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第七章 龍が飛ぶ国。

89 もふもふと添い寝。

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 セスとセナさんが、頑なにセティアナさんの見舞いを断ったのは、これが原因だったのか。

 今日は大仕事をしたらしく、シゼさん達はちょっと火薬や鉄の匂いをさせていた。
 お疲れのようで、今日はお邪魔することを遠慮しようと思ったけれど、セナさんが理由を話すことなく「今日ローニャが家に泊まりたいって。いいよね?」とだけ言うと、シゼさんは頷き一つで承諾。
 チセさんもリュセさんも「いいぜー」とにっこりと笑いかけてくれた。
 お言葉に甘えて、獣人傭兵団さんのお屋敷へ行くことにする。
 私の店で十分まったりと昼食を済ませると、揃って向かった。
 一緒に歩いていくと、街の人々の視線が集まる。
 獣人傭兵団さんへの恐れを見せつつ、控えめに私へ挨拶で手を振ってくれた。
 相変わらずだな……。
 セナさんを始め、とても優しいのに。
 先程のセナさんの慰めを思い出す。
 胸の中が、ポカポカしてきてしまう。その熱が頬に行き着かないように、胸を撫で下ろす。
 落ち着いて。火照らないで、頬。
 街外れのお屋敷に到着。
 驚いた様子のジャッカル姿のセスとセティアナさんの部屋に行くと、そこにはリューがいた。
 青いサファイアになる涙を流すフィーロ族の女の子。私の友だち。
 きっとこの前、悪魔から助けてくれたお礼を言いにラクレインに連れてきてもらったのだろうと推測。
 そんなリューは、金色に煌めく白金の狼の女性セティアナさんに羽交い絞めにされていた。
 私に気付いたリューは、嬉しそうに手を振ってくれたけれど、羽交い絞めにされたまま。
 う。
 う、羨ましい!
 もふもふのセティアナさんに羽交い絞めにされている!

「セティアナって、少しアルコール摂取しただけでも酔って、誰構わずああしちゃうんだよねぇ」

 セスが言葉を洩らす。
 なるほど、リュセさんが前に言っていたお酒に弱くて他人に絡むとは、こういうことだったのか。
 じゃれることが大好きな獣人族なのに、リュセさんが嫌がるほどの羽交い絞め。
 見たところ、リューは苦しくなさそうだけれど……むしろ私は大歓迎したいのですが。
 セスもセナさんも、何を警戒していたのでしょうか。

「酔うほどに締め付けてくるから、セティアナは」

 首を傾げる私に、セスは答えてくれた。

「ぷっ! ローニャが帰ったあとの初日に、ラッセルが締め付けられてて悲鳴上げてたよ」

 思い出し笑いをして、お腹を抱えたセス。
 尖がり耳が特徴的なカラカル姿のラッセルさんが、セティアナさんに羽交い絞めにされているところを想像する。
 密かにセティアナさんを想っているラッセルさんからすると、嬉しい悲鳴が上がったのだろうか。
 それとも獣人の力強い抱擁に、苦しくて悲鳴を上げたのでしょう。
 それにしても、クールで仕事のできる女性といった美しさを醸し出すセティアナさんが、お酒に弱くその上ハグ魔になってしまうとは。
 これもギャップ萌えでしょうか。

