪するけれど、キャッティーさんは責めることはなく、ブクブクと深くお湯に浸かった。
 龍神様から説得の許可をもぎ取った時にでも、彼の気持ちを確認出来れば、レクシーだけでも解決が出来たかもしれない。
 いや、そうじゃないか。

「結果よかったわ。もしもレクシーが頼ってくれなかったら、あの大臣には目をつけられていたみたいだし、一人で危機に陥っていたかもしれないでしょ? レクシーを助けられてよかったわ」
「ローニャ……」

 お湯の中にあるレクシーの手を取って、ギュッと握り締めて微笑んだ。

「そうですね。レクシーさんが一人で立ち向かうにはきつかったでしょう。ローニャさんが言うように、結果よかったのですから、そうお気に病まず。私達もこうして龍雲の国に来れてよかったですしね」
「そうですにゃん! お祭りも久しぶりで嬉しいかったですし、これからご馳走もありつけられますし! レクシー様に感謝ですにゃん!」

 セティアナさんもキャッティーさんも、フォローした。
 涙目になるレクシーは、改めてもう一度お礼を伝えたのだった。

 それにしてもセティアナさん、色気が素晴らしい。ナイスプロポーションだとはわかっていたけれど、胸まで浸かって白金髪を全てまとめ上げた彼女のデコルテの色気が……!
 背伸びしたキャッティーさんも、トレジャーハンター姿はへそ出し短パンだけあって、セクシーボディーだ。
 桶の中についてきたロトが、まったりとお湯に浸かっているのを眺めているレクシーは、小柄だけれど貴族令嬢として体型は維持しているのだろう。
 私自身と比べると……ううっ。やはり太ったわよね。
 もっと精霊の森を歩こうかしら。そうすれば、森の住人ともっと交流も出来るわよね。

「……ローニャ」

 そっとレクシーがこちらに身を寄せてきて、声を潜めた。
 その声量では、キャッティーさんとセティアナさんの聴力からは逃れられないけれど……なんだろう。

「大丈夫? その……ガヴィーゼラ夫人に会ってしまったけれど……」

 こっそりと尋ねたかったのは、私の母のことだった。

 産んだことが無駄と吐き捨てた母。
 幼い頃に私の頬を打った母。
 先程の“そのために生かされた存在”という言葉が、棘になって引っかかっている。

「おーい! ローニャ!! 聞こえるかー!?」

 と、どこからか聞こえてきたチセさんの声。
 男湯側の露天風呂から声を上げているようだ。

「この国の料理ってどんなのー!? 美味いのかー!?」

 わざわざ露天風呂で聞くことでしょうか、と苦笑を零してしまう。
 カポンと爽快な音が鳴ったので、桶で頭を叩かれたかもしれない。セナさん辺りに。静まり返った。

「な、なんなの……? 入浴中のレディーに対して!」

 怒りに震えるレクシー。
「うちのチセが、すみません……」と、セティアナさんが申し訳なさそうにした。

 なんだか、レクシーとチセさんは馬が合いそうにないわね……。ちょっとしたことで衝突しそう。んー、親しくなれば、そうでもなかったりするのでしょうかね。

「にゃははっ、チセさんは大食らいですもんねー。私も龍雲の国のご馳走が楽しみですにゃん! どんな和食ですかにゃー」
「龍雲の国のご馳走となると……刺身の盛り合わせや、天ぷらだと思うわ」
「にゃにゃ! 楽しみですにゃん!」

 食事の話に移った。
 キャッティーさんは、涎を垂らしそうな緩んだ表情だ。そして前世の故郷の和食について、私も巻き込んでレクシーとセティアナさんに話してくれた。
 レクシーの質問には、上手く答えられる自信がなかったので、有耶無耶になってよかった。


 湯から上がれば、着替えは手配してもらえて、浴衣を着た。
 真珠の簪まで無料で差し上げる、ともらってしまったので、レクシー達の髪を結わせてもらう。
 私の髪は、キャッティーさんが結って簪をさしてくれた。

