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3巻

3-2

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 今日は隣街で同年代の男性達とパーティーをするそうで、そのケーキを買いに来てくれたらしい。私も一緒に参加しないかと誘われたけれど、仕事を理由に断らせてもらった。
 あらかじめ準備しておいたケーキを渡すと、三人は嬉しそうな声をあげてくれた。

「ローニャ店長さんのケーキがあれば大盛り上がりね!」
「これに店長さんのお茶もあれば完璧なんだけど」

 サリーさんとレインさんの会話を聞いて、少し考える。
 以前、別のお客さんからも、ケーキをテイクアウトしてもらった時に似たようなことを言われたことがあった。その時はそれぞれのケーキに合うお茶の種類を伝えたけれど、後日、やっぱり私が店で出しているお茶のほうがいいと言われた。
 コーヒーもお茶もテイクアウトはできるものの、時間が経てば冷めて風味も落ちてしまう。また私が店で出しているのは精霊の森から仕入れた材料を使ったものなので、まったく同じものをお客さんが手に入れるのは難しい。
 お客さんが家でもれられるように茶葉を販売すればいいのだけれど、それならそのまま売るのではなく、もう一工夫したいところ。お店の外でも美味おいしく飲んでもらいたいもの。
 よし。次の課題は、茶葉の販売にしましょう。
 サリーさん達を見送った私は、お茶をれてカウンター席に座った。酸味が少なく甘いラズベリーティー。ほっと息をついて、ティーカップの中を見つめる。
 午前中に来るお客さんの中には、午後のおやつにケーキを買っていく人も少なくない。ほとんどのお客さん達は、獣人傭兵団が来る午後にはお店に入りたがらないから。
 そんなお客さん達に、お店の外でも美味おいしくお茶を飲んでもらえる工夫をしなくては。
 考え込んでいると、突然お店の中心に光の円が現れた。その中から「あいっあいっ」と声が聞こえてきて、ロト達が三列に並んで出てくる。足も手も動きがぴったりと合っていて、上手な行進だ。

「こんにちは」

 愛らしいなと思わず笑みをこぼしながら、しゃがんで挨拶あいさつをする。
 ロト達は私の前でピタッと止まり笑みを返してくれたあと、周りをキョロキョロ見回した。それからちっちゃな両手を合わせて首を傾け、お願いのポーズを取る。
 これは、蓮華れんげ畑のお世話を手伝ってほしいという意味だ。
 毎日のように喫茶店を手伝ってくれる彼らのために、蓮華れんげ畑へ行くことに決めた。店の外には閉店の看板を出しておく。

「さて、どこの蓮華れんげ畑に行くのですか?」

 精霊の森で暮らす彼らだけれど、森の外にあるあちこちの蓮華れんげ畑のお世話をしている。
 しゃがんで尋ねると、ロト達はぴっと腕を一斉に東へ向けた。ここから東に行ったところに、一番近い蓮華れんげ畑があると思い出す。一番近いとはいえ、畑があるのは国外れだ。
 私のドレスをよじ登ってきたロト達が、連れてってと言わんばかりに手を上下に振った。こくんとうなずいてから、ロト達を落とさないように慎重に立ち上がる。
 カツン――かかとで床を叩き、魔力を込めて魔法陣を描く。そこからふっと白い光があふれ出て、私とロト達を包み込んだ。
 次の瞬間、咲き誇る蓮華草れんげそうが視界いっぱいに映った。蓮華れんげの花は赤紫に色づいて、丘の下から吹き上げてくる風に揺れている。舞い上がる花びらを追って見上げた空は、雲一つないスカイブルー。清々すがすがしい空気が気持ち良くて、私はゆっくりと深呼吸する。
 すると、髪を結んでいた夜空色のリボンがほどけて、風にさらわれてしまった。リボンが飛んでいったほうを振り返れば、誰かがリボンを捕まえてくれる。
 まさか人がいるとは思わなかった。私は驚きながら相手を見て、ますます驚いた。

