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第七章 龍が飛ぶ国。

97 氷の上の乱闘と大事な対話。

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 六階の氷一枚の上。多くの刀を向けられている追い詰められた状況。
 和の国の侍達と、もふもふ傭兵団が対立してしまった。

 他国で乱闘なんて……!

「それがこの国の着物!? お嬢キレー!!」

 こちらに顔を向いている純白のチーターさんのリュセさんが褒めてくれたけれど、そんな場合ではない。

「本当だ。綺麗だね。セスも気に入りそうだ」

 緑のジャッカルさんのセナさんまで振り返って褒めてくれたけれど、やっぱりそんな場合じゃない。

「てか、ローニャ。ここなんで凍ってんだ? 滑りそうなんだが」

 青い狼さんのチセさんが、ゲシゲシと足元の氷を蹴る。

「お褒めいただきありがとうございます、リュセさん、セナさん! チセさんは蹴らないでください! ここは空中です! 六階なんです!」

 慌てて教えると、流石に驚いたのか、黒い獅子さんのシゼさん以外はビンッと尻尾と耳を直立にした。

「なんでそんなところにオレ達呼んだ!?」
「わ、私ではなく、セティアナさんがっ」
「「「セティアナ!」」」
「シゼにどんな状況でも危険なら呼べと言われたから」

 非難を受けても、セティアナさんはシゼさんの命令に従っただけだと、しれっとしている。

「ローニャ。割れて落ちることはないんだろ。信じてるぞ」

 シゼさんの低い声を合図に、獣人傭兵団さんは戦闘を開始してしまった。

 確かに割れて落ちないように保てるけれども……!

 切り込んでくる侍の刀を、リュセさんは爪で切り裂き、チセさんはかぶりついて噛み砕いた。

「そんなナマクラじゃあ、爪とぎにもならねーぜ」
「ぺっ! 来いよ。全員ぶっ潰してやる!」

 武器を失くした侍を、セナさんが蹴り飛ばし、シゼさんが掴んで七階までぶん投げてしまう。

「龍雲の国の騎士だっけ? 大したことないね」
「……」

 キャッティーさんも、どこからか取り出したナイフで刀をいなして、鳩尾を決める。
 セティアナさんは、見極めて刀を避けると手首を掴んで背負い投げてしまう。

 あわわっ。乱闘だ……!

「キィー!! 何をしている!! 仕留めよ!! ただちに不届き者どもを根絶やしにせよ!!」

 花林大臣は、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

「だから、わたくし達が何をしたと言うの!! やっておしまい!!」
「え? 誰だ、コイツ」

 同じく激怒して怒鳴り散らすレクシーが獣人傭兵団さんに指示を飛ばすものだから、チセさん達はきょとんとしたが、すぐに飛びかかる侍達を蹴散らす。

「お待ちください! こちらは龍神様の許可を得ているのですよ! 危害を加えるならば自己防衛を行使します!」

 遅すぎる宣言だけど、あくまで自己防衛だと言い張っておきましょう……!

