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5巻

5-3

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 セナさんが答えてくれて、納得する。

「集落にいる子ども達、全員が遊びに来たのですか?」
「いやー? 集落にはもっと幼い子どもがたくさんいるぜ? 人間を警戒しているから、来ないだけ。たまに遊びに行ってたけど、……あーん」
「みゃ⁉ リュセ兄がオレのケーキ食べた‼」
「おかわり、ありますよ?」

 三毛猫の男の子に、ちょっかいを出すリュセさん。
 私はおかわりを運んであげた。
 皆さん、毎日のように私の店に足を運んでいたから、集落に行く暇がなかったのでしょう。
 私と精霊の森に行ったり、ジンの国アラジンに行ったり、シーヴァの国へ冒険に出たり、ガラシア国に行ったり。思い返せば、獣人傭兵団の皆さんと色んな場所に出かけました。

「それで? 滞在するつもりで来たのかい?」
「いや、すぐに帰りますよー」

 ラッセルさんの言葉に、ガツガツとケーキを平らげていた小さなもふもふさん達がブーイングをする。

「セティアナさん以外はー」
「セティアナ? 残るのかい?」
「なんでまた?」

 セナさんとリュセさんが、ラッセルさんの方ではなく、セティアナさんの方を向く。けれどセティアナさんは何も言うことなく、ラッセルさんを横目で見ていた。

「実はセティアナさん、おさの妻の座を狙っているっていうデマを流されてしまって、集落に居づらいようですー」
「またかい? セティアナ。なんでそんな誤解が生じるんだい」

 セナさんが呆れた様子で問う。

「私は、単におさの仕事を手伝っているだけです。集落をより良い場所にするために」

 セティアナさんが、そう淡々と答えた。
 毅然きぜんとした態度に見えたけれど、言ってすぐうつむいてしまう。

「あ。おさってのは、シゼと同い歳で、黒豹なんだけどよぉ。まだ独身だから、集落の女達が狙っているんだよな。妻の座をさ」

 リュセさんは、ケラケラと笑う。
 黒豹で、集落の若いおさ。それはそれは、イケメンのもふもふに違いない。
 黒というと、シゼさんと同じようにかっこいいのでしょうか。

「……まぁいいよ。しばらく、僕達の家に滞在すれば?」
「いいのですか?」

 獣人傭兵団さんとのやりとりを見ていると、セティアナさんはシゼさんとセナさんより年下、リュセさんやチセさんよりは年上なのだろう。

「いいよ。どうせ部屋はたくさんあるし、ちょうど頼みたいこともある」
「頼みたいこと?」
「いいでしょ? シゼ」

 セナさんはその内容を口にしないまま、シゼさんに目をやった。
 ライオンの女の子に変わらずケーキを食べさせ続けているシゼさんは「……好きにしろ」とだけ言う。
 うらやましい。純黒じゅんこくの獅子さんの膝に乗るなんて。
 そんな私の視線に気付いたシゼさんと、目が合ってしまった。サッと自然に逸らして、ケーキのおかわりが必要か確認をする。皆さん、まだ食べている最中だ。
 セティアナさんがしばらく滞在するなら、その間にお友だちになれないだろうか。
 獣人の女友だち。
 もふもふし放題では……⁉
 いえ、落ち着くのよ、私。同性とはいえ、ベタベタなんて、人によっては嫌かもしれない。でも狼タイプなら、チセさんみたいに豪快にじゃれてくれるかも。
 その大きなウェーブのついた長い髪に、触らせてくれるでしょうか。
 手入れが行き届いていそうなつややかな光を放つ白金色。絶対に触り心地がいいに決まっている。
 にこやかにセティアナさんを見つめるけれど、彼女の方は私に笑みを返してくれない。期待のこもった目で見つめすぎたのか、心なしか引かれている気もする。
 いけません。生真面目そうなセティアナさんと、どう距離を縮めましょうか。