「待っていたぞ、ローニャ」

 金色の装飾がほどこされたマントをまとった、美しい顔立ちの男性。耳の先は尖っていて、種族はエルフ族だとわかる。
 大理石のような白い肌に、キリッとした印象の眉、藍色の瞳、淡い桜色の唇。きらめく白銀色の長髪は前髪ごとハーフアップにまとめられている。
 星の輝きにも似た白銀や白金色の髪と藍色の瞳を持つ者は、エルフの中でも王族にしかいない。
 彼はガラシア王国の王弟で、戦士としても名高いエルフだ。

「オルヴィアス様……お久しぶりです」

 私は精一杯の笑顔を作って、挨拶あいさつをする。決してわざとらしくならないように笑みを深めて、風に揺れる髪を片手で押さえた。
 なぜなら私は――……彼が少々、苦手なのです。
 オルヴィアス様とは、昔から面識があったものの、社交の場で挨拶あいさつを交わすくらい。
 私は彼について、ほとんど本を通して知った。
 数々の戦いで勝利を収めて、歴史に名を残したエルフの戦士。
 姉であり女王であるルナテオーラ様のために剣を振るい、エルフの国を守ってきた英雄。
 そんな彼と話をするようになったきっかけは、この丘で何度かお会いしたことでした。どうやらここは、オルヴィアス様が仕事の息抜きに来る場所でもあったらしい。
 だから、彼とここで会うのは不思議ではない。
 けれど彼は、私を待っていた、と口にしていた。一体どういう意味でしょう。
 オルヴィアス様は私の目の前まで歩み寄ってきて、リボンを差し出してくれた。両手で受け取ると、その手をギュッと握られる。

「妖精ロト達よ。少し二人で話をさせてくれ」

 オルヴィアス様は、足元のロト達に告げる。
 人見知りのロト達も、エルフであるオルヴィアス様には臆することがない。コクリとうなずくと、蓮華草れんげそうの海にもぐっていった。

「お話とは、なんでしょうか?」

 貴族でなくなった私に話だなんて、どういう内容かまったく見当がつかないけれど、とりあえず笑みを保って尋ねてみる。
 するとオルヴィアス様は、私の手を握ったまま片膝をついた。マントが蓮華草れんげそうの上にふわりとかかり、長い髪が風になびいて宝石のように輝く。

「どうなさったのですか? オルヴィアス様」
「シュナイダーとの関係が終わったばかりで、まだ傷がえていないことは重々承知している。だが、考えてもらいたい」

 そう言って見上げてくる藍色の瞳は、星がまたたくように金色にちらちらと輝いて見える。その瞳に熱が込められていると気付いた瞬間、オルヴィアス様は再び口を開いた。

「ここで初めて会った日から、惹かれていた。シュナイダーと婚約関係にあったから俺の気持ちは秘めておくつもりではあったが、そなたと生涯をともにする好機を逃すつもりはない。どうか、我が妻になってくれ」

 誇り高きエルフの戦士から、結婚の申し出。
 私は突然のことに言葉を失ってしまう。混乱して放心しかけてしまったけれど、早く答えなければとなんとか頭を働かせた。


 私も膝をついて、オルヴィアス様と視線の高さを合わせる。そして、唇を震わせながら声を絞り出した。

「ご、ごめんなさい……オルヴィアス様」

 ビクビクしつつも、はっきりと断る。
 オルヴィアス様が目を見開くのを見て、私は視線をらしてしまった。

「……今すぐに答えろとは言っていない。真剣に考えてから答えを出してくれ。今は誰かと結ばれることなど考えられないかもしれないが」

 オルヴィアス様が私のことを好いてくださっていたとは。アプローチされたことなんてなかったし、そもそも彼はこの丘で会った時もあまり話をせず、座って私とロト達を眺めるか、横になって休んでいるかのどちらかだった。