「龍神様を騙るなど、国家反逆罪だ!!」
「「っ!!」」

 無茶苦茶だ。龍神様が戻ってくるまで時間を稼がないと、国家反逆罪でこの場で切り捨てられてしまう。

「オリフェドートを呼びます!」

 国家反逆罪を振り翳すなら、こちらも大きな力を振るわせてもらわないと。

 契約をしている者として、オリフェドートを召喚した。
 緑の匂いがする木の葉のつむじ風が強風に変わっていき、獣人傭兵団さん達が相手していた侍を吹き飛ばしていった。

「大丈夫か?」
「ラクレイン!」

 私の後ろには、私を翼で覆うように立つラクレインもいて、目の前には大精霊オリフェドートが佇む。

「我が名は、オリフェドート。植物を司る大精霊だ。我に刃を向ける意味を、よく考えることだな」

 フン、と鼻を鳴らして、静かに威圧するオリフェドート。
 ロクに説明もしていないのに、一時場を収めてくれた。ホッとする。

「植物の、大精霊だと……!?」

 怒りを買えば、国から緑を失くしてしまいかねない相手。流石に怯んだ様子。

「ッ! だ、大精霊だとしても! ここは龍神様の国ですぞ! 衝突したいのですかな!?」

 すぐに取り繕って、脅しにかかる。龍神と対立してもいいのか、と。

「ならば、直接交渉しよう。連れて来い、龍神様とやらを」

 オリフェドートは、強気で言い放つ。

 実際、大精霊のオリフェドートと龍神様、どちらが上かと問われると難しい。ただ、オリフェドートの怒りを買って、国中の緑を奪われる危険をわざわざ犯す愚か者はいないだろう。緑がなくなれば砂漠と化して、食物も水も入手困難となって、滅んでしまうのだから。

 龍神様は言い換えれば、土地神のようなもの。オリフェドートの手を借りずとも、国を豊かにすることは可能だろう。しかし、敵対して対立するなら話は別だ。オリフェドートの植物を司る力に勝てるはずもなく、緑を奪われ続ければ、あるいは緑を生み出す力そのものを奪われれば。緑豊かなんて、夢のまた夢となりかねないのだ。

 国の存亡の危機。それを理解しての青褪め。花林大臣は、ゴクリと息を呑んだ様子。

「なんの騒ぎですか」

 そこで聞こえてきたのは、蝶華様の声だ。

 かろうじて部屋の入口の階段の上に立っているから顔が見えた。

「おお! 贄姫様! お隠れください! 不届き者の不法侵入! 今、退治しますので! おい、贄姫様をお連れしろ!!」

 花林大臣は口元を引きつりつつも、声を上げて蝶華様を部屋に追いやろうとする。

「オリー。彼女を呼び止めて」
「わかった。おい! そこの娘! 待て!」

 オリフェドートに頼んで、蝶華様を引き留めてもらう。私やレクシーは聞き入れてもらえないだろうけれど、大精霊のオリフェドートなら無視は出来ない。

「おい! オリフェドート! 戦おうぜ!」
「やめんか! 血の気の多いったらありゃしない! こんな氷の上で戦うとか、正気の沙汰とは思えん! これだから獣は」
「あー! 今、オリフェドート、ローニャの魔法疑ったー!」
「なっ!? そうではない! そういう意味で言ったわけではないぞ! ローニャ!」

 チセさんが戦いを再開したいと喚くからオリフェドートが叱りつけると、リュセさんがケラケラと揚げ足をとった。
 オリフェドートが、私に必死に弁解する。別にいいんですけど……。そんな場合じゃないですし。

「綺麗……それにもふもふ……」

 こちらを覗き込む蝶華様は、目を見開いて見惚れている様子だ。

 オリフェドートは水草のように艶めく長い髪を靡かせた麗人のような長身の男性だし、腕が翼で下半身も黒のズボンに見えなくもないが鳥の姿のラクレインは異形の美形だもの。

 そして、もふもふよね。
 もふもふ獣人傭兵団さんもいる。セティアナさんも戦いの最中に、白金の狼さんに変身していた。

「お話を聞いてください、蝶華様! 龍神様の許可を得て、蝶華様と再びお会いしようとしただけの私達を花林大臣という方が国家反逆罪だと仰って刃を向けるのです!」
「この者達の話を聞いてはいけません! 惑わせて贄姫様のお立場を脅かすつもりなのですぞ!!」

 蝶華様に訴えたが、花林大臣は遮るように喚く。

「ローニャ。その龍神はどこだ?」
「それがどこかへ行かれてしまって……そう遠くはいっていないと思うし、戻って来ると思うのだけれど」

 真上から覗き込むラクレインに問われて、見上げながら答えると「では呼んでやろう」と言い出した。
 ぐわっと大きな口を開いて、ズラリと並んだ牙を見せつけると咆哮を上げる。


「出て来い龍神!!!」


 ビリビリと空気が震える上に、風も吹き荒れた。よろめく私はレクシーと支え合ったが、あとからラクレイン
は翼でそっと支えてくれる。

 次にドロンッと、緑の煙が七階の廊下を立ち込めた。
 ラクレインは私達を支えていない方の翼を振ると、それで巻き起こした風で煙を吹き飛ばす。
 見えてきたのは、蝶華様を片腕で抱き上げる龍神様だった。