「食べ終えたかい? ほら、途中まで送ってあげるから、帰るよ」
「「「ええぇーっ⁉ もう⁉」」」
「まだシゼ様といたい‼」
「だめ。集落に帰るの」
「いやー‼」

 セナさんが、シゼさんの膝からライオンの女の子を引き離した。
 女の子が悲鳴を上げるけれど、慣れているのか、セナさんは気にしていない様子。

「ラッセルを困らせるなよ。絶対に離れるな」

 なだめるようにライオンの子の頭をでたリュセさんは、またポメラニアンの子を抱き上げた。

「ほら、お前達行くぞー」

 チセさんがトイプードルの双子と手を繋ぐ。その背中にゴールデンレトリバーの子が乗っかった。チセさんがお兄さんしている様が、微笑ましい。
 この子達にとって、獣人傭兵団の皆さんは、いいお兄さんなのでしょう。
 ……うらやましい。
 私もお兄さん、と呼ばせてもらえないだろうか。
 私は歳下だし、もしかしたら、いいと言ってもらえるかも。

「あら? シゼさんはお帰りにならないのですか?」
「ああ。コーヒーを」

 コーヒーのおかわり。残るのはシゼさんだけのようだ。

「また明日なー、お嬢」
「またな、店長」

 まずはリュセさん達と小さなもふもふさん達を見送る。

「またいらしてくださいね」
「ケーキのお姉さん、ありがとう!」
「美味しかったぜ! お姉さん!」
「また食べさせてね! 人間のお姉さん!」
「ありがとう! お姉さん!」

 膝を折って笑いかけると、小さなもふもふさん達にお姉さんと呼ばれた。
 子どもの愛らしさが伝わってくる。可愛い。
 私が手を振れば、一生懸命振り返してくれた。
 お姉さんか。私をそう呼んでくれる少年が他にもう一人いる。元気かしら。

「コーヒー、すぐにれますね」

 二人になったところで、コーヒーを用意する。

「いいですね。皆さん、仲良しで微笑ましいです」
「子ども、好きか?」
「そうですね……どちらかと言えば好きです」

 シゼさんの質問に、少し考えて答えた。
 子どもとはあまり接した覚えがないけれど、好きな方だ。

「そうか……」

 少し冷ましてから渡したコーヒーを、シゼさんがすする。

「私は末っ子でしたから、お姉さんと呼ばれるとくすぐったいです。それに……」

 私はシゼさんの膝をついつい見てしまう。

「……なんだ?」
「誰かの膝に乗せてもらうって、うらやましいなと思いまして。祖父の膝にも、もちろん父や兄の膝にも乗せてもらったことはないので……憧れてしまいますね」

 ちょっと遠い目をしてしまったかもしれない。
 たとえ幼くとも、マナーとして、膝の上に乗るなんて許されなかったのだ。あ、でも、言えばお祖父様じいさまなら許してくれそう。今の私が乗るには、少々重たすぎるでしょうけれど。
 オズベルさんがシゼさんに使った対象を縮ませる魔法を教えてもらって、小さくなれば乗せてもらえるでしょうか。そこでお昼寝させてもらいたい。

「……乗るか?」

 コーヒーを飲み終えて、カップを置いたシゼさんがそう言ってくれる。

「膝に、乗って、いいのですか……⁉」
「ああ」

 驚きのあまり大きく開いてしまった口を両手でおおう。
 そんなっ。純黒じゅんこくの獅子さんの膝に乗せてもらえるなんてっ!
 周囲を確認!
 店には私とシゼさんの二人しかいない。

「で、では……お言葉に甘えて」

 ドキドキしつつ、座りやすいようにとテーブルを避けて差し出された膝の上に、背を向けてゆっくりと腰を下ろした。
 何かが後頭部にふわりと触れた気がする。

「お、重いですか?」
「いいや」

 さっきの女の子と比べたらだいぶ重いだろうけれど、シゼさんは嫌がらなかった。それどころか、頭をでてくれるサービスまでしてくれる。
 もふもふの手で、優しくで付けられた。
 調子に乗って先ほどの女の子のようにもたれると、もふっとシゼさんのたてがみに埋まる感触が!
 後頭部がたてがみに埋もれるなんて、贅沢なもふもふ堪能たんのうの仕方!
 頬を押さえていれば、腰にシゼさんの腕が回された。
 その腕に、ん? と疑問に思っていたのも束の間。
 右肩から垂れた三つ編みの髪を、シゼさんがいでいることに気付く。
 そして、軽くすりすりされる。
 はわわ。もふもふの獅子さんにじゃれられていますっ。
 くすぐったいです。
 くすぐったさに耐えていると、今度は反対の左の首筋を、ザラザラした舌でペロッと舐められた。
 そこで、思考が一時停止する。
 そういえば、前にもシゼさんに舐められたことがあったなと現実逃避。
 あれは顔だった。砂糖がついていたからと、ペロリとされたのだ。
 これは、じゃれつきの延長なのかもしれない。
 そう自分を納得させようとしても、頬が紅潮していくのを感じる。
 かぷっ。
 耳を、噛まれた。それは軽くくわえるだけの行為だ。
 でも。それでも。私の許容範囲を超えてしまった。