「身に余る光栄です」
「求婚に、身に余るも何もないだろう」
「いえ、私は王弟殿下のご子息に婚約破棄をされて、家を出た身です。私など、英雄であるオルヴィアス様にはふさわしくありません」
「己を過小評価するな。我が国は実力を重視する。どんな過去があっても、そなたの力は認められるだろう」
「私は貴族に戻るつもりは……」
「無理に戻れとは言わない。それよりも、なぜさっきから目を合わせないんだ! この求婚を受け入れられない理由があるのなら、はっきり言ってくれ!」

 私がもっともらしい理由を並べているだけだと気付いて、オルヴィアス様は問い詰めてきた。私はビクッと震えてしまう。はっきり言うなんて、できることなら避けたいけれど、こうなったら白状するしかない。

「わ、私は……オルヴィアス様が苦手なのですっ」

 チラッとオルヴィアス様の様子を確かめてみると、面食らったような顔をしていた。申し訳なくなって私は再び目を伏せる。

「な……なぜ……?」
「……オルヴィアス様は、はっきりとものを言うお方です。間違いも欠点も、的確に指摘してくださいます。しかし、そこが……私の苦手な兄――ロバルトお兄様に似ているのです」

 この丘での出会いを機に、オルヴィアス様からは何度か剣術の指導を受けたことがある。どことなくロバルトお兄様に似た彼の口調に、私は内心ビクビクしていた。もっとも、オルヴィアス様が私を嫌っているわけではないことはわかっている。それでも、苦手なのだ。

「……俺の言葉に、そなたは傷付いていたというのか……?」

 そう言いながら、オルヴィアス様がパッと私の手を離す。

「も、申し訳ございません。オルヴィアス様は悪くないのです。……ただ、厳しい口調から、ロバルトお兄様を連想してしまいまして……」

 頭ごなしに罵倒ばとうしてくるだけのロバルトお兄様と違って、オルヴィアス様は私の努力を認めてくれた。口調が厳しいからといって、決して同じではない。それはわかっているつもりだ。

「人をののしるロバルトお兄様と、誠心誠意向き合ってくださるオルヴィアス様の言葉は違います。けれども、私は……申し訳ありませんが、オルヴィアス様のことを異性として考えることはできません」

 苦手な兄に似ているからだなんて、ひどすぎる断り方だ。だけどこれが私の正直な気持ちだった。視線を上げると、彼は傷付いたような顔で放心していた。

「オルヴィアス様……?」

 やがて彼は眉間にシワを寄せ、痛ましい表情でうつむいた。なんと声をかけていいかわからず見つめていたら、オルヴィアス様がポツリとつぶやく。

「……すまない、出直す」

 オルヴィアス様は静かに立ち上がると私に背を向けて、丘を去っていった。その痛々しい後ろ姿を見送って、罪悪感に押し潰されそうになる。
 兄に似ているから苦手だなんて、言うべきじゃなかった。でもオルヴィアス様に詰め寄られて、白状するしかないと思ってしまった。
 その時、ロト達が戻ってきた。先頭にいるロトは、なぜか芋虫を抱えている。オルヴィアス様を捜してキョロキョロとあたりを見回すロトに、私は静かに告げた。

「オルヴィアス様はお帰りになられました」

 そう言うと、「そっか」と相槌あいづちを打って、ロトは芋虫を自慢げに差し出してきた。私の人差し指よりも太い、緑色の芋虫だ。ちょうの幼虫でしょう。

「ああ。この芋虫さんが千年芋虫さんに似ているって言いたかったのね」

 この芋虫を連れてきた理由がわかって、私は噴き出してしまう。ロト達は嬉しそうにニコニコした。
 オリフェドートの森には、千年芋虫と呼ばれる、それはそれは大きな芋虫さんがいる。馬車よりも大きく、茶色い身体にはところどころこけが生えていて、じっとしてたら倒れた大木にも見える。千年の間、芋虫の姿で過ごしたのちにちょうになると言われており、今のところオリフェドートの森でしか生息が確認されていない貴重な存在だ。とても温厚で、綿毛の妖精フィーと仲がよく、彼らを乗せてよく森を散歩している。
 そんな千年芋虫さんとちょうの幼虫は、つぶらな目と丸い口が似ていた。