「あれが龍神サマ?」
「強いのか?」
「チセ、戦う気満々にならないの」

 ブンブンと青い尻尾を振り回すチセさんを宥めるセナさんだけれど、彼も臨機応変に動けるように身構えている。
 シゼさんもセティアナさんも、静かに見据えていた。

「龍神様! この者達が不法侵入いたしましたため、直ちに排除いたします!!」

 花林大臣は、私達を不法侵入だと報告をする。

「勝手許さん! 皆の者、動くでない!!」

「「「!!?」」」

 龍神様が咆哮を放つ。

 先程のラクレインが大声を上げるように放った咆哮とは、また一味違う。

 威圧が込められていて、ビリビリする圧迫感が上から圧し掛かってきた。
 獣人傭兵団の皆さんは氷の上に踏み留まりながらも、毛を逆立てる。私もレクシーも、よろけかけたが、ラクレインがしっかりと支えてくれた。

 その威圧から解放してくれたのは、オリフェドートだ。
 パチン、と指を鳴らすだけで、威圧を跳ね返してくれた。

 オリフェドートも龍神様も、一心に見据え合う。神の領域の存在のやり取りに固唾を飲んでしまった。

「ここは我の国。何用だ、精霊」
「用があるのは、我の契約者だ。我は手を貸すのみ」

 最初に口を開いたのは龍神様で、オリフェドートはそれに素っ気なく答える。

「申し訳ございません、龍神様。蝶華様の元へ戻ろうとしたらそちらの花林大臣という方に阻まれて、国家反逆罪だと襲われてしまい、自己防衛に応援を呼んだのです」

 ということにします。概ね、嘘ではありません。

「……戦わねーの?」と、龍神様と一戦交えたいチセさんが、耳をぺしょんとしてこちらを見てくるけれど、心を鬼にして気付かないフリをしておく。
 隣でレクシーが「なんなの、あの狼……」とボソリと呆れているけれど、血の気の多さならレクシーもチセさんに負けていないと思うの。言わないけれども。

「あの女子おなご達が蝶華と過ごすことは許可している。ただし、野郎は許さん。接触禁止だ」
「えっ……もふもふ……」
「うっ。ま、待て、蝶華。あそこに赤い猫と薄い金色の狼もいるぞ? もふもふはそれで充分だろ? なっ?」

 異性の接触は禁止すると言い放つ嫉妬深い龍神様の腕に座っている状態の蝶華様は、大半のもふもふと交流が出来ないことにショックを受けた様子。多分。無表情に近いけれども。

 それに慌てて指差して見せるのは、キャッティーさんとセティアナさんだ。確かにこちらも、もふもふ。

「にゃん?」と、魅惑な猫の決めポーズをする猫さんなキャッティーさんだった。

 それよりも、花林大臣が冷や汗をダラダラ垂らしていることが気がかりだ。ちらちらと盗み見るのは、私達が足場にしている氷。魔力の気配を感じ取った私はすぐさま動く。
 予想通り、花林大臣は巨大な爆破魔法を落としてきた。

