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第七章 龍が飛ぶ国。
88 ぶつけられる敵意。
しおりを挟むこの謝罪はきっと、この前の投げ付けてきた言葉のことだろう。
逆上して私が傷つく言葉をぶつけてきたことへの謝罪。
今更、謝罪されても……。
「謝罪をするのは、いくらなんでも遅すぎるではないですか?」
「そ、それは……白金色の狼が……」
「え?」
「いや! なんでもない!!」
小さく言い訳をしようとしたシュナイダーの声は、聞き取れなかった。
ぶんぶん、と首を左右に振って言い訳をしないことにしたらしい。
「それも謝る、本当に申し訳なかった……! 君を信じられなくなってからのオレはどうかしている……そう思うんだ。なんで早く気付けなかったんだろうか。君がオレの運命の人だって、昔から思っていたのに」
「……シュナイダー」
頭を下げたまま、上げようとしないシュナイダーを見て、私は言わずにはいられなかった。
いいや、言わなくちゃいけないと思ったのだ。
「運命ではないから、私達は離れたのよ。シュナイダー」
シュナイダーが顔を上げる。傷ついたようなそんな情けない顔をするから、私は目を背けてカウンターテーブルの整理をする。
アメジストの石。エメラルドやペリドットが煌めくような砂時計を整理するふりをして、告げる。
「ミサノ嬢とシュナイダーが、運命の相手同士なのよ」
私の前世で決まっていた運命。
「違う!」
シュナイダーが、私の手首を掴んだ。
「初めて会った時! 愛を育もうと約束したじゃないか!!」
七年ほど前のまだ幼い頃、幼いながらも真剣な眼差しで笑いかけてきたシュナイダーを思い出す。
もしかしたら、違う運命があるのではないかと、希望を抱いた瞬間。
私は、彼の手を取ってしまった。
「オレ達には、幼い頃からずっと、そばにいた思い出がたくさんあるじゃないか! 全てを忘れたって言うのか?」
目の前にいるシュナイダーは、とても必死で、あの幼い頃の眼差しとは違う。
私は苦しくなってきてしまい、ぽろっと涙を落とした。
ハッとしたシュナイダーは手を放す。
「い、痛かったか? す、すまない!」
そうじゃない。
「なんで……」
喉が詰まっているような痛みを覚えながら、私は言葉を絞りだす。
「大切な思い出を、汚そうとするの?」
「えっ……」
「私にはずっと……ずっとずっと大切な思い出で、支えだった! 今でも大事だけれど……それでもシュナイダー。私達は、運命の赤い色で結ばれた者同士なんかじゃない」
涙ながらに伝えれば、シュナイダーは言葉を失った。
「……君に、未練がないことは、わかった」
やがてシュナイダーが呟くように言うと、背を向ける。
「本当にすまない」
消えてしまいそうな小さな声で再び謝って、白いドアから出て行った。
「グスッ」と鼻を啜り、涙を指先で拭う。こんな顔では出掛けられない。
少し間を置こうとした時、再び白いドアが開かれた。
驚いてしまう。入ってきたのはシュナイダーではない。
ミサノ・アロガ嬢だったのだ。
学園の制服ドレスに身を包んで、店内を見回すミサノは、どうやら偶然私の店に訪れたわけではないみたい。当然か。
シュナイダーの転移魔法を追跡でもして来たのだろう。レクシー達が教えるはずもないから、そうに違いない。
艶やかな黒い髪は腰にまで届き、同じく黒い瞳は強さを感じる眼差し。
「みすぼらしい店」
そう一言、放つ。
「伯爵令嬢なのに」
それを付け加えて。
「一人で経営しているのかしら」
「あの。これから買い出しに行くので、外に出てくれませんか? ミサノ嬢」
「気安く呼ばないでくれる? ローニャ・ガヴィーゼラ嬢」
疑問を口にしながら、キッチンを覗き込もうとするミサノに対して、私は出ていくよう言う。
しかし、睨み付けるミサノは、冷たく言葉を向ける。
私はもうガヴィーゼラ伯爵家の令嬢ではないと言おうとしたが。
「さっきの見たわよ。涙まで使って一芝居して、そうやってシュナイダーの心を取り戻そうとしていたのね」
「え? なんのことですか?」
「とぼけないで! またシュナイダーを騙していることはわかっているのよ!?」
ミサノが、声を上げた。
シュナイダーを騙している?
