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第七章 龍が飛ぶ国。

94 龍雲の国の服。

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 それから、数日。
 ロトはもう安心だと判断したらしく、見張ることをやめた。
 いつもの日常が戻ってきた私は、度々お客さんとして訪ねてくるオルヴィアス様になんて伝えようかと考えながら過ごす。
 どう答えても、私の返事は彼を傷付けるだろうから、切り出す勇気が出なかった。
 獣人傭兵団さんが来た午後。
 私はカウンターの中で、セナさんからプレゼントされた本を読んでいた。

「お嬢、こっち来いよ」
「こっちで読もう」

 リュセさんとセナさんの間に来るように誘われる。
 今二人は、もふもふの獣人姿だ。
 もふもふサンドしながらの読書タイム!
 私は喜んで、二人の間に座らせてもらった。 
 夏が来てから、本人達が暑がるので、このもふもふサンドはお預けだったのだ。

 久しぶりの至福の読書タイムです……! 

 最初は読書どころではなかったけれど、今ならセナさんとリュセさんの尻尾を撫でながら、片手で本を持って読める。
 慣れとは、本当にすごい。
 毛の長い緑のもふもふの尻尾と、細く長いもふもふの尻尾。
 緑の方に手を埋めていれば、こっちを撫でろと言わんばかりにチーターの純白の尻尾がぶつけられる。
 逆に黒い模様がアクセントの純白の尻尾ばかりに構っていると、ふりふりっとくすぐるように緑のジャッカルの尻尾の毛先が触れてきた。
 デレッとニヤけてしまう。

 いけない、いけない。
 頬を緩ませすぎないようにしなくては。

「海の向こうの国に行くんだって?」

 同じく読書をしているセナさんは、栞を挟むと本を閉じて会話を振った。
 セティアナさんから、聞いたのだろう。
 どこまで聞いたのだろうか。ちょっと気になる。
 出掛けるから、その報告だろう。

「はい。親友のレクシーの頼みで行くことになりまして……」

 セティアナさんも、左の方のテーブルについて、この場にいたから視線を向けてみた。
 ケーキを食べている最中。

「キャッティーも行くんでしょう? 大丈夫なの? 彼女、ほら……なんというか、トラブルメーカーでしょう」

 同行者も聞いたようだ。
 キャッティーさんの言動は、たまにトラブルを起こす。トラブルメーカーだと言える。
 ドジで危険なトラップを発動させたり、獣人傭兵団さんと一触即発になったり。

 今回は何も起こさないといいのですが……。

「大丈夫でしょう、きっと」

 私は苦笑を浮かべつつ、そう答えた。

「キャッティーとセティアナが行くのかー。いいなぁーオレもお嬢と一緒に行きたい」

 リュセさんは、テーブルに腕を置いて、あざとく上目遣いをしてくる。

 あざとい猫さんっ!  
 可愛くて撫でまわしたくなる。
 頭をマッサージするようにぐりぐりーっと撫でてもいいですか?

「大丈夫には思えないよ……。同じ境遇の少女と会って、冷静でいられるのかい? キャッティーは」

 感情豊かなキャッティーさんは、同じドラゴンの生贄である少女を前にして冷静でいられるのか。
 それでまたトラブルを起こすのではないか、とセナさんは懸念しているようだ。

「ドラゴンの生贄、か」

 珍しく、シゼさんが呟く。

「はらわた煮えかえっているほどの怒りを覚えているかもしれないな」
「確かに……話を聞いて怒っていましたが……」
「説得に失敗したら、どうするつもりなんだ? 強行で連れ去るつもりなのか?」

 シゼさんの問いに、私は少し黙った。
 レクシーが失敗した時のことを考えているようだったけれど、他国で問題を起こすなんてしないだろう。
 失敗した時はきっと、レクシーは酷く落ち込む。
 命を救えなかったということだ。助けたいと行動したのに、救えなかったらどんなに辛いだろうか。

「龍の方にも、出来ればお会いしようと思っています。生贄を望む理由などを訊き、それから説得をします。いざと言う時はオリフェドートの名前をお借りするとは伝えているのですが……それは最後の手段にしたいですね」