 しかし、瞬時に結界魔法を展開させて、私は防ぐ。念のため、氷の足場も補強したが無事だ。

「ば、バカな……! 今のを防ぐなんて!」

 青褪める花林大臣は、横の圧に気が付くと青白くなるほどに顔色を悪くした。

 龍神様が、カッと目を見開いて殺気立っている。威圧的な魔力がただ漏れしているようで、近くの侍達は後退りして避難していた。

「我の命令に背くとは、貴様こそ国家反逆罪だぞ? 大臣」
「ひぃいいっ!! 違うのです! 違うのです!! 龍神様を思ってのことなのです!!」

 土下座でもしているのか、こちらから見えなくなる花林大臣。

「龍神様。ローニャ様達とのお話はもう済んだのですが……」
「ま、待て! 蝶華。もう少し付き合ってくれ、もう少しだけ」

 淡々と言う蝶華様に、あせあせとする龍神様はなんとか笑いかける。
 大臣には威圧的なのに、蝶華様には甘い姿勢。

 優しい眼差しで見ている。間違いなく、愛しているようだ。

 私達に説得も頼んでいるし、なんとしても話を聞いてほしいのだろう。

「じゃあ、もふもふしてもいいかな?」
「もちろんだとも!」

 甘い。とても甘い。
 蝶華様の希望をすぐ叶えたがるほどに尽くしてきたのは間違いなさそうだ。
 せめてもふもふさん本人に許可をもらってほしい……。

 私がキャッティーさんやセティアナさんに目配せをすると。
「はいにゃん!」と、元気よくキャッティーさんが右腕を上げた。


「蝶華様は龍神様をお好きじゃないのですかにゃん!? 龍神様は蝶華様を大事にしているみたいですけど!」

「!?」


 キャッティーさんの直球発言に、龍神様はボンッと顔を真っ赤にする。

「ええ、まぁ。龍神様の贄姫ですから。大切にはしていただけています」
「……」

 平然な蝶華様の返答に、サァーと血の気が引いた様子の龍神様。翳りある顔を俯かせて、落ち込んでいるみたいだ。

 龍神様から聞いた通り、想いは届いていないみたい。

 微動だにしていないから、これは脈なしなのでは……。でもよく考えたら、生贄にされる覚悟が決まっているのに、その相手に恋愛云々の感情を抱くのは難しいのだろう。
 やっぱり、脈なし……。説得は、絶望的……?


「龍神様が、蝶華様を伴侶と望んでいるのに、蝶華様はそれでも生贄になるつもりなのですかにゃ?」


 キャッティーさんは、またもや直球勝負で言い放った。
 着弾して、またもやボンッと真っ赤になる龍神様。

「……伴侶? なんの話ですか?」

 しかし、蝶華様はきょとんとした。初耳だと言わんばかりの反応に、私達は驚いてしまう。

 彼女を抱えている龍神様もだ。口をあんぐりした。

「龍神様が、蝶華様を生贄ではなく妻にもらいたいと思っていることを、ご存じないのですか?」

 私も思わず、挙手をして蝶華様を見上げて尋ねてしまう。

「あー……冗談で何回か聞いた覚えはありますけど」

 思い当たると蝶華様は言っては、龍神様の顔を確認した。

「冗談!? 冗談ではないぞ!! 蝶華を愛おしく思っているから妻に欲しいと常々言っておっただろう!! それなのに、“自分は贄姫だから”と突っ張りおって!」
「? ……そんなに多く言われたことないです」
「いいや、我はいつも言っていた!」
「……言われてないってば」
「うっ」

 龍神様に声を上げられて、蝶華様はムスッと頬を膨らませる。その不機嫌さに焦るくらい、龍神様は蝶華様には弱いもよう。

「すれ違っているようですが……改めて、龍神様の意志を聞いたらどうでしょうか? 蝶華様」

 もしかしたら、二人で話し合えるのではないかと期待を込めて提案した。

「…………」
「ちょ、蝶華……」
「わかった、聞きます」
「蝶華……!」

 ぱぁああっと喜色一色の顔になった龍神様は、またもや尻尾が出ていてブンブンと背中で振り回した。

「何アイツ、変化解けかけてんじゃん」
「へたくそー」

 リュセさんとチセさんが、龍神様の変身能力を秘かに笑う。

「おかしくないですか? 龍神様の意志が、全く通じていなかったのは。隠していたわけでもないのに」

 セティアナさんが自分の長い髪を撫でつけると、そう私とレクシーを振り返った。

 ピクリと反応するのは、レクシー。ギッと、花林大臣を睨み上げた。

「……龍神様。花林大臣には、蝶華様への求婚の意志を話さなかったのですか?」
「ん? もちろんだ。蝶華の説得もずいぶん前に頼んだぞ」
「花林大臣からそんな説得、されてませんよ?」
「なんだと!?」