「この子はそのうち、素敵なちょうになってここを舞うのでしょうね」

 てのひらに載った芋虫を見つめながら言うと、ロトはまたそれを抱えた。

「さて、始めましょう」

 この丘に来た目的は、ここの蓮華草れんげそうの手入れだ。髪をリボンで一つに束ね直してから作業を始める。
 一輪一輪手に取って、傷がないことを丁寧に確認していく。問題があれば魔法でいやして、土が枯れていれば水を与える。
 花の数は多いけれど、ロト達もたくさんいるのでそれほど時間はかからない。
 しばらく作業を続けていると、一輪の蓮華草れんげそうに触れた私の手をロトが掴んだ。蓮華れんげに触れようとしたところ、間違えて私の手を掴んでしまったみたい。ロトは、ポカンとこちらを見上げている。
「一緒に診ましょう」と笑いかければ、ロトは顔をほころばせてコクンとうなずいた。
 蓮華れんげの花は、ちょうが輪になってとまっているような形だ。白地に赤紫色がにじむように色づいた花びらを軽く摘まむと、先まで瑞々みずみずしくうるおっている。葉や茎まで指先ででながら確認し、根元の土が湿っていることを確かめる。問題なしだ。
 一緒に確認したロトとにこりと笑い合って、次の蓮華草れんげそうに移る。
 なんとなくオルヴィアス様が去ったほうに目を向けるけれど、もちろんそこにはもう彼はいない。
 思えば、誰かからこんな風に想いを告白されるのは初めてのことだ。
 あまりに驚いてお礼を言いそびれてしまったと気付き、私はため息をこぼした。
 気持ちを切り替えようと、深呼吸を一つ。それからもう一度、蓮華草れんげそうに触れた。その時ふと、オルヴィアス様の姉であるルナテオーラ女王の顔が浮かんだ。
 私が令嬢だった頃、ルナテオーラ様にはよくお茶会に呼んでいただいた。そういえば彼女は、好んで紅茶の中に花を入れていた。ガラシア王国の国花ピウスという、小さな白い花。星にも似た五枚の花びらが愛らしく、ベルガモットのような香りがして、蜜が濃厚なため紅茶に入れると甘みが増す。
 紅茶に浮かぶ、小さな花――
 いいアイデアが浮かんだと、私は口元を緩ませた。
 丘の蓮華草れんげそうの手入れをすませたら、店に戻ってさっそくとりかかってみよう。そう決めて、私は蓮華れんげのお世話を進めていった。


 店に戻った私は、いくつか小さな花を摘んできてくれないかと、オリフェドートの森で暮らす妖精にお願いした。
 ルナテオーラ様がしていたように、お茶に花を浮かべて提供すれば素敵かもしれない――そう考えて、すぐに試作してみることにしたのだ。
 花の到着を待っている間、ロト達に手伝ってもらってクッキーを焼きながら、持ち帰り用の茶葉の試作準備を進める。
 やがて魔法陣が現れ、そこから妖精達が花を持ってやってきた。

「ニャーニャー!」

 小さなちょうの妖精ピコロ達が、私の顔に飛びついてくる。
 彼らはうまく人の言葉を発音できないので、私のことを「ニャーニャー」と呼ぶ。
 しっとりした感触の彼らは、身長わずか五センチ。幼い子どもの姿をしていて、背中にはパステルカラーの小さなちょうの羽がついている。ピコロ達からはマカロンに似た甘い香りがするけれど、今日は花の香りもした。摘んできてくれた花の匂いだ。
 ピコロ達に摘んできてもらった花はとっても小さくて、甘い蜜が出るもの。これらはお茶の風味を壊すことなく、甘みを足してくれる。そして飾り付けにもなるのだ。