 失敗した場合は、精霊オリフェドートの加入を考えている。
 レクシーも視野に入れていたはずだ。
 むしろ、そのために私を頼りにしたのかもしれない。
 オリフェドートも私に頼られて喜んでくれたけれど、出来れば避けたいものだ。

「龍か……そっちの龍は強そうだな」

 チセさんが、ギラッと目を光らせた。

「おい、いつまで隠れている? 出てこい、オズベル」

 シゼさんが鋭い声を出して、流浪の魔法使いオズベルさんを呼んだ。
 目を瞬いた私の前に、彼は唐突に現れる。

「ばぁっ!!!」
「ひゃうっ!」

 驚きのあまり、本をギュッと抱き締めた。
 群青色の髪を細い三つ編みにして、おとぎ話の魔法使いのようなつばの大きな大きな帽子を被っている。
 オッドアイの瞳は、群青色と白銀色。中性的な顔立ちで、無邪気に笑う。

「ひゃうって、お嬢かっわいいー!」
「あははっ!」

 リュセさんとオズベルさんがケラケラと笑う。
 どうやら、皆さんは気付いていたようだ。
 オズベルさんの訪問に。

「どうやって入ったのですかっ?」
「結界に穴があるよ?」
「嘘でしょうっ!」
「あははっ、塞いであげるよ。ステーキをタダでくれるなら」

 店に貼ってある結界に、穴がある。
 いくら結界系の魔法が苦手だからって、彼を通してしまうほどの穴があるなんて。
 ショックである。私はカウンター席から立ち上がって、キッチンに戻った。
 ステーキを用意しなくては。

「別に君以外に脅威はないから、いらないね。そうやってローニャ店長にたからないでくれるかい?」
「いいじゃーん。お人好しなんだから」
「あのね……」

 セナさんは、心底呆れているようだ。
 気にすることなく、私が座っていた席につくと、パパンッとテーブルを軽快に叩くオズベルさん。

「で? 龍雲の国の生贄少女を開放する話? オレもまざっていーいー?」

 にんやりと無邪気に見せかけた笑みを浮かべるオズベルさんに、私も呆れ顔をしてしまいそうになった。

「だめです。いつから聞いていたのですか……?」
「シゼが喋る前からいたぜ? お嬢ってば、だからつけ込まれるんだぞ」
「私には皆さんのように優れた嗅覚はありませんから……」

 リュセさんが叱り口調で言うから、肩を竦めつつ反論する。
 冗談半分なので、リュセさんはまた笑う。

「君はトラブルを起こす気満々だから、絶対に行かせないよ」
「えーセナお兄ちゃんー」
「君のお兄ちゃんになった覚えはない」

 頬すりをするオズベルさんを、セナさんは押し退けた。

「オズベルさんはご存じだったのですか? 龍雲の国に龍の生贄がいること」
「あっちこっち旅しているからねー、聞いたことあるよ。でもオレには関係ないし」

 お肉を焼きながら、私は飲み物を尋ねるついでに話を振ってみる。
 関係ない、か……。
「飲み物は?」と問うと「冷えたオレンジジュース!」と答えた。

「関係ないって思うなら、なんで行きたがるのさ?」
「ほら、オレって貴族嫌いじゃん? 龍雲の国の貴族が困る顔、見たみたいなーぁって思って! 女の子拉致するだけなら、任せてよ! チョー簡単!」
「犯罪者、捕まえるぞ」

 キラキラッと目を輝かせたオズベルさんが、とても危険な発言をしたからなのか、シゼさんがその言葉で一蹴する。
 オズベルさんは、しゅんっとしぼむように俯く。
 女の子を拉致は、すごく危険な発言だ。絶対、この人にはついてきてほしくない。
 それに、レクシーとも相性悪そうだし、会わせたくない気持ちが強まる。
 キャッティーさんとはテンションが合っている気がするので、悪乗りの予感が出来るので、やっぱり会わせたくない。
 私は飲み物を運んだあと、ステーキの調理に戻った。
 完成させて配膳しようとしたら、オズベルさんはシゼさんの隣に移っている。

「ボスくんさぁー。ずるいと思うんだ。いくら天才のオレと親しくなったからって、魔法の道具をタダで作らせるなんて」
「天才なんだろう? その腕を証明してみろ」
「そうやって挑発に乗らせようとするー。乗るけどさ」