「ローニャさん……?」

 ぽけーっとした声で呼んだのは、リューの肩に顔を埋めていたセティアナさんだ。
 ようやく来たことを知ったみたい。

「お邪魔してます。……今夜、泊ってもいいでしょうか?」
「ローニャ、泊るの? わたしもいい?」

 キラキラと目を輝かせて、リューもセティアナさんを見上げた。

「ローニャさんもリューも、どうぞ、泊っていってください」

 美しいウェーブのついた白金色の長い髪に包まれた狼さんは、優しく微笑んだ。

「わーい! じゃあパジャマパーティーしよう!!」
「いいですね。私はとりあえず、紅茶を淹れてきますよ」
「あ、ローニャの紅茶ならいっぱいストックしてあるよー」

 私の店の紅茶があると、セスは教えてくれた。

「セス、お客さんにお茶を淹れさせるのはよくないわ」
「紅茶くらい淹れさせてください」

 セスを叱りつつも、リューを放さないセティアナさんにちょっぴり笑いつつ、私は一人キッチンに向かう。
 私もあとでセティアナさんに羽交い絞めしてもらおう、と。
 ルンルンと軽い足取りでキッチンに入る。
 上の棚を開ければ、セスの言う通り、私の店で売っている紅茶がストックされていた。
 どれにするか聞き忘れてしまったから、ローズティーとミルクティーとラベンダーティーを用意。
 四人分なので、残りの一つは適当に選んだローズティーにした。
 赤いローズティーの中には、薔薇に似た小さな赤い花が沈む。
 白いミルクティーには、たんぽぽに似た白い花を一輪、浮かべる。
 淡い紫のラベンダーティーの中には、星型のような青い花が三つ浮かぶ。
 それぞれカップの中でカプセルをお湯で溶かして紅茶にしたあと、トレイに乗せる。
 扉が開く音がしたから振り返ると、黒い獅子さんが立っていた。
 獣人傭兵団のリーダーであるシゼさんだ。

「客人がお茶を淹れているのか?」
「これくらいさせてください」
「……そうか」

 セティアナさんみたいにセスを叱らないように、私はにこりと微笑んだ。

「シゼさんは、キッチンに何か用があったのですか?」
「ああ、コーヒーが飲みたくてな」
「これからお休みになられるならカフェインは控えた方がいいと思いますが……コーヒーよりココアなんてどうでしょう? 淹れますよ」
「……じゃあ、頼む」
「はい」

 さっきも店でコーヒーを飲んでカフェインを摂取した。眠るならコーヒーよりココアを勧めてみる。
 シゼさんが頷くので、紅茶の隣に置かれたココアの粉のビンを手に取って、マグカップに適量入れた。
 お湯を沸かしていたら、そっと黒いもふっとした手が後ろから頬を撫でてきたのだ。
 驚きのあまり、ビクンッと震え上がる。
 一人の男性として意識してほしいと、この前言ったシゼさんの特別なじゃれつき。
 そう気付いた時には、もうすりすりと黒い鬣が触れて、頬擦りしてきていた。
 真っ黒な獅子さんのじゃれつきは大歓迎なのだけれど、そこに特別な想いがあると思うと耐えられない。
 頬擦りされた頬から熱が広がって、きっと赤くなってしまっただろう。

「し、シゼさんっ」

 慌てて、シゼさんの特別なじゃれつきから抜け出す。
 しかし、スッと引っ掛けるように黒くもふっとした手が、私の手を引き留めた。

「さっき、やけに店が綺麗に感じた。前に店の修理の魔法を使った時も、そうだったが……使ったのか? 何かあったのか?」

 普通に食事をしているように見えたのに、些細な変化に気付いてしまったようだ。
 だから、あっさりと許可を出してくれたのだろうか。

「……大丈夫です」

 私は繋がった手を俯いて見つめたまま、それだけを答えた。
 セナさんの時と同じく答えるつもりはない。

「……風邪の時のように、一人で無理をしようとするな」

 シゼさんは、俯いた私の顎をすくうようにして、顔を上げさせた。

「オレ達を頼れ」

 琥珀色の瞳が、私を熱く見つめている。

「……こうして、頼っています。どうもありがとうございます」

 だから、私はここに来た。

「頼ってばかりな気がします……」
「まだ足りない」

 シゼさんはそう言葉を返すと、私に顔を近付けてくる。
 えっ……!
 身構えていれば、もう鼻の先まで獅子の顔があった。
 思わず、目をキュッと閉じる。
 そうすれば、頬に大きな唇が当てられた。
 純黒の獅子さんの口付け。
 真っ赤になって、その頬を押さえた。