 私達が浴衣を借りたように、獣人傭兵団の皆さんも浴衣を手配してもらったようで、浴衣姿だった。

「ローニャ! これ着方わかんねーんだけど!」
「お嬢ー、教えて~!」

 浴衣を手配してくれた使用人は教えてくれなかったのかしら。
 疑問に思ったけれど、さっきと違って泣きつくチセさんもリュセさんも半獣姿ではないことに気付いた。
 もしかしたら、怪力の獣人だからと使用人が避けてしまったのかもしれない。龍雲の国でも、距離を取られてしまうのかな。人型になっても、時すでに遅し、か。

「チセは私が」とセティアナさんが肩を竦めたので、リュセの浴衣を整えてから、腰で帯を結んで見せた。
「スースーする」と、ソワソワするチセさん。

「どう? お嬢? 似合…………」

 リュセさんは嬉々として笑いかけたかと思えば、ピタリと止まった。
 それが不自然だったからキョトンと見上げる。ポッと、頬を赤らめると、ゴクリと喉仏を上下させた。
「……その、えっと……」と口ごもるリュセさん。

「ローニャ。オレのも頼む」
「あ、はい」

 低い声が静かに呼ぶので、そちらへ向かう。
 私を呼んだシゼさんも、人型であり、肌着と浴衣は腕を通しているけれど、上半身は剥き出しだ。
 うっ……。シゼさんの逞しい胸筋と腹筋が……!
 湯上り直後で、色気が三割増しのような……!

「綺麗だな……」

 掠れた低い声を零すシゼさんの琥珀色の視線は、私の首筋を撫でた気がする。
 ゾクリとした。かぁっと頬が火照る。

 あ、わ、私? 私の浴衣姿ですかっ……。

「ローニャ様は、男の帯結びも出来るんですねぇ? すごいですにゃん」

 ひょっこりと横から顔を出したのは、キャッティーさん。びっくりしてしまった。

「ま、まぁ、たまたまです」

 おかげで色気ムンムンのシゼさんから離れられた。

「セナさんは大丈夫ですか?」
「うん。見てたから。これで間違いないんでしょ?」
「そうです」

 セナさんの方は私が結ぶところを見て覚えたようで、しっかり結べている。
 流石、しっかり者のセナさん。

「な、なんなんの……!?」

 その声に反応して振り返ると、レクシーがわなわなと震えていた。

「あなた達、ローニャに甘えすぎではなくて!?」
「え? そう……? でも、他国の着物がわからないなら教えてあげないと」
「それはっ……わたくしの護衛は何をしているの!?」
「す、すみません、お嬢様……」
「てっきり使用人が手伝うかと……」

 レクシーの護衛二人は、使用人の真似事するわけにもいかないでしょ……。

「ちょっと使用人に苦情を入れてくるわ!」

 ふんすと鼻息荒くして、レクシーは使用人を捕まえにずんずんと廊下を歩き出してしまう。

「なんなんだ、アイツ」
「ローニャ取られて、嫉妬してるんじゃね?」

 チセさんはわけわからなそうにレクシーの背中を見送り、リュセさんは軽く笑った。

「それより飯ー! なぁ! 何があるんだ!?」
「えっと、レクシーは刺身盛りや天ぷらだろうって言ってましたよ」
「ええー、刺身ってまた生魚かよぉ……。てんぷらって何?」
「揚げ物ですよ。衣がサクサクで熱々が美味しい料理です。海老の天ぷらなんて、ぷりっぷりで美味しいでしょうね」