 なんの話をしているのだろうか。

「オズベルさん、どの席で食べますか?」
「あ、カウンターに置いといて、すぐ食べるからさ」
「はい。……なんのお話をしていたのですか?」

 カウンターテーブルにオズベルさんのステーキを置いて、私は首を傾げる。
 オズベルさんは、袖から杖やツタの人形やらを取り出した。

「お嬢達が龍雲の国に行くじゃん? 万が一のために、お嬢達を助けに行けるような魔法の道具を出せって。シゼが」

 リュセさんが、教えてくれる。

「えっ。そんなっ」
「ほら、ジンの国でローニャはこの石を使って、魔導師グレイティアと英雄オルヴィアスを召喚したでしょう? あれみたいに駆け付けたいね」
「あれは……まぁ、召喚に近いですが……」

 セナさんに否定しようとしたけれど、確かにあれは召喚に近かった。
 カウンターテーブルの上に置いたアメジストの石。
 魔導師グレイティア様と繋がる石で、いつでも駆け付けられるようにしてもらっていた。
 たまたま一緒にいたオルヴィアス様も来て、物凄い召喚となってしまったと思い返すと笑ってしまいそうだ。
 この国一番の魔導師グレイティアと、英雄オルヴィアス様の二方を同時に召喚。

「転移魔法の道具を持っていれば、駆け付けられると思いますが……仕事中だったりしたら、申し訳ないです」
「構わない。一瞬で仕事は片付けるから、万が一の時は呼べ」

 シゼさんが、きっぱりと言い放つ。

「ですが」
「セティアナも行くんだ。これくらい当然。それにローニャの身に何かあれば、困るのはオレ達だ」

 食い下がろうとしたが、シゼさんが少し微笑みを見せた。
 身内であるセティアナさんが行くから、そのための対処。
 それと、私のため。いや、自分達のためか。

「そーそー。店長が無事帰ってこなかったら、オレ達が餓死するぜ?」
「お前は食い気を前面に出すなよ……シンプルにお嬢の身を案じているでいいじゃん」

 チセさんの発言に、リュセさんは呆れた視線を送る。
 私がいなければまったり喫茶店で、まったりが出来ない。
 だから、心配してくれる。
 本当に、この店でまったりする時間を大事にしてくれていることに、感謝を覚えた。

「ありがとうございます……皆さん」

 私は微笑んでお礼を伝える。
 大事に思ってくれていることを。
 心を込めて、伝えた。

「はーい、かんせーい!!」
「え? もうですか? 流石天才ですね」
「えへへ、それほどでも!」

 両手を天井に向かって突き出したオズベルさんは、もう魔法の道具を完成したと言い出す。
 流石は天才だと、しみじみ。

「まぁ、持っていたものをちょっと改良しただけだよ? はい、ローニャ店長。これは君が持っていて」

 私に手渡すのは、小枝に結ばれた赤いリボンだ。
 リボン結びされた赤い紐とも言える。
 それをキュッと、私に持たせた。

「使い方を言わなくてもわかるよね?」
「あっ、はい。ほどくと発動する道具にしてあるのですよね」
「そそっ!」

 オズベルさんはカウンター席に戻ると、ステーキを堪能し始めた。
 シゼさんの方を改めて見てみると、シゼさんの右手首に同じように赤いリボンがついている。

「なんか……ずりぃいいっ!!」

 リュセさんが毛を逆立てて、声を上げた。

 これではシゼさんとお揃いのものをつけているようにしか見えませんね……。

「オレにもくれ!」
「ええ? 複数だと複雑すぎて無理! ボスくんと一緒にいれば、一緒に召喚されるからそれで我慢してよー。これ以上要求するなら、高額請求します!」

 駄々こねるリュセさんに、オズベルさんはきっぱりと跳ね退ける。

「それか、龍雲の国で暴れる許可をくれるなら」
「絶対にダメです」
「ちぇー」

 引き下がってくれるあたり、いい人なのだけれどなぁ。
 オズベルさんとリュセさんは、揃って唇を尖らせた。

「転移魔法のある枝に、リボンで調節したのですか?」
「そうだよ。それで双玉の魔法をブレンドしただけ」

 アメジストの石にかけられていたからだろう。双玉の魔法の名が出た。
 普通は石などにかける魔法で、通信機の役割を果たすことになる。
 もう一方の石に導く魔法の特性を、取り入れるためにブレンドしたのでしょう。
 流石は天才だと、またしみじみ。