「ローニャ。セティアナに遠慮するなよ?」
「えっ?」
「……わかってるだろう?」

 シゼさんは腕を組んで、それだけを言う。

「……」

 少し言葉の意味を考えて、私は頷いた。

「はい……」

 セティアナさんがシゼさんを愛しているということを知っている。
 でも、シゼさんは昔にそんなセティアナさんの想いを断って、今は私にアプローチをしているのだ。
 セティアナさんはとても深くシゼさんを愛しているみたいなのに、どうして断ったのだろうか。

「……あの」

 私は尋ねようとしてしまった。
 あんなに美しくて、なんでもそつなくこなせそうで、深く愛してくれる女性がそばにいたのに。
 どうしてなんだろう。

「……話す気はない」

 シゼさんは何を尋ねようとしたか、わかっていて一蹴した。
 立ち入ってはいけなかったのだろうか。

「オレから話すことではないだろう。セティアナ本人に訊けばいい」

 そう言葉を付け加える。
 セティアナさんが話せば、聞いてもいいみたいだ。

「もう一度言うが」

 自分でココアを作ってしまったシゼさんは、私の前を通ってキッチンを出る。

「他人に遠慮して、オレの気持ちを受け取らないのは、なしだからな」

 釘をさすように言うシゼさん。
 そのまま、キッチンを出て行ってしまった。

「……」

 トレイに乗った紅茶を、念力のリングであるラオーラリングを指に嵌めて使う。
 そばで宙に浮かせて、私もキッチンを出た。
 セティアナさんの部屋に戻れば、純白のチーター姿のリュセさんがいる。

「お嬢ー。談話室で一緒にお昼寝しようぜ?」

 お昼寝のお誘いに来たらしい。

「全く、セス。遊びに来ているお嬢に、お茶を淹れさせるなよなぁ。ほらよ、リュー」
「……むぅ」
「むくれるなよ」

 リュセさんが宙に浮くトレイを持つと、リューにカップを差し出した。
 リューはむくれ顔を向けつつ、カップを受け取る。

「あっ、紅茶は好きなものを飲んでください。ローズティーは、二つあります」
「ほんとだ、どうする? リュー」
「これでいい」

 ツンッとそっぽを向いて、リューはラベンダーティーを啜った。

「じゃあ、僕はローズティー!」
「ローニャさんは何にしますか?」
「じゃあ、ミルクティーにします」

 セティアナさんが私に選ばせるから、ミルクティーのカップを手にする。
 セスとセティアナさんは、ローズティーのカップを持った。

「ケーキを持ってくるべきでしたね」
「お気遣いなく」

 セティアナさんのベッドに腰掛けて、紅茶を啜る。

「じゃあ、紅茶飲み終わったら、談話室でまったりお昼寝しようぜー?」

 リュセさんは飲み終わるまで待てないようで、長い尻尾を揺らして先に部屋をあとにした。

「ローニャも、ありがとう。ごめんね、わたしが悪魔なんかに捕まったから迷惑かけちゃって……」

 沈黙の後に、リューがそう切り出す。

「早くオリフェドートの森に入ろうとしたけど、その前に捕まっちゃって……」

 説明しながら、俯くリューの頭に片手を置く。
 オリフェドートの森なら、魔導師のグレイティア様が悪魔の侵入を拒む結界を張ってくれた。
 その中にさえ逃げ込めば、あの悪魔に捕まらずに済んだ。