 ポンと青い花を撒き散らすようにチセさんが変化しては尻尾をブンブンと振り回す。突き出た口から、よだれが今にも垂れてしまいそうだ。

「早く食おうぜ!!」
「あ、まだ天ぷらと決まったわけではないですよ」
「ご馳走なら、なんだって大丈夫でしょ。行こう」

 先を行くチセさんの背中に声をかけるが振り返ってはくれなかった。
 気にしなくていいと言わんばかりに、セナさんに背中を押されて、私達は最上階の七階まで戻った。

 龍神様と蝶華様の間にある宴の間は、畳の部屋である。ずらっと並んだ座布団とどっしりと構えた短い脚のテーブル。
「まだなんもねーじゃん」と、チセさんのもふもふ尻尾がしょぼんと垂れた。

「今来ますよ」
「なんだ、チビ。まだ抱っこされてるのか」
「名前は蝶華です。白いもふもふさん」
「オレ、リュセな。この青いの、チセな」
「……お、おう」

 上座には一段畳が置かれていて、ご機嫌そうな龍神様と膝に座る蝶華様に声をかけるリュセさんは、人懐っこい笑みを向けつつ、チセさんの首に腕を巻き付ける。
 人見知りなチセさんは、オロッと目を泳がす。

「僕はセナだよ。こっちは」
「……シゼだ」

 オリフェドートが陣取る窓際に、セナさんもシゼさんも構えるように座った。
 私達女性陣は、向き合う位置で腰を下ろす。

 蝶華様が興味津々にどんな獣人かを尋ねている間に、食事が運ばれ始めた。

 刺身盛りがドーンと置かれる。魚の頭も飾り付けて、白身も赤身も綺麗に添えられていた。魚だけではなく、貝はホタテやらアワビやら。海老もあるし、伊勢海老まである。そして、大きな蟹も。
 それは、まだまだ一部。
 角煮などの煮込み物に、野菜やキノコも盛り付けられた天ぷら。海老だけではなく、魚の天ぷらもあり。
 和食がいっぱい。天ぷらには、お好みで塩や天つゆとおろし大根。龍雲の国印のお醤油、ワサビ。
 レクシーが留学中に学んだことをペラペラと話してくれた。
 へぇ、龍雲の国のお醬油もお塩も欲しいわね。

「さぁ! 今宵はめでたい日だ! 我が愛の成就! 好きなだけ食べて飲め!」

 お酒も渡されて全員に回ったところで、龍神様が掲げた。乾杯。ぐびっと飲み干した。
 透明なお酒は、のど越しのいい日本酒に近い物だった。名前は龍雲酒だそう。

 シゼさんはお気に召したのか、瓶ごと手にした。

 チセさん達は先ず、天ぷらに手が伸びた。来客のために用意されたフォークで海老をザクリ。
 チセさんとリュセさんは天つゆにつけたけれど、セナさんとセティアナさんとシゼさんは塩にちょんちょん。
 サクッと衣を噛んで咀嚼すると、チセさん達は目を輝かせた。
「ローニャが言った通り、ぷりっぷりだー!」とチセさん、大興奮。