「っ⁉」

 噛まれた耳を押さえ、飛び上がってシゼさんの膝から離れる。耳がこれでもかというほど熱くなってしまっていた。
 瞠目どうもくしている私に、立ち上がったシゼさんが近付く。
 見上げると、熱がこもった琥珀こはくの瞳は、獲物を捉えたようにギラついていた。
 私はつい後退あとずさりするけれど、すぐに向かいのテーブルにぶつかってしまう。
 そのテーブルに視線を移している間に、シゼさんは人間の姿に変化していた。
 人間の姿だと、余計に焦がすような眼差しに見える。
 私を――求めている眼差し。

「シ、シゼ、さんっ……ひゃ!」

 テーブルとシゼさんに挟まれたかと思うと、私はテーブルに倒れてしまい、押し倒された形となった。シゼさんは私の立てる物音にも動じることなく、私を閉じ込めるように両脇に腕を置いた。

「ローニャ」

 低い声が降ってくる。

「お前の父や兄になるつもりはない。――オレを一人の男として意識しておけ」

 さらに顔が近付くものだから、ビクッとして思わず目をつむってしまった。
 そっと、額に触れた感触は、間違いなく唇でしょう。
 頭をでられて、恐る恐る目を開く。
 すぐ近くにあるシゼさんの顔には、ニッと不敵な笑みが浮かんでいて、楽しそう。
 まるで私の反応に満足している、ような。

「また明日な、ローニャ」

 私の腕を掴んで立たせると、シゼさんは白いドアを開けて出て行った。
 とろとろに溶けてしまいそうなほど熱い顔の私は、へたりとその場に座り込んだ。



   第2章 ❖ 海底の王国。


    1 氷菓作り。


 ここは、精霊の森。
 緑豊かな自然の中、深呼吸をする。
 夏の陽射しが燦々さんさんと射し込むけれど、木の葉がさえぎってくれていた。
 ペリドットやエメラルドグリーンの宝石をそのままかしているような輝きにほっとする。何より、清らかな空気が美味しい。気のせいかもしれないけれど、ひんやりもする。
 あてもなく、緑の中を散策した。
 橙色の蜜を垂らす、どっしりと大きな木。垂れた蜜はぷるんとしずく型で、決して落ちたりしない。この大きな木は蝶の妖精パーピーの家だ。
 そんな大木の目の前に着くと、オレンジパイのような匂いがする小さなパーピー達の突撃を受けた。
 こんがり焼けた赤みのある肌に、黒いレザースーツを着ているセクシーな女性の姿で、背中には揚羽蝶あげはちょうの羽根を生やした妖精さん。

「いつもコーヒーチェリーを摘んでくださり、ありがとうございます」

 わいわいとにぎわうパーピー達に、お礼を伝える。
 会話はすぐに切り上げて、再び気の向くまま歩き始めた。
 ふらり、ふらり、ふらり。

「おい。どうした?」

 ぼーんやりと木々を眺めながら歩いていると、聞き慣れた声がした。
 振り返り、歩み寄ってくるラクレインの姿を認める。
 限りなく人に近い姿で、黒いズボンとブーツを履いているようにも見える、鳥の下半身を持っていて、腕も翼だ。髪に見えるのは、羽毛。後頭部の羽根は長く、ライトグリーンからスカイブルーにつやめいている。そして、黒いリップを塗ったような唇。
 幻獣のラクレイン。

「あら、ラクレイン?」

 首を傾げようとしたら、ぷにっと柔らかくひんやりしたものに頬が当たった。

「え? レイモン⁉ いつの間に!」

 そちらを見ると、背中から抱き付くようにして、青と緑のグラデーションのマンタが貼り付いている。
 森マンタのレイモンだ。
 そっと離れたレイモンは、ふわふわと浮遊して去っていく。
 私が気付くのを待って、しがみ付いていたのだろうか。