「リューが謝ることじゃないわ。リューが狙われたのは、私のせいだもの。ごめんなさい」
「ローニャのせいじゃないよ! 悪魔が悪い!」

 バッと顔を上げたリューが、ぶんぶんと首を横に振った。

「うん、あの悪魔は本当に悪かったわ……」

 苦笑を溢してしまう。
 悪魔アモンラントは、青き者の悲劇と呼ばれた時代を取り戻そうとしていた。
 百年前、幸せをもたらすとされる妖精ジンは囚われの身だったのだ。リューの種族フィーロも、そうだった。
 青い者は囚われていたのだ。それを開放したのは、人間の国オーフリルム王国と、エルフの国ガラシア王国。
 そして、出来上がった妖精ジンの国アラジンを、挟むようにして今でも守っている。
 それだけではなく、未だに青き者を捕らえる組織を撲滅する活動を怠っていない。
 そんなガラシア王国の女王ルナテオーラ様を狙って、悪魔アモンラントは刺客を差し向けた。
 間接的に私はルナテオーラ様を救って、アモンラントの目論みを阻止したため、友人であるリューを捕まえて私をいたぶろうとしたのだ。
 悪魔なんて最悪な存在。だが、アモンラントは本当に最悪だった。
 青き者達が苦しんだ時代を、いい時代だなんて呼んで恋しがっていたのだ。
 私に付きまとっていた悪魔ベルゼータと友人関係にあるらしいが、まだベルゼータの方がまとものような気がする。
 ベルゼータは、ただ私と友だちになりたがっていた。
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 悪魔らしい考えなのだろう。けれど、アモンラントとは、やっぱり違うように思えた。
 どんな会話をしてきた仲なのだろう。なんて疑問に思っても仕方がないか。
 二人の悪魔は、しっかり封印されたのだ。

「悪魔は最悪だよねー」

 うんうん、と頷いてセスが、ローズティーを飲み干した。
 最悪、その一言で片付ける存在だ。

「リューが無事でよかった」
「うん」

 リューもラベンダーティーを飲み干したようなので、ハグをした。
 むぎゅっと、腕で締め付けながら、リューは私の胸に顔を埋める。

「じゃあ、お昼寝しに行こう! リューちゃんも!」

 リューの手を引いて、セスはベッドから降りた。
 私はセティアナさんのカップも受け取って、トレイに乗せる。
 それをキッチンへ片付けた。それから、談話室まで歩いていき、ノックして入る。
 談話室より休息室と言った方がしっくりくるようなクッションやソファーの多い部屋。
 すでに黒いソファーに寝そべった純黒の獅子さんを見付けた。サイドテーブルに空のコップを置いている。ココアを飲んで、お休み中みたい。
 そのそばにはベッド並みに大きなクッションの上に、セスとリューが寝ころんでいた。
 その間に入るよう、セスとリューがクッションを叩く。
 私は拒むことなく、その間に入らせてもらった。
 低反発のクッションに頭を乗せていれば、リューが腕を回してほしいと言わんばかりに私の腕を持つ。
 リューに片腕を回す体勢で眠ることにした。
 くかーっと大きないびきをかくのは、真っ青な狼のチセさん。大きなクッションに抱き着いて眠っていた。
 緑色のジャッカルさんに変身したセナさんは、ソファーで横たわって本を読んでいる。
 リュセさんは私達の隣でクッションを敷いて、眠っていた。
 ちょうどこちらを向いているから、健やかな寝顔の白い猫さんが見れる。
 とっても可愛いー。
 なんて眺めていれば、ライトブルーの瞳が私を映した。
 にんまりと笑みになると、リュセさんが手を伸ばす。真っ白なもふっとした手。私の右手を掴むと、するりと指の隙間から指を通す。もふもふした毛並みは、なめらかで気持ちがいい。
 なんて思っている間に、すーっともふっとした指先が私の腕を撫でて、近付いてきた。
 ライトブルーの瞳は、私を見つめている。真っ直ぐに。
 あなたに夢中です、って想いを込めているみたいな瞳。
 ぱしっ!
 そんな眼差しを妨害するかのように、間にいたリューの平手打ちが決まった。