 よかったですね、と微笑んで、私は高級魚のお刺身からいただかせてもらった。脂が乗っていて、美味しい。本場の醤油もいい。

 白米もホクホク。久しぶりの故郷の味、美味しい。
「美味しいですにゃーん……」と、キャッティーさんは夢心地で舌鼓を打つ。

 どんどん和気あいあいと食べ進めていたら、花火が上がって、ちょうど空いていた襖から弾ける火の花がよく見えた。

「何? お祭り?」と、セナさんが尋ねた。

「我が蝶華が伴侶になった祝いだ」と、龍神様は鼻高々。

「誰のおかげだと思ってる」と、横のオリフェドートはお酒をグイッと煽る。

「頭が上がらんな!」と、豪快にケラケラと笑う龍神様だった。

 私は席を立って、襖の向こうのベランダから街を見下ろしてみる。遥か下は、ここからでもわかるくらい賑わっているようだった。

「花林大臣はどうなったのですか?」

 レクシーが龍神様に尋ねたので、私は元の席に戻る。

「牢には投獄した。あとは他の責任者を立てて、裁いてもらうだけだ。他にも協力者がいるのなら、そいつらに罰を与えるだけのこと」

 なんてことないみたいに龍神様は答えると、お酒を啜った。

「まぁ、そんな食事が不味くなる奴の話は要らんだろう。たんと食べるがいい!」
「天ぷらおかわり!!」

 龍神様が言い出してくれたから、遠慮なくおかわりをねだるチセさん。

「食え食え!」とご機嫌な龍神様は、膝の上の蝶華様にお刺身を食べさせていた。

「蟹のおかわりくださいにゃん!」

 キャッティーさんも、遠慮なし。
 海老の天ぷらは言う通り、サクッとぷりっぷり。キノコも野菜もそうだけれど、旨味が閉じ込められたように噛めば、じゅわっと口に広がる。美味しいです。

 獣人傭兵団の皆さんは、生魚にまだ抵抗があるから私が積極的に食べておこうかと思ったけれど、意外とお気に召したのか、お刺身盛りもすぐに減っていった。美味しさがわかってきたのかもしれない。
 伊勢海老なんて、もうなかった。大人気。ぷりぷりコリコリがいいですよね。

「蟹も美味いよな」
「蟹みそも蟹酢も無敵ですにゃん」
「好き好きじゃん」

 デレデレなキャッティーさんを、リュセさんは面白がってケラケラと笑った。

「チセ、野菜の天ぷらも食べてる?」
「えっ、た、食べてるし! これだろ? うまっ!」

 セナさんに指摘されて、人参の天ぷらを口に放り込むチセさんは美味しさに目を見開く。
 シゼさんはいつの間にかオリフェドートの隣に移動をして、盃を交わしていた。

 煮込み物も味がしっかり染み込んでいて、角煮の肉の柔らかさに感動。大根から味が溢れ出した。美味しい、優しい味です。


 どんどん箸が進む中、蝶華様の就寝の時間となり、龍神様は運んで行ったけれど。
 戻ってきたかと思えば。

「お主と話があるそうだ」

 と、蝶華様のお呼び出しを伝えられた。

 私だけが呼び出されたので、レクシーとセナさんが心配そうに見てきたが、話すだけなら大丈夫と微笑みを見せて隣の部屋へ向かう。

 蝶華様の部屋の奥の寝室。もう入浴済みで寝巻用の浴衣を着て、円形のベッドに横たわっていた蝶華様がいた。

「ローニャ様」
「なんでしょう?」

 眠たそうな声で呼ぶ彼女の元に歩み寄る。

「本当に贄姫の役目を全うしなくていいんでしょうか……?」
「!」

 淡々ととっくに覚悟を決めていた彼女の不安げな声。
 覚悟を覆されて、戸惑っているのだろう。それを誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
 その相手に、龍神様ではなく、私に選んだ。

「いいのですよ。龍神様は伴侶として望まれています。その方が喜ばれますし……何より、蝶華様はどうななのですか? まだまだこの世界で生きていけるのですよ?」

 優しく問いかける。愛を尽くしてくれた龍神様のことを憎からず想っている様子の蝶華様は嬉しくないわけではなさそう。
「そうですね……」と、軽く頷く蝶華様。

「ローニャ様は、悪役令嬢の役を全うしない道もあったのですか?」

 興味本位のように投げかけられた言葉。

 思い出すのは、シュナイダーに手を差し出されて、愛を育もうと告げられた希望の瞬間。
 運命が変わるかもしれないと思った約束。

「……あったのだと思います。正直、運命に抗うことを選びました。きっと幸せになれると……夢を見た頃もありました。でも、運命は私を悪役令嬢にしましたので、諦めてしまいました」