「ローニャ店長のリボンをほどくだけで、ボスくんの周囲をそのまま転移させるからね。逆はないよ」

 ちゃんと要求通りの魔法道具に仕上げた。
 すごい腕だ。しみじみ。

「でも拒否も出来るのでしょう?」
「ん! そうだ、ボスくんが魔力を注がないといけないんだった。それが承諾になって、転移する」

 私が強制召喚するのではなく、ちゃんと任意で召喚が出来る話を聞く。

「……わかった。ご苦労」

 シゼさんは納得すると、少し仮眠をするのか、背凭れに凭れて腕を組んだ。
 そして、俯いて眠ってしまう。

「本当にオレ、行っちゃだめ? 拉致なら」
「結構です。絶対にだめですよ。これはありがとうございます」

 念のため、釘をさしておく。
 トラブルを起こす気満々な彼を連れて行くのはだめだ。

 拉致はだめですって。
 断固拒否です。

 でも、魔法道具のお礼を伝えておく。
 これは忘れずに持って行かないといけませんね。



 約束の当日。
 オズベルさんも一緒に獣人傭兵団さんと昼食をとってくれたけれど、セナさんとリュセさんに引きずられるように店をあとにした。

「私は一度帰ってから来ますね」

 セティアナさんも店を出ていく。
 最後に残ったシゼさんは、手首につけたままのリボンを見せると。

「忘れるなよ」

 そう声をかけてくれたので、はいっと返事をした。

「危険な時はちゃんとオレ達を呼んでいい」
「そうならないことを願いますが、はい」

 ちょっぴり不安な笑みになりつつも、笑ってシゼさんも見送る。
 一人の時間になって、軽く片付けをして、閉店の準備をしていれば、いつもこの時間帯に訪れる吸血鬼のアリータさんを迎え入れる。
 コーヒーとベリー系ケーキを頼み、堪能してくれていたアリータさんが口を開く。

「どこかに出掛けるのですか?」
「あ。はい。実はそうなんです……アリータさんが帰ったらすぐにでも店を閉めます」
「そうでしたか。では食べ終えたら、すぐに帰りますね」
「あっ、まったりしていってください。大丈夫ですよ」

 そういう会話をしたけれど、普段より早くアリータさんは食べ終えると帰ってしまった。
 アリータさんの前で、慌ただしくしすぎたでしょうか。
 そう言えば、いつもは私もまったりと読書とかしていたから、それで気付いたのだろう。
 気遣ってもらってしまったことを、次に会ったらお礼を伝えないと。
 すぐに、セティアナさんが戻ってきたので、飲み物を出そうとすれば、レクシーとキャッティーさんが一緒にやってきた。

「ごきげんよう。さぁ、着替えましょう?」

 挨拶もそこそこに、そう声をかけるレクシーは、すでに和服を着ている。

「素敵ね、レクシー」

 レクシーが着ているのは、綺麗な黄色の揚羽蝶の刺繍が施された振袖。それにフリルをふんだんにあしらった深い青色のロングスカートを履いている。
 言うなれば、和風ドレスでしょうか。
 ツインテールは相変わらずだけれど、花の形の髪留めを使っていた。

「じゃあ、二階の私の部屋で着替えましょう」

 店でもよかったけれど、窓から万が一覗かれては嫌だろうと思い、二階へ案内をする。
 そこでレクシーが収納魔法で持ってきた和風の国から持ってきた着物に着替えた。
 この前、服のサイズを訊ねたのは、このためだ。
 留学していたレクシーが、着方を教えてくれた。
 けれども、私もキャッティーさんも、元日本出身。なんとなく着方がわかっているので、すんなり理解したことに驚かれた。
 セティアナさんも、あっさりと指示通りに着こなしてしまう。
「わたしは苦戦したのに……」とぼそっと呟いているのを聞いてしまったから、きっと初めての時、ドレスと大違いな和服に戸惑ったのだろう。
 キャッティーさんは、着替え終わると手伝ってくれた。