 レクシーの鋭い質問でわかったのは、蝶華様には届いていなかったということ。

 花林大臣は、龍神様の求婚を伝えていなかったのだ。

 花林大臣が蒼白の顔で震え、龍神様は怒気を放つ。

「つまり! 龍神様の意志を阻んだ花林大臣こそ、国家反逆罪ですわ!!」

 ビシッと指差したレクシーは、仕返しを言い放ったようだ。

「大臣……貴様ぁ……」

 ゴゴゴゴゴゴッ。

 龍神様が放たれる威圧で、花林大臣は吹けば飛んでいきそうなほど希薄な存在になっているように見えた。しかし、自棄を起こしたようだ。頭を掻きむしり、声を張り上げた。

「バカげてるじゃないですか!! 贄姫として生まれたのに! 贄姫の役目を果たさないとは!! 贄姫のために生かされた存在なのですよ!!」

 びく、と私はその言葉に反応して、震えてしまう。

 そのために生かされた存在。

「ローニャ?」
「どうかしたの?」

 ラクレインが震えに気付いて覗き込むと、レクシーも異変に気付いて心配そうに見てきた。
 大丈夫だと、微笑んでおく。


「喧しい!! 我のための贄姫を要らんと言ったというのに、それをわざと伝えず贄姫という選択肢しかないと洗脳したのだろうが!! ふざけおって! 我は蝶華を食べとうないと百は言っただろうが!! 蝶華がいない生など意味がない!! 我は蝶華と添い遂げる!!!」


 蝶華様を片腕に大事に抱いたまま、龍神様は鬼気迫る顔で言い退けた。

 声高々の求婚に、間近に聞いた蝶華様は「龍神様……」と静かに零す。

 求婚というか、宣言だ。添い遂げる、という宣言。

 花林大臣は、蝶華様に生贄の使命を全うさせたくて、あえて龍神様の求婚を伝えず、説得を頼まれた私達を阻みなき者にしようとまでした。
 蝶華様が受け入れて自ら生贄になることを覚悟するように、『贄姫の使命』に花林大臣も囚われていたのだろうか。そこは龍神様に対応してもらおう。ここは龍神様の国であり、彼はその一家臣だもの。

 熱烈な求婚を間近に聞いた蝶華様の反応を注視してみる。

「食べたくないって、本心だったのですね……」
「う、うむ……だから何度も言ったつもりだったんだが、それは他の家臣に相談する形だったかもしれぬ……。でも蝶華本人にも伝えたつもりだったのだぞ」
「昔に聞いた気がするけれど、怖がらせないために言ってるのかと」
「本心だ!」

 蝶華様はまた淡々とした様子で言葉を紡ぐけれど、龍神様の頭をなでなでしていた。

 龍神様を、手なづけていらっしゃる……。

 贄姫が、龍神様を龍雲の国に引き留めるための生贄だとしたら、もう生贄ではなく、伴侶として連れ添うことを約束させれば龍神様を龍雲の国に引き留める目的は達成される。だから。

「……これって、無事解決したってこと?」

 セナさんが自信なさげに私に振り返って尋ねてきた。

「えっと……恐らく」

 蝶華様の雰囲気からして、断固として生贄になると言い張りそうではないし、意志を変えてくれると思う。あとは龍神様のアプローチ次第だ。

「何それ……すれ違いを解消しただけで解決したじゃないか」

 少々呆れているセナさん。

 確かに。いえ、でも、終わり良ければ総て良しですし……。無事解決してくれてよかったです。


「対話って大事ですにゃ!」


 すれ違いの解消に貢献したキャッティーさんは、誇らしげに胸を張った。
 かつて、勘違いで襲ってきた前科持ちのキャッティーが笑うものだから、獣人傭兵団さんと一緒に私は脱力してしまう。