「花をありがとうございます。お礼にクッキーを用意しているので、焼き上がったらぜひ食べてくださいね。シナモンのクッキーです」

 遊ぶように私の髪に花を差し込んでいたピコロ達に、そう伝える。するとピコロ達は両手両足を広げて大喜びした。
 さて、さっそくお茶の準備に入るとしましょう。
 店で出しているお茶は、ローズティーとラベンダーティーとミルクティー。それ以外にも、ケーキに合わせて果物のお茶も用意している。
 まずはローズティーで試してみることに。これには、オリフェドートの森の妖精に頼んで分けてもらった薔薇ばらつぼみを使っている。私は保存の魔法をかけた瓶を手に取り、そこから薔薇ばらつぼみを取り出した。
 準備しておいたシートの上にそれを一つ置く。

「初歩的な保存魔法です」

 興味津々きょうみしんしんで見つめてくるピコロ達に説明する。
 植物で作られたこのシートには、中に包んだものの時を止める魔法がかけてあり、お湯に入れると簡単に溶ける。
 薔薇ばらつぼみの横に白い花を添えてシートで包み、ギュッと魔力で閉じ込めた。するとシートはカプセル状に変化し、花の入ったビー玉のようになる。
 それをカップに入れてお湯をそそぐ。するとカプセルが消えてお湯が赤く染まり、白い花が浮かんできた。

「んー……ローズティーには赤い花のほうがいいかしら」

 他の花を選ぼうとしたら、ピコロ達がこれが合うと言わんばかりに赤い花を差し出してくれた。
 それを受け取って、先ほどと同じようにシートにくるんでお湯をそそぐ。それからも、ルナテオーラ様の紅茶を思い浮かべながら、いろいろと試してみた。
 そうしているうちにクッキーが焼けたので、ロトとピコロに食べてもらう。私もお茶の味や香りを確認しながら、クッキーを一つ口に運ぶ。
 やがて、それぞれのお茶に合う花が決まった。
 赤いローズティーには、カップの底に堂々と咲くような、薔薇ばらに似た小さな赤い花を一つ。
 淡い紫色のラベンダーティーには、星形の青い花を三つ。
 茶色いミルクティーには、たんぽぽによく似た白い花を一つ。
 ラベンダーティーとミルクティーは、飲む時に茶葉が邪魔にならないよう不織布に包んでからシートにくるんである。いわゆるティーバッグみたいなものだ。
 満足のいく出来に、私は笑みをこぼす。手伝ってくれたロト達は、おめでとうと拍手してくれた。
 ピコロ達はというと、クッキーを平らげたあとお皿の上で眠ってしまった。まるで遊び疲れた子ども達がお昼寝しているようだ。
 起こすのは可哀想だし、どうしましょう。
 私が考えていると、ロト達は「任せて」と胸を叩いてみせ、皆でお皿ごとピコロ達を運んでオリフェドートの森に帰っていった。


 翌朝、お持ち帰り用のお茶のカプセルを三つ、半透明の袋に入れてラッピングした。さっそくそれをお客さんにおすすめしてみる。
 まずは店で実際にお湯をそそいで、試しに飲んでもらった。お客さん達には、いつも出している紅茶と味は変わらない上に、見た目が素敵だと好評だ。

「店長さん、てんさーい! これ本当にかぁわぁいいー!」

 細身で可憐な美少女――セリーナさんがはしゃいだ。

「ありがとうございます。セリーナさんも、お持ち帰り用をご準備しましょうか?」

「うん! 兄さんがまた、家で本に夢中になってるから、ケーキも一緒に持って帰ってあげようかな。ケーキはいつものチョコとタルトにして、お茶は、んー……ラベンダーティーをください!」セリーナさんはうちの店の常連さんだけど、彼女と親しくしている人を見たことはない。店で顔見知りの人と会っても挨拶あいさつを交わす程度。人付き合いが苦手なわけではなさそうなのに、親しくなることを避けている様子だ。
 セリーナさんはいつも一人で来るので、彼女のお兄さんにも会ったことはない。よくセリーナさんが話してくれるので、どんな人なのか気になる。