「メイドですが、こういうお世話はないので、楽しいですね!」

 そんなキャッティーさんが着こなしたのは、巫女のようなデザインの和服だ。
 薄紅色の袖と真っ赤な袴。肩部分が露出した大胆なデザインだけれど、平然と着ている。似合っているから、素敵だ。
 もちろん、猫の尻尾と耳がついている。上機嫌左右に揺れるから、微笑ましい。
 次に着替えを終えたのは、セティアナさん。
 セティアナさんは、エレガントな振袖だ。紫色の蝶が描かれた長い袖。そして、暗い紫色のロングスカートには、少し前開きが入っていて、セティアナさんらしいデザインだと思った。すらっとした足が何度か出たり引っ込んだりしているから、セティアナさんは動きやすさを確かめているようだ。
 私もレクシーに帯を結んでもらって、着替えを終えた。
 レクシーが選んだ私の和服は、フリルのブラウスを中に着て、花魁のように気崩したような着方をする着物だ。
 薄いライトグリーンのブラウスと、緑のグラデーションの着物。これもまた蝶が描かれている。
 ところどころに煌めく石が散りばめられていて、よくよく見てみればペリドットの石だ。

「……レクシー。私の和服だけ、お値段高いのでは?」
「あら、ごめんなさい? つい令嬢時代の癖で、高級なものを贈ってしまったわ」

 こそっと小声で確認すれば、しれっとそう返された。
 でも聞き取ったみたいで、セティアナさんが反応する。

「これは贈り物なのですか? 借りるだけでは……」
「貸すだけなんて、そんなことしませんわ! これは軽いお礼です。今回の件を引き受けてくれたお礼であって、成功報酬はまた別に用意しますわ」

 胸を張ってツンツンするレクシーだったが、例の子を心配しているのか、少し顔を曇らせる。
 もしかしたら、失敗した時のことが過ったのかもしれない。
 そっと私は、レクシーの肩を撫でた。

「何か来ましたよ? ローニャお嬢様」
「……ロトでは?」

 耳をぴくんと震わせたキャッティーさんとセティアナさんが、下に顔を向ける。
 どうやら、ロト達が来てくれたようだ。

「あら? 今日は掃除をしなくていいと伝えたのですが……」

 今朝会った時に、ちゃんと伝えた。閉店後の掃除は自分で済ませると。
 慣れない着物に気を付けながら、一階へ戻る。
 カウンターテーブルに、ロトが三人だけいた。

「わーっ!」

 私の格好を見ると、ロト達は揃って、目を輝かせる。
 そして、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて、はしゃぐ。

「ありがとう」

 きっと褒めてくれているのだと思ってお礼を伝えてから、顔を近付ける。

「どうかしたの?」
「あいあいっ」

 ジェスチャーで必死に伝えるロト達をじっと見つめて、何を伝えたいのか、受け取ろうとした。

「精霊様に言われてついていくように言われたのでは?」

 後ろに立つセティアナさんが言い当てる。
 ロト達はびっくりした顔をしたけれど、すぐにコクコクと頷いた。
 正解だ。

「にゃにゃ! 妖精さんだー!」

 キャッティーさんが覗くと、ロト達はぴゅーっと逃げて隠れてしまった。
 キャッティーさんは、ぺしゃんと耳を垂れ下げる。
「人見知りなんです」と笑って教えた。

「そろそろ、行きましょう」

 レクシーは、時間を気にして急かす。
 そうね。陽が暮れてしまう前に行きましょう。

「その前にローニャ。その枝は何かしら? 大事そうに持っているけれど」

 私が手にしているリボンを付けた小枝を、レクシーは気にした。

「わたしの仲間を呼び出す魔法道具です。念のため」

 セティアナさんが、代わりに答える。

「ふーん、そうなの。じゃあ、行くわよ」

 レクシーは外に待たせた自分の護衛を招き入れる。こちらも和服だ。
 その護衛の人が、懐から球体を取り出す。 
 煙玉型の転移魔法の道具。

「どろんと行くわよ!」

 レクシーが言い直す。
 どろんと煙の中に消えていく、というところから「どろん」と言うらしいけれど。
 球体を転がすとバンッと軽い爆発音が響いた。
 どろん、ではないのよね。
 煙が一瞬で私達を取り囲み、全く別の場所へと移動させた。
 海の向こうの異国。
 龍雲の国へ。


 
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