「オリー、来てくれてありがとう」
「なんの、お安い御用だ!」

 オリフェドートの元まで歩み寄って、お礼を伝える。彼はなんてことないと笑い飛ばしてくれた。

「花林大臣は牢へ投獄せよ! 客の者達は宴だ!」

 上機嫌な龍神様はこちらにニッコリと笑いかけた。
 元々、夕食のお誘いを受けていたので、お言葉に甘えよう。龍雲の国の夕食、楽しみ。

「ローニャ。用が済んだなら、オレ達を元の場所に戻してくれないか?」
「そうだった。侵入者を撃退したまま放置してたんだよね」

 静かな低い声を出すシゼさんに続いて、苦笑を零すセナさんを見てギョッとしてしまう。

「お仕事中に呼び出してしまったのですね! す、すみません! 今、元の場所に戻れるように転移魔法を展開します!」

 厳密にはセティアナさんが呼び出してしまったけれど、謝って魔法を構築し始める。先程の魔法転移陣を復元していじって、っと。

「そんなことを気にするな。オレは呼べと言ったはず」
「それは……そうですが……」

 ぽふっと、シゼさんのもふもふした手が頭の上に置かれて、口元が緩んでしまう。

「待て、シゼ」

 そこで制止の声をかけたのは、ラクレインだ。

「その撃退した侵入者のことなら我がなんとかしよう。せっかく他国に来たのだし、ローニャと楽しんだらどうだ?」
「……」

 ラクレインの提案に、立派な黒の鬣の獅子さんは僅かに首を傾げた。

「我が行くから、ローニャのそばにいてくれ」
「……わかった」

 シゼさんは頷く。

「え? いいのですか?」
「いいんだよ」

 傭兵団の仕事に戻らなくてもいいのかと確認すると、セナさんが代わりに答えた。
 私が再構築していた転移魔法を使って、ラクレインは転移してしまう。
 変なラクレイン。

「なーなー! ローニャ! 龍雲の国の美味い飯食えるのか!? なー!?」

 目を爛々と輝かせて、青い尻尾をブンブン振り回すチセさんがはしゃぐ。

「なんなの? 落ち着きないわね」と、後ろでレクシーが引き気味。

 そこでレクシーを獣人傭兵団さんに紹介することにした。これが初対面だもの。

「お話した、親友のレクシーです」
「へぇ、コイツが」
「こ、コイツですって?」
「レクシー、口は悪いけれど悪い獣人さんではないのよ。相手が国王様でもこんな感じだから」

 カチンときている様子のレクシーを、肩を撫でて宥めておく。

 ボンと白の煙を撒き散らせて、チーターの耳と尻尾を残したイケメンに変化したリュセさん。
 青い菊の花が散るように、狼の耳と尻尾を残したイケメンに変化したチセさん。
 緑の菊の花が散るように、ジャッカルの耳と尻尾を残してイケメンに変化したセナさん。
 黒い煙を撒き散らして、獅子の耳と尻尾を残してイケメンに変化したシゼさん。

 紹介、終わり。

 宴の間へと足を進めた。



   ◇・◆◆◆・◇



 少し時間が巻き戻る。
 ローニャがオリフェドートにお礼を言うために離れた隙に、レクシーはラクレインを振り返った。

「ラクレイン、ローニャの母親がいるの」
「なんだと?」

 ローニャの母親。ガヴィーゼラ夫人がいると聞いて、ラクレインは殺気立つ。

「落ち着いて。なんとかローニャを隠してやり過ごしたけれど、まだ近くにいるかもしれない」
「始末するか」
「だめに決まってるでしょ! あれでもローニャの母親なのよ! わたくしだけではなく、あなたまで来ていたとバレたら、ローニャがいることまで気付かれかねないわ! くれぐれも見つからないようにして!」
「……わかった」

 そのやり取りを経て、ラクレインはローニャを心配した。
 先程も様子がおかしかったのが気にかかる。大丈夫だと微笑んだが、明らかに無理した微笑みだった。

 それにローニャにとって、母親は悪魔も超える恐怖の対象だということを知っているからだ。

 だから、ラクレインは獣人傭兵団にそばにいるよう頼んだのである。

 わざわざ仕事を代わると言い出してまでそばにいるように頼んだラクレインに何かを察した様子で、シゼもセナも頷いた。
 ローニャの恐怖の対象が近くにいることは気がかりだったが、自分がいる方が見つかりかねないとラクレインはその場をあとにした。


 氷を消し去ったあと。

「……あの子……こんなところで、一体何を……?」

 ローニャによく似た美貌の貴婦人が、見上げていることに、誰も気付きはしなかった。


 
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