「何すんだ! リュー!」
「セクハラ!」

 毛を逆立てるリュセさんが怒ると、リューの方も怒る。
 仲がいいのか悪いのか、わからない二人だ。
 静かにしろ、と言わんばかりにシゼさんがリュセさんの頭の上にクッションを降らせたから、談話室は静まり返った。
 苦笑を洩らしつつ、私はリューをキュッと抱き締めて、目を閉じる。
 落ち着く。とても安心感を覚える。安息の場所。
 私は少しの間、眠りに落ちた。

 意識が浮上すると、ふわりとした今にも溶けてしまいそうな感触を肌に感じる。
 なんだろう。この感触。疑問に思っていれば、リューに回した腕の上に、白金色の腕があった。
 覚醒した私は、顔だけを振り返る。
 そこには、私に腕を回したセティアナさんがいた。
 セティアナさんが、添い寝してくれている!
 もふもふ~!!
 セティアナさんの上品なもふもふが、寄り添ってくれている!
 向き合って抱き締めていいだろうか。いや、セティアナさんも眠っている。起こしては悪い。
 このままでいよう。
 そう決めたけれど、隣で寝ていたはずのセスはどこだろう。顔を前に向けると、リュセさんもいないことに気付く。
 チセさんとセナさんも、いなかった。
 ということは、シゼさんも……?
 もしや、仕事に行ってしまったのだろか。
 私ってば、見送りもせず、寝ていたなんて……申し訳ない。
 前もこのお屋敷に泊まらせてもらった時も、寝過ごしてばかりだった。
 リューの温かさも、もふもふの温かさも、心地いい眠気を招く。
 うーん……いやいや、だめだわ。眠ってはいけない。
 リュー達の夕食を作ってあげよう。せめてものお礼だ。
 そっと、セティアナさんの腕を退かす。すると、ぱちりと金色の瞳が開いた。

「起きましたか、ローニャさん」
「おはようございます、セティアナさん」

 起き上がると、セティアナさんの金色に光る白金の長い髪がさらりと落ちる。
 なめらかなウェーブがかかった美しい髪に見惚れてしまいながらも、私は微笑んで挨拶をした。

「もう夜ですよね。お腹空いてますか? 夕食を作ります」
「セスがスープを作ったそうですから、ローニャさんも休んでください。客人なのですから」

 セスが料理を用意してくれたようだ。お言葉に甘えさせてもらおう。
 私も起き上がると、リューが腰にしがみ付いて、深く息を吐いた。まだ眠っている顔を見て、青い髪を撫でる。

「……あの、セティアナさん」
「なんでしょう?」

 シゼさんのいない黒いソファーを目にやって、私は口を開く。
 セティアナさんは、首を傾げた。
 シゼさんは、セティアナさんに訊けと言ったけれど、本当にいいのだろうか。
 二人の仲を、探ってしまっても……。
 ……これが、シゼさんの言っていた遠慮だろうか。
 遠慮せずに、尋ねてもいいのかしら。

「……えぇっと」

 躊躇してしまう。

「もしかして、この前の話を聞きたいのですか?」

 セティアナさんは、言い当てる。

「別に面白くないですよ。私の想いをバッサリと断られただけの話ですから」

 薄く苦笑を洩らす。

「シゼは、私にとって兄のようで、父のようで、王のような存在だと話しましたね。それは言い訳でした。そう思うようにしようと決めていましたけれど、今でもまだ想ってしまうのです……」

 まだ想ってしまう、なんて。
 まるで、いけないみたいな言い方だ。

「集落で長の仕事をフォローしているのだって、結局はシゼのためです。……私の原動力は、シゼだったのですよ」

 セティアナさんは、懐かしむ眼差しを手元に落とす。

「人生で辛い時にそばにいてくれた……シゼとシゼの両親の温かさ。シゼは無口でぶっきらぼうなのに、それでも優しくて……私の生きる理由だったのです」
「……」
「まぁ……それが想いを断られる原因でした」
「え?」