 薄く笑って答えた。

「彼の隣で生きることは諦めて、悪役令嬢の役目を全うしました。そして、違う場所で違う私で生きることを選んだのです」
「……今、幸せですか?」
「……」

 少し、重巡する質問だけれど、答えは決まっている。

「私は生前からまったりしたいという願望を抱いていました。それが叶った日常にいられて、幸せです。今いる場所で、私はとても幸せなのです」
「……よかったですね」

 まったり喫茶店で、私は幸せを確かに感じていた。
 微笑んで見せると、蝶華様も柔らかく微笑んだ。
 ええ、よかったです、と笑みを深めて見せた。

「今日は来てくれて、ありがとうございます……ローニャ様。レクシー嬢達にもお礼を」
「わかりました、伝えておきますね」
「はい……」
「おやすみなさい、良い夢を」
「……おやすみ、なさい……」

 うとうとしていた蝶華様は瞼を閉じる。年相応の健やかな寝顔だ。
 贄姫の役目を果たさなくていい。それを私にも肯定してもらえて安心した様子だ。

 そっと布団を整えてあげてから、蝶華様の部屋を退室した。
 外には龍神様が立って待っていた。また盗み聞きでもしていたのかしら。彼は私が出るのを見ると、結界を張った。大事な彼女の身の安全の確保。念には念を、ということでしょうか。

「我からも礼を言う」
「いえ、どういたしまして。お力になれて何よりです」

 一緒に部屋に戻ると、宴の間は薄暗くなっていた。

 ドンドンと上がる花火の灯りが仄かに入り込んでくる宴の間の窓際で、オリフェドート達がお酒を嗜んでいる。
 左右の襖が空いていると思えば、そこに布団が敷かれていた。
 満腹らしいチセさんが青い狼になってイビキをかいている。反対側では、セティアナさんも耳をピクピクさせて横たわっていた。狼さん二人は、もう就寝か。

「我が友! ローニャも飲むといい」

 オリフェドートが勧めてくるので、私ももう一杯飲ませてもらうことにした。

 ふと見てみたら、浴衣を着崩したシゼさんの色気がとんでもないことになっていて、ゴクリとお酒を飲み込んでしまう。
 うっ!? このお酒強い!

「美味いか? 我しか知らん、幻の酒だ。特別に振舞ってやる」

 龍神様は、鼻を高くして自慢した。

 美味しいけれど、ほどほどにしましょう……。と、ちまちま飲ませてもらった。

 レクシーもそんなに強くないので同じくらいゆっくりしたペースだ。キャッティーさんなんて舌でチロチロしている。赤い尻尾をくねくねしているから、本物の猫さんみたいだ。

「蝶華様、大丈夫だった?」とレクシーに問われたので、もう大丈夫そうと答えておく。
 レクシーは安堵して胸を撫で下した。

 ドンドンとまた打ち上げられる花火が、夜空に咲く。


 薄暗い部屋で楽しむ晩酌と花火。ぼんやりと夜空を見上げながら、思いに耽る。

 引っかかってしょうがない“そのために生まれた存在”という言葉。
 悪役令嬢に転生した私。産んだことが無駄と吐き捨てた母。
 息もつかぬ厳しい教育の日々の中でも、まったりしたいと零した幼い私。そんな私の頬を打って罵倒した母。

 断罪される運命を変えられるかもしれないと希望をくれたシュナイダー。
 でも、ミサノと親しくなっていくシュナイダーと、悪役令嬢になっていく私。
 ちゃんと悪役令嬢の役目を全うして身を引いたのに、今更追いかけてきたシュナイダー。
 未だに敵意をぶつけてくるミサノ。

 永遠の片想いを決めているオルヴィアス様の求婚。

 今の場所で幸せな私。


 熱い刺激が通っていくお酒を喉に流して、ほうっと息をついた。





 ※※※※※※※※※
あとがき。

今月、もう一話書けるんじゃないか、と頑張ってみました!
和の国に来たら、温泉、湯煙ですよね!
色っぽい浴衣姿は必須! シゼもセティアナも色気がカンストしてそうですが、ローニャちゃんも負けていないはず! ね! リュセ!?
飯テロ頑張りたかった回ですが、なかなか難しい……!
次回も飯テロするぞっ!
あと二話ですね! 百話まで!!
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