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第七章 龍が飛ぶ国。
90 翼のある白馬。
しおりを挟む朝陽が差し込む店内で、私はカウンター席に座って、セナさんからもらった本を読んでいた。
けれども、字をなぞるように動かした視線は、すぐに止まってしまう。
同じ箇所を繰り返して読むけれど、頭に入ってこない。やがて、読むことをやめることにした。
とても面白い本だから、私は別の日に読むことにする。
「ふー……」
ピリリと焦りを感じる胸を撫でた。
緊張を和らげようと、息を吐く。
まったり喫茶店の定休日である今日は、オルヴィアス様とデートの予定。
生きる英雄様である方とデートだもの。緊張しない方がおかしい。
彼が歴史の本にも載っている英雄だということを抜きにしても、緊張してしまうのは当然だ。
オルヴィアス様は、私を永遠に想うと覚悟を決めている。
それほど想ってくださっている殿方とのデート。
真剣に向き合うには、こちらも覚悟が必要だ。
長寿の美しい妖精のエルフであるオルヴィアス様。
新しい生活をしてから、再会した時に真っ先に求婚をしてくれたけれども、私は兄を連想してしまうという理由で断ってしまった。今思っても、酷い断り方だったと思う。兄を苦手としていたことは、オルヴィアス様も知っていた。冷血で怒ると罵ってきたお兄様と、シュナイダーに厳しい言葉をかけたオルヴィアス様を似ていると思ってしまったけれど、今は全然違うと理解している。オルヴィアス様も、その点を直すと約束してくれた。私のために変わってくれたのだ。
想いは、とても強い。
そんな方と向き合うと決め、デートを受け入れた。
だけれど、やはり緊張してしまう。
こういうのは、初めてなのだ。
真剣にデートを申し込まれ、それを受け入れて、正面から向き合う。
……私ってば、とんでもない挑戦をしようとしているのかもしれない。
百戦錬磨のオルヴィアス様と、真正面から向き合うなんて。
彼は姉であり女王であるルナテオーラ様のために剣を振るうってきた。
誰かを想って、戦う強さを持っている。とても強い。
初めてオルヴィアス様とルナテオーラ様に会ったのは、社交界デビューのパーティーだった。
その美しさに圧倒されたっけ。歴史の本で知った方々に会ったのだ。感動すら覚えた。
失敗出来ない初めてのパーティーで、緊張していたけれども。あの時とは、また違った緊張だ。
この緊張は、一体どう表現すればいいだろうか。
「あら?」
馬の蹄の音が、した。店の前に、馬が止まったみたいだ。
お祖父様とレクシーには出掛けると手紙を送ったから二人ではないはず。そもそも二人は、馬では来ない。
私は様子を見に、白いドアを開いた。
神々しさで、目を眩む。
星色と称される白金と白銀に艶めく長い髪を下ろし、純白のマントを纏った英雄オルヴィアス様がいた。
後ろには、白馬がいる。普通の馬よりも一周り大きい。そして鬣が、いや全体が、とても純白。だから神々しい。
それだけではないか。より一層に神々しいと感じるのは、白馬に生えた鳥のような大きな翼があるからだろう。
純白の輝きを放つ翼を持つ馬、ペガサスだ。
「おはよう、ローニャ」
オルヴィアス様は、柔和な笑みで挨拶をする。
「お、おはようございます……オルヴィアス様」
ペガサスに意識を取られながらも、オルヴィアス様に挨拶を返す。
「も、もしや……そちらのペガサスは……!」
恐る恐ると歩み寄る。
「空中戦をオルヴィアス様と共に制した愛馬! ペガサスのラッテ様ですか!?」
「ああ、愛馬のラッテだ」
歴史の本にも載っているオルヴィアス様の愛馬!
まさかその姿を目にする日が来るなんて! 感激だ!