 セティアナさんが、立ち上がる。

「シゼに執着するだめな女、と思われたのですよ」

 諦めた風に笑ってみせた。
 だめな女、だなんて、セティアナさんとかけ離れている。
 慰めの言葉なんて、言えなくて……。
 私はただクッションを片付けるセティアナさんを目で追った。

「私と違って、ローニャさんは自立していて素敵な女性ですから……見ていてすぐにわかりました。シゼが惚れていると……シゼが気に入っていると……私とは真逆です」
「……褒めてくださり、ありがとうございます。でも、セティアナさんだって……」

 素敵な女性だ、と言いたかった。
 けれども、セティアナさんはシゼさんにとっての”素敵な女性”になりたいのであって、私の言葉では足りない。

「私のことはいいのです。私には遠慮しないで、シゼの想いと向き合ってくださいね。シゼが素敵な女性と幸せになるなら、私はそれでいいのですから」

 魔法がほどけるように、ひらりひらりと花びらが散るように、空気に溶けて消えた。
 人間の姿に変身したセティアナさんは「リビングルームに行ってますね」と部屋をあとにする。
 青い髪を再び撫でつけてみれば、リューが目を開いていることに気付く。

「シゼは、ローニャが好き?」

 サファイアのような瞳をカッと開いて、リューは問う。

「えっとぉ……」

 話を聞いてしまったか。
 他言してもいいものか、悩む。

「内緒ね?」

 それだけを言うことにした。

「リュセも、ローニャが好きでしょう?」

 起き上がったリューは、そう確認する。
 先程のリュセさんの行動を思い出しながら、私は曖昧に笑う。

「どうかしら……」

 リュセさんも必要以上にじゃれてくるし、物欲しそうな眼差しも向けてくる。
 リューもわかっているのだから、はぐらかさなくてもいいのかもしれないが、直接好きだとか気があるだとか言われたわけではないので……。

「わかった。リュセは当て馬枠」
「あ、当て馬枠?」
「不憫」

 リューは同情している表情をした。
 どこで覚えてきたのだろうか。当て馬なんて言葉。

「でも、リュセはチャラいから、ローニャには相応しくないと思う」
「そうなの?」
「もっとね、愛情深くて、ローニャを愛で満たしてくれる人がいいと思うの」

 リューが顔を綻ばせた。

「リューはそう思う」

 愛情深く、愛で満たしてくれる人か。

「そっか……。リューも、愛情深い人に愛されるといいわね」
「うん」

 穏やかに微笑み合ったあと、私達は立ち上がった。

「夕食をとりましょう。セスがスープを用意してくれたって」

 リューの手を引いて、リビングルームへ向かった。
 セスが用意してくれたのは、野菜のスープ。
 野菜の旨味がぎゅっと詰め込まれたような美味しいスープだ。
 お肉が入っていない辺り、セスらしい。生肉が苦手なセス。でも美味しい野菜スープだ。
 食べていると、蓮華の妖精ロト達がやってきた。魔法陣から飛び出して「あいっ!」と敬礼する。
 マシュマロ二つ分の大きさで、体型もお肌もマシュマロに似ている小さな妖精さん。淡いライトグリーン色の肌をしていて、大きな瞳はペリドット色。愛くるしい蓮華の妖精ロト。