「パーピーの家に来る前から付いていたそうだ」
「え⁉」

 どうやらラクレインは、パーピー達から私のことを聞いて迎えに来たらしい。

「お主が上の空で歩き回っていると話題になっていた。よく見ろ、フェーリスの毛だらけだぞ」
「あら……!」

 フェーリスとは猫に似た顔立ちの、長い毛を持つ白いもふもふだ。そのフェーリスの毛が藍色の星空柄のドレスにしっかりとついていた。白い毛まみれだ。慌てて払おうと、スカートを軽く叩く。

「我がやる」

 右の翼を上げたラクレインが、風を巻き起こした。それはそよ風のようなものではなく、とても荒々しいもの。
 強引な風に、私はその場でくるくると回されてしまった。
 風がむ頃には目が回ってしまい、よろめいてしまう。
 ラクレインの風は、いつもこうだ。
 苦笑をこぼしつつ、乱れてしまった三つ編みをほどき、丁寧に指を滑り込ませて整える。波打つ水色がかった白銀の髪を、さらりと背中に流した。
 それを待ってくれたラクレインが、口を開く。
 黒い唇の向こうに鋭い牙が並んでいるのが見えた。

「それで? どうしたのだ? 昼下がりから森で過ごしているようだが、何かあったのか?」
「……えっと、ただ散策をしているだけよ。まったりと」

 私は笑みで誤魔化そうとする。
 しかし、ラクレインはだまされないと言うように眉をひそめた。
 じとっと、にらむように見下ろされる。今度は話せと言わんばかり。

「……本当に、大したことじゃないの。ただ……」

 視線が自然と足元に落ちていく。

「何かあったんだな? また兄が来たわけじゃないだろうな?」

 ラクレインのライトグリーンの瞳がさらに鋭く細められた。

「違うわ! お兄様はもう二度と来ないはず……!」

 以前店に来たお兄様を思い出して、恐怖で身震いしてしまった。

「では、シュナイダーか?」

 お兄様が来た時にはそのことを伏せていたから、あとから知ったラクレインが怒ってしまった。
 今度は心配をかけないようにと、シュナイダーが会いに来たことは、ロト達を通じて一応知らせてある。
 でも、ついこの間のシュナイダーの二回目の訪問は、まだ話していない。
 逆上して私を傷付けるための言葉を投げつけてきたなんて話したら、ラクレインはきっとシュナイダーへの仕返しを考えてしまうだろう。
 それを避けたかった。
 私はあくまでも穏やかに、日々を過ごしたいのだ。
 言わなくてもいいわよね。あんなことを言われたなんて。
 シュナイダーを拒む私の様子が、冷血な家族にそっくりだと。
 高みを目指すように強要してきたあの家族からの重圧の中で、共に愛をはぐくもうと手を差し伸べてくれたシュナイダーが、支えだった。
 だからこそ、私に痛みを与えるには十分な言葉だった。
 現状に甘えるなと厳しい家族の代わりに、励まし続けてくれたあのシュナイダーが、一番理解してくれていたはずなのに。
 ……でも、怒って当然かもしれない。
 私から、はっきりと告げた。
 家族の過度な期待と一緒に、シュナイダーを捨てたのだと。
 私からシュナイダーを手放したのだから、甘んじて受けるべきなのかも。……なんて。自虐的な笑みを漏らしてしまう。

「シュナイダーはちゃんと追い払ったわ。もう来ないはず」
「……本当にそうか?」

 あの痛みは、セナさんのもふもふがいやしてくれた。
 持つべきは、もふもふの友だちね。

「ええ」

 あのまったりした一時ひとときを思い出して、ふっと笑みをこぼした。

「それならいいが。では他に悩みごとがあるんだな?」
「……」

 笑みを浮かべたまま、明後日の方向に目を向ける。
 ……ああ、あんなところに綺麗な木の葉があるわ。

「……詮索されたくないのなら、話さなくてもいいが」

 ほっと肩の力を抜く。

「誰かが悩ませているのなら、我がぶっ飛ばしてもいいのだぞ?」
「それはやめて!」
「誰かが原因なのか」

 ラクレインの目が、ギラリと光った気がする。
 好戦的なラクレインだから、心配してしまう。

「別に何か……された……わけじゃ……」

 傷付くようなことをされたわけじゃない。
 そう言いかけて、思い出してしまう。
 今までこらえていたのに、顔がじゅわっと熱を帯びた。

「……ふむ」

 ラクレインが翼の先をあごに当てて小首を傾げる。


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