私は手を組んで、感動に打ちひしがれた。
美しくも強い英雄オルヴィアス様と神々しいペガサスのラッテ様を揃って拝めるなんて。
空中戦すら制覇する最強のコンビ。それにしても、美しすぎる。
「ラッテ。ローニャだ」
「あ、初めまして。ローニャと申します」
オルヴィアス様が紹介してくれるので、私はお辞儀をして名乗った。
ペガサスは喋れはしないけれど、とても頭のいい種族だ。言葉を理解しているはず。
青い瞳のラッテ様も、頭を下げてくれた。
ふと、風が吹いて鬣が揺れる。
ふ、触れてみたい……。
サラサラと舞い上がる純白の毛に触れたいと思った。顔を埋めてしまいたい。
いやでも、恐れ多いのかもしれないわ。
「触っても構わない」
私が凝視する鬣を撫で付けると、オルヴィアス様が許可をくださった。
ラッテ様も、また頭を下げては頷いてみせる。
い、いいのかしら……!
本当に甘えてしまっていいのだろうか。迷ったのも刹那のことだった。
「失礼します、ラッテ様」
先ずは右手を伸ばして、先程オルヴィアス様が撫で付けた鬣に触れる。
指先からスッと長い毛の中に入り込む。意外とふわっとしている。それでいて艶やかだ。
またもや感動を覚えながら、撫でて感触を楽しむ。
すると、ラッテ様の方から大きな顔を擦り寄せてきてくれた。艶やかな肌触りが、私の顔に擦り付けられる。
私は大喜びして、抱き付いた。
ああ、お日様と仄かな花の香りがする。優しい匂いだ。
鬣に顔を埋めて、すりすりと頬ずり。優しい匂いと肌触りに包まれて、至福。
翼にも触れてもいいだろうか。それは烏滸がましいかしら。
ちょっと翼の方を振り返ってみれば、オルヴィアス様と目があった。
星空のように金箔が散りばめられた藍色の瞳で、微笑ましそうに見つめている。もちろん、私を。
もふもふに夢中になっている姿を見つめられてしまった……!
は、恥ずかしい!
「少し妬けてしまうな」
私とじゃれている愛馬に妬けるという意味でしょうか。
ポッと火照る頬を押さえて、恥ずかしさも抑え込む。
「えっと……今日はラッテ様に乗っていらしゃったのですね。もしかして……?」
「ああ、今日はラッテに乗って移動する予定だ。構わないか?」
「乗せてもらえるのですか? ラッテ様に?」
ふふっ、とオルヴィアス様が吹き出す。
どうしたのかと首を傾げる。
「目が輝いている」
「……」
喜びが目に表れたらしい。
「やはり妬いてしまう」
柔和に笑った。
「どちらに行かれるのでしょうか? 私、ドレスのままで大丈夫ですか?」
「ローニャがそれでいいのなら、大丈夫だ。ああ……でも」
気を取り直して尋ねるとオルヴィアス様は、顎に手を添えて考える素振りをする。
「どうしました?」
「いや……俺とのデートのために準備してもらうのも嬉しいなと思って……すまない」
「……」
そう言って照れ笑いをしたものだから、私は俯く。なんて反応をしたらいいのだろう。
こちらまで照れてしまいそうになるのを、グッと堪えた。
この調子で、今日のデートをこなせるのでしょうか。
「……今日は旅人風のマントではないのですね」
「最愛の人とのデートの日くらいは格好つけたくてな」
さらりとオルヴィアス様は告げる。
胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
今日は……どうなるんでしょうか。
オルヴィアス様は、マントを翻してラッテ様に跨った。そんな姿が様になる。
翼のある白馬に乗った英雄の勇姿を拝めるなんて……。
かっこいいと惚けていれば、オルヴィアス様は手を差し出した。
「デートに行こう。今日は、俺がそなたをもてなす」
「……はい」
見目麗しい戦士の微笑み。
もうデートの申し込みを受け入れてしまったのだ。
彼に、もてなしてもらおう。
差し出された手を取ると、そのまま引っ張り上げられた。
オルヴィアス様の前に横向きで乗せてもらう。近い。
「しっかり掴まっていろ」
耳に声が吹きかけられる。
「ラッテ」
そして、ペガサスが大きな翼を広げた。
バサバサと羽ばたき、空を駆ける。
ペガサスは魔力で足場を作り、それを踏んで空を走る生き物だ。
だから、カポカポと蹄の音が聞こえた。
♰♰♰♰♰♰♰♰♰
あとがき。
短くて申し訳ありません!!
デート編、始まります!
今年最後の新作投稿したい病↓
「転生したら本気出すって言ったじゃん! ~若返りの秘薬を飲んだ冒険者~」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/94131096/247444288
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