「あっ! ロト達だぁ! 野菜スープ食べる?」
「「「あーい!」」」

 にっこりと笑いかけるセスが持ち掛けると、ロト達は元気よく返事をした。
 夕ご飯を、食べに来たみたいだ。

「あーい、あいあい!」

 一人のロトが私の目の前に来て、話しかける。

「店の掃除をしてくれたの? ありがとうございます」
「あ~い!」

 桜色の頬を押さえて、照れたようにロトは頷く。

「明日は開店するのですか?」
「仕込みが出来ていないので、お休みさせてもらおうと思います」
「それがいいでしょう。ゆっくりしていってください」

 臨時休業ばかりで申し訳ないけれど、笑顔で接客するには休みが必要な気がする。
 セティアナさんの言う通り、ゆっくり居させてもらおうと思う。

「妖精さんも、どうぞ」

 セティアナさんが微笑めば、ロト達は花が咲くように顔を綻ばせた。
 夕食をすませたあとは、セティアナさんの部屋の戻って、キングサイズのベッドに並んだ。
 ロト達を潰してしまわないように枕に乗せて、私達も横たわった。
 リューはすっかり、セティアナさんに懐いたようだ。
 私とセティアナさんの間に寝そべって、海の国に行ったことを聞いた。
 私も人魚に変身をして、気持ちよく泳いだことを思い出して、また眠りにつく。



 しっかり休ませてもらった私は、リューと一緒に自分の家に帰った。
 買い出しに行く前に、リューとロト達に留守を頼む。

「あら。ローニャちゃん。まったり喫茶店が開いてなかったから、出掛けているのかと思ったわ」
「ごめんなさい、休ませてもらったのです」

 パン屋の奥さんにそう笑いかけられ、私は申し訳なく苦笑を洩らす。

「一人で頑張っているんだから、休みが多くてもいいじゃない!」

 奥さんは、明るく笑いかけた。
 一人で頑張っているか。本当は妖精さんと頑張っているけれど、お言葉に甘えたい。
 明日はちゃんと開店することを話して、私は買い物袋を抱えて店に戻った。

「ねぇ、ローニャ!」

 ちょうど白いドアを、ラオーラリングで開けて入ろうとしたら、そう呼ばれる。
 セナさんの声だ。
 もうお昼になったのかしら、と思いつつ、セナさんを振り返る。

「重そうだね、僕が持つよ」

 大丈夫と言おうとはしたけれど、その前にセナさんが買い物袋を持ってしまった。
 代わりに、私の手には一冊の本が渡される。
 なんの本かしら……。

「見て」

 半獣人姿のセナさんは、目をキラキラと輝かせて、急かす。
 前にも興奮した様子のセナさんを見た覚えがある。
 あれは確か、面白い小説を見付けて私にプレゼントしてくれた時だ。
 言われた通りに見てみれば、小説のタイトルと作者名に見え覚えがある。
 間違いなく、プレゼントしてくれた小説の続巻だ。

「まぁ! もう続巻が出たのですか? すごいですね、とても早い。私はついこの間読み終えたばかりなのに!」
「早いよね、僕も書店で見付けた時は目を疑ったよ!」

 セナさんは興奮しながら、先に店の中に入った。
「やぁ、リュー。それにロト達」と中に入たリューとロト達に軽く挨拶をすませると、私と向き直る。
 ボリュームある大きな尻尾をフリフリと振りつつ、セナさんは笑顔で話を続けた。

「一巻は一件落着しつつ、伏せんが張り巡らされていたからね。その回収が楽しみだね」
「そうですよね。まだまだ主人公達の謎がありますからね……あら、これは……」
「ああ、前と同じ。それはプレゼントだよ」
「……ありがとうございます」

 渡されたのは、プレゼントだから。
 またしても、セナさんからプレゼントされてしまったか。
 でも素直に受け取ろう。こんなにもセナさんが楽しそうだもの。

「いいんだよ」

 セナさんはとても嬉しそうに、笑ってくれる。
 プレゼントしてもらった本を、私は抱き締めて微笑みを返した。



 ♰♰♰♰♰♰♰♰♰
あとがき。

先月は更新できず申し訳ないです。
スランプになってしまいまして……
やっと抜け出せたようです。書けました!
やっぱり書くのは楽しいですね。書けて嬉しいです。
 お知らせです!
9月下旬、つまり来週には、原作の五巻が出荷されますよ!!
海の国に行った回ですね。そして書き下ろしシーンもありますので、ぜひ!
そしてそして、コミックス二巻もいよいよ同じ日ぐらいに出荷です!
両方よろしくお願いしますね!
20200922
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