会話までは聞いていなかったのだろうか。
誤解をとこうと思ったのだけれども。
「何を言っているのですか? 私は」
「また認めないつもりなのね! 学園にいてからそうよね!? 一位の座だって、シュナイダーの婚約者の座だって、ガヴィーゼラ伯爵家の力がなければ、あなたのものじゃなかったのに、我が物顔!! 不快だったわ!」
驚いた。そんな風に思っていたのか。
腕を組んでそっぽを向いたけれど、ギロリと睨み続ける。
「全て、ガヴィーゼラ伯爵家の力だと言いたいのですか?」
「違うと言うのかしら?」
「私は私なりに努力をしてきました」
「努力ですって!? あなたは努力なんてしなくても、なんでも手に入ったじゃない!!」
私はびくっとしてしまう。
努力を否定する怒鳴り声は、怖いお兄様と重なってしまった。
努力を認めてくれないお兄様を連想してしまい、胸の前で手を握り締める。
「そんな環境にいたくせに、努力なんて簡単に言わないでほしいわ! 私の努力こそ本物よ! 遅れて入学した分、一位の座を手に入れようと必死だった! あなたはいいわよね? ガヴィーゼラ伯爵家の力とお金で、入学前から教育を得られたんだから。シュナイダーから聞いたのよ!」
ふん、と嘲るミサノは知らない。
どれほどつらい日々だったか。
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耐えてきたのはきっと間違った努力だったとは思う。もっと改善する方に力を使えばよかった。
苦しいだけの時間が募ったそれを、ガヴィーゼラ伯爵家の力のおかげだなんて言葉で片付けられたくない。
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ミサノにとって、私はあの冷血なガヴィーゼラ伯爵家の令嬢。
噂通り冷血で、力の強い名家の恵まれた環境で育ち、何不自由なく手に入れてきた我儘な令嬢なのだ。
今更誤解だと必死に私が説明する気は起きない。
むしろ、このままでいいのだろう。
ミサノにとって、私は悪役令嬢なのだ。
これ以上言葉を交わしても、傷つけあうだけだろう。
私は傷つけたくないし、傷つけられたくもない。
「そうですか。私、急いで買い出しに行かないといけないので、もう外に出てくれませんか?」
「まだ話の途中よ!!」
「シュナイダーとは金輪際会わないでほしい、それが言いたいのでしょう? 私のことより、ご自分の心配をした方がいいのでは?」
「は?」
ミサノを横切って、白いドアを開ける。
「私の取り巻きだった令嬢達を拷問した件、陛下にバレていますよ」
「っ! 脅すつもり!?」
「私は何も答えません。濡れ衣の件を掘り返すことはしないと思いますが……まぁ私の知ったことではありません。早く出てください」
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「それでは、失礼します、ミサノ嬢。シュナイダーとお幸せに」
どんな罰が下ろうとも、シュナイダーと幸せになってほしい。
余計なお世話だろうけれど、願っている。
私は急いで精肉店でお肉を買い込んだ。せっかくだから、ステーキ肉を買っておく。
チセさん達、喜んでくれるだろうか。
そう思って、また急ぎ足で帰ると、異変に気付いた。
窓が割られている……!
白いドアの窓も粉々で、鍵を開けて入れば、店の中には窓のガラスが散らばっていた。
明らかに外から割られている。仄かに魔法の気配が残っていた。
……ミサノの仕業だ。
「っ!」
カウンターに買ったものを置いて、両手で触れるのは、真っ二つに割られてしまった砂時計。
幼い頃にお祖父様が与えてくれたもので、ずっと私の時間を募らせてくれた砂時計だ。
思い出と同じ、大切なものだった。
「っう……!」
煌めく砂に、私の涙が落ちて、しみこむ。
どうして……。
どうして、敵意をぶつけられなくてはいけないのだろうか。
ちゃんとミサノの望み通りに退いたのに。
どうしてまだ、こんな風に敵意をぶつけられなくちゃいけないんだ。
私はここで、まったり暮らしていたかっただけなのに……。
ぽろぽろと零れ落ちる涙が、どんどん緑色に煌めく砂にしみこんでいく。
そこで、パキン。
ガラスが割れる音が聞こえて、ハッと顔を上げる。振り返ると、そこに立っていたのは人の姿のセナさんだ。開いたままの白いドアから入ってきて、ガラスを踏んでしまったらしい。
「何これ……」
驚愕した様子で店内を見回して、顔を歪める。
「泥棒……なわけないね、嫌がらせかい? 一体誰の仕業?」
そう問われて、私は慌てて目元を拭い、立ち上がった。
「大丈夫です。これくらい魔法で直せますから」
笑って見せる。
どうやら、セナさん一人のようだ。きっと今日は非番なんだろう。
魔法で直して、接客をしなくては。
「あのね、ローニャ。傷付けられたのに、無理に笑う必要ないんだよ」
少し呆れたよう表情で、セナさんは言うと腕を広げた。
「僕のじゃあ狭いだろうけれど、胸を貸すから泣いていいよ?」
首を僅かに傾けるから緑色の髪がさらりと揺れる。
眼差しは、優しげなまま。
その声音も優しいから、私は一度引っ込めた涙を込み上がらせしまった。
でも本当にこのまま泣いてしまっていいのだろうか。
躊躇する私を見かねたのか、セナさんから歩み寄ってきた。
「おいで」
また優しい声で促すから、涙が零れ落ちてしまう。