「今度、ぜひお兄様も一緒に来てくださいね」
「あー……うん、誘ってみますー」

 セリーナさんは少し視線を泳がせたあと、椅子から立ち上がった。
 そんな彼女に、ラベンダーティーの袋を手渡す。その時、彼女の色白の肌に指先が触れて、魔力の気配を感じた。
 魔法は、すべての人が使えるわけではない。魔力が充分にあり、使い方を学んだ者だけが使えるのだ。けれどセリーナさんには、それなりに魔力がありそう。彼女が魔法を学べば、そこそこの使い手になるかもしれない。
 そんなことを考えながら、セリーナさんのお会計の対応をした。
 その時、ドアの鐘がカランと鳴って、新たなお客さんが来たことを知らせる。
 そちらに目を向けた瞬間、私は驚愕きょうがくに目を見開く。深い緑色のローブを羽織はおっているため旅人に見えるけれど――彼だ。

「オルヴィアス様……」

 星のように輝く長い髪、尖った耳、金箔がちりばめられたような藍色の瞳。
 エルフの英雄、オルヴィアス様。
 大いに混乱して固まってしまった。なぜ、オルヴィアス様が来たのか。そもそも、どうしてここがわかったのか。
 お客さんも全員がオルヴィアス様に注目していた。国境付近の最果ての街とはいえ、エルフは珍しい。
 ただ、いくらなんでも顔を見ただけで、彼がオルヴィアス様だと気付く人はいないでしょう。……本をよく読むセナさんなら気が付くかもしれないけれど。

「いらっしゃいませ」

 私は動揺を抑え込んで、挨拶あいさつをする。
 オルヴィアス様は、ここが私の店だと知っていて来たらしく、平然とした様子で入ってきてカウンター席に座った。そこは先ほどまでセリーナさんが座っていた席だったので、オルヴィアス様の横から手を伸ばしてテーブルをく。
 たったそれだけのことなのに、妙に緊張した。

「おすすめはなんだ?」
「今日のおすすめは、こちらのお茶です。茶葉をお持ち帰りしていただけるよう作った新作で、目でも楽しめるように工夫してあります」

 試しにれてあったものを、オルヴィアス様に見てもらう。その様子を、他のお客さん達が凝視していた。

「当店では他にも、ケーキに合うお飲みものをご用意しております。ケーキはこちらのメニューをご覧ください」
「……そなたが、俺にすすめたいケーキと飲みものを頼む」
「えっ」

 藍色の瞳が私を見上げた。
 オルヴィアス様のお好みなんて想像がつかない。そもそも甘いものがお好きなのかどうかさえ知らないから、すすめたいものと言われても困ってしまう。

「……私としては、深いコクがあるコーヒーを一度飲んでいただきたいです」

 私の一番の自信作といえば、コーヒーだ。オルヴィアス様のお口に合うかはわからないけれど、一度試していただきたい。

「チョコレートケーキと一緒に、いかがですか?」

 ダークチョコレートでコーティングした濃厚なケーキで、コーヒーとよく合うのだと説明する。

「ではそれをもらおう」
「はい。すぐお持ちいたします」

 そう言ってキッチンに戻ろうとしたら、後ろに立っていたセリーナさんと目が合った。彼女ははっと我に返って、そそくさと店をあとにする。
 ご来店、ありがとうございました。
 セリーナさんの背中に一礼してキッチンに入り、すぐにコーヒーをれる。カットしたチョコレートケーキをお皿に盛り付け、コーヒーと一緒にオルヴィアス様の前に置いた。

「いい香りだ……」
「ありがとうございます」
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