よろっと歩み寄って、ぽすんっとセナさんの胸というより、肩に顔を埋めた。
セナさんは傷だらけなった心ごと包み込むように、そっと抱き締めてくれる。
きっとこうして、弟のセスをあやしていたのだろう。
頭の後ろに掌を置いて、軽くぽんぽんと弾ませる。
私はぎゅっとしがみ付いてしまい、震えながら泣いた。
「ふわぁあんっ!」
声を上げて泣くのは、一体いつぶりだろうか。
ああ、違う。
きっと初めてだ。
だって、今までこんな風に泣く暇なんてなかった。声を押し殺して泣いていただけ。
大泣きしてしまうなんて。いや、大泣き出来るなんて。
今の環境がいいのだろう。それともセナさんだからだろうか。
お日様を浴びだ緑の匂いがした。とても落ち着く匂いだから、次第に私の震えは治まっていく。
それから涙も止まり、沈黙してしまう。
セナさんと抱き合うような体勢でいるこの状況。
肩を思いっきり涙で濡らしてしまったし、今彼のシャツを握り締めている最中である。
えっと、今、離れてもいいのかしら。
タイミングを見計らうが、たまにセナさんが頭や背中をぽんぽんと叩いてくれるから、なんとなく逃してしまう。
落ち着く匂いのせいか、離れがたく感じてしまった。泣いたせいか、このまま眠ってしまいたい気もする。
でもいつまでも、異性であるセナさんにしがみ付いていてはいけない。
しかし、意識をしたら厄介なもので、今度は顔が赤くなってしまい、上げられそうになかった。
いやでも、これは子どもみたいに大泣きしたことに対する赤面って思ってくれるかもしれない。
「落ち着いた?」
相変わらず、セナさんの声は優し気だ。
「は、はいっ」
俯いたまま、そっと一歩下がる。
「あの、すみません……肩、濡れてしまいましたよね」
「いいんだよ。君のためなら」
見るからに濡れたシミが出来ている白いシャツ。申し訳なくてさらに俯いてしまうけれど。
君のためなら、なんて言葉につられて、顔を上げる。
真っ直ぐに見てくるエメラルドグリーンの瞳は、やっぱり優し気。
同じくらいの視線の高さにあるそれに、なんだか胸がぽかぽかとしてしまう。
優しい人だ。とても、とても優しい男の人。
「拭きますか?」
「これくらいなら、すぐ乾くよ」
「えっとじゃあ、セナさん。店を直しますので、一度出てもらってもいいでしょうか?」
「わかった」
セナさんが素直に引き返してくれたかと思えば、ドアの前でくるりと振り返った。
「顔、赤いけれど、大丈夫?」
指摘されてしまった。
「大泣きして、恥ずかしいです」
異性の腕の中で大泣きしたことに対しての赤面ではなく、子どものように大泣きしたことに対する赤面だと仄めかす。
「そう? たまにはいいんじゃないかい」
またセナさんが、ポムッと頭に手を置いた。
「まぁ君の泣き顔は初めてじゃないから、僕はいつでも慰めてあげるから泣いていいよ」
「えっ?」
にやり、と久しぶりに意地悪な笑みを浮かべるセナさんの発言に、瞠目してしまう。
「泣き顔が初めてじゃないって、どういうことですか? えっ? 私いつ泣いたのですか!?」
「いつだろうね」
楽しそうにはぐらかしてセナさんは、白いドアを閉めた。
い、いつ泣いたのだろうか。私。
それとも適当なことを言っているのだろうか。そんな人ではないけれど。
恥ずかしい、とまた赤くなる頬を押さえつつ、私は店を直すことにした。
念力の魔法の道具ラオーラリングを指に嵌めて、両手をパンと叩いて合わせる。魔力を店の中に広げていけば、散らばった窓ガラスの破片は吸い込まれるように戻っていく。そして、窓は元通り。白いドアの窓もだ。
「もういいですよ」
セナさんを招き入れたあと、唯一直っていない真っ二つになった砂時計に触れる。
「僕も気に入っていたのに……それも一緒に直らないの?」
「直す魔法は店自体にかけているので……砂時計まで一緒に直らないのです」
「大切なものなんだろ?」
「はい。これは祖父から贈られたものでして……ああ、大丈夫です。別の魔法で直せますから」
セナさんが隣に並んでくれたと思えば、手伝ってくれた。
「直せても、君の傷ついた心は癒えないだろう? 誰の仕業だい?」
犯人を問う。
「また君の元婚約者の匂いがしたけれど、まさか彼じゃないよね?」
少々鋭い眼差しになった。
「本当に鼻が利くのですね。彼ではありません……」
「ふぅん……」
私が言おうとしないからか、セナさんは追及をやめる。
セナさんが押さえてくれている間に、私は元の形に戻る魔法をかけた。
ふわりと光ると、元の砂時計に戻る。
「でもこんな嫌がらせをされたと知っているのに一人には出来ないな。今日はウチに泊まっていきなよ」
「え? そこまでしなくても」
「今ならぽんやりしているセティアナをもふり放題だよ」
「んっ! い、行きます!」
私がセティアナさんのもふもふにつられれば、セナさんはおかしそうに笑った。
††††††††††
短めになりました。
こちらもよろしくお願いします。
令嬢に転生してよかった!~婚約者を取られても強く生きます。~
https://www.alphapolis.co.jp/novel/94131096/675392980
冷笑の令嬢と紅蓮の騎士。~婚約破棄を終えたので冒険をしたいのですが。~
https://www.alphapolis.co.jp/novel/94131096